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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
11. 白氷世界のヘクセンヤクト
398/669

398. 冷血のダムゼル

 ベルグレッテが見る限り、初めてだった。

 これほど愕然としたレノーレの顔というものは。


 だから少しだけ、ホッとする。

 自分を前にした彼女が、それほど心乱したという事実に。鉄のような無表情で迎えられたなら、どうしようと思っていたから。


「……どう、して……あなたが、ここに」


 絞り出されたレノーレの声も、かつてない驚愕に震えていた。学級長クラスリーダーを務める少女は、さも当たり前のように答えてやる。


「どうして、って……決まってるでしょ? あなたを迎えにきたのよ。新しい年になって学院も始まって、もう何日経ったと思ってるの?」

「そ、んな……ッ!」


 何を場違いなことを言っているのか。言葉に出さずとも、彼女の表情がありありとそう語っていた。


「何だよ、レノーレ。そんなツラすんだな、お前でもよ」


 言いながら反対側の路地から現れたのは、


「……エド、ヴィン」


 悪童として名高い――けれど実は不器用な心優しさを秘める青年。そんな級友の姿を目にし、レノーレはまたしても息を飲んだ。


「オウ、勘違いすんじゃねーぞ。俺は別に、わざわざお前を連れ戻しに来たワケじゃねぇ。たまたまハルシュヴァルトまで行くハメになっちまってよ、そしたらお前が何だかウダウダやってるって話じゃねーか。だからよ、こう……ついでにっつーかよ……」

「何でそんなヘタクソなツンデレみたいなんだよ、エドヴィン」


 そして最後に。レノーレの背後にある小道から、有海流護が苦笑しながら現れる。


「…………! あなた、まで……!」

「よ、レノーレ。久しぶりだな」


 振り返った彼女に、流護もまたいつも通りの様子で片手を上げて応じた。


「前にほら、ちょっと約束したろ? レノーレに何かありそうだったら、国に乗り込んででも連れ戻しに行くって。つー訳で、実際にこうして来ましたー、みたいな感じで」

「……っ! そんな、そんな……こと……!」


 悲鳴じみた弱々しい声は、レノーレもまたその約束を覚えている証に違いなかった。


「こんな……本当に、来るだなんて……! 今の状況、分かってるの……!?」


 その悲痛ともいえる声に、ベルグレッテが応じる。


「分かってるわ。あなたが手配されていることも、置かれている現状も……すべて知ってる」


 目を見開いたレノーレの顔。その心中には、どのような思いが渦巻いているのか。


 もっともらしく言ってのけたベルグレッテではあったが、果たして何から話したものか。「知っている」などと言ってはみたが、全ては状況から考えられる推測にすぎない。


「なら……、!」


 何か言いかけたレノーレが、そこで素早く視線を左右に巡らせた。

 さすがというべきか、気付いたのだ。

 建物の影。通路の角。配管の上。兵団が遮蔽物越しに四方から彼女を取り囲み、身構えていることに。


「……ベル。……ひとつ訊きたいことがある」


 いつもの表情と口調に戻ったレノーレがぽつりと呟く。


「なにかしら?」

「……バダルノイスの兵団に協力を依頼したの」

「逆さ」


 質問に答えたのはベルグレッテではなかった。

 脇の路地から現れた人物を見るなり、レノーレが目元を細めてその名を呼ぶ。


「……ベンディスム将軍……!」


 この現場を指揮し、計画通りに事を運んだ当人。そんなやり手の戦術家が、やや自嘲気味に口を開く。


「逃げ回るお転婆娘にほとほと困り果てたバダルノイスが、伏して彼らに助力を願ったのさ」

「……!」


 その瞬間のレノーレの表情は、かつてないほどの怒に染まっていた。


「俺たちも、力づくでお前さんを捕らえようとはしちゃいない。できれば穏便に済ませたいんだ」

「……その穏便な策とやらが、ベルたちによる『説得』と言いたいわけ」

「ま、そうなるな」


 訪れる沈黙。

 うつむいたレノーレの表情は窺えない。

 そのとき彼女が何を思ったのか、ベルグレッテには知りようもなかった。

 ただ、


(……もう、これで……)


 終わり。


 今や、レノーレは完全包囲されている。

 前後から挟む形でベルグレッテや流護、エドヴィンが道を塞いでおり、周囲にはサベルとジュリー、そして数十名からなるバダルノイス兵団が控えている。

 いかにレノーレが優れた詠術士メイジとて、これだけの陣容を突破して逃げることなどできはしない。


 国中を巻き込んだ壮大な追いかけっこは、ここで終わりだった。


「レノーレ、私も尽力するわ。あなたが恩赦を受けられるように。だから……、……」


 その先が、上手く言葉にできなかった。


『だから』、何だろう。

 大人しく罪を償って、か。

 そうして彼女はお縄につき、バダルノイスの法に則って裁かれる。課せられる刑罰はきっと軽くない。

 母の記憶を回復させるという願いは叶わず、ミディール学院へ戻ることもできず。味方もいなかったというこの故郷で、ただ一人きり……。


「…………」


 親友を檻へ入れて、自分は全て片付いたとレインディールに帰る。そして、彼女が欠けたままの日常を過ごす。

 もしかすれば、二度と会う機会もないかもしれない。


「……っ」


 覚悟したはずだった。決心したはずだった。

 しかしいざ本人を前にして、かすかに顔を覗かせる惑い……。


「メルティナ・スノウはどこにいる?」


 その隙を埋めるように、重い声で差し込んだのはベンディスムだった。

 そこでベルグレッテもハッとする。

 兵団の目的は、レノーレが連れ去ったという『ペンタ』の奪還だ。となれば、その安否は何よりも優先すべき事項――


(……、?)


 少女騎士はふと、そこで妙な引っ掛かりを感じた。


(……なにか……すごく初歩的なことを、見落としてる……ような)


「帰って」


 かすかな疑問を霧散させたのは、レノーレが発した冷たい声だった。


「今すぐ、レインディールに帰って」


 氷のような無表情の彼女が告げた、氷のような拒絶の言葉。


「レ、ノーレ……?」


 呆然となったベルグレッテに構わず、雪の少女は自国の優秀な指揮官へと目を向ける。


「……目論見が甘い、ベンディスム将軍。……彼らに説得させれば、私が大人しく捕まるとでも? ……麒麟も老いては駑馬に劣る、と云うけど」


 嘲笑混じりの言い分に周囲の兵士らが殺気立つが、


「ほう……言ってくれるじゃないか」


 侮辱された当のベンディスムは、まるで動じずに笑い返す。

 レノーレが何を言おうと、どんな行動に打って出ようと、この状況は覆らない。そんな優位ゆえの、ある意味当然ともいえる反応。


「なら、ここからどうするつもりだ『凍雪嵐ヴェンティスカ』殿。老いて鈍ってきた小生へ、是非ともご教示いただきたいところだな」


 慇懃無礼な態度で挑発に応じたベンディスムをレノーレは鼻で笑いながら、


「……ベル、もう一度だけ言う。……そこの二人も」


 ベルグレッテ、エドヴィン、そして流護。レインディールからやってきた顔なじみの三人を一瞥し、彼女は当たり前のように告げる。


「……しばらく同じ学院で過ごしたよしみで、見逃してあげる。……今すぐレインディールに帰って」


 またも訪れる静寂。


「……おい、何を寝ボケたこと言ってやがんだよ。大体、『見逃してあげる』って何だよコラ。何を上から言ってんだオラ」


 困惑気味に凄んだエドヴィンをまるで意にも介さず、レノーレは冷たい眼差しで言い切った。



「……帰らないなら……今この場で、殺す」



 きっと、この場の誰ひとりとして予期していなかった発言。

 その証拠に、しばし全員が言葉を失って立ち尽くした。


「――――――――」


 ベルグレッテは、それこそ全身が……心までもが凍りついたように硬直していた。


「……その三人は、私を説得するにはまるで的外れな存在。……何なら、私自身がそれを証明しても構わない」


 どこまでも淡々としたレノーレにいち早く反応したのは、


「――オウ。調子に乗ってんじゃねぇぞ、オトボケメガネ女」


 彼が内包する炎という属性、そのままに。

 燃え上がる猛りを剥き出しにした、エドヴィン・ガウル。誰が止める間もなく、『狂犬』は一直線に突っかける。朱色の奔流を喚び出しつつ、氷雪の少女に向かって。


「オラァ!」


 自身も武器であるかのように、前のめりになりながら振りかぶる炎の腕。

 友人たる少女が相手だろうと、まるで躊躇なく――否、友人だからこそ、その発言を許せなかったに違いない。

 一方で対峙したレノーレの挙動は、やはりその属性を示したように冷静沈着だった。

 わずかに後方へのけ反るだけでエドヴィンの腕をいとも容易く空転させ、不発にふらついた彼の片足を素早く蹴り払う。


「クッ……!」


 空振ったうえに足払いを受けたエドヴィンは、そのまま前転する勢いで倒れ込――まなかった。


「ウルァ!」

「!」


 レノーレだけではない。ベルグレッテも目を剥き、流護も驚いた。

 為すすべなく転倒するかに思われたエドヴィンは、身体を捻りざま裏拳を放っていた。下から上へ、振り仰ぎながらの一撃。無理矢理にもほどがある挙動。なればこそ予想外、攻撃としては有効だった。


「ッ!」


 しかしレノーレもさるもの、すんでのところで首を振ってこれを躱しきる。無茶な体勢から追撃したエドヴィンは、今度こそ空振るまま仰向けに倒れ込んだ。

 と同時、


「――”吹き荒べ、風雪の妖精(ウェルツ・シュナーゼ)”」


 レノーレが――この氷雪の国で『凍雪嵐ヴェンティスカ』の二つ名を授かった詠術士メイジの少女が、力ある言霊を解き放つ。


「!」


 ベルグレッテが咄嗟に身構えた瞬間、狭い路地に激しい吹雪が巻き起こった。


「オワッ……、がばっ!」


 すぐ近くで横たわる形になっていたエドヴィンは直撃を受けて転がり飛ばされ、石壁に叩きつけられる。

 その他の全員も荒れ狂う雪風に防御を余儀なくされ、レノーレはその隙に手近な小路へと駆け込んでいった。


「……やれやれ。これまでだな」


 防御態勢を解いたベンディスムが、諦念の溜息とともに上空へ手をかざした。

 数秒の間を置いて、一階の屋根ほどの高さに大きな波紋が現れる。彼はそこへ向けて、恰幅のいい体格に見合った声を張り上げた。


『総員に告ぐ! 目標は説得に応じず、九時方面へ逃走を図った。何としても目標を確保せよ!』


 了解! と猛々しい雄叫びが響き、兵士たちは一斉に動き出す。この事態を想定していたような迷いのなさで。


「……!」


 ベルグレッテはただ唇を噛む。

 交渉決裂、武力によるレノーレの制圧。

 もはや、その決定と流れを止めることはできそうになかった。

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