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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
12. アザー・オース
406/667

406. 婉曲な恩返し

 周囲の客の喧騒や、厨房から聞こえてくる調理の音を背景に。


「……で、それから……どうなったんだ?」


 熱い茶を一口すすりながら、流護は続きを促した。


「さてな」


 しかしラルッツは、丸きり他人事のように天井を仰ぐ。


「えぇ? さてな、って……」

「それからすぐ、俺はガドガドを連れて団を抜けたんだよ。お頭が受け取ったセプティウスの他に、ハンドショットを何個か寄越してきたみたいだったが……」

「じゃあ、そん時の仲間がどうなったのかとかは……」

「知らんよ。殺しもこなす集団になった、って話は風の噂で聞いたが、実際本当にそうなのかは分からん。ただ……」

「ただ?」

「団の連中も、最初こそ脅迫じみた取り引きに尻込みしてたが……そのうち、未知の兵器に目を輝かせるようになってったよ。それまでのどんなお宝に対してよりもな」


 それはまるで、魅入られたかのように。最初は団を守るためやむなく取り引きを飲んだお頭でさえも、次第にセプティウスやハンドショットの力に酔いしれていった風だったという。


「団の連中は、か。あんたは違ったと」

「いや、俺も変わらんさ。あんなもん見せられりゃ、誰だってああなる。簡単に、何の苦労もなくポンと与えられた代物の力だけで強者になれちまうんだ……無理もねえ。ただ、俺の場合……高揚よりも、恐怖が上回った。根っからの臆病者なんでね、それだけのこった」


 強大な力を与えられ、急速に変容していく山賊団。その様子にそら恐ろしいものを覚え、弟分のガドガドと一緒に去ることを決意した。ラルッツはそう語る。


「俺っちも最初は皆みてぇに、すげぇって興奮したんだ。でもラルッツの兄貴に言われて、何だかやばいんじゃねぇかって気がしてきて。……団の皆、今頃どうしてんだろなぁ」


 ガドガドは当時を思い出したか、少し寂しげに呟いた。


「なるほどな……」


 思わぬところで思わぬ話を聞くことができた、と流護は唸る。

 これまで話にこそ出ていたものの、実体が掴めなかったオルケスターという組織。そして彼らが齎したという、セプティウスやハンドショット。レインディールの隣国レフェにおいても山賊たちが所持していたとのことだったが、同じようにオルケスターから与えられたのかもしれない。

 そして、


「ミュッティ、だっけ。どうも『音』を使う女詠術士(メイジ)っぽいな」

「……思い出したくもねぇ。あの、頭ん中をグチャグチャに掻き乱されたみてぇな……。奴の言葉に嘘はねぇはずだ。俺たちを始末するなんざ、あいつにとっちゃ造作もねぇことなんだろうよ……」


 その記憶を振り払うかのように酒を一気に呷りながら、ラルッツが表情を渋くする。


(言ってみりゃ音属性、か? 聞いたこともないけど……プレディレッケのあれと同じような原理か?)


 かつて天轟闘宴に乱入し人々を恐怖と混乱の底に突き落とした怨魔、通称『帯剣の黒鬼』。

 この怪物が放った咆哮によって、二百名にも及ぶ兵士たちが昏倒させられている。直撃を受けたドゥエン・アケローンにおいては、これが致命の一手となった。離れた位置で観戦していた流護やダイゴスでさえ、三半規管を刺激され足がもつれるほどだったのだ。


 世界には未だ、解明されていない属性の使い手も少なからず存在すると聞く。そのうちの一人、と考えてよさそうだ。


「あと何だっけ。目隠しした変なのがいたんだっけ? そいつは何だったんだ?」

「……いや、分からん。アラレアとか呼ばれてたが……ヤツは一言も喋らなかったし、何もしなかった。まぁモノトラの野郎の話を聞く限り、あのチビもヤバいヤツなんだろうよ……」


 完全未知数の存在が一人、といったところか。わざわざ山賊団のアジトへ同行するぐらいなのだから、もちろん只者ではないのだろう。


(文明レベルを飛び越えた武器に、強力な詠術士メイジか……)


 これまで謎に包まれていたオルケスター。その組織力が、少しずつ明らかとなっていく。


「けどまさか、二人がオルケスターとかかわってたとは思わんかったよ。サベルとジュリーさんは全然知らないみたいだったけど」


 それほどの力を持つ集団であれば、やはり各地を渡り歩いていた彼らの耳にも入っていそうなものだ。

 流護としてはそう考えるが、ラルッツはさして不思議でもなさそうに唸る。


「あの二人は俺らとは違うからな、知らなくても無理はねぇ。放浪者でも、ちゃんと公的に二つ名を頂戴してる詠術士メイジだ。『紫燐ウィステリード』と『蒼躍蝶モルフォ』つったら、界隈じゃ知られた名さね。一流で名も売れてっから、わざわざ汚れ仕事なんぞやる必要もない。そもそもトレジャーハンターだから、宝探しなんかが主だろうしな。方向性が違うのよ」

「はあ、なるほどなあ」


 一口で冒険者と言っても、色々な者がいるということだろう。格闘技に様々なスタイルが存在するのと同じく。


「あと、こいつは飽くまで噂だが……」


 新しい酒を注ぎながら、ラルッツが思い出したように口を開く。


「国家の仕事に携わる人間が、裏でオルケスターの一員として暗躍してる……なんて話も聞いたぜ。例えば、騎士や宮廷詠術士(メイジ)……そういった連中がな」

「!」


 宮廷詠術士(メイジ)。レノーレ。

 その符合に、ラルッツの話をただの噂と聞き流すことはできなかった。


「……でもさ、そんなん……バレたら大事おおごとになるだろ。実は国の騎士とか宮廷詠術士(メイジ)がオルケスターでした、とかさ。その辺のこと考えると、そんな危ない橋渡るヤツ実際にいんのかよっつーか……」


 そのカッチリと当てはまった符合を否定したかったのだ。流護がただ思ったままに切り出すと、


「だからこそ、だろ。『あなたの国の騎士が実は犯罪組織の一員でした』なんて言われて、『ああそうなんですか』と素直に信じるヤツぁいねぇ。『まさか』って誰でも思うだろ。だからこそ、こういう常識ってのは隠れ蓑になりやすい」


 そう言われ、流護はハッとした。まさにその事例通りの騎士がレインディールにいたではないか、と。


(デトレフ……)


 誰も、国家精鋭部隊の……『銀黎部隊シルヴァリオス』の一員が殺し屋だなんて思わなかった。

 あの件とて、真相にたどり着けたのはベルグレッテ一人のみ。結果としてデトレフを無力化したのは流護だが、それもいなくなったガーティルード姉妹を追った果てに偶然遭遇しただけのこと。あの男が黒幕だなんて、考えもしなかった。


「だからよ、バダルノイスの王宮にオルケスターの一員がいたとしても、俺はおかしいとは思わんぜ。……ん? どうした、リューゴ」


 動揺は顔に出てしまっていたらしい。


「いや……」


 曖昧に濁すと、


「あー……そういやぁさっき、話の途中だったよな。結局、何をやらかしたんだ? そのレノーレとメルティナはよ」


 それはラルッツなりの気遣いだったのだろう。話を逸らそうとしてくれたようだったが、残念ながらむしろ直撃ルートに乗ってしまった。


「いやさ……。その……レノーレが、オルケスターの一員……っぽいみたいで……」


 情報を提供してもらった手前、だんまりも気が引ける。

 一向に好転する気配がない事態に嫌気が差し、誰かに吐き出したかった、という気持ちもあったのかもしれない。

 認めたくない事実をそう口にすると、


「? どういうことだ?」


 ラルッツは訝しげに眉をひそめてそう言った。


「いや、どういうことも何も……。言葉通りの意味だけど……」


 つい今ほど、バダルノイスの王宮にオルケスターの人間がいてもおかしくないと言ったのは彼自身である。

 何をそんなに意外そうな顔をしているのかと思う流護だったが、


「レノーレって嬢ちゃんが、オルケスターの一員だってのか?」

「……ああ。だから、そう言って――」

「そいつぁ、どういう経緯で判明したんだ?」

「?」


 今度は流護が眉をひそめる番だった。何か、微妙に会話が噛み合っていない。互いの認識にズレがあるような。


「いいか、リューゴ。これまでの話で何となく察したろうが、オルケスターってのはとんでもなくヤベエ連中だ。国の中枢に食い込んでるような奴らが参加してるかもしれねぇ、とてつもなくドデケェ組織だ。簡単に尻尾なんて出す訳がねぇし、出したとしても規模がデカいから却って怪しまれねぇ。その尻尾はな、大きな山にしか見えねぇのさ。きっと揉み消すことだって簡単にできる。そのデカい尻尾をブンと一振りして強引に叩き潰せる。そんな奴らだ」

「それがどうし……、あ!」


 流護もようやくラルッツの言わんとすることを察した。



「どうして、レノーレがオルケスターの一員だってことが発覚した? どうして明るみに出た? その情報はどっから入ってきたんだ?」



「――――」


 それは先日、流護もふと疑問に思ったことだった。


「いや、それは……何か、兵士がレノーレの屋敷で証拠を見つけたとかで……」


 そう。家宅捜索の結果、彼女がオルケスターの一員であることが判明した。組織とのやり取りを示す紙切れが見つかった、といった話だったはずだ。ヘフネルからはそう聞いている。

 それによって流護たちも初めて、オルケスターという名前を知ったのだ。

 各地を渡り歩いてきた熟練のトレジャーハンター、サベルやジュリーですら聞いたことがなかったその存在を。


「……そいつぁ妙だぜ。奴らの存在が、そんなことで簡単に割れるとは思えねえ」

「俺も……うん、ちょっと引っ掛かってたんだよな。レノーレってかなり頭のキレる奴だから、そんなヘマすんのかなって思ってさ」


 よほど状況が切羽詰まっていて、やむなく痕跡を残す羽目になったのか。そうも考えたが、オルケスターの詳細を聞いた今となっては、やはり不自然さが際立つ。


「となると……ワザと、か?」


 ラルッツの言葉の意味が咄嗟に分からず、流護はつい首を傾げる。隣のガドガドも同じらしく、呆けたように口を開けっぱなしにしていた。


「何を揃ってアホ面してんでぇ。痕跡を残したのはワザとかもしれねぇ、ってことさ。敢えてオルケスターの名をさらけ出したのかもしれん」

「……それは……何のためにだよ?」

「んなこたぁ、俺にも分からん」


 人をアホ面呼ばわりしといてこの野郎、と思ったのが顔に出たか、熟練の何でも屋は「まぁ落ち着け」と笑いながら流護の杯に飲み物を注いでくる。


「それぐれぇ底知れん奴らってことだ。オルケスターって連中はな。何らかの意図があってワザと存在を示したのかもしれんし、あるいは本当に些細な失敗で名前が表に出たのかもしれん。正直、後者は考えづらいと俺は思うがな。オルケスターを知ったバダルノイス王宮の反応はどんなもんだ?」

「うーん……」


 これまでの兵士たちの反応を思い返す。昨日の作戦でも、オルケスターの存在を気にかけている様子はなかった。現地で知り合ったガミーハなどは、まるで歯牙にもかけていないような様子だった。


「あんまり意識してなさそうだったな。そんな奴らがいたところで、王宮の敵じゃねえって考えてる感じがしたっつーか」

「……国家公僕の反応としちゃ、至極当然かもな。俺に言わせりゃ、ライズマリー産のイエローベリーパイよりも甘ぇが」


 そう言い捨てたラルッツが、よしと空になったグラスを置く。


「ちょいと探ってみるぜ。その辺りの動向をよ」

「ラルッツ?」

「……お前に命を救われた借りをよ、その……ほれ、まだ返してねぇからな。オルケスターやらレノーレやらの情報をちょいと集めて、お前に教えてやるってんだよ」


 明後日の方向を見やりながら、ひげ面の元山賊はぶっきらぼうに言うのだった。


「……まじでか。そりゃ、俺としては助かるけど……」


 少し驚きながらそう返すと、


「言っとくが、深入りするつもりはねぇ。俺は、ヤベエと思ったらすぐにズラかる。悪いが、連中と闘り合うつもりはこれっぽっちもねぇ」

「いや、むしろそうしてくれ。死なれたら俺も寝覚めが悪いし」

「ケッ、言いやがる」


 そんなやり取りを聞いて、ガドガドがしししと笑う。


「リューゴの兄貴ィ、照れてやがんですよラルッツの兄貴は。レフェを離れてからこっち、酔っ払うと口癖のよーに言ってたんですから。『いつかリューゴの奴には借りを返さねぇとよぉ』って」

「ガドガド! 余計なこと喋んじゃねぇっ」


 叱責する兄貴分、ポカリと叩かれ涙目になる子分とともに、しばしのんびりとした食後の時間を過ごす流護だった。






「よーっし! やってやりやしょうよ、ラルッツの兄貴ィ!」


 流護と別れ、人気ひとけの皆無な雪の街を歩きながら。ガドガドがいきなり、短く太い両手をぐっと天に突き上げる。


「あぁん? 何だガドガド、随分とやる気だな」


 元気な舎弟を見やりながら、ラルッツはぼりぼりと頭を掻く。


「そらぁ、リューゴの兄貴に恩を返す絶好の機会じゃんか。あの人ならきっと、オルケスターに一泡吹かせてくれますぜ!」


 強気に吠える弟分の頭を、ラルッツは無言でポカリと叩いた。


「いて! 何すんだよぉ、兄貴ィ」

「このアホバカ野郎、街中ででけぇ声でオルケスターの名前を口に出すんじゃねぇ……!」


 ガドガドの頭を押さえ込みながら、ラルッツは慌てて辺りを見渡した。


 国中で聖礼式パレッツァが催されている、今の時間帯。街は、昼間とは思えないほど閑散としている。ガドガドの声も、妙に木霊したほどだった。


「どこに奴等が潜んでるか分からねぇんだ、気を付けやがれっ」

「す、すまねぇ兄貴ィ」


 頭をさする弟分を横目に、ラルッツは街並みへと目を配る。


「さて、どう探ったモンかね。まずは……」


 現在のバダルノイスには、レノーレの一件で多くの賞金稼ぎや傭兵が訪れている。

 その辺りを地道に当たってみるべきだろう。


「やっぱり酒場だろうな。夕方以降なら大勢が飲みに繰り出すだろうし、そっからが本番ってとこか」


 この一件、当たり前ではあるが外の賞金稼ぎと王宮兵士の間に連係と呼べるものは存在しない。それぞれが個別で動いており、情報の共有もできていないため、動員されている人数の割に成果が得られない。


 しかしラルッツたちが間に入ることで、橋渡しができる。

 賞金稼ぎからラルッツたちへ、ラルッツたちから流護へ、そして流護から王宮へ。

 情報さえしっかりと行き渡れば、国中に効率よく無駄なく包囲の網を張ることができるはずだ。


「まっ、そうキッチリ上手くいくもんでもねぇだろうが、何もせんよりマシだろうよ」






「…………」


 人影もまばらな、冬の街。

 かすかにちらつく雪の中、二人の背中は遠ざかっていく。

 元盗賊、ラルッツ・バッフェとガドガド・ケラス。


「オルケスター……と言いましたね、今」


 彼らの発した言葉、聞こえた名前をその人物は反芻する。

 去っていく二人は気付かない。自分たちを見つめている、その視線に。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ちょっ!待っ!やべぇフラグが建ちやがった…。 この作品結構良キャラにも容赦がないからなぁ…。死ぬ時はあっさり死ぬ。一応覚悟はしておくか…。(耐えられるとは言ってない)
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