424. 光明となるか
すっかり薄暗くなった室内で、待ちかねたように流護は口を開く。
「なあ、ベル子……」
言いたいことは察しているとばかり、少女騎士が頷いた。
「ええ、もちろん説明するわ。……申しわけありません、ジュリーさん。勝手に話を進めてしまって」
「いーえ、大丈夫よ。まぁ少し驚きはしたけど……ベルグレッテちゃんのことだし、何か考えがあるんでしょ?」
もう分かっているとばかり、ジュリーも先を促した。
「はい。まず、サベルさんとエドヴィンの移送をお断りした件についてですが」
続く言葉を、さらりと少女騎士は言ってのけた。
「王宮内に、オルケスターの手の者が潜んでいると思われるからです」
「!」
いきなりの核心ともいうべき内容に、流護とジュリーは絶句した。
「ミガシンティーア氏の発言の中に、どうにも解せない部分がありました」
「げ、解せない? 何だよ?」
逸る流護とは対照的、落ち着き払ったベルグレッテが答える。
「彼は私たちの前に現れるなり、こう言ったの」
『聞けば、お連れの方……男性二名が重傷を負われたそうで。まあ、命があって何よりといったところですが……そこでオームゾルフ祀神長より、お二人を王宮の治療室にお連れしたい……との話がございましてな』
「どうしてオームゾルフさまやミガシンティーア氏は、サベルさんとエドヴィンがどうにか一命をとりとめたことを知っていたのかしら?」
どんな矛盾点が飛び出すのかと身構えていた流護は、つい眉を八の字に寄せていた。
「え? それは別に……おかしくないんじゃね?」
サベルは消火活動に当たっていた兵士や職員、そしてジュリーによって助け出されているし、エドヴィンも発見者の通報を受けた兵士によって救助されている。二人がケガを負って運ばれたことを知る兵は多いだろう。
対処に当たった現場の者からオームゾルフに話が伝わり、事態を把握した彼女がオルケスターの仕業と推測しつつミガシンティーアたちを遣わした――という流れであることは容易に想像がつく。
迅速な対応だ。何もおかしい部分などないのではないか。
流護としてはそう考えるところだったが――、ベルグレッテはその齟齬を指摘した。
「いいえ、絶対におかしいの。だって……『二人の命に別状がないと分かったのは、ついさっき。ミガシンティーア氏がやってくるほんの少し前』のことなんだから」
流護は思わずあっと声を上げ、ジュリーも目を見開いた。
サベルとエドヴィンがここに運び込まれたと聞き、急いで駆けつけて。懸命の治療が続けられている間、流護たちはこの待合室で祈るように待機していた。
そうして、
『お二人とも、命に別状はありません。とはいえ重傷には違いないので、当分は絶対安静ですな。目を覚まされるまでには、今しばらく時間が必要かと』
二人の『生存が確定した』のは、このとき。
病室から出てきたゴトフリー医師にそう告げられたのは、時間的にも『ついさっき』の話なのだ。
それまでは、助かるかどうか分からない彼らの身を案じ続けていたのだから。助かりますように、と願い続けて待っていたのだから。一見した限りでは、それほどひどいケガだった。
つまり現時点でサベルとエドヴィンが助かったことを知るのは、実際の治療に当たったゴトフリー医師と、処置を済ませた彼から報告を受けた流護たち三人。この四人だけでなくてはならない。
それ以外の者の認識は、『サベルとエドヴィンは重傷を負って助かるかどうか分からない状態』であるはずなのだ。
となれば――
『聞けば、お連れの方……男性二名が重傷を負われたそうで』
重傷である、という前情報はともかくとして、
『まあ、命があって何よりといったところですが……』
これもまだ分かる。例えば、表でゴトフリー医師に聞いたのかもしれない。
――だが。
『そこでオームゾルフ祀神長より、お二人を王宮の治療室にお連れしたい……との話がございましてな』
ここだ。
『すでに助かっていると知ったうえでミガシンティーアらが遣わされた』のは、タイミング的におかしいということになる。
耳が早いだとか、迅速な対応どころの騒ぎではない。本来、この時点で彼らが知り得るはずのない情報なのだ。
仮に「助かっているだろう」と当たりをつけて彼らが派遣されていたにしても、『万が一』をまるで想定していないかのようなこのセリフはやはり不自然に思える。そもそも、生きるか死ぬか分からないような状態の人間を、この寒空の下で移送しようとはしないはず。
「何で……知ってたんだ……?」
あのやり取りを見るに、処置を終えたゴトフリー医師がオームゾルフやミガシンティーアに一報を入れていたセンはないだろう。明らかにそんな時間もなかったし、いかにオームゾルフが招いた客とはいえ、すぐ隣の部屋で無事を祈って待機している流護たちよりも先に知らせるとは思えない。念のため、彼が戻ってきたら確認しておくのが吉か。
「ねえ。これって……サベルたちの件について……オームゾルフ祀神長に報告を入れた誰かがいるはずよね?」
ジュリーのそんな疑問を聞いて、流護の脳内で電球が閃く。
「そうか……! そいつを見つけ出して話を聞けば、何か分かるか……?」
オームゾルフに尋ねれば、それが誰だったのかなど容易く判明する。
なぜ、サベルとエドヴィンが一命を取り留めたと分かっていたのか。医師が処置を済ませる以前の段階で。その理由に到達できる。
その人物が黒とは限らないが、そうして怪しい部分を芋づる式にたどっていけば、新しい発見に行き当たるかもしれない。
「どうよベル子先生……!?」
顎の下に指を添えた少女騎士へお伺いを立てると、
「……治療したゴトフリー先生や私たち三人の他に……それも誰よりも真っ先に、サベルさんやエドヴィンの容態を正しく把握していてもおかしくない者がいるわ」
芋づるを引っ張るまでもなく、彼女はそこにたどり着いていた。
「へ? え? まじで? 誰だよ?」
「二人を襲った張本人よ」
流護は絶句しながらもようやくに思い至る。
だからベルグレッテは、最初に言ったのだ。
王宮内にオルケスターの手の者がいるかもしれない、と。
なるほど確かに、サベルやエドヴィンと実際に対峙していたその相手ならば、二人の具合を把握していても不思議はない。何しろ、自分が傷を負わせたのだから。
深手ではあるものの、死なない程度だと。相手に与えた傷の度合いを、誰よりも早く正確に理解していた。
「ちょっと待って。それじゃあ、さっきの王宮移送の話は……罠だった、ってこと……?」
ジュリーが流れるようにその推測へ行き着く。
王宮に潜むオルケスターが、サベルたちに止めを刺すためにそう仕向けた。獲物を手元へと手繰り寄せ、確実に仕留めるために。
「ってことは……? おいおい、もしそうなら……」
いっそ公平に疑うのであれば、オームゾルフやミガシンティーア――『雪嵐白騎士隊』が実は敵で、王宮への移送を画策したという可能性も全くのゼロではない。
が、彼らはバダルノイスという国を代表する、いわば顔とも呼ぶべき存在。
そんな存在がもし敵であれば、たかが数人の客を相手にこんなまどろっこしい真似などしないだろう。単純に、数――軍事力で叩き潰せるのだから。
では、そうでないのなら。より現実的に考えるのならば、
「オームゾルフ祀神長とかミガシンティーアまで、本人に自覚がないままオルケスターに利用されてる……ってことにならねーか……?」
何者かの報告でオームゾルフはサベルとエドヴィンの容態を知り、二人を迅速に保護すべくミガシンティーアに王宮移送を命じた。
それ自体が、敵の脚本通りだとしたら――
「オームゾルフ祀神長の善意がまでもが、読まれたうえで利用されたっていうの……?」
自然、そう呟いたジュリーと流護は示し合わせたようにベルグレッテへと顔を向ける。
「ええ……その可能性は、大いにありうると思います」
少女騎士はといえば、いまいち煮え切らない様子で頷いた。
「ん? 何だよベル子。ここまでの流れからして、『そうね(キリッ)』とか『違うと思うわ(ドヤァ)』とか自信満々な感じで言ってくれると思ったのに」
「……むっ。なんだか馬鹿にしてない? それはともかくとして、断定はできないわ」
「何でだよい、ここまできて」
「だって、全ては推測だもの。王宮内にオルケスターと通じてる人間がいるかもしれないことも、王宮移送提案の真相についても。今現在の状況からそう考えられるという話であって、それらを裏づけるたしかな証拠はないから」
「いや、うーん……そらそうかもしれんけど……」
何というか、ベルグレッテも強気なのか弱気なのかよく分からない。
「じゃあ、その裏付けを取っていきましょうよ。やっぱりまずは、サベルたちの容態をオームゾルフ祀神長に報告したのが誰なのか。これが分かれば、確かな足掛かりになるはずよ」
そのジュリーの提案には、少女騎士も「そうですね」と頷いた。これについては流護も同じ思いだった。果たして、この小さな手掛かりが光明となるか。
「あっ、でも……」
と、勢い込んでいたジュリーの表情がふと曇る。
「敵の襲撃には気を付けなきゃ。特にサベルとエドヴィンくんは動けないんだから、放ってはおけないし……」
「そう、っすよね……」
聞き込みも大事だが、昏睡中の男二人は無抵抗状態。追撃を警戒するなら、常に誰かしらがそばにいる必要がある。
となると、調査と警護で二手に別れることになるが、今の流護たちは三人。分担するのであれば、どうしても誰かしらが一人になってしまう。この現状で単独行動など、狙ってくれと言っているようなものだ。
(うーん、よくねえなあ……)
どうしたものか、と流護が唸っていると、
「それについてですが――」
少女騎士が小さく手を上げる。
それとほぼ同時、
「ふう……」
ミガシンティーア一行の見送りを終えたらしいゴトフリー医師が、やや疲れた顔で待合室へと戻ってきた。
「おっと……随分と暗くなってしまったね」
苦笑を浮かべた彼は、棚の引き出しからマッチを取り出して一擦り、机上に置かれたカンテラへと着火する。ボウと温かみのある明かりが、室内を優しく染め上げた。
「ええと……ところで君たち、先ほどの件なんだが……」
カンテラの位置を調整しながら、壮年の医師はやや言いづらそうに頭を掻く。
「今、外でミガシンティーア様からも改めて聞いたよ。君たちが、オル……何たらという輩に狙われているという……」
奥歯に何か挟まっているような、腫れ物に触れるかのような。
「その、私も最初は移送に反対したが……大丈夫だろうか? ホラ、ここが襲われでもしたら、私としてもだね……」
(あ、そっか)
申し訳なさそうなその態度で、流護も医師の言わんとすることを察した。
つまり――流護たちは襲撃を受けるかもしれない。そしてここは彼の診療所。巻き添えを食ってはたまらない、ということだ。当然の懸念だろう。
「先生、それについてなのですが」
と、ベルグレッテが今さっきの焼き直しみたいに切り出す。
そう。つい先ほど彼女が何事か喋ろうとしたところで、ゴトフリー医師が戻ってきたのだ。
そして今度こそ遮られることのなかった少女騎士は、自信に満ちた口ぶりでこう断言した。
「ご安心ください。ここにいる私たち……ひいてはこの診療所が襲われるようなことは、現状ありえませんから」
つい先ほど「断定はできない」と言っていた彼女は、この点に関してあまりにもきっぱりと言い切った。