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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
12. アザー・オース
420/668

420. 業火の果て

 未だ強がる獲物を前に、まずアルドミラールが覚えた違和感。


(? 何ダ……この、暑さは)


 密閉された空間。

 最初は、散々放った炎術の熱気が未だ漂っているのか――と考えた。が、


(いや、そうデはない)


 今は、生きとし生けるもの全てが凍てつくとまで謳われるバダルノイスの冬季。広大な宮殿から朽ちたあばら家に至るまで、暖を取ることに苦慮している時期なのだ。

 間違っても、上半身をさらけ出したアルドミラールが暑さなど感じるはずはない。となればその発生源は――


「ク、フハハハ……やはり何か仕掛けるつもりダな? サベル・アルハーノ」


 明らかな反撃の兆候を見せる相手。しかし同時に、身動きが取れないほど弱り切った獲物でもある。

 無用な攻撃を受ける前に、アルドミラールは構えたカタナを振り下ろす――ことなく、


「いいぞ、見せテみろ。貴様の最後の足掻きを」


 むしろ受け入れんとばかり、両手を広げて待ち構える。


『本当に強い奴ってのはさぁ、相手の「全」を受け切ったうえでねじ伏せる訳よ。完膚なきまでにね。オイラたちに求められるのは、そんな強さなんだなぁ』


 黒衣の殺人者の脳裏に甦るは、オルケスター最強とも謳われる男の言葉。『この力』を付与される前に告げられた、その方向性。


(機ダ。証明しテやろう)


 決して上位の戦士にも、超越者にも引けを取らぬことを――


「お前さん……俺の、炎の……真価は、何だと思う?」


 アルドミラールの思考を遮ったのは、かすれたサベルの声だった。


「まさか……ただ紫色なだけ……、なんて思ってないよな」


 反応を待つでもなく、瀕死の青年は勝手に続ける。


「天轟闘宴の時はなァ……、ちょいと披露する暇がなかった。何せ……いきなり現れたからな、あの馬鹿デカいバケモン野郎は……。何より、これは……使った時点で失格になったろうしな」


 うつむいてぼそぼそと語る口ぶりには覇気がない。意識が朦朧としているのか、この分では自分で何を喋っているのかすら分かっていないのかもしれない。


(チ、追い込み過ぎタか――)


 こんな様では、最強っ屁にも期待できないか。いささか興が削がれた、と落胆しかけたアルドミラールの目に映ったのは、


「そんな訳でよ、終わりにしよーぜ」


 見上げてくる眼光。確かな光が宿る、薄赤色をしたサベルの瞳だった。


「――――!?」


 刹那。

 世界が、変容した。


(なん、ダ、!?)


 壁、床、柱、瓦礫、天井。視界に映るもの全てが一瞬で紫に染まり、


「ヌ……ウッ!?」


 アルドミラールの全身を包み込む小爆発。自律防御が反応したのだ。


「! 成程、そう来タか……これが貴様の思惑ダっタか」


 一拍遅れ、ようやくアルドミラールは何が起きたのかを理解する。

 燃えているのだ。突然現れた紫炎が、部屋全域を隈なく包み込んでいる。


「如何に打つ手なしとはいえ、妙に転げ回っテいるとは思っテいタが……こういうことダっタか」


 防戦一方のサベルは、やたらと壁を背にしたり床に手をついたりといった行動が目立っていた。あれはただ追い込まれていたのではなく――『これ』を発現させるため、部屋そのものに術を施していたのだ。

 絨毯の敷き詰められた床を這う火波は、当然ながらアルドミラールを飲み込もうと迫るが、それらは自律防御に打ち消され届かない。

 無論、サベルとてこんなもので倒せるとは考えていないはず。となれば、狙いは――


「ク、フハハ……成程、間接的に、ダな」


 炎による直接の攻撃ではなく、発生する熱気によって炙り殺す。あるいは煙に巻かせる。窒息を狙う。

 その発想は悪くない。自律防御に阻まれることなく相手を倒しめる、有効な一手といえるだろう。


「ダが……悲しいな」


 続かない。

 木造の建築物ならばともかく、この城は巨岩の塊ともいえる代物。簡単に火がつくような環境ではなく、加えてこの場所に置かれている可燃物は少ない。展示物は武具ばかりで、せいぜい絨毯、カーテン程度。

 燃えないものを熱し続けるには、莫大な魂心力プラルナが必要となる。たかが一個人、それも瀕死のサベルでは、文字通り火力が足りない。この石室を蒸すだけの力はない。

 ただでさえ、この部屋には封印術が施されているのだ。サベルほどの使い手であっても、術の威力が緩和されてしまうことは間違いない。


 何より、悠長にすぎる。

 アルドミラールが今すぐに刃を降り下ろせば、それでケリは着くのだ。部屋が熱気に満たされるまで大人しく待ってやる理由などない。


「自滅覚悟の巻き添え狙い……これが貴様の奥の手、か。少々残念ダ」


 荒ぶる紫炎の渦中に佇みながらも、自律防御によって無傷の殺人者は嗤う。


(ここが底ダ)


 再度、カタナを振り上げる。


 相手の全てを受け切り、かつ己は切り札は温存したままでの勝利。

 サベル・アルハーノは、決して弱者ではなかった。むしろ一流の詠術士メイジに違いない。


(それデも……)


 この程度。これほどの差。

 熟達の術者をこうも容易く見下ろせるほどの、新たなる力。


(じき、追い付くダろう……)


 この分ならば、オルケスターの上位に肉薄する日は遠くない。

 並み居る、一癖も二癖もある戦士たちに。その筆頭、歴戦の強者たる傭兵、『双濤斬将そうとうざんしょう』ヴァルツマンに。そして、いかなる敵対者をも葬る殲滅部隊オスティナトの四人――中でも、あの二人。


『率直に言おう。僕は、君を軽蔑する』


 純白の頭髪と真紅に輝く瞳を持つ、冷たく利発な青年。


『嫌いじゃねぇゼ。お前みてぇな弱い奴が足掻くのは、見てて面白ぇ』


 好戦的で残虐な、たがの外れた水の殲滅者。


 ……いずれ、届くはずだ。

 強者の序列が入れ替わる。この力には、そんな革命を起こすだけの潜在性が――


「ッ」


 アルドミラールの思考を割ったのは、右手に迸った衝撃だった。

 先程から細かく続いている、自律防御による小さな爆発。しかし今は、思わずカタナを取り落とすほどの。


「なんダ? ……!」


 そこで、ようやくの違和感に気付くこととなった。

 燃えている。金属で拵えられたカタナが、ごうごうと。一瞬だけ火の粉が取りついているのではない。紫の揺らめきは、一向に消える気配を見せない。


「――――」


 おかしい。アルドミラールのその考えが決定的になったのは、今この瞬間だった。

 そう、燃えている。

 燃えないはずの部屋が――壁が、柱が、天井が、展示ガラスが、崩れ落ちた瓦礫が、何もかもが躍り狂う紫炎に包まれている。その勢いは衰えるどころか、次第に増している。


「よう……やっとこさ、違いに気付いたか?」


 ありとあらゆるものが燃え盛る中――紫に包まれる世界の中、火に巻かれることのない唯一の存在。平然と座し五体を投げ出す、『紫燐ウィステリード』のサベル・アルハーノ。


(! 封印術の掛かっテいる壁や天井が、こうも容易く……! しかも……この現状デ尚……制御を手放しテない、ダと?)


 誰もが知る大原則。

 自らの発した神詠術オラクルによって、術者が傷つくことはない。

 つまり炎属性ならば己の術で己自身が焼かれることはない――のだが、燃え移った別の何かとなれば話は別だ。

 例えば、神詠術オラクルで蝋燭に火を灯した場合。芯に移った炎はもはや術者の意思とは無関係に燃え続けるが、これは『制御を離れた状態』となる。

 術ではなくただの火となるため、これに触れれば元の術者であろうと火傷を負う。


 ――つまり今この現状、部屋内の全てが炎上している中で、サベルが火だるまとなっていないのはおかしいのだ。

 これだけの規模で荒れ狂う炎など、本来ならばとうに制御を離れているはず。


(いや、それ以前にダ――)


 舞い散る火の粉、全身に自律防御の爆発を感じながら、アルドミラールはもうひとつの異常を再認識する。

 その思考を読んだように、座り込んだままのサベルがニヤリと口元を歪めた。


「俺の炎には、ちょいと変わった性質が二つばかりあってな……。『完全制御』と、『万物炎上』だ」






「ヌ……!」


 アルドミラールは瞬間的に顔を巡らせた。

 全てが紫に揺らめく中、視界に飛び込んできたのは崩落した出入り口。獲物を逃がさぬため、自らが封鎖した通路。


「逃げられないのは……お前だぜ、変態黒マントハゲっパチ野郎よう。いくら俺が瀕死だからって……、余裕をコキ過ぎだぜ」

「チ……!」


 得意気な死に損ないに止めを刺してやりたい心境のアルドミラールだったが、それどころではない。

 術者を殺したところで、燃え移った火は消えないのだ。これも炎属性の厄介なところだった。


(完全制御に、万物炎上ダと……!)


 初めて聞く能力ではあったが、その名から――現在の状況から、どんな力を持っているかは容易に想像できる。


「チ!」


 焼け落ちる絨毯の上を自律防御に任せて突っ切ったアルドミラールは、


「ハァッ!」


 右手に旋風、左手に水流を喚び出し、燃え上がる出入り口の瓦礫へ向かって掃射する。

 瞬間的に生まれた暴風雨は、猛り狂う青黒い揺らめきたちを一瞬で沈黙させた。

 ――かに、見えた。


「!」


 殺人者は瞠目する。

 鎮火したはずの石片が、再び紫炎を纏い始めたのだ。消し切れなかったかと舌を打つアルドミラールだが、すぐに気付く。


(! いや、そうデはない。これは……)


 たった今、己が消火のために吹きつけた水。

 その『水自体が燃えている』。

 直に熱せられた水が紫炎へと変じ、当然のように瓦礫へと移った。そのまま当たり前のように燃焼を続けていく。


「言ったろ。『万物炎上』、ってよ」


 驚愕するアルドミラールの背後から届くは、その炎を生み出した男の声。


「成程……、石も、カタナも、水すらも燃やせる故の『万物』炎上、という訳ダ……、!」


 振り返ったアルドミラールは、そこで思わず目を見開いた。


「お、オオ」


 期せず漏れたのは、純粋なまでの感嘆。

 室内を乱舞する、紫色をしたおびただしい数の火の粉。まさに、『紫燐ウィステリード』という二つ名を体現した光景がそこに広がっていた。

 煌めきの触れた箇所に小さな火が生まれ、あっという間に大きな炎となり、勢いを拡大していく。まるでその様相は、全てを侵食する災禍さながら。


(! 息が……、詰まっテ……)


 いよいよ空気が熱を帯び切ったか、自律防御越しにも肌がひりつき始める。


「昔、東の方で変わり者の医者に会ってな……。そいつは、俺の炎を『地獄の炎(ヘルファイア)』なんて呼んでたよ。あんまし、縁起のいい名前じゃねえようだがな」


 その呼称の意味は不明だが、青黒く不気味に彩られた今この空間は、伝記や物語に描かれる冥府リヴェリエを彷彿とさせた。

 もし仮に自律防御がなかったなら、今頃アルドミラールはこの禍き炎によって炭化させられていたことだろう。

 むしろ現状でも大差はない。このままでは火こそ防げても蒸し焼きになるだけだ。死へと至る道のりが少しばかり違うだけの話だった。


(成程、グ、ヌ……! これが真髄という訳ダ……!)


 前情報に偽りなし。

 いざ対峙して、力を認めつつもその価値に疑問を抱きかけていたが、もはや疑う余地もなかった。


(息が……、デきん……!)


 様々な人の殺め方を模索し、実際に試してきたアルドミラールだったが、生まれて初めて知った。人は炎に巻かれると、燃えなくとも呼吸ができなくなるのだと。


(腹立タしい……実に、腹立タしい……ッ)


 勝てなかった。

 かつてのアルドミラールでは、逆立ちをしてもこの相手には勝てなかったろう。この状況を打破するすべもありはしなかったろう。それほど、詠術士メイジとしての性能に隔たりがある。


(ダが)


 敵の全てを受け切って勝利する。テオドシウスが示した方向性。

 その達成は――オルケスターに所属し、キンゾルによって力を得た今の自分ならば、やはり揺るぎはしない。


(それを証明しテやろう……『全力』デな)


 アルドミラールは、己の胸にぶら下がる心臓のひとつを掴んで握り込んだ。念のため備えておいて正解だった、と。


(必要ダ……呼吸をするタめの『風』がな)






(やれやれ……参ったぜ、ホント)


 薄らぐ意識の中、四肢を投げ出して座り込んだサベルは心中で毒づいた。

 根を失った流浪者。いつ潰えるとも知れぬ身の上。

 死は、常にそばに寄り添っている。『終わり』は常に想定していた。ゆえに、悔いが残らぬよう日々を全力で楽しみ謳歌していた。


(ったく……イキナリだよなァ、いつも)


 直近でこの覚悟に迫られたのは、あの天轟闘宴。例の異様な巨人に圧倒されて以来か。


(美術館側にゃ申し訳ないが……)


 この部屋ごと焼失させる。

 アルドミラールは、ここで封殺する。これほど危険な『凶』を外に放つことはできない。


(……疲れた、なァ)


 そして、サベル・アルハーノもここで死ぬ。


 紫炎が己の身を焦がすことはなくとも、部屋が焼け落ちれば圧死する。切り傷だらけの全身から血が尽きるほうが早いだろうか。いずれにせよ、死神の迎えはすぐそこまでやってきている。

 終わりだ。

 しかしその代わりに、この男も道連れにしていく。


(ジュリー……)


 覚悟は決めた。それでもやはり気がかりなのは、愛する伴侶のことだ。

 紫の炎に包まれたこの区画を一目見れば、彼女は即座に察するだろう。長年連れ添った間柄。異常に気付いたなら、適切に動いてくれるはず。かつて交わした『あの約束』を、遵守してくれるはず。


(スマンな。お前だけでも……)


 そして――


(気を……付けろよ、リューゴ……)


 無術の強者たる少年の顔が浮かぶ。

 謎に包まれていた組織集団オルケスター。その片鱗がついに姿を現した。


 アルドミラールは強い。

 そして仮にこの男のような強化詠術士(メイジ)が幾人も量産されていれば、その危険度は針を振り切る。

 いかな流護とて、こうも矢継ぎ早に強力な術を連発する相手に敵うかどうか。そんな手合いが複数存在するなら、もはや戦おうとすること自体が無謀だ。

 サベルがアルドミラールを相討ちに持ち込めたのは、ひとえにこの快楽殺人鬼が慢心し切っていたからに他ならない。


(心配、は心配だが……)


 流護やエドヴィンはともかく、聡明なベルグレッテならばこの危険を理解し、最適な対応を取れるだろう。彼女が牽引することで、ジュリーも事なきを得るよう願う。


(それに……)


 胸元に視線を落とす。上着の内衣嚢に入っているものが、


(『これ』が……何かの手掛かりを掴む切っ掛けになるはずだ……)


 ここまでの激闘や熱で壊れていないことを祈るばかりだった。元がそこそこ頑丈な鉱石であるため、大丈夫だと思いたい。


「…………、……」


 霞む視界の中、道連れにする敵を見据える。


(っと、いよいよヤバイ……か……)


 こちらに背を向けて、自らが崩した出入り口の前で立ち往生するアルドミラール。その後ろ姿がぶれて見えるようになったのだ。

 そろそろ限界、目がかすんできたか、とサベルが考えたのは無理もないことだった。

 が、


(……――――、な、に……?)


 おかしい、とすぐに気付く。

 ぶれて見えるのは、アルドミラールの姿『だけ』だった。自らが広げた紫炎も、崩れ積もった瓦礫も、一切霞がかってはいない。そこに佇むその男だけが――


(……いや、違う……あれは……)


 ようやく認識した。


 人影。

 いつの間にか。アルドミラールのすぐ隣に、重なるように誰かがいる。


 もちろん、そんなはずはない。ありえない。

 完全に密閉された空間。サベルは敵を逃がさぬよう、アルドミラールはどうにか脱出するため、それぞれ立ち回っている現状。第三者が忽然とこの場に現れるなど、天地が覆そうとありえない。


 ならば、あれは誰……否、『何』なのか。


「……――――」


 サベルは目の当たりにした。

 急速に膨張するその威容と、巻き起こる旋風。容易く爆砕する岩壁。

 そして瞬く間に視界を覆い尽くす、逆流の嵐。『その力』に負けて吹き散らされる、己が紫炎の奔流を。


 ――それは、道連れに持ち込むことすらできなかった決着を示していた。

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