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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
12. アザー・オース
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440. 革新する者

「意見陳情会、ですか? ええ、別に参加するに当たって、特別な資格などは必要ありませんよ。きちんとしたバダルノイス国民でさえあれば。定期的に参加者を募っていますが、毎回すぐに定員に達してしまいますね。今は大体、四ヶ月に一度開催されています」


 場所は氷輝宮殿パレーシェルオン、駐在する兵士に宛がわれる私室。客室同様、やはりここにも窓がない。


 朝の通信で話した通り、早めに宮殿へやってきた流護とベルグレッテは、ヘフネルの部屋を訪れていた。

 若兵の話に真剣に耳を傾ける少女騎士が、こくこくと頷きながら質問する。


「では、参加したくても参加できないかた……というのは、いかほどの割合で出るのでしょうか」

「長い目で見れば、そんなにいないはずです。早い者順ではなく抽選ですので、運にもよりますが。選別する側もある程度、同じ方が連続で当選しないようにはしているはずです」

「……陳情会への参加当選は、さほど珍しいことではない……のでしょうか」

「ええ。オームゾルフ祀神長が主導者となって、何だかんだ長いですから……希望する方は、結構な人数が参加済みなのではないでしょうか。ただ……」

「ただ?」

「……度重なる試練によって、国民も疲弊しています。陳情会で意見を言ったとて、何も変わりはしない……そう考え、そもそも参加していない人も相当数いると聞いたことがあります……」

「……なるほど……。移民のかたは、この陳情会の対象には?」

「……ええ。移民の人たちは、基本的に対象外となっています。オームゾルフ祀神長は、彼らの意見も聞きたいと考えておられるようですが……やはり、側近や貴族の方が認めないといいますか……」

「…………なるほど……おおよその事情は理解しました。詳しくありがとうございます」


 このとき、流護は見逃さなかった。ほんのわずかに、小さく頷いた少女騎士。その瞳が、鋭くすぼめられた様子を。


「ではヘフネルさん。私のほうから、いくつかお願いしたいことがございます――」






「了解しました。……しかし……、いえ」


 ベルグレッテの話を聞き終えたヘフネルは、納得しつつも戸惑っているようだった。


「……お任せください。調べ上げてみせます」


 それでもそう言い切れるのは、バダルノイスを思うがゆえだろう。


「申し訳ありません。是非とも、お願いいたします」


 ベルグレッテはこれ以上なく丁寧に頭を下げた。


(…………、)


 少女騎士がヘフネルに依頼した調査内容はふたつ。

 ひとつ、今回の美術館の一件で亡くなった男性職員、ニクラスについて。


 昨晩ベルグレッテたちが会いに行ったエルサーは、かねてから欲していた百万エスクを提示されたことで、オルケスターの片棒を担がされる形になってしまった。見計らったかのようなその金額の一致。それは果たしてただの偶然だったのか。そうでないのなら、その情報はどこから漏れたのか。


(ニクラスさんにも、同じような事情があったなら……)


 昨夜の会話の中で、エルサーは「ニクラスが借金を抱えていた」と言っていた。


(……氏も意見陳情会に参加されたことがあって、その借金について相談なさっていたとしたら……?)


 先のヘフネルの話から、陳情会への当選はさほど難しくないことが判明している。

 では――エルサーと同じ形で、その情報が漏れていたなら。同じ形で、借金と同額を提示されていたなら。

 オームゾルフに誰が随伴するかによって、『当たり外れ』があったという陳情会。『外れ』の場合、まともに不平も言えず相談が難しいというその場。


(少なくともニクラスさんは、相談ができた。つまり、『当たり』だった)


 では、その陳情会に同席したのは誰だったのか。これを判明させる。


 そして、ふたつめ。

 あの事件のあった日に利用した料理店にて、支臓剤リテーアが用いられていたなら。この仮説が的中していたなら。

『美術館と同じ異常事態』が、あの料理店でも起きていたなら。


(……従業員の中に、陳情会に参加されたことのあるかたがいる可能性が高い……)


 弱みを握られ、対価を示され、今回の件に加担した。

 そういった人物が存在するかどうか、これを確認する。

 これら二点が、昨晩の帰り道でジュリーに話した『黒幕を確定する前に知っておかねばならないこと』だった。


「ええ……やってみます。確認はしてみますが……」


 国家中枢に巣食っているだろう悪を炙り出すため。しかし自信がないのか、若兵はやや困惑気味だ。


「その……ベルグレッテさん。本当に、ダメなんですか? 他の、信用できそうな誰かに……例えばガミーハなんかに、協力を頼んだりするのも……」


 一人では不安なのだろう。ヘフネルとしては、信の置ける仲間に助力を請いたいようだ。


「あいつ……ガミーハは見た目は軽薄そうですけど、僕なんかよりずっと優秀で……すごく正義感も強くて。今回はちょっと行き過ぎて怒られちゃいましたけど、本当に頼りになる奴なんですよ。だから、その……」

「……申し訳ございません。とても失礼なお願いをしていることは承知のうえです。この件は、ヘフネルさんお一人にお願いしたいのです」


 沈黙がしばらく。


「…………いえ、僕のほうこそすみません。……誰に聞かれるか分からない……誰が敵か分からない、ということですよね」


 腹を括ったように、彼は大きく息をつく。


「任せてください……! 燃えてきた、ってものですよ。それこそ、密命を帯びてこっそり行動している諜報員みたいで」


 空元気が丸分かりだが、そこを言及すべきではないだろう。


「では料理店については、明日のお昼にでも行ってみます。非番なので、平服でただのお客として。ちょ、ちょっとお高い店ですけどね。さりげなく世間話でもして、店員の中に陳情会に参加された方がいないか探ってみますよ」

「申し訳ありません、お願いします。後々、かかった経費はお支払いしますので……」

「い、いえいえ! 気にしないでください!」


 これは、薬を盛られる標的だった流護たち一行――即ち、顔を知られている人間にはできないことである。普段は遠方に勤務しているヘフネルにこそ任せられる仕事だ。


「あっ、調べた結果はどうお知らせしましょうか。通信術は危険でしょうかね……? 明後日以降は、僕もまた美術館の片付けを命じられているので……」

「そう、ですね。でしたらお手数ですが、手紙でお知らせいただけますか」

「分かりました」


 ひとまずの話はまとまったようだ。


「……おうベル子、そろそろ時間だぞ」


 ここまで壁際の椅子に座って話を聞いていた流護が、壁にかけられた時計を見ながら立ち上がる。


「そう、ね」

「行ってらっしゃい、お二人とも。今度、僕にも話を聞かせてくださいね」


 ヘフネルに見送られ、ベルグレッテと流護は指定された部屋へ向かうことにした。






 広めの会議室なのだろう。置かれている調度品は円卓と椅子ぐらいのもので、白と青を基調とした床や壁が清潔感を与えてくる一室。


 場には――流護とベルグレッテ、そしてオームゾルフのみ。


「ご足労いただき感謝いたします、お二人とも。何者に監視されているとも知れぬ状況の中、申し訳ございません」


 まず身の安全が保障されていない少年少女を呼びつけたことを詫びた聖女は、しかし余計な前置きをせず本題へと入る。


「メルティナとレノーレの動向が掴めぬままの日々が続いております。そこで……今現在、バダルノイスに滞在している冒険者や賞金稼ぎの皆様。この方々の助力も得て、彼女らを着実に捕捉したい。私は、そのように考えております」


 それは、先日ラルッツが提案した内容と近しい考え。

 個別に動いている兵士たちと流れ者たち、双方の情報を合わせてレノーレらを追う。流護たちに、その架け橋となれと。


「オームゾルフさま、それは……」


 ベルグレッテの驚きも無理からぬこと。

 聖女の今しがたの発言は、そのラルッツの提案の上を行っている。両者の持つ情報をすり合わせる、どころではない。力を合わせ、協力して当たろうというのだ。


(……マジか)


 流護としても、驚きを隠せない心持ちだった。

 レインディールやレフェ、そして他の国でも同様だが、国家の核たる者というのは王族や貴族である。譲れない矜持、気高い誇りといった信念の下に生きる人間たちだ。

 そんな彼らは原則として、素性の知れぬ流れ者を信用しない。当たり前といえば当たり前で、どこの誰とも知れぬ余所者に信など置けるはずもない。流護自身、遊撃兵となるまで……否、なって以降も、未だ上流貴族などから差別を受けることがある。他の身分の人間を見下し、横柄に振る舞う権力者も多いのだ。


 そして、流浪者や冒険者といった人種はそれを理解している。ゆえに国家の後ろ盾など期待しないし、その分縛られず自由に動く。

 原則として、双方は相容れないのだ。

 隣り合うことはあっても、手を繋ぐことなどありえない。だからこそラルッツも、どうにか架け橋となって情報を統合しろと助言した。


 しかし――『真言の聖女』は、この『常識』を打ち破ろうとしている。


「お恥ずかしながら……もう、形振りを構ってなどいられないのです。今のやり方では、彼女たちを捉えることはできません」


 長く伸びた銀の髪を揺らして、一国の主導者は無念そうにかぶりを振る。


「ですが、オームゾルフさま……どのようにして、賞金稼ぎの面々に協力を取りつけるのですか?」


 ベルグレッテの指摘通り、問題はそこだ。

 国側が力を合わせたいと申し出ても、賞金目当てでやってきている傭兵や冒険者が素直に従うとは限らない。というより、まず首を縦には振らない。

 彼らは、千五百万エスクという莫大な懸賞金を我が物にしたいのだ。

 下手に他人と協力し報酬の取り分が減ることや、国に介入され美味しいところだけ持っていかれることを望まない。

 その懸念は把握しているとばかり、オームゾルフはよく通る声で宣告する。


「まず、レノーレの懸賞金について。直接の捕縛でなくとも……そこへ繋がる情報の提供に対してだけでも、報酬の一割を支払うと約束します。これについて、人数制限は設けません。有益な情報を提供された方、全てに賞金をお支払いします。これは、冒険者も市民も分け隔てなく。全ての方に、平等に」

「!」


 目を剥くのはベルグレッテだ。流護ですら、その決定の意味するところを悟る。


「ふふ。どなたかお一人がレノーレを捕縛するより、よほど高くついてしまうでしょうね」


 一割といえど、その額は百五十万エスクとなる。

 だが……これにより、別の目的でバダルノイスを訪れている他の旅人たちからも、この件に興味を持つ者が現れるはずだ。

 躍起になって捜し、捕まえる必要はない。「手配書の少女をどこそこで見かけた――気がする」といった程度の、何気ない報告でいい。これが後に、百五十万もの収入になるかもしれないのだ。


(なるほど、そう来たか……。しかも、)


 冒険者だけではない。報告だけであれば、市民にも可能だ。誰に対しても平等に、大金を獲得する機会が訪れる。


 そしてこの変更点で大きいのは、やはり『人数に制限を設けない』という点だ。

 これまでは、『先着一名のみが獲得できる千五百万エスク』だった。早い者勝ち。当然そこに連携や協調は生まれにくく、むしろいかに他人を出し抜いて独り占めするかが重要であったろう。

 しかしこの方式であれば、情報提供者全員に均等な額が支払われる。目的や得るものが一緒であれば、競い合う必要はない。団結に抵抗もなくなる。


「し……、しかしオームゾルフさま。そうなると、情報も真偽錯綜するのではと」

「そうだよな。適当なこと言って、金だけもらおうとする奴とか出てくるかもしれんし……」


 協力が生まれやすくなったとはいえ、それでも競争相手を陥れるため嘘の情報を流したり、愉快犯的に適当な目撃証言をでっち上げる者も現れるかもしれない。


「ええ。もちろん、意図して悪質な情報を流す者に対してはそれなりの処罰を下します。それでも寄せられる情報の数は膨大なものとなり、その精査も困難を極めることでしょう。しかし彼女たちとて、一切人とかかわらず……遭遇せずに過ごしていけるものではありません。日常生活を続けている以上、必ず見知らぬ誰かと何らかの形で接触している」


 ちょっとした買い物。もしくは、道ですれ違う。

 そうした赤の他人が、この公布によってレノーレたちを意識するようになったならば。


「その『誰か』が、気付いて情報を齎してくれれば……。これで、彼女らの居場所を着実に絞り込むことができるはずです」


 冬のバダルノイス。いかに風雪の申し子のようなレノーレやメルティナとて、野宿ができるような時期ではない。

 となれば自然、街や村に潜り込む必要がある。現在進行形で、そのようにして都を渡り歩き、今もどこかに身を潜めているはず。

 しかしその街々で、冒険者や民が今まで以上に目を光らせるようになる。


「で、ですがオームゾルフさま。その……『雪嵐白騎士隊グラッシェラ・デュエラ』の方々の賛同は得られますでしょうか……?」


 聖女とあまり折り合いがよくないというその機関。

 ましてこの案は、外の人間により多くの金を撒いてしまう可能性のある内容だ。

 流護としては、堅物貴族の見本のようなスヴォールンが素直に受け入れる様子が想像できない。

 それに対する聖女の答えは、


「……ふふ。それでしたら、ご心配には及ばず」


 満面の、しかし妙なそら恐ろしさを感じる笑みだった。


「『雪嵐白騎士隊グラッシェラ・デュエラ』は現在、一人を除いて不在です。当分戻りませんし、戻るまで待っている時間的余裕もございません」

「……って、ま、まじすか」


 つまり、強行。

 オームゾルフはすでに、このやり方を押し通すつもりでいるのだ。


(……まあ、もうそれだけ切羽詰まってるってことか……)


 何せ、流護たちがやってきて以降も事態は何一つ進展していない。どころか、美術館が焼けるだのと被害は広がる一方。

 早急にこの事態を収拾できるか否か、一国の主導者としての力を問われる局面でもある。王たる者、綺麗事だけではやっていけない。時には、こうした強引さも必要ということだ。


「……オームゾルフさま。今ほど、『雪嵐白騎士隊グラッシェラ・デュエラ』は一人を除いて不在、と仰られましたが……」

「ええ。そういえば、お話ししておりませんでしたね。先日……バダルノイス北端部のコートウェル地方にて、強力な怨魔の出現が確認されました。この討伐を『雪嵐白騎士隊グラッシェラ・デュエラ』にお願いしたのですが……ミガシンティーアが一度は了承するも、後になって『所用がある』と任務への同行を拒否してしまって」

「!」


 ここで出てくるその名前。流護は思わず、隣のベルグレッテの顔を窺った。さすがというべきなのか、彼女に動じた様子は見られない。


「ではミガシンティーア氏だけは、今もこの宮殿に?」

「ええ。……ですが、別段珍しいことではないのです。彼は、その……変……いえ、少々変わり者ですから。私の方針に異を唱えることもあまりなく……と言いますより、無関心なのでしょう。今回の提案に関しても、特に反対はなさらないかと思います」


 少女騎士の念押しに、聖女が複雑そうな表情で目を伏せる。


「…………」


 スヴォールンを始めとする精鋭騎士たちは不在。今この皇都にいるのは、ミガシンティーアのみ。


(……怪しいなんてモンじゃねーな……。でも、この場合……どうなる?)


 あの男が『黒』の場合。今回オームゾルフが打ち出した方策に、どう反応するだろうか。


(そりゃ、奴がオルケスターと繋がってるなら……やっぱ、反対するんじゃねーか?)


 レノーレやメルティナが捕まっては困るだろう。彼の疑惑について見定める、絶好の機会が訪れたかもしれない。


「懸賞金支払いの変更点について、今日中に準備を進め……明日には触れを出すつもりです」


 流護の心中をよそに、オームゾルフが強い瞳で言う。


「……承知しました」


 少女騎士も賛同する。


「ベルグレッテさんにそう言っていただけると心強い次第です。では、早速……!」


 聖女が息巻くと同時、彼女の耳元に通信術の波紋が広がった。


「リーヴァー、オームゾルフです」

『リーヴァー、失礼いたします。第五兵団長のカングーダであります。我が隊の人員の編成につきまして、ご相談したいことが……』

「あら、ちょうどよかった。兵士のみなさんにご協力をお願いしたい案件があるのです。急で申し訳ございませんが、可能な限りの人数を集めていただけますか」

『え? あ、はあ。承知しました』


 通信を終え、オームゾルフが立ち上がる。


「申し訳ございません、お二方。こちらからお呼び立てしたというのに、忙しなくて」


 すぐさま計画に取りかかろうとする彼女に流される形で、場はお開きとなるのだった。

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