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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
11. 白氷世界のヘクセンヤクト
394/669

394. 白の工業都市

 ようやく馬車の準備が整い、流護たちは北の街ユーバスルラへ向けて出発した。


「ユーバスルラは我が国で随一の工業都市でして、工場の配管類によって街も非常に入り組んでいます。放棄された無人の建物も多く、人が身を隠すにはうってつけ……ともいえますね」


 すっかり案内人役が板についたバダルノイス兵士、ヘフネルがそう解説する。

 ちなみに彼は本来、今日の昼過ぎに勤め先であるハルシュヴァルトの兵舎へ帰る予定だったらしい。ところが突然のレノーレ発見で咄嗟に動ける人員が足らず、こうして駆り出されることとなったようだ。


「けど、馬車で小一時間ってえらい近くよね。そんなにもそばに潜んでるのを見逃してたの?」


 すらりとした生脚を組み直しながら指摘するジュリーに対し、


「そうですね……近いがゆえ、誰もが『ここにいるはずがない』と考えていたのではないかと……」

「灯台何とやら、って言うしなァ」


 サベルの言葉に頷きながら、ヘフネルが複雑そうに続ける。


「レノーレ氏は実に神出鬼没でして……まるで兵団の思考の裏をかくように、追跡をすり抜け続けていると聞きます。宮廷詠術士(メイジ)時代の知識や経験を活かして、的確に行動しているのではないかと……」


 申し訳なさげなヘフネルの言葉を聞き、エドヴィンが「ケッ」と鼻を鳴らした。


「そーいやアイツぁ、隠れんのが妙に上手かったっけな。ベルも覚えてるだろ。一年の時、いきなりミア公が『見つけっこ』やろうとかって言い出してよー」

「ふふ、懐かしいわね。エドヴィンったら、最初は『そんな子供みたいな遊びやってられるかー』って突っぱねてたわよね」

「ったりめーだろ。けどよ、ミア公はショボンとしやがるし、レノーレは冷たい目で見てくるしでよ……女子連中が俺を親の仇みてーに言いやがるからよ」

「でも、なんだかんだで楽しかったわ。子供の頃に戻ったみたいで」

「…………まァ、な」


『見つけっこ』とは、ようは現代日本で言うところのかくれんぼである。

 放課後に学級の皆でやることになったそうだが、いざ始めてみて仰天。誰が鬼になっても、レノーレを捕まえることはできなかったのだという。


「でも……今度は見つける。絶対に捕まえるわ」


 少女騎士は軽く拳を握りながら、決意を滾らせた。


「オウよ。ふん捕まえてやろーぜ。あのオトボケメガネ女をよ」


 エドヴィンも歯を剥いて笑う。

 そんな二人の会話を聞いて、ジュリーが顔を綻ばせる。


「こうして聞いてると、学生もいいなー、なんて思っちゃうわね~」

「だなァ」


 微笑ましげなトレジャーハンターの大人二人に、流護は今さらな疑問をぶつけてみる。


「そいやサベルとジュリーさんって、学校とかには……?」

「ないない。あたしたちの故郷は、そういった施設すらない田舎だったもの。近所の物知りじいちゃんが子供たち集めて、勉強の真似事をするぐらいだったわね」

「何せ、ちっぽけな村だったからなァ。それも山賊に襲われて全滅して、俺とジュリーだけが命からがら生き延びて……」

「まじか……。な、なんかすんません」


 この世界の住人は、凄絶な過去を持つ者も珍しくない。迂闊に藪をつついてしまった、と自省する現代日本出身の少年だが、当人は「気にするなって」と快活に笑う。


「もしあの村でずっと暮らしてたら、こうして外の世界に出ることもなかったろう。『紫燐ウィステリード』のサベル・アルハーノと『蒼躍蝶モルフォ』のジュリー・ミケウスって名のトレジャーハンターが世に出ることもなかった訳だ。もちろん、こうしてお前たちに出会うこともな」

「そうなると……僕がお二人を知ることもなかったわけですね。ううむ……人の縁というものは、何だか不可思議ですね」


 かねてから両人の活躍ぶりを知っていたというヘフネルが、感慨深げに納得していた。


「まあどっちにしても、あたしとサベルが二人でひとつであることは変わらなかったと思うけど~!」

「当然だぜ、ジュリー」


 そしていつも通りな仲睦まじい男女である。


「あんたらよ、ガキの頃からずっと一緒なのか?」


 呆れ気味なエドヴィンの問いに、「まァな」「そうよー」と二人が同時に答える。


「元々は、家が隣同士でな」

「最初から結ばれる運命だったのよね!」


 ようは幼なじみ、とでも呼ぶべき間柄だろう。

 思えば去年の暮れ、任務のため訪れたジャックロートの街で出会ったレオとカエデ……彼らも、この二人と似た関係だった。

 そして――


(……、)


 この世界への転移に巻き込まれ、未だ眠り続けている身近な少女を思い、少ししんみりする流護だった。


「お二人は村を出てからもずっと、一緒に旅をされているのですよね?」


 興味があるのか、ベルグレッテがそんな質問をする。


「そうよー。片時も離れず一緒なんだから!」

「まァ、そうだな。今回みたいに、大勢で組んで動くことも何度かあったが……基本的には二人でやってきたぜ。怪しげな遺跡でお宝を見つけた時も、ヤバイ罠に引っ掛かって死にかけた時も、怨魔やら山賊やらと大立ち回りを演じた時も……俺の隣には、いつもジュリーがいたさ」


 彼らは寄り添いながら、それぞれに答える。

 二人でひとつ、というジュリーの主張に偽りなしといったところか。


「俺は主に接近戦担当、対人が得意でな。一方ジュリーは遠距離が強く、怨魔との闘いを得意としてる」

「お互いに得意不得意はあるけど、二人揃えばカンペキ! ってわけ!」

「なるほど……」


 と、二人の話を聞いた少女騎士は妙に思案顔だった。


「あっ。もうすぐユーバスルラに入りますよ」


 ちょうど会話も一段落した頃、外の景色に目を向けたヘフネルがそう告げた。窓の向こうを見れば、煙突の立ち並ぶ無骨な建物群が迫ってくる。


「雪も降りそうにないですし、街を歩くにはもってこいですね」


 しかしその空に昼神インベレヌスの姿は覗いておらず、代わりに幾重にも連なった雲が濃く立ち込めていた。






 到着するなり、一行はまずこのユーバスルラの兵舎へと向かっていた。

 道中、屋根代わりになるほど太い配管が頭上を通っていたり、あるいは地面に張り巡らされたパイプを跨ぐ形で階段や段差が設けられていたりと、なるほど複雑に入り組んだ景観が続く。


「階段上がったかと思えば下り坂、今度は陸橋……。すっごい歩きにくいわね~、この街ってば」


 サベルの腕に掴まって歩くジュリーがぼやくのもやむなしか。


「元は工場地帯だった場所に、後から付け足して街を作ったんです。労働者たちの通う手間を減らして、住み込みで働けるようにと」


 先導するヘフネルは振り返りながら、またも案内人的に解説する。

 十数年前に発生した未曾有の大災害、『滅死の抱擁(グルスァンブルス)』。これによって被った損害を補填するため、工場を従来以上にフル回転させる必要があったのだという。


(……なるほどな。そんで生産の人手を増やすために移民を受け入れて、治安が悪化して、『氷精狩り』とかが起きるようになって――)


 そんな死に体となったバダルノイスを滅びの危機から救ったのが、英雄メルティナ・スノウ。弱冠十一の身で一万四千もの反乱者たちを撃滅し国民を守り抜いた、北方随一の『ペンタ』。


(そのメルティナの力を、レノーレが抜き出そうとしてるかもしれない……最悪、もう抜き出してるかもしれない、か)


 バダルノイスという国は、氷神キュアレネーの裁きたる『滅死の抱擁(グルスァンブルス)』を皮切りに、今もまだ試練に見舞われ続けている――と、教会関係者なら表現することだろう。

 現代日本の少年である流護としては、単に不幸が重なっただけとの認識だが。


「着きました。ここがユーバスルラの詰め所になります」


 眺めているだけでも飽きない複雑な街並みを行くことしばらく、ヘフネルが足を止めた。

 変わった街中に佇む、代わり映えしない石造りの建造物。

 兵士の詰め所という無骨な建物の万国共通ぶりを堪能する間もなく、中から数人の兵士たちが飛び出してきた。


「ん? おっ、ヘフネルじゃねーか」


 その中の一人がこちらに気付いて寄ってくる。


「おお、ガミーハじゃないか。久しぶり」

「そっちこそ。元気だったか? この野郎~。っとヘフネルよ、この人らが例の?」

「うん、そうだよ」


 二人は親しげに肩を叩き合いながら、流護たちへと向き直った。


「どっも。自分はユーバスルラ駐在のガミーハ・ブレストンといいます。このヘフネルとはガキの頃からの付き合いでして。今回はご助力いただけるそうで……いやはや、ありがたいですよ」


 年齢はヘフネルと同じく二十歳前後だろう。やや内向的な彼とは対照的、快活で強気そうな顔立ちをしていた。


「それにしても……いやはや、とんでもねー美人さんが二人も……。お名前をお伺いしても?」


 ガミーハのねっとりした視線が、女性陣――即ちベルグレッテとジュリーに注がれる。ふふん、と反応したのは金髪美女の後者だった。


「ジュリー・ミケウスよ。好きなものは、将来を誓い合った仲のサベルでーす」


 にっこり微笑みながら、いつものように相方の腕へと絡みついていく。もはや流護としては見慣れた光景だ。


「ちぇっ、男持ちですか……って、あんたがサベルさんか。ふむ、なるほど」


 残念がったり驚いたりと忙しい彼の目は、次に少女騎士へ。気付いた彼女が一礼する。


「ベルグレッテ・フィズ・ガーディルードと申します」

「おおー、あなたが。いやはやいやはや、こんなに綺麗なお方だとは。どうです? 今度ご一緒に食事でも?」

「つか、行かなくていいんすか?」


 遮るように割って入るのは流護である。

 ベルグレッテを口説かれるのが面白くないのはもちろんとして、一行はレノーレ発見の報を受けてやってきたのだ。ここで悠長にお喋りしている場合でもないだろう。


「ん? 君は?」


 ガミーハの訝しげな視線は、いかにも「何だこの冴えないチビは」と言いたげだ。そんな彼に少年は堂々と名乗ってやる。


「リューゴ・アリウミっすけど」

「……え? えぇ!?」


 ガミーハは慌ててヘフネルを振り向き、


「本当なのか?」

「本当だよ」

「へぇ~……。人は見掛けによらないとは言うがねぇ……。いやはや……」


 幼少時代からの付き合いだという同僚に苦笑され、ガミーハは納得する素振りを見せた。口ぶりや表情からして、内心では疑わしく思っていそうだが。

 皆を見渡しながら、ガミーハは仕方なさげに話し始める。


「それじゃ簡単に説明しますが……兵団は現在、一定距離を保ってレノーレ・シュネ・グロースヴィッツを監視中です。潜伏先も先ほど特定したそうで、第三区画の放置された廃工場を隠れ家として利用してるみたいですよ。しばらくこの街に腰を落ち着けるつもりなのか、遠出する気配がないので、この機に兵団が周囲を固めてる最中です。俺らも、ちょうど包囲網に参加しようとしてたところだったんですよ」


 そこへ流護たちがやってきた、ということらしかった。


「今のところ、確認されているのはレノーレ一人だけなのでしょうか?」


 浮かない表情のベルグレッテが尋ねると、


「ええ。まだメルティナ・スノウを見たって話は聞いてないですね」


 ガミーハはにっこりと笑顔で答える。

 硬い面持ちのまま、少女騎士は次の質問を口にした。


「この件の背後で暗躍しているとされる組織……オルケスターと思しき者の姿はありませんか?」

「ん? ……ああ、オルケスター……ですか」


 やはりその名は一般兵にも浸透しているらしい。

 そしてここで、流護もベルグレッテの意図を察する。先日聞いた話では、レノーレを追っていた賞金稼ぎの一人が無惨な姿で発見されたとのことだった。その手口からして、下手人はキンゾル・グランシュアと目されている。

 流護やベルグレッテとしては否定したい限りだが、レノーレへ近づくなら、キンゾルを始めとするオルケスターの刺客にも注意を払う必要があるだろう。

 しかし、


「大丈夫ですよ。こっちは百人からなる兵士が出張ってるんです。連中がいたとしても、迂闊に手は出せませんって」


 ガミーハは自信たっぷりにそう笑った。


(だったらいいけどな……)


 流護としては、少々楽観的と思わざるを得ない。

 レインディールでの暗躍ぶりや『ペンタ』であるという点を考えると、キンゾルがその程度で尻込みするとは思えなかった。


「これまでに、正規兵がオルケスターの者と遭遇……もしくは交戦したことはないのですか?」

「そういった報告は聞いたことがないですなぁ」


 ベルグレッテの質問にもガミーハは気楽に即答する。


(今んとこ、やられてるのは賞金稼ぎだけか……)


 であれば、ガミーハがこれほど自信満々なのも頷ける。

 後ろ盾のない個人である賞金稼ぎはともかく、国家所属の兵士には手が出せないと考えているのだ。


(実際にそうならいいんだけどな……)


 そんな流護の懸念をよそに、


「それじゃ、そろそろ行きましょうか。指揮を執ってるベンディスム将軍に、皆さんを紹介しますよ」


 ガミーハに先導され、包囲網の責任者の下へ向かうこととなった。

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