45. 捜索のディアレー
流護も作業場のリーダーであるローマンに事情を説明して休みをもらい、馬車に揺られること二時間。ディアレーの街へとやってきた。
メンバーは朝の四人にダイゴスが加わり、五人となっている。
事情を知って他に来たがる者も多かったが、さすがに大人数で授業をボイコットする訳にもいかないため、それぞれの役割に秀でた少数精鋭となった。
レノーレとダイゴスは情報収集と頭脳担当、エメリンは連絡担当、エドヴィンは情報収集ではあるがコネ担当である。この街は無法者やアウトローを気取った少年少女も多く、そういった手合いにエドヴィンの顔が利くらしかった。
エメリン以外の全員は戦闘にも秀でているため、荒事にも対応しやすい。場合によっては、この中では流護が一番役立たずかもしれない。できることは戦闘オンリーだ。
流護は馬車を降り、街並みを見渡す。
煉瓦でできた大きな建物や、馬車の行き交う幅広な舗道。さすがに王都ほどではないが、それなりに街の規模も大きく、かなり賑わっているようだ。この中から、いるかどうかも分からないミアを捜すとなると、骨が折れるどころの話ではない。
「……心配かけるから迷ったんだけど。……やっぱりベルにも、連絡した方がいいと思う」
レノーレも、捜索は厳しいと判断したのだろう。
「だな……そうしよう」
流護も同意した。全力を尽くした結果、杞憂で済むならそれでいい。尽くせるはずの全力を尽くさず、後悔が残ったりしたら……。
すぐさまエメリンが通信を飛ばし、ベルグレッテに事情を説明する。
話を聞くなり、少女騎士は逡巡すらせずに言った。
『分かった。私が、ミアの実家に話を聞きに行ってみる』
「そ、そうは言ってもベル……きみ今、王都にいるんでしょー?」
エメリンの戸惑いはもっともだ。
王都から学院まで四時間。学院からミアの実家まで五時間。合わせて九時間もの道のりとなる。
今が午前十時。ベルグレッテがすぐに出発したとしても、到着は夜の七時頃になってしまう。途方もない話に思えた。
「それなら、俺らの中から誰かがミアの家行った方がよくねえか? ここからなら三時間ぐらいで行けるんだよな?」
その流護の提案に、ベルグレッテは否定をもって答えた。
『ううん。友達としてじゃなくて……騎士としての私が、訊きにいく。少しでも手がかりになりそうな話を、全部聞いてくる』
「あ、そうか……そうだな」
流護たちが行ったところで、所詮はただの子供でしかない。
そんな子供たちに「ミアがいなくなった」と言われても、家族は困惑するだろう。
だがベルグレッテなら、騎士でもあるのだ。話を聞くのであれば、法的な権限を持っている彼女が最も適任だろう……と流護は納得した。
『みんなはしばらく、ディアレーで情報収集をお願い』
「了解したー。んじゃベル、あたしから一時間おきぐらいに通信入れる。何かあったら、そのときに報告お願いねー」
『うん、分かった』
通信の苦手なベルグレッテから、正確な居場所の分からないエメリンへ連絡を取ることができないための対応だろう。
当初は便利そうだと思っていた通信の神詠術だが、練度も必要なあたり、誰でも使える携帯電話という代物がいかに便利なアイテムだったのかと流護は思い知る。
通信を終えて、一行はディアレーの街を探索してみることにした。
まず、レノーレとエメリンの二人が馬車の業者を当たり、流護、エドヴィン、ダイゴスの男チームが宿を当たった。
当然ながらというか、宿は空振り。ミアは泊まっていない。
それを確認したところで、エメリンからダイゴスに通信が入った。
『アタリだよー! 御者の人が、この街でミアっぽい女の子を降ろした覚えがあるって! 昨日の昼過ぎぐらいに!』
「ミア……何でこの街で降りたんだ?」
疑問に思う流護だったが、
『おかしいことじゃないよー。この街はいろんなお店もあるし、学院に帰る前に寄り道したんじゃないかなー? ミア、「フェテス」のベリータルトとかすごい好きだしー』
女子二人は、そのまま女の子ご用達の店を片っ端から当たることになった。
男三人は人気の少ない道を歩きながら、会話を交わす。
「……ミアが……何か『よくねえこと』に巻き込まれた可能性は?」
言いたくない考えを、流護は口にした。
「……まァ……ゼロではねーわな」
エドヴィンも考えていたのだろう。低く答える。
ミアがこの街まで来たのは間違いない。そしておそらく、この街で何かがあったのも間違いない。
考えたくない可能性を、考えなければならない。
……ミアは容姿がいいほうだ。
想像したくもない可能性が、脳裏に浮かぶ。
「ただよ……」
エドヴィンが言い淀む。
「ああ見えて、ミア公のヤツぁ強えんだよ。少なくとも詠術士としては、俺よりよっぽど優秀だ。その辺のバカチンにどーにかされるとは、ちっと考えられねーんだよな」
流護にも覚えがあった。ミアがかつて自分で言っていたことではあるが、「こう見えてもエドヴィンなんかよりずっと優秀な詠術士なんだぞ」と胸を反らしていたのを思い出す。エドヴィンに百回襲われたら百回とも撃退できる、なんてことも言っていた。
ファーヴナールとの闘いでもそうだ。ミアの強力な電撃が、反撃の糸口となったのだ。
その辺の男がちょっかいを出そうとしたところで、返り討ちに遭うのではないだろうか。
「……となると、並ではない何者かが絡んどる可能性も出てくるか」
重々しいダイゴスの呟きに、エドヴィンが頭を掻きながら答える。
「けどよー、ミア公がそんなやべーのとかかわり合いになるワケねーし……」
人気のない道を歩いていた三人は、いつしか薄暗い裏通りへと入り込んでいた。
「……ま、そんなワケで、ここに話聞きにきてみたんだけどよ」
昼間にもかかわらず、乱立した建物によって日の光が差し込まない空間。
道のど真ん中でゴミ箱が横倒しになって中身をぶちまけており、石壁には文字なのか絵なのか判別不能の落書き。周囲にたむろする若者たちは、一様にじろりとした視線を投げかけてくる。
「おい……アレ、『狂犬』と……アケローンじゃねえか?」
「うお、そうだな……久々に見たぜ」
ガラの悪い少年たちの囁きが聞こえてくる。
それらを全く気にせず進んでいくエドヴィンたちの後に続きながら、こういった場所の雰囲気は世界が違っても大差ないんだなあ、と流護は頷いた。
ほどなくして、見知った姿を見かけたのか、エドヴィンが一人の少年に声をかけた。
「お。いたな、トリス」
「あぁ?」
エドヴィンが呼びかけると、地面に座り込んで硬貨の枚数を数えていた少年が顔を上げる。エドヴィンの顔を見て、パッと明るい表情になった。
「うおぉエドヴィンじゃねーか! 久しぶりだなオイ!」
ボサボサに跳ねた茶髪に鋭い目つきの、いかにもガラの悪い少年の見本みたいなトリスは、立ち上がって嬉しそうにエドヴィンの肩を叩く。
「ん? こっちはおめぇの連れ……か……?」
トリスは、ダイゴスを見上げて固まった。
「ま、さか……こいつ……アケローンの……?」
「あー、なにげに初顔合わせだったか」
鼻をほじりながら言うエドヴィン。
ダイゴスはトリスを見下ろし、「ニィ……」と不敵な笑みを見せた。トリスは気圧されたのか、「うお……」と呻いて後ろに一歩下がる。流護も久しぶりにこのダイゴスの笑みを見たが、やはり何ともいえない迫力がある。
ところでアケローンって何だろう……と流護が思っているうちに、会話が進行した。
「んでよ、別に遊びに来たワケじゃねーんだ。ちっと、お前に訊きてーことがあってよ」
「あぁ? 学院なんぞに入っちまったイイ子ちゃんが、こんなトコまで来て何を知りてぇんだ?」
悪意のない、からかうような口調だったが、エドヴィンは取り合わず用件のみを告げた。
「人捜しだよ。こんなちんちくりんの――」
ミアの特徴を伝え、それらしき少女を見かけていないか。また、この近辺のならず者たちがそのような話をしていなかったか。それらを訊いてみたのだが、
「ん~……いや。知らねぇな」
トリスは首筋をボリボリと掻きながら答えた。
「その子、学院の生徒なワケだろ? しかもそこそこの使い手で。バカが手ぇ出そうと思っても、返り討ちに遭うんじゃねーの?」
先ほど流護が思ったことと同じ意見を口にするトリス。そこで彼は思い出したように声を明るく弾ませた。
「あ、そういやーよ。全然関係ねーんだけど、ちょうどこの休みに、ディノを見たってヤツが結構いたぜ」
「何……?」
かすれた声を出すエドヴィン。ダイゴスも、わずかに眉をピクリと動かした。
「あんな『ペンタ』様が、こんなシケた街で何してんだかな。どっかのアホが知らねぇで絡んじまって、アイツが喚び出した炎の熱気吸い込んだだけで肺が焼けて診療所送りになった、なんてウワサもあんぜ?」
ひゃはは、とトリスは一人で笑う。
「……まァ、それはいい。関係なさそーだしよ。とにかく女の話は、知らねーんだな?」
「あぁー? んだよ、ツレねえなー。知らねーよ。この休みは、アホが女にちょっかい出したとか無茶やらかしたとかって話も聞いてねーし」
「そうか。邪魔したな」
収穫はなし。
三人は、薄暗い溜まり場を後にした。
「……やべ、道に迷った」
流護はトイレに行きたくなったのでエドヴィンたちと離れ別行動をしたのだが、道が分からなくなって彼らを見失ってしまっていた。まあ、せめてトイレを済ませられたのは不幸中の幸いだったと考えるべきだろう。
仕方なく、適当に街中を歩くこと数分。
「ん……? 何だありゃ」
二十メートルほど前方にある橋の上に、人だかりができていた。
さほど大きくもない石橋に、通り抜けに支障があるほどの人数が殺到している。
このまま橋が落ちたらえらいことになるな……などと流護が物騒なことを思ったあたりで、近くにいる男たちの会話が聞こえてきた。
「うへえ、死体が上がったってよ」
「あぁ、若い女の子だって? カワイソーだよなー」
そんな言葉とは裏腹に、薄ら笑いを浮かべる男たち。かわいそう云々よりも、好奇心のほうが勝っているのだろう。
若い女の子の死体。集まった人々。
流護の脳裏を、あの光景がよぎる。仰向けになった、ミネットの顔。
そして。
いなくなったミア。
「――――ッ」
関係ない。全く関係ない。ある訳がないのに、流護は人垣へと走り寄る。
半ば強引に人ごみを掻き分け、最前列へ出た。
それを見た瞳が、大きく見開かれる。
「――――――――」
そして有海流護は、知ることになる。
神が見守っているはずのこの世界の、残酷さを。