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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
12. アザー・オース
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414. 足掻く

「はっ、はぁッ……!」


 駆け抜ける。

 火球を囮にして近場の家の庭に飛び込んだエドヴィンは、そのまま敷地を横切って反対側の小道へ顔を出した。


(誰もいねーな……)


 というより、人気ひとけそのものが感じられない。聖礼式パレッツァのため、住人総出で教会に集まっているからだろう。

 真昼の街中が静まり返っているという状況は、賑やかなレインディール王都育ちのエドヴィンにしてみれば異様以外の何物でもなかった。


「!」


 そうして通りの様子を窺っていたエドヴィンだったが、慌てて顔を引っ込める。


「お兄さ~ん、逃げても無駄でやすよぉ~」


 角からヌッと出てきたのは、言うまでもないあの男。

 道の中央を堂々と歩くモノトラが、余裕げに首をあちこち巡らせながらこちらへとやってくる。


(チッ、このナスビ野郎……)


 エドヴィンは逃げた訳ではない。

 そう見せかけてこの入り組んだ住宅地を利用し、背後や死角からモノトラを狙い撃つつもりでいた。

『狂犬』といえど、誰彼構わず無策で噛みつく訳ではない。己の身の程や引き際は弁えている。


(ったくよ……やべーぜ……)


 旗色の悪さは今さら論ずるまでもない。

 このモノトラという男は、間違いなく自分より強い。それも遥かに。エドヴィンは素直にそう判断している。普段なら、敵わない相手だと諦めて尻尾を巻いていたかもしれない。

 だが、今は事情が異なる。


(コイツは、ここで俺がブッ倒す……!)


 相手はオルケスターの一人。

 逃がせば、一緒にいた派手な女や他の仲間に合流されてしまう。

 加えてこの相手は、ベルグレッテや流護に危害を加えると明確に宣言している。


『ベルグレッテ・フィズ・ガーティルードの方も。殺しちまって、構いやせんよね』


 ありえない。

 仲間に……惚れた女に手をかけると言い放ったクソ野郎からすごすご逃げ出すことなど、絶対にありえない。そんな選択肢は、エドヴィン・ガウルの中に欠片ほども存在していなかった。


(それによォ……)


 これは危機であると同時に好機。

 謎めいたオルケスターの構成員から、有益な情報を引き出せるかもしれない。そのように活躍すれば、ベルグレッテが自分を見る目も変わるかもしれない……。


「!」


 パキン、と氷を踏み砕く硬い足音。ハッとしたエドヴィンは通りを覗き見た。

 狭い道の真ん中を堂々と歩くモノトラが、すぐ近くまでやってきている。距離にして十マイレ前後か。


「チッ」


 まだ気付かれてはいない。距離を取るため建物の隙間を縫って、隣の家の塀を跨いで庭へ。そのまま、建物の裏側に回る――


「! オワッ……!」


 つもりだったが、慌てて足を止めた。


 眼下に広がる雄大な雪の街並み。

 家の裏手に道はなく、すぐ先が切り立った断崖となっていたのだ。


 高さはおよそ二十マイレ前後か。下に家屋の屋根や並木の穂先が連なる中、石畳の道が延びている。落ちれば一巻の終わりだろう。この家の二階から外を眺めれば、さぞや絶景が望めるに違いない。

 移動に夢中で、このような立地となっていることに気付かなかった。


(っと、こっちはダメだ……!)


 踵を返し、崖沿いの家々を横断する。

 家屋の裏手やその脇で行き止まりとなっている道には簡易的な柵が設けられているが、エドヴィンの腰ほどの高さしかなかった。転落防止としては少し心もとない。


(何かの拍子に落ちちまいそーだな……)


 遠方の景色に目をやりながら、数軒先の家の倉庫の陰に身を潜める。


(さて、どーするよ……)


 半端な位置取りから攻撃しても、防がれたうえにあの脚力で接近されて終わるだけだ。その闘いぶりは、まるで有海流護を彷彿とさせる――


(イヤ、ねーよ……くだらねぇ。アイツだったら、一発で俺を仕留めてる)


 かつての敗戦、彼の活躍劇を思い返しながら、即座に否定した。


「お兄さん、いるんでやすよねぇ~」


 あんなとぼけた茄子男が、己が目標たる『拳撃ラッケルス』の遊撃兵に届くはずはない。

 少なくとも、あの華奢な細腕。拳に何か装着していて『この程度』なのだ。比べるべくもない。


(それより、この野郎……)


 建物の角で息を潜めながら、エドヴィンは訝っていた。


「どこでやすかぁ」


 これで四度目。

 近づいてくるモノトラの声。

 そう、確実に近づいてくる。

 家屋の物陰を渡り歩き、距離を保ちながらこの男の隙を突こうとしているエドヴィンだったが、


(野郎……さっきからどーして、俺のいる方に正確に寄ってきやがるんだ……?)


 物陰から物陰へ、行ったり来たり。狭い通路で待ち伏せようとしたり、あるいは背後を取るべく迂回してみたりしているのだが、その都度モノトラは方向転換し、エドヴィンの隠れているほうに歩いてくるのだ。


「お兄さん、いるんでやすよね~」


 呼びかけながらキョロキョロしている以上、正確な位置を把握している訳ではない。そんな真似ができるはずもない。

 ナスタディオ学院長などは特定の人物の所在を把握することができるというが、それは『ペンタ』の力があってこそだ。不勉強なエドヴィンに詳しい理屈は分からなかったが、『人の居場所を知る術』なるものは非常に難度が高いのだという。


(そんな術が誰でもカンタンに使えりゃ、レノーレの奴を探すのも楽だろーしな……)


 一般に『策敵』と呼ばれる、周囲の怨魔の数を把握することのできる技術は学院生にも使い手が多いのだが、相手が人間となると勝手が違うらしい。ちなみにエドヴィンは、そんな策敵の術すら使えない。

 それはともかく、


(アリウミみてーな身体能力に、学院長みてーな捜索能力だぁ……? ケッ、ありえるかよ)


 しかし現にこの相手は、着実に自分の隠れる場所へと接近してくる。目にも止まらぬ速さで、自分を殴り倒している。身をもって経験しているのだ。

 オルケスターの中でも、上位の使い手なのかもしれない。


(見つかりゃ、そこで終わりだ……。俺じゃ、コイツの身体能力にゃ反応できねぇ……。……ハ、ハハッ)


 改めて思い知る。

 これまで真剣に続けてきたはずの肉体鍛練が、いかに無意味だったのかを。強者を前にしたなら、まるで通用しないということを。


(ったくよ、笑えるぜ……)


 絶体絶命。

 モノトラが何らかの手段でこちらの位置をおおよそ把握しているとなると、不意打ちを成功させることは難しい。加えて、あの脚力。逃げ切ることも現実的ではないだろう。


(どーする……?)


 思索を巡らす間にも、


「お兄さ~ん、諦めて出て来ましょうよぉ」


 モノトラはもったいつけるように一歩一歩、ゆったりとした足取りで迫り来る。


(クソ、何か手は……、!)


 辺りへ視線を巡らせたエドヴィンの目に、ある景色が飛び込んだ。

 奥の民家。除雪作業で寄せ集めたものなのか、壁沿いに子供の背丈ほどの雪山ができている。そのすぐ上には、せり出した二階のバルコニーがあった。


「……!」


 事態は一刻を争う。

 多少気が引けたが、エドヴィンは即座に行動を開始した。






 雪に包まれた無人の居住区。

 石畳の舗道をゆっくり徘徊するモノトラが、探していた相手を見つけてニヤリと笑う。


「おやぁ、お兄さん~。どうしたんでやすか、そんな場所で」

「ヘッ」


 エドヴィンは鼻で笑いながら、相手を『見下ろして』やった。

 立っているのは、民家の二階。今しがた見つけたバルコニー。雪山を踏み台にして上がり込んだが、やはり住人は留守にしているらしく家の中から物音は聞こえない。

 互いの距離はわずか数マイレ。見下ろすエドヴィン、見上げるモノトラの構図である。


「勝手にそんな所に上がって、悪い人でやすねぇ。まさか、無関係な人間に助けを求めようとでも? 無駄でやすよ。この街の連中は熱心なキュアレネー信徒でやすから、今この時間は総出で教会に行ってやす。少なくとも、この近辺はね。だぁれもいやせんよ」

「分かってんだよ、んなこたぁよ」

「それなら~――、!」


 目を剥いたモノトラは、素早く両腕を掲げて顔を庇った。

 ぱん、と弾けた白雪が散る。


「お兄さ~ん……」


 いきなり投げつけられた雪玉を防ぎ。腕の隙間から覗くモノトラの目には、明らかな怒の感情があった。


「……下らないお遊びに付き合う気はありやせんよ」

「まァ、そー言うなってんだよォ!」


 ニヤリとしたエドヴィンは階下のモノトラ目がけ、作っておいた雪玉を次から次へと投げつけた。

 流護のように正確無比な投擲技術などありはしないが、互いの距離は近い。数に任せればいくつかは命中する。

 そして響く、がつん、ごつん、と鈍い音。


「……!」


 遊びと口にしておきながら、モノトラは両腕で顔を庇い続ける。

 雪玉、と呼ぶにはやや危険な代物だった。

 バダルノイス特有の寒さの中で握り固められたそれは、馬鹿にできない硬度を誇る立派な礫。中には、ほとんど氷の塊そのものといった玉も交じっていた。

 それらを次々に投げ落としながら、


(やっぱり、この野郎……!)


 エドヴィンは確信する。

 音がおかしい。モノトラの手足や胴体に命中したそれらは、妙に金属質な音を響かせる。何らかの防具を身につけていることは確かだ。


「いい加減に――」


 投擲をいなしながら、業を煮やして睨み上げるモノトラ。

 その鼻先に、


「ッ!」


 赤熱する爆炎の球が迫っていた。


「ぐぉっ!?」


 ガギン、と甲高い残響を残し、咄嗟に防御したモノトラの右腕が大きく弾かれる。


「チッ……!」


 舌を打つのはエドヴィン。

 雪玉の連打に紛れ込ませたスキャッターボムは、惜しくも不発に終わった。


(けどよ……!)


 完全に地の利を得た。二階に上がったのは、モノトラの脚力による接近を防ぐためだ。この位置取りであれば、自ずと術の撃ち合いになる。

 が、そもそもモノトラはなぜ攻撃術を放たず、わざわざ接近して殴りつけてきたのか。


(このナスビ野郎は、飛び道具の扱いがヘタクソってこった……!)


 いわゆる『開放』と呼ばれる操術系統。喚び出した術をそのまま放つ行為を苦手としている。だから接近戦を仕掛けてきた。

 反面、エドヴィンは『開放』を――この距離での撃ち合いを得意としている。


(ヘッ、結局はこーなるかよ……!)


 神詠術オラクルに依存しきることを苦々しく思っていながら、そうしなければ闘えない自分。

 馬鹿だが悪知恵は働く。勝つためには卑怯な手段も厭わない。

 それが周囲の評価。


 薄々感づいていたその事実を、否が応にも突きつけられる。

 エドヴィン・ガウルは――ガイセリウスや有海流護のようには、決してなれないのだと。


「ケッ……!」


 複雑な思いごと投げ捨てるように、体勢を崩したモノトラへ向かって追撃の火球を――


「いい加減~~……うっとおしいでやすよ……!」


 抑え切れない怒気を孕んだ声。

 空足を踏んで持ちこたえたモノトラは、おもむろに左手を懐へ差し込んだ。そうして、上着の内側から『それ』を取り出す。


「……?」


 モノトラが手にした物体。それは思わず眉をひそめるほど、エドヴィンにしてみれば奇妙なものだった。

 手のひらに収まる程度の大きさの、黒い鉄の塊みたいな何か。上部には短い筒らしきものがついており、その小さな穴がこちらへと向けられている――


「――――――」


 ふとエドヴィンの脳裏に甦ったのは、流護とベルグレッテから聞いた天轟闘宴の話だ。

 参加者の中に、とんでもない武装を持ち込んで失格となった者がいたという。見たことも聞いたこともないような未知の装備の数々、その中に――


 パン、と乾いた音。

 咄嗟にエドヴィンがバルコニーの手すりの陰に屈み込んだのと、すぐ後ろの引き戸のガラスにクモの巣状のひびが入ったのは、全くの同時だった。

 パン、パンと連続する木霊。

 音に合わせてガラスに風穴が穿たれる。その部分を起点として、亀裂が瞬く間に全体へと広がっていく。直後、戸にはめ込まれていたガラスは、耳障りな音と破片を撒き散らして割れ落ちた。枠に沿って残ったギザギザの切れ端が、まるで獣の牙のように輝く。


「……、」


 間近でその様を呆然と見つめながら、左頬にぬるりとした水気を感じたエドヴィンは、


「う、お……」


 拭った手の甲へ視線を落として、無意識に呻く。

 べっとり張りつく赤。それを認識すると同時、左頬から耳にかけて疼くような灼熱感。

 ガラスの破片で切った――のではない。

 かすめていたのだ。最初の一発が。


(何つったか……確か、)


「あら~、よく反応しやしたねぇ、お兄さん~。これを見て、すぐ武器だって分かったんでやすかぁ?」


 手すりの向こう、下から聞こえてくる優越感に満ちた声。


「弾ももったいないでやすし、お兄さん程度が相手なら使うまいと思ったんでやすがね。これ以上時間をかけてもいられやせん。終わりにしやすよ~」


 壁となる手すりの陰に座り込みながら、ばくんばくんとエドヴィンの心臓が高鳴る。


「…………ッ」


 死んでいた。反応があと数瞬遅かったなら、ガラスではなく自分の血潮がばら撒かれていた。そんな間一髪の状況に、ただひたすら戦慄する。


(確か……ハンド……、そーだ……ハンドショット、とかつったか……!)


 話を聞いただけながら、強く印象に残っている。

 かのディノ・ゲイルローエンですら、一度は直撃を受けて倒れ伏したというその武器。

 流護などは『白兎の静寂(ラビッツカーム)』直前、任務でジャックロートの街を訪れた折、これを所持した悪漢と遭遇したらしい。いざ対峙して、彼ですらその性能には肝を冷やしたと語る。


 天轟闘宴で多くの者が目撃したからか、最近では街の悪ガキ連中や仲間の間でも少しばかり噂になっていた。

 目に見えないほどの速度で、小さな弾を射出する道具。手軽に懐へ忍ばせることのできる利便性、加えて威力はたった今しがた見ての通り。


(そーだ。それで確か……確か、)


 出来の悪い頭の中から、必死に情報を掘り起こす。

 曰く、人を殺すことに特化した代物。曰く、常人が詠術士メイジを討ち取れるかもしれない得物。

 そして他には――


「………………」


 バルコニーの壁を盾に隠れているエドヴィンだったが、いつまでもこうしてはいられない。

 敵があんな凶器を持っている以上、もはや顔を出すことも愚行だ。飛び道具の領分においても、モノトラに上を行かれてしまった。


(ちょいと気が引けるが、邪魔するぜ……)


 割れたガラス戸から、屈んだまま家の中へと侵入する。

 そこは寝室のようだった。質素な内装の、さして飾り気もない部屋。住人はごく普通の平民だろう。しかし極寒の国ならではか、大きく立派な暖炉が備えつけられている。


(何か……使えそーなモンはねーかよ)


 伝記や冒険譚であれば、ここから起死回生の逆転劇に繋がるものが得られたりするところだが、


(そー都合よくはいかねーよな……)


 目につくのは薪や火かき棒、壺に木箱、置き時計といった家具。投げつけるにも振り回すにも、心許ない物品ばかり。


 中腰のまま部屋を出て、すぐ脇にあった階段を下る。

 台所なら、肉切り包丁なども手に入るだろう。が、そんなものであのハンドショットに対抗できるのか。


(イヤ……どーせ武器なら、もっと長さがねーと話にならねー……)


 しかしここは、ごく普通の民家。農村ならどの家にも鍬や三又フォークあたりが、森に囲まれた田舎なら狩猟用の武器などが揃えてありそうだが、この街はバダルノイス中心地。華やかな都会の城下町だ。

 外を歩いた限り、畑や森など影も形もなかった。まともな武器にはまず期待できないだろう。


 そんなことを考えながら一階へと下りてきたエドヴィンは、改めて気を張り詰める。


「……、」


 すぐ外にはモノトラがいるはず。あんな得物を持っている以上、無理矢理に強行突入してくることはないだろう。万が一にも反撃を受けないよう、遠くから一方的に攻撃を仕掛ける腹づもりのはずだ。とにかく窓や戸口からの狙い撃ちを警戒せねばならない。

 幸い、一階の廊下には窓がなかった。

 しかしその分だけ薄暗く、


(ッ、にしてもクソ寒ィったらありゃしねー……どーにかならねーのかよ)


 昼神の加護が及ばぬ屋内は、外に負けず劣らず冷え込んでいる。

 あの母子から譲り受けた上着は確かに暖かいが、露出している顔や手、レインディール標準の下衣に包まれた脚などは凍ってしまいそうだ。頬の傷が寒さに疼くため、この非常時ですらそんなことが気にかかった。


「…………」


 警戒しつつ、最寄りの部屋の薄い木製扉をこっそりと開く。

 そこは居間のようで、テーブルや戸棚、ソファに加えて、上の寝室と同じような暖炉が隅に鎮座していた。大きめの窓からは光が差し込んでいるが、もちろんそれでこの寒さが和らぐはずもない。

 室内は完全に冷え切っており、住人が聖礼式パレッツァに出かけてからそれなりの時間が経っていると考えられる。


(いっそ、勝手に暖炉に火ィつけて暖まってやろーか……)


 エドヴィンは炎の使い手である。その手段に困ることはない。などと半ばヤケクソ気味に考えた瞬間、


(暖炉……?)


 それはきっと、馬鹿だの阿呆だのと評されるエドヴィンらしからぬ閃きだった。あるいは、悪知恵が働く卑怯者の機転と呼ぶべきか。


(暖炉には……薪が入ってんだ。だったら……)


 この凍りつきそうな気候だ。温術器程度ではとても凌げない。こうした暖炉は各部屋に設けられ、この時期は常に使われているはず。


(……なら、『アレ』があるんじゃねーか……?)


 おそらく、普通の方法では供給が間に合わない。まず間違いなく、各家庭で個々にまかなっている。

 なら、確実にある。


(イヤ……でも、あるとすりゃ外か……? 他の家はどーだった……? んなもんイチイチ気にしてねーし、イヤ待てよ)


 そこでエドヴィンの脳裏に甦ったのは、


『ああ……見ての通り、薪ですよ。この寒さですから……宮殿の各部屋には大きな暖炉が設置されていて、常に稼動している状態なんです。そのために、大量の薪が必要になるんです』


 氷輝宮殿パレーシェルオンに到着した直後、案内役の兵士ヘフネルが解説した内容。


『バダルノイスの男であれば、子供の頃から皆がやっていることですから』


 もちろん、エドヴィンは記憶力に優れてなどいない。

 しかしこれに限っては、華美で広大な宮殿内にあんな予想外のものがあったため、はっきりと覚えていた。

 だとすれば、やはり――


(ヘッ、探ってみる価値はありそーだぜ……!)


 その思いつきは、窮地を脱する一筋の光明となるか。

 そう考えた直後、実際の視界にふと影が差した。部屋が暗くなったのだ。


「――」


 居間の窓。その向こう側に、室内を覗き込むモノトラの姿があった。

 互いの目線が交錯する。


「ッ!」


 エドヴィンが咄嗟に廊下へ転がり出ると同時、乾いた砲声が三度。テーブルの四つ脚の一本が弾け、床板に穴が開き、


「オワッ……!」


 木の扉を易々と貫通したそれが、エドヴィンの頭頂部をかすめていく。


(あっ、あ、危ッ……)


 一拍置いて漂ってきた髪の焦げた臭いが、極めて紙一重の回避だったことを知らせていた。


(野、郎……ッ、調子、乗りやがって……!)


 壁に背をぴったり押し当てつつ、戸の隙間から中の様子を窺う。

 居間の窓の外では、モノトラが右手に携えたハンドショットを何やらいじっている。


(……! ありゃあ、やっぱり……)


 思うや否や、モノトラは視線と武器の矛先を再び室内へと向けてきた。


(っと……!)


 エドヴィンは慌てて顔を引っ込める。


「!」


 と、ちょうど目の前にその痕跡があった。

 戸を突き抜け、エドヴィンの頭をかすめた弾。延長線上の廊下の壁に食い込んでいたようで、白い壁紙に小さく丸い穴がぽっかりと穿たれている。


(なる、ほど、なァ……)


 人を殺すのに、必ずしも派手な神詠術オラクルや鋭い矢は必要ないのだ。こんな小さな弾で、充分に事足りる。頭にでも当たれば一発だ。


(確かにとんでもねー……とんでもねーが)


 すっと大きく息を吸い込む。


「………………っしゃぁっ」


 腹を括ったエドヴィンは、大きな深呼吸とともに行動を開始した。

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