412. ニヴルヘイムの箱庭
「やあ。昨日ぶりだね、少年」
「な……」
気さくに手を振りながら。何でもないように現れ、何でもないように話しかけてくるメルティナ・スノウ。
流護はただ絶句するばかりだ。
バダルノイスという国家から総力を挙げて追われる身で、あれだけの大立ち回りを演じたばかりにもかかわらず、真昼の皇都に堂々と現われるという大胆ぶり。
「あんた……何してんだよ、こんなとこで」
流護の口から出た言葉も、やや間の抜けたものとなってしまった。
とっくに遥か遠くへ逃げおおせただろうと考えていたのだ。無理もない。が、
「決まってるでしょ? 聖礼式に参加しに来たんだ。ちょうど、この近くの教会で催されてたからね」
さも当然のように言ってのける逃亡人。流護はといえば、二の句が継げなかった。確かに先ほど、考えはした。彼女も今頃、どこかで祈りを捧げているのだろうと。
しかしそれがまさかバダルノイスの中心地で、他の民衆たちと一緒にとは思うまい。
「けれどダメだね、許せない。よりにもよってアントロジなんかが進行を取り仕切ってるとはね。キュアレネーに対する冒涜だよ。どの面を下げて祝詞を語ってるんだか。我慢できずに、つい撃っちゃった」
「……撃っちゃった、って」
その冷ややかに据わった目と人差し指を振る仕草で、少年は理解した。
「なんか時間より早く終わったっぽかったけど……あんたのせいってことか」
「はは、そうなるかな」
あっさりと肯定してのけるメルティナに対し、流護は周りに気を配りながら問いかけた。
「もしかして、レノーレも来てんのか……?」
「いや、私一人だよ」
即座に気軽な口調で否定しつつ、
「それで……君こそ、ここで何をしてるのかな?」
一転して鋭い目つきとなったメルティナが、敵意も隠さず視線を飛ばしてくる。
「レンは君たちに言ったはず。レインディールへ帰りなさい、って」
「レン……って、昨日も呼んでたな。レノーレのことか」
「そうだよ。で、なぜこんなところにいるの? これから帰る、という訳でもなさそうだし。のんびりお散歩、って雰囲気にすら見えるんだけど?」
自分たちの言い分を聞いて当たり前、といった風な相手に、少年はもちろん反論する。
「帰れ、とか言われて素直に帰る訳ねーだろ。大体――」
「あ、待って待って」
軽い口調で遮ったメルティナは、すっと右手の人差し指を流護に向けてきた。ただ指差すように。
「ごめん、言い忘れてた。意見を主張しないで。君の言い分を聞く気はない。誰に何を吹き込まれてるか分からないから」
「はあ?」
眉を寄せた瞬間だった。
バチュン、と流護の足元に弾ける衝撃。地面に積もっていた粉雪が舞う。メルティナの指先は、流護のつま先付近へと向けられていた。
まるで――、銃による威嚇射撃。
「質問にのみ答えて。帰る? 帰らない?」
「帰る訳ねーだろ」
「強情だね。昨日あんな目に遭っておいて、今の自分の状況が理解できてないとも思えないんだけど……。なら、無理矢理にでもお帰りいただくよ?」
「あ? どうやってだよ」
言葉は返ってこなかった。流護の足元に向けられていたメルティナの指先が、すっと上向く。
示す先は、流護の眉間。軽快な発射音とともにその白く細い人差し指から放たれるは――氷の弾丸。
ヂュイン、と硬い響きが手狭な空き地に木霊する。流護がその一撃を手甲で防ぎ飛ばした音だった。
「!」
その白銀の瞳を見開くのはメルティナだ。そんな彼女に対し、流護は歯を剥いて笑ってやる。
「見え見えだよ。いやまあ、言い訳になっちゃうんだけどさ。昨日はちょっと理由があって、全力出せなかったんだよな~」
朝の会議ではその点について言及しようとしたエドヴィンを制した流護だったが、事実なのだ。
そんな昨日の今日である。同じ轍を踏まぬよう、パワーリストは全て出かける前に外してきた。挑発的に笑ってみせる流護を、純白の『ペンタ』が訝しげに睨む。
「つー訳で悪いんだけどさ――」
ところで有海流護には、どうにも治らない短所がある。
「実は俺、あんたより強いんすよね。試してみるか?」
即ち、存外に気が短い。年齢相応の幼さ、ともいえようか。
臨戦態勢を示すがごとく、流護は両手を覆っている防寒用の手袋を脱ぐ。
「……おやおや、これは微笑ましいね。ちょーっと一発防いだぐらいで……。調子に乗りやすい人だったり?」
「マグレ当たりで自分の方が強いとか勘違いして、上から目線で帰れ帰れ言ってくる奴ほどじゃねーけどな」
場に静寂が満ちた。
メルティナの真白な顔に浮かぶのは、半笑いとでも評すべき微笑み。
「……次に気がついたら、診療所の寝台の上でした。そんな展開がお好みかな?」
「はぁー? この、調子乗っ……、」
反論しかけ、流護は異変に気付いた。
――輝いている。殺風景な空き地の中央に佇む、氷雪の『ペンタ』。その周囲で、何かがキラキラと乱反射している。それはまるで、彼女自身から発せられる漫画的なエフェクトにすら見えた。が、無論そんなはずもない。
ダイヤモンドダスト。
それも、自発的に彼女が起こしている。
「――――」
改めて思い起こす。
『もし仮に……彼女と、真っ向から相対してしまうことがあれば――』
『その時点で手遅れ、と考えてください』
オームゾルフが告げたその忠言を。
『無刻』。
敵に時を刻む間すら与えぬことから授けられたという、その二つ名。
まさにそれを具現化するがごとく。
中空で散り煌めいていた氷粒が瞬く間に弾丸へと変じ、流護目がけて殺到した。刹那の際、とてもその正確な数を把握することはできない。百か、二百にも及ぶか。そのまま、先日の再現がごとき白の景色。
(来……――た!)
流護の認識と同時。真正面から浴びせられた散弾の嵐が、バシャアと耳障りな音を響かせて爆ぜる。小さくとも圧倒的な数の暴力が、余すことなく着弾した証だった。巻き起こり場を飲み込む白靄。立ち上るそれはまるで本物の硝煙や着弾煙さながらだったが、
「な……!」
ここで驚きの声を漏らしたのはメルティナ・スノウ。
「……ういー、おっかねえおっかねえ」
上段に掲げた両腕の隙間から目だけ覗かせ、どっしりと深く構えながら。耐え切った流護は、不敵に笑ってみせた。
「……倒れ、ない……? そんな、亀みたいに縮こまって……それだけで、私の術を……?」
「そんな驚くこともねえだろ。れっきとした防御だぜ」
信じられないものを見る目の『ペンタ』へ、格闘少年は得意げに言ってやる。
背を丸め、立てた両腕の籠手で頭と胴体を守る。
昨日の一戦から、人体に点在する急所や正中線を狙ってくることは分かっていた。狙いが正確無比であるがゆえ、空手家として急所の位置を知る流護はより確実に防ぐことができていた。防御を固め、着弾の瞬間を見計らい一歩前進して急所を逸らす。
(っ、おー、痛っ……てぇ~……!)
とはいえ無論、防具の加護にあやかれない太ももやらはしっかり撃たれている。咄嗟に動いて的をずらし、ツボこそ逸らしているものの、痛いものは痛い。が、そこは気合で耐え忍ぶ。表情にも決して出さない。
来ると分かっていれば、踏ん張りがきく。歯を食いしばって耐えられる。
危険なのは、意識の外から飛んでくる攻撃なのだ。格闘技の鉄則である。しかし、
(ローとかカーフの直撃もらってるみてぇなもんだ。何発も受けてたら脚がやられちまう。その前に速攻……!)
一発の威力は、グリムクロウズの人間が容易に昏倒してしまう『程度』の強さ。流護にしてみれば低めといえるが、その物量が桁を外れている。速度・射程も圧倒的で、完全回避は不可能と考えていい。瞬間的な攻撃範囲であれば、あのディノすらも上回るだろう。
典型的な遠距離型の詠術士、しかしその最高峰。
被弾し続けて脚が止まれば、あとは狙い撃たれるだけの的と化す。そうなってしまえば終わりだ。
これまで多くの詠術士に対しても同様だったが、やはり有海流護の戦法は原則として決まっている。
「ふっ!」
雪煙を散らしながら、刹那の肉薄。
「!」
『時を刻ませない』という点であれば、流護とて負けてはいない。
大股で瞬く間に五メートルの距離を詰めた少年に対し、メルティナは明らかな驚愕の眼差しを向けてきた。
(――獲った!)
急接近からの一撃。単純明快かつ、これまで幾多の勝利を掴み取ってきた黄金パターン。相手が男であれば鼻っ柱に拳を叩き入れて終わりにするところだが、さすがに若い女性相手にそれは躊躇われた。
身体を横一回転させながら屈み込み、足元を刈り払う右の水面蹴りへと移行する。が、
「……!?」
ここで愕然としたのは流護。
手応えなし。
薙いだ脚には何の感触も伝わることなく、地面に薄く積もった粉雪だけが散る。
メルティナは素早く一歩分下がり、一撃を躱していた。
まるで舞踏さながらに優雅に、軽やかに。丈長のドレススカートの裾が、ひらりと柔らかにはためく。
(俺の蹴りを、避けた……!?)
内心の驚きを押し殺しながらも、さらなる追撃に移ろうと身構えた流護の耳に、
「思った?」
静かな、冷たい声が届く。
「接近さえすれば、私に勝てる。そう思った?」
ガン、と流護の視界がぶれた。
「――――――」
熱さを感じたのは左のこめかみ。弾けた衝撃が全身へ伝播し、五体がぐらりと傾ぐ。
(ッ、な、ん……!?)
人体急所への被弾。加えて知覚できなかった一撃により、流護の身体は否応なく倒れかける。つい今しがた思ったことだ。分かっていれば耐えられる。しかし意識外からの攻撃は危ないと。
「かはっ……!」
流護は冷たい雪の上に右手をつき、辛うじてダウンを拒否。
「ねえ、少年。私は……レンの要望だから、できるだけ穏便に君に帰ってもらおうと考えてるんだけど」
見下ろす白い女の声が、より冷ややかに低くなった。
「別に……君は帰りました、『っていうことにしてもいい』んだよ?」
「!」
今度は見逃さなかった。
メルティナがわずかに人差し指を下から上へ動かす。直後、流護の顎の下でカチカチと集束する冷気。
「うおぉ!?」
下から上へ、彼女の指の動きをなぞったように。咄嗟にえび反った流護の鼻先をかすめていったのは、一直線に飛んだ氷の弾。それは曇った大空に飲み込まれるように高みへと消えていく。
それだけでは終わらない。
メルティナが舞う。
しなやかに振るわれる腕から指先、そして脚から靴のつま先。それぞれの先端部より、煌めく白氷の弾丸が次々に発射される。
「……っ!」
流護は目を剥いた。
大砲――のように、打撃を銃火器になぞらえることがある。
この『ペンタ』は今、その比喩を現実のものとしていた。
婉麗に舞う手足、その延長上へと撃ち出される凍結の弾丸。射程の長さは言わずもがな、至近の立ち位置ながら直に殴りかかってくる『力み』がないため、目立った隙も生まれない。
「ッ!」
慌てて首を傾ける流護、薄皮をよぎっていく幾条もの軌跡。チュイン、キュインと物騒な風切り音が鼓膜を震わせる。
(威力が……、上がってやがる!)
華奢なはずのメルティナの四肢は、もはや恐るべき砲身だった。優美な輪舞曲に合わせ、四方八方から飛来する白の閃光。
「……!」
未だ屈んだままだった流護は、ほとんど尻餅をついたまま対応を余儀なくされる。どうにか躱し、捌き、硬い氷弾は地面や周りの石壁に次々と叩き込まれる。
威力が増したゆえか、それらは跳弾とならずに抉り込まれていく。拳銃にも似たその音はあまりに破壊的で、
「ぐ!」
籠手でまともに受ければ、初撃とは比較にならない重みが腕を震わせた。
(なるほど、この姉ちゃん……!)
冷ややかに見下ろしながら乱舞する『ペンタ』を仰ぎ、流護は実感する。
昨日、そしてつい先ほどまで。
事情はともあれ流護がそうだったように、メルティナもまた全力を見せてはいなかったのだ。より増した弾丸の威力。至近の間合いでも敵を寄せつけない鋭い立ち回り。
それは『銃撃による接近戦』。
かつて一万四千の叛徒を退けたその実力に偽りなし、ということか。いかに流護といえど、接近しただけで勝ちが確定するほど甘い相手ではなかったらしい。
両手両足を使いながら、流護はまるで動物のように転がりまわって回避に専念する。
「ふふ。ほら、どうしたのかな? 座り込んだままカエルみたいにジタバタしちゃって、カッコ悪いったら――」
「よっと!」
降り注ぐ銃撃の合間を縫って、流護は動いた。
両手を地面へ接し、側転。勢いよく回った両の脚。横薙ぎのつま先が、雪煙を纏いつつ歯車のようにメルティナの顎先を狙う。
「っ!?」
息をのんだ彼女は無理矢理にのけ反り、直撃を回避する。たなびく白銀の髪。途切れる弾雨。
一方の流護は側転動作のまま、立ち上がることに成功した。
「カエルって、いきなり飛びかかってきたりしてびっくりするよな」
ニッと笑いながら立て直し、挑発を返すことも忘れない。
「……そうだね……、けれど、よく見かけるよ」
蹴りがかすめていたか、メルティナは自らの頤を撫でながら冷淡に呟く。
「馬車に轢かれたりして、道端で薄っぺらくなったカエルをね。暖かくなると、そこかしこでよく見かける」
大股で二足分ほどの間合い。
メルティナは無表情で静かに佇んでいる。トントンと、かすかに足踏みするような挙動。確かめている。顎への一撃が、脚に響いているか否かを。彼女は知っている。この世界では一般に知られていない、脳震盪という現象を。
流護はノーガード気味に構えつつ、考えを改めていた。
(相手が女だとか……んなこと言ってらんねーな、こりゃ……)
遠距離戦の専門家と聞いていたが、それだけではない。接近戦も恐ろしく手馴れている。
可能であれば直接的な打撃を叩き込むことは避けたかったが、それどころではなかった。
(つか……甘っちょろい考えで勝てる相手じゃなさそうだ)
この短い対峙で、流護は感じ取っていた。
メルティナ・スノウ。このいかにも貴族然とした麗らかな外見の女性は、慣れている。その高貴な見た目からは想像もできないほど……異常なまでに、戦闘行為に通じている。
(ま、当たり前っちゃ当たり前か……)
聞いた話が確かなら、弱冠十一歳にして、およそ九ヶ月もの間、戦乱の地と化したバダルノイスを駆け巡って過ごしたのだ。
多感な少女時代に経験した、本物の戦争。あまりに過酷な経験だったろう。どれほど凄絶な日々だったことか。
実戦経験という点では、まず流護など遠く及ばない。
「メルティナさんよ。あんたさ……」
「あーあー。ほらほら、言ったじゃないか。意見を主張しないでって――」
「急所狙うの、すげー上手いよな」
あしらおうとした氷雪の超越者は、ピタリと言葉を止めた。
ややあって、
「……そう言う君こそ、知ってるみたいだね。人の脆い部分を」
少しだけ。ほんの少しだけ興味深げに瞳を細めながら、彼女は口元を綻ばせる。
「まあな。ガキの頃から散々仕込まれて育ったし。どこを突けば人が倒れるかってのは、大体知ってるつもりだよ」
「ふむー。どういった教育を受けたのか知らないけど、それはそれは物騒なことだね」
「よく言うぜ。俺には、習う環境があった。先人の知恵っつーか、教えてくれる師匠もいた」
格闘家、空手家の端くれたる流護がそれらを熟知しているのは当然のことだ。それどころか今の時代、インターネットで少し検索すれば誰でも簡単に知識を得ることができる。
「でもあんたは違うよな。我流なんだろ?」
少なくとも流護の知る範囲において、このグリムクロウズには、洗練された格闘技術や知識といったものが存在しない。
細かな急所の位置などもちろん、戦闘の専門家ですら脳震盪という現象を知らなかったりするのだ。
メルティナが――ただ撃てば敵を蹴散らせるはずの『ペンタ』が独自にこれらを理解しているという事実は、驚愕に値する。
そんな彼女はといえば、何でもないことのように肩を竦めた。
「慣れだよ、慣れ。何人も何人も射抜くうちに、当たりどころによってやけに簡単に倒せることがあるな、って気付いただけ。より簡単に人を倒すには、どこを撃ち抜けばいいのか。それを追求していっただけさ。不思議だよね。主はどうして、人の身にこんなにも多くの弱点を残されたのか……人形の接合部みたいなものかな?」
「はは。どっちが物騒なんだか……」
戦闘経験の積み重ねのみでそこへ至った観察眼には、もはや舌を巻くしかない。
それでいて『実在する神が人間を創造した』という思想を持ち合わせているあたり、やはりグリムクロウズの住人なのだ。
「そういえば、レンから少し聞いてるよ。無術の遊撃兵、だったかな。君、この辺りの出ではないみたいだね」
「まあな」
「ふむー。いいね、うん。少し興味があるかも。遠い異国の戦闘技術」
きらり、とメルティナの白銀の瞳が輝いた気がした。それはもう爛々と、好奇心旺盛に。
(あーあ……ったく、まじ厄介な姉ちゃんだぜ……)
笑っていた。二人ともに。
それは例えるなら、マイナーな話題を共有できた喜びだ。自分以外に知っている人間がいなかった漫画や映画やゲームについて話せたかのような、同好の士に出会えたかのような。
もちろん、今はそんな場合ではない。
流護としては正直、『ろくに術も使えない凡骨』とでも侮ってもらったほうがやりやすい。
しかしこれまでの展開から、彼女の興味を引いてしまったようだ。となれば、『ペンタ』特有の慢心やら油断やらに期待することはできないだろう。
ここからのメルティナはきっと――『本気』だ。
(ガチでやるしかねえ。よくよく考えりゃ、こいつはチャンスなんだ)
今回の事件の核となる、メルティナ・スノウとの遭遇。ここで彼女を確保できれば、事態は一気に解決へ向かうかもしれない。
本当であれば争うことなく話を聞きたいところだったが、相手にそのつもりもなし。流護自身、昨日の雪辱を晴らしたい気持ちもあった。
「ちなみに、きっと邪魔は入らないよ。人避けの術で、今この場所を隔離してるから」
「へえ……そいつは好都合」
「ふふ。じっくりと、二人で楽しもうじゃないか」
これほど神秘的で美しい女性にそう言われれば、本来なら喜ぶところだろう。
が、流護は感じていた。
一筋の光すら差さぬ奈落へ突き落とされたような、寒く冷たい空気。誰の助けも期待できない、絶対零度の凍結地獄。
今この場が、そういった空間へと変貌した。眼前の白き麗女が、それを成した。
そんな気配を、まざまざと感じ取っていた。