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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
3. 燦然のヘリオドール
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44. 暗雲

「はー……あー」


 流護は頭から水を引っ被った。

 髪から水滴を落としながら、クールダウンへと移行する。


 安息日明け、黒の曜日。日本でいう月曜日に当たる。今は水過すいかの月という六番目の月で、日本でいえば六月。今日は水過の月、十八日。

 こういった日にちに関しての知識も、ようやく覚えたところだった。


 一日二十四時間。七つの曜日。ひと月約三十日。十二の月。これらは名称こそ違ったりはするものの、現代の地球と大差なかった。このグリムクロウズは、限りなく地球の環境に近い惑星なのだろう。

 そんな星が本当にあるのかと思ってしまうが、実際そこにいるのだからもう仕方ない。

 しかし不思議なのは、時間に対する単位……『分』『秒』『一週間』などはそのまま通じるのに、大きさに対する単位は『マイレ』『センタル』など、この世界独自の名称があることだ。まるで、地球の文化と異文化が混ざっているような……。


 とにかくそんな訳で、六月(相当)の中頃ともなれば明るくなるのも早くなってきたため、早朝トレーニングをすることにしたのだ。

 そしてトレーニングをすれば腹が減る、ということで、流護は朝食をとるべく食堂へ向かうのだった。






 まだ早い時間のため、寝ている生徒も多いのだろう。静まり返った学生棟の二階へ上がったところで、横合いから声をかけられた。


「……あの」


 気配すら感じなかったので少し驚きながらも顔を向けると、流護にとって意外な人物がそこにいた。


「お? おお、レノーレ……か。おはようさん」

「……おはようございます」


 金髪ショートにメガネで無口で無表情な美しい少女。

 流護はレノーレについて、それぐらいしか知らない。二人きりで話すのも、何気にこれが初めてではないだろうか。

 そんな少女から話しかけられたことを意外に思った直後、その疑問が氷解する。


「……ミア、見てない?」

「え? いや……」


 一昨日の夜中、食堂で会ってそれきりだ。今回の安息日は一度も会っていない。昨日の夕食時にもいなかった。遅くなってから帰ってくるんだろう、と流護は気にしていなかったのだが……。


「いないのか?」


 流護の言葉に、レノーレはこくりと頷く。

 今日は言ってみれば月曜日だ。当然、授業はある。


「……ミアにノートを貸してて。昨日返してもらう予定だったんだけど、遅くまで待っても戻らなかった。でもどうしても必要だったから、さっき部屋に行った。呼びかけても返事がなくて、鍵も掛かってて。ミアには悪いけど、ドアをこじ開けさせてもらった」


 大人しい顔してアグレッシブだな、と思う流護だったが、それ以上に胸がざわついた。問題が解決していれば、レノーレはこんな話をしていないはずだ。


「……いなかった。学院に一旦戻って、そこから出かけたとかじゃない。おそらくまだ、実家から……帰ってきていない」


 流護はなぜか――ざわりと、肌が粟立つのを感じた。


「今まで、こういうことは?」


 静かな少女は、ふるふると首を横に振った。


「……何かあって間に合わないようなら、必ず連絡を入れてくると思う。……授業をさぼるような子でもない」

「だよな……」


 何だかんだで、ミアはそういうところはしっかりしている印象だ。


「通信は入れてみたか?」


 またもレノーレは首を横に振る。


「……実家の場所を知らない。移動中の人間に通信を繋げる技量も、私にはない。……それに、もし……」


 その先を、彼女は言い淀む。

 言いたいことは流護にも分かった。

 もし。通信が、繋がらなかったら。

 それが何を意味するのかを考える前に、レノーレが呟いた。


「……判断に迷っていたところで、あなたを見つけたので訊いてみた」

「そうか……そうだな、まだ早い時間だけど、やっぱりまずは通信入れてみないか? 誰か得意な人に頼んでさ」


 レノーレは、こくりと頷いて走り出す。流護も、後に続いた。






 午前六時半。ミアやレノーレのクラスメイトで、通信の得意なエメリンという少女を起こし、通信をしてもらうことにした。

 跳ねまくった銀色のショートヘアと、小さな瞳には涙。顔の各パーツがあまり個性を主張しすぎていない、地味めな顔立ちの少女だった。

 眠そうに目をこするエメリンが言うには、精度の高い通信を行う場合は外のほうがいい、とのこと。


「ここじゃいまいちだから、中庭に出てやってみよー」


 途中、朝のトレーニングまで始めたらしいエドヴィンと遭遇した。


「ミア公が帰ってねーだあ?」


 話を聞けば、炎の『狂犬』も訝しげに眉をひそめる。聞けば、やはり今までにこういったことはなかったのだという。

 そのままエドヴィンも合流し、四人で中庭の開けた場所に出た。


「それじゃ、やってみる。ちょっと待ってねー」


 エメリンは目を閉じ、手慣れた手つきで指を宙に舞わせる。固唾を飲んで見守る――間もなく、彼女は言った。


「繋がらないねー」


 その言葉に、流護は口の中が渇くのを感じた。

 ――いや、深く考えることではない。携帯電話にかけたら、繋がらなかったというだけの話なはずだ。

 だから、エメリンも軽い口調でさらっと言ったのだ。必ずしも悪いほうに考える必要なんてない。

 しかしやはり、ミアがまだ学院に帰っていないという事実が、胸をざわつかせる。


「通信が繋がらないってのは……どういう場合がある?」


 流護は声を絞り出す。

 エメリンが答えた。


「んー……、まず、通信が来てるのに気付いてないとか。時間が時間だし、まだ寝てるとかねー」


 流護は先日の昼休みを思い起こした。ふて寝しようと横になったミアの元にベルグレッテから通信が入ったが、彼女は気付かなかった。通信の波紋から、音などは出ない。流護には分からない何かが出ているかもしれないが、あのときのミアのように見落とす可能性がある程度のものでしかない。


「距離が遠すぎて、届かねー場合もあるな」


 エドヴィンが頭を掻きつつ言う。


「……あとは、通信の繋がりにくい場所にいるとか。……全く繋がらない場所もある」


 ぽつりと呟いたのはレノーレだ。

 話を聞く限り、そういったところは携帯電話と大差ないと流護は判断した。やはり通信に応答しないからといって、深刻に考える必要はないはずだ。


「うーん……ミアさ、順位公表で落ち込んでたでしょー? そんで通信に出る気にならないとか、傷心を癒す旅に出たとかー……」


 エメリンの言葉に、レノーレが首を横に振る。


「……一昨日の夜、ミアと通信した。元気だった。元気がないどころか、機嫌よかったみたい。みんな大好きだって。エメリンも」

「へ? そ、そっか。ミアめー……」


 レノーレは続けて流護を見る。


「……あなたも。……ベルと同じぐらい、大好きだって」

「は? え、え?」


 いきなりのことに、少年は動揺してしまった。

 ま、まあミアだし、「大好き」なんて言っても深い意味はないんだろうが……。

 そして最後に、彼女はエドヴィンを見る。


「…………」

「…………」


 そのまま沈黙した。


「…………イヤ、何か言えよオイ」

「……エドヴィンはバカだって」

「あー、イヤ。分かってたよ。分かってたんだけどよ。ったくよ……あのガキャァ……」

「……バカだけど、いいヤツだって」


 その言葉に、エドヴィンは顔を伏せて、もう一度「……ったくよ……」と小さく呟いた。


「うーん……通信したとき、他に何か言ってなかったか?」


 流護の問いに、レノーレはかぶりを振って答える。


「……特には。……やっぱり、こんな風にいなくなるなんて、考えられない」

「ちょっと早い時間だけど、実家のほうに飛ばしてみようかー?」


 そのエメリンの提案に、全員が頷く。

 通信を飛ばしてすぐ、壮年男性と思われる声が応答した。


『……はい。アングレードです』

「あ、ええーと朝早くにすみません。私、ミアさんの級友でエメリンと申しますがー……えーと、お父さんでしょうかー?」

『あ、ああ……ええ……、いや……ミアが……ミアが、お世話になって……』


 ミアの父親。

 どこか疲れたような、しわがれた声だと流護には感じられた。

 実家は貧しい農家だと聞いている。苦労も絶えないのだろう。


「すみません、ミアさんはもう家を出ましたよねー?」

『ええ……昨日……、昨日の朝に。もう、行きました』


(…………?)


 流護は、そこで何か引っ掛かりを覚えた。

 ど忘れして、喉元に何かが出かかっているような感覚。


「あ、そう、ですよねー。えーっと……」


 そこからどう言おうか、困ったのだろう。こちらを見るエメリンに、レノーレは頷いて指を一本立てて見せた。その指を横にしゅっと倒す。

 流護には意味が分からなかったが、エメリンは少し驚いた表情を見せながら、通信の向こうに告げた。


「わ、分かりました。えーと、では、失礼しますー!」


 通信を終えた。


「はー。なんか不自然になっちゃったかな。切ってよかったのー?」

「……うん。ミアがいないって言うと心配すると思う」


 レノーレのあのサインは、『通信を切れ』という意味だったようだ。


「昨日の朝に、もう出ただぁ……?」


 訝しげにエドヴィンが言う。


「丸一日経って、学院に戻ってないなんて……さすがにちょっと、おかしいねー……」


 最初は軽い様子だったエメリンも、異常さを感じ取り始めたようだった。

 ――そうだ。なぜ――


「どーかしたかよ? アリウミ」

「ん? んー……いや、何でもない」


 考え込んでいるところに、エドヴィンが声をかけてくる。

 そんなことを気にするのは後回しだ。まずはやれるところからだ、と気持ちを切り替えた。


「ミアの家から学院までは馬車で五時間ぐらいだったよな。間に何かないか?」


 すぐにエメリンが答えた。


「西のほうだね。ずーっと行くとほんっと田舎だけど……ミアの実家と学院の間となると、ディアレーの街ぐらいかな」


 ディアレーの街。そういえば先日のミアとの会話の中でも、そんな名前が出ていた気がする。


「あー、ディアレーか。よし、ちっと当たってみっか」


 ヤンキー座りをしていたエドヴィンが、膝を叩いて立ち上がった。

 エメリンがジト目で言う。


「って……エドヴィン、授業サボる気なのー?」

「あ? ミア公がやべーかもしれねんだ、授業なんざ受けてられっかよ」

「いや……私やレノーレは余裕あるからいいけど、あんたはさー……」

「三百位ナメんなよ。落ちるとこまで落ちてんだぜ、今さら気にするかってんだ。ある意味、一番余裕あんのは俺だろ」


 清々しいほど晴れやかな顔で、エドヴィンは断言するのだった。

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