453. 嵐の前
――少しずつ。
しかし確実に、その時が近づいてくる。
「……坊ちゃん。どうしたんですかい、また」
場所はバダルノイス最南端、国境地帯ハルシュヴァルト。
その街で兵士長を務めるヒョドロ・ゴルチの元に、グリーフット・マルティホーク……もといグリフィニアからの通信が再度入ったのは、浄芽の月、十二日のこと。
『おじさん……そちらに籍を置いている、ヘフネル・アグストンという正規兵がおられるかと思いますが』
「はあ。あいつがどうかしたんですかい? まだそっちにいるはずですが」
『……じき、レノーレ・シュネ・グロースヴィッツの一件が解決します』
机上の書類整理の片手間に聞いていたヒョドロは、思わずそれらをドサリと取り落とした。
「ええ!? か、解決するんですかい!? ついに……」
実に一ヶ月半。年の初めにレノーレとメルティナが失踪してから、もうそれだけの時間が経過している。率直に言って、いい加減終わってほしい頃合いだ。
『……ええ、まあ。このまま順調に事が運べば、の話ではありますが……』
「ん? それとヘフネルに、何か関係がおありですかい?」
『……ええ。実は…………、……おじさん。今……周りに、どなたかおられますか?』
「いんや。俺一人ですぜ」
『……そうですか、それはよかった。では、お願いがあります――――』
しんしんと降り積もる雪の中。
メルティナとレノーレが宿に入っていく後ろ姿を双眼鏡越しに凝視しながら、兵士はどっと息を吐いた。
彼女らが見つかって、幾日が経過しただろうか。
(……また……、ただの外出だったか……)
しかしよく考えてみれば、今日は雪が降っている。肩に積もった冷たいそれらを手で払い落としながら、兵士は今さらのようにハッとした。
雪が降っているのだから、昼間は流雪水路が使われる。となれば少なくともその間、彼女らはそこに入ることなどできない。
(……そうだ……そうだよ。そこまでムキになって見張る必要はなかったじゃないか……)
肉体だけでなく、精神的な疲労も積み重なっている。頭が鈍っているようだ。
やはり注意すべきは夜だ。幸いにしてもうすぐ自分の時間は終わり。同僚に引き継ぐことになっている。
(……だが……いつまで続くんだ……? こんな状況が……)
いつ『その時』が来ても構わないように常に心構えをしておくのも、決して楽ではない。終わりが見えないほど堪えることはない。
(それに……彼女らが与しているという、例の怪しげな組織……オルケスター、とかいったか? そいつらがどう動くかも、未知数の状況……)
指揮を執るベンディスム将軍からは、そちらは気にせず自分の業務に集中してくれとの通達が出ている。
あの歴戦の戦術家が言うのだから、心配はないのかもしれないが……。
とにかく、様々な要因によって緊迫した空気が続いている現状。
訓練を受けた兵士であっても、そろそろ限界が近づいていた。
「ごめん、レン。そろそろ限界みたい」
薄暗い部屋。食事も出ないような安宿の狭い一室で、寝台に腰掛けたメルティナ・スノウが観念した顔で呟いた。
「もう、買い出しも厳しい。こんな状況だと、とてもじゃないけど例の奴を捜すことなんてできない……ったく、せっかくここまで入り込んだっていうのに」
「……ん」
レノーレも観念したように、小さく頷く。懐に忍ばせていたメガネを取り出してかけながら。
「それに、レンも気付いたと思うけど……ここのところ街の北西部に入ると、いつも人がうろうろしてるよね。……『その人数が、大体いつも一緒』なんだ」
冬のバダルノイス。除雪のために人が出ているのは珍しいことではない。
しかし、北西部の排出口に繋がる流雪水路を使う一帯。その路上にいる民の数が、ほぼ同じなのだ。
顔ぶれや服装はその都度違う。しかし――
「……私たちが水路に入らないよう、見張ってる」
「恐らくね。こう、何て言うのかな……意図的に等間隔で人が配置されているような、作為的なものを感じるよね」
それほど警戒するということは、やはり北西部の排出口は物理的に押さえることができないと考えて間違いない。飛び込まれたらどうにもならないからこそ、そうやって見張っているのだ。
「私たちが水路を使っていたことに気付いたのは、例の……ベルグレッテさん、だっけ?」
メルティナの言葉に、レノーレは無言で小さく首肯する。
「……きっとそう。……道を見張らせてるのも」
「レンの手配書の内容が変わってすぐだったね。私たちがこの皇都に潜んでると見るや否や、すぐさま出口を塞がせたって訳だ。……その北西部の一箇所を除いて」
「……うん」
「ふむー。エマーヌに勝るとも劣らない切れ者だな。となると、もちろんこの一箇所もすんなり通してくれるはずがない」
事前に塞いでしまう、といった手は用いないだろう。
使えないと分かればこちらはその排出口を心置きなく脱出の選択肢から外せるし、何よりここが塞がれば民が困る。こんな場合でも、そういったことまで気を回すのだ。彼女という人物は。
(……ベル……)
こちらは誘われている。その皇都北西側の排出口に。さあ、ここに来いと。
事実レノーレたちとしても、そこを通るしかない。
「もう……やるしかないかな」
ふ、とメルティナが溜息を漏らしながらも微笑んだ。
向こうの策に乗り、そのうえで突破する。
「メル……」
「そう不安な顔しなさんな。私はメルティナ・スノウだよ。それに、せめてもというか……スヴォールンがいないのが幸いしたね。万が一にも私と真正面からカチ合って止められる『かもしれない』のは、あいつぐらいだし。いや、まあ無理だけどね」
「……、」
そこで押し黙ったレノーレ。その言わんとすることを察したか、メルティナが目を眇める。
「レン、不安なの? ええと……リューゴ・アリウミ君……だっけ」
「……うん。……あの人は、強い。……兄様にも、きっと引けを取らない」
レノーレ自身、間近で彼の活躍ぶりを目の当たりにしてきたのだ。
ある日、唐突に学院へやってきた風変わりな少年。
邪竜ファーヴナールをその拳で貫き、かのディノ・ゲイルローエンを叩き伏せ。そしてレインディール王都テロの鎮圧に貢献、果てはレフェの天轟闘宴を制した。
「大丈夫だよ。まあ、あのお兄さんが強いことは認める。世界は広いね……あの若さであんなに強い人がいるなんて思わなかった。しかも無手で。……それでも」
白の瞳を輝かせ、北方最強の称号を持つ『ペンタ』は凄絶な笑みを刻む。
「彼じゃ、私には届かない」
「…………メル……」
それは鼓舞。相手の実力を認めたがゆえに、「自分のほうが強い」と主張したくなる強者の本能だ。
しかしそれこそがかの少年がメルティナを止め得る可能性を示唆しているようで、レノーレの心に不穏な影を落とす。実際、初めてだ。メルティナがこんな風に昂ぶるのは。
「まっ、それ以前に……彼は神詠術が使えないんでしょ? ならそもそも、私を足止めすることすらできない」
それは一理あった。
かの遊撃兵はどうしたことか馬並みの速度で走ることすら可能だが、さすがに空を飛ぶような真似はできない。
彼は詠術士ではない。
何をするにしろ、実際に足で距離を詰めなければ話にならないのだ。こちらは術を駆使し、滑空や高所への跳躍で間合いを取ることができる。何もない平地で向かい合ったりしない限りは、どうにでもなるはずだ。
(……ん。……何もない、平地……)
座った膝の上に地図を広げるレノーレをよそに、メルティナは面倒そうな口ぶりで天井を仰ぐ。
「私たちが包囲を突破するうえで一番厄介な相手は、まあやっぱり……白士隊になるだろうね」
国家の英雄は冷静にそう分析する。
過去の戦争で参入した実戦派の兵士たち。彼らの上位組織となる『雪嵐白騎士隊』が不在でも、さすがにオームゾルフが命じて参加させるだろう。
過去の内戦では頼りになる味方だった彼らが、今回は最大の敵となる。例えメルティナでも、多勢の彼らを前にしたなら油断はできない。
「おそらく、傭兵や賞金稼ぎの参加はない。いざレンを前にして欲の出た奴に足並みを乱されたりしちゃ困るからね。誰が私たちを見つけたか知らないけど、その人らに情報提供料一割を支払って終わりのつもりじゃないかな」
「……ん」
「どしたのレン。さっきから熱心に地図を見つめて」
「……ここ」
それは皇都北西部一帯の地図。唯一の脱出口へ至るため、何度も逃走経路を考え抜いた。硬筆で走り書きされた線がいくつも刻まれている。
「……ゴトフリー診療所から北に八百マイレ地点。……両脇の道は狭くて背の高い建物が多いから、挟撃を避けるならこの空き地を抜けるしかない。……単純に道としても、ここを通るほうが近い」
「ん……どれどれ……そだね。直進以外に選択肢はないかな……、」
とそこで自分のセリフにハッとした様子のメルティナが、
「……それ以外に選択肢がない、か」
ニヤリと口の端を持ち上げる。
「なるほど。リューゴ・アリウミ君が仕掛けてくるとしたら、そこで待ち構えてる可能性が高い訳だ」
「……メル」
「はは、だからそう心配そうな顔しないでよ。大丈夫、分かってる。彼には一度、白黒はっきりするまでお相手願いたいところだけど……今はその時じゃない」
「……うん」
あの『拳撃』の少年は、きっとこの場所で宛てがわれる。平坦で開けた、何も遮るものがない空き地。彼の得意分野たる徒手空拳を思うさま発揮できる地形だ。
「……あの人の脚力は馬に匹敵する。……振り切るためには……」
「ああ、前にもそんなこと言ってたね。身体強化を使わずに馬にも……だとかちょっと信じられないけど、レンが言うならそうなんだろうね」
苦笑しながらも、メルティナの白い瞳が真剣さを帯びる。
「だとしても驚異じゃないよ。幸いにもこっちは氷属性が二人。例えば足場を凍らせて滑りやすくすれば、簡単に機動力を奪える」
「……ん」
彼は詠術士ではない。何が何でもその両足を地につけて移動しなければならない以上、そういった策は極めて有効なはずだ。
「大丈夫だよ、レン。まずは二人で脱出だ。きっと上手くいく。もしかしたら例の奴も、私が皇都を離れたと知ればついてくるかもしれない」
「…………うん」
声は自然と沈みがちになる。
私のせいだ、とレノーレは自責していた。
メルティナ一人ならば、そもそもどこからでも強引に突破できる。ただ、彼女は絶対にそんな真似はしない。
(……私のために……)
着実に追い詰められた苦境にありながら、メルティナの声は弾んでいる。友にわずかでも不安を感じさせないように。
自信があることも確かだろう。何せ彼女は、かつての内戦における伝説的な英雄だ。百の敵を前にしても、臆すことなく対峙するに違いない。
「さて、あとはいつ決行するかだね。まずは昼か夜か。もちろん放水がなくて人目にもつかない夜が本命ではあるけど、それは向こうも承知のはず。昼は昼で、水路が使われない晴れた日となるとかなり限られる。近いうちにそんな日が来るか分からないし、来たら来たでそれもまた読まれやすい……」
「……うん」
「ふむー。レン、何か気掛かりなことでもあるの?」
無表情で何を考えているか分からない。多くの人がレノーレについてそう口を揃えるが、メルティナは違う。おくびにも出していないはずの感情の動きに気付く。気付いてくれる。
(……、)
そしてそれは、ベルグレッテやミアも一緒だった。
ふと脳裏に浮かんだ彼女らや皆との学院生活――楽しかった日々を振り払いながら、レノーレは言う。
「……脱出について、案がある」
――絶対に包囲を突破する。
そのために、どのようにしてオームゾルフやベルグレッテを出し抜くか。きっとこれぐらいはやらないと、彼女らの裏はかけないはず。
『その案』を告げると、珍しくもメルティナが口を開けて硬直した。
それも数秒のこと、
「――いいね。それ、いいよ。面白い」
附属学院時代にお転婆でも知られたという女英雄は、いたずらっぽい笑みを浮かべて同意してくれた。
その日の午後、ミガシンティーアは自室でゆったりと読書を楽しんでいた。
「フフ」
楽しんでいる。そう。『喜』や『楽』という感情は大切なものだ。
人生に彩りを添える、必要不可欠な調味料。
味のしない料理に舌鼓を打つ者はいまい。つまり、生きていくうえで欠かすことのできない感情。
今ミガシンティーアが目を通しているのは、現実の出来事ではない空想を書き連ねた物語。いわゆる小説。
様々な策謀や突飛な展開が渦巻く、いわゆるミステリ書と呼ばれるものだった。
稚拙で、現実味がなく、馬鹿げていて、このようなことなど起こるはずがない。
だからこそ、面白い。
控えめに戸が叩かれたのは、架空の世界に浸り始めて十数分も経った頃だったろうか。
「開いているよ」
その音と自らが発した声で、現実へと帰還する。
「はっ。ミガシンティーア様宛てに書簡が届いております」
顔を覗かせた部下……他の者たちからは白士隊と呼ばれる同士より、それを受け取る。
「では」
「クク、ご苦労」
小奇麗な筆致で記された、己への宛名。女性の字だろう。
椅子に戻りながら、裏返して差出人を改めた。
「……んん~?」
しかし妙なことに、名前も何も書かれていない。
再び表を見てみれば、しかし間違いなく自分に宛てた文字が記されている。
(おやおや。私に焦がれた引っ込み思案な女性から……という訳でもなさそうだが?)
妙に思いながらも開封し、刃物の類が仕掛けられていないことを確認し、中に収められていた数枚の紙切れを引っ張り出して――
「フ、クククク」
不可解さに拍車がかかる。
手紙は、全て白紙だった。
表にも裏にも、一切何も記されてはいない。
「………………」
しかし、である。
(フ。そういえば幼少の時分に……遊んだな。グリフの奴めと)
つい今しがた突飛な小説を読んでいたことも手伝ってか、その思いつきを何気なく実行へ移した。
戸棚にあった燐寸を手に取り、着火。その上に紙をかざしてみると――
「クフ、ハハハハハハ」
文字が浮かび上がってきた。
まさかとは思ったが、本当にこんな仕掛けを。
ああ、馬鹿げている。ゆえに楽しい。
さてこの差出人は、こうまでして何を自分に知らせたいというのか。
焦げついたその文面を目で追った喜の男は、
「……! フフ、フフフフ、クククククカカカカ……! そうか……、よもや……」
ひとしきり笑った後。
「……楽しい。実に、楽しいじゃないか。こんなに楽しい現実は、久しぶりだ……」
満ち足りた心地で、窓の外を眺めて夢想した。
突飛で、馬鹿げていて、ありえないような――
しかしこれから確実に起こる、間違いなく楽しめるであろうその現実を。
さてここで問題です。
レノーレたちはいつ皇都からの脱出を図るでしょうか?
(うーん……)
頭の中でそんな自問をしながら、流護は待合室の天井を仰いでいた。
近日中なのは間違いない。
では、昼か夜か。
夜は除雪作業がなく流雪水路も使われないため、悠々とここを通ることができる。さらには単純に夜の闇に紛れやすく、人目にもつきづらい。逃走を図るにはもってこいで、ゆえに『本命』として警戒する者も多い。
一方で昼はほぼ毎日のように除雪作業があり、多量の水と雪が凄まじい勢いで流雪水路を流れていく。
それは今日とて例外ではない。
水も日中ずっと流れている訳ではないが、その時間は日々の降雪量によって変動する。基本的に午前と午後に一度ずつ放水するとは言われるものの、はっきりと時刻が決まっている訳でもなく、いわゆるランダム。いつ激流が押し寄せてくるとも分からない細路に入るなど自殺行為だ。
雪かきが行われない晴天の日を狙うにしても、そんなことは滅多にない。
天気予報じみた真似のできる宮廷詠術士もいるとのことで、事前に晴れる日を予測することも可能。それも百発百中という訳ではないようだが、こちらとしては晴れそうな日に一層の注意を払えばいい。
これら要素から考えると、
(やっぱ夜……だよな。向こうとしちゃ、そう思わせて昼、って揺さぶりもかけたいだろうけど――)
窓の外を眺めると、ちらほら舞い落ちる粉雪。傘もいらない程度だが、これがいつ本降りになるか分からない。わずか五分後には前も見えないほど吹雪いているかもしれないし、逆に晴れ間が覗いているかもしれない。それほど、この地域の天候は変動が激しい。実際、今朝はかなり吹雪いていた。
それらも含めて、ジュリーが買い出し先の店主から聞いた今日の『予報』は雪。当然ながらこの世界、気象衛星から情報を取得している訳ではない。色々と大雑把なのだ。
とにかく『いつ雪が降ってくるか分からない』ということは、『いつ流雪水路が使われるか分からない』ということ。
昼間に脱出を狙いたくとも、自分たちの都合で自由に水路を通れる訳ではない。
水路への放水は原則として一日に二回と定められているが、それも降雪量によっては多めに起動させることもあるという。つまり、二度の放水が終わったからといって三度目がないと決めつけて通るのは危険。
(となると、やっぱ……)
とそこで、隣の病室から洗濯カゴを抱えたベルグレッテが入ってきた。
「夜しかないよなぁ?」
考えの延長上で口に出た、主語のない流護のぼやきを、
「……ん、普通に考えるならね」
少女騎士は当たり前のように拾った。
「うおう、さすが話が早い……つか、含みのある言い方っすねベル子さん」
よいしょ、と部屋の隅にカゴを下ろした彼女は、窓の外に目を向ける。
「おそらくレノーレは……メルティナ氏ももちろん、監視に気づいているはず。この膠着も長くは続かず、いずれは動かなければならない。なら二人としては、最もこちらの意表をつける手段で打って出たいんじゃないかしら」
「うーん。ようはこっちが想像もしてないこと……、一番ありえねえ選択肢とかってことかね? ……そうだな……例えば、今日みたいな普通の昼間に仕掛けちまうとか」
ただ、それができれば彼女らも苦労はしない。流護としては完全な冗談だったが、
「……そうね。うん……考えられるわ」
ベルグレッテの表情は真剣そのものだ。
「え!? いやでも、今はたまたまそんな降ってないけどさ、どうなるか分からんじゃん。この辺の天気って」
「ええ。これから本格的に降るかもしれないし、降らないかもしれない」
ただ、と静かに言を繋いで。
「ここはバダルノイス神帝国……氷神キュアレネーが見守る地。だから充分に考えうるわ。『降らない』と信じ、キュアレネーにその未来を委ねることも」
「…………は、それってつまり」
信仰、と呼べば聞こえはいい。
しかし無神論者の流護からしたなら、それはただの博打。賭けだ。
一か八かで『降らない』と張り、脱出を狙う。
(いやでも……最終的に行き着く先ってのは、結局そこなのかもしれねえ……)
読み合い、推測、思索。繰り返していくと、最後はそこに突き当たる。
この相手ならこう動く。そう思わせて、逆に動く。どちらもありうる。ならば、どちらなのか? 残るのは単純な二択。いくら心の裡を読もうとも、結局は本人でないのだから分からない。
ベルグレッテは『レノーレが賭けに出るかも』と考えて。レノーレは『きっと降らない』と考える。
その結果は、まさしく神のみぞ知る……。
「ここまできたら、もう……備えておくべきなのかも」
胸に手を当てたベルグレッテは、自身に言い聞かせるように言う。
「いつ、なにが起きてもおかしくない。そう考えて、動じないよう身構えておくべきなのかもしれないわね」