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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
11. 白氷世界のヘクセンヤクト
383/669

383. お騒がせ

「理由? それを聞いてどうするってんだよ」


 相手をするのも面倒くさい、とばかりのしかめっ面で、初老のひげ面は尊大に言い放った。


「は?」


 流護が思わず呆気に取られると、


「いいかぁ。レノーレの首級を狙ってる連中が、一体何人いやがると思ってんだ。お前らみたいな金に目の眩んだ賞金稼ぎ共が、ごまんと押し寄せてきてんだよ。腐るほどいやがるそんな連中に、いちいち丁寧に説明なんぞしてられるか。奴ぁバダルノイスのどっかにいる、勝手に探せ。捕らえるなり首を持ってくるなりすりゃぁ、金を出してやる。以上だ」


 兵舎というものはどこも似たような内装で、それはこの場所も同じらしい。壁面には刀剣類が飾られ、部屋の隅には埃を被った大砲が安置されている。

 そんな部屋の中央、カウンターの向こうで偉そうにどっしりと座る男は、偉そうに言って鼻を鳴らした。

 レノーレのことを詳しく尋ねようとした途端にこの対応である。


「おら、用が済んだら帰りな。こっちは忙しいんだよ」


 この人物こそ、ヘフネルの話に出てきた兵士長ヒョドロ。ハルシュヴァルトにおけるバダルノイス側の詰め所の責任者。気性が荒い、という前情報に偽りはないらしい。対応も荒い、というか雑である。

 ベルグレッテが一歩進み出て、学院長の書状を提示する。


「我々は賞金稼ぎではございません。レインディール王国はミディール学院より、遣いとしてやって参りました」

「あぁ? レインディールだと?」


 うさんくさげに眉をひそめたヒョドロは、紙面に目を通しながら訝しげに顔を歪める。


「学院だか学園だか知らねぇが、女中に退学届けを出させたはずだ。それで話は終わりだろうが」

「終わっておりませんので、こうして参じました」


 ややベルグレッテらしからぬ、強引な返答。


(う、うおう……)


 流護は思わず内心でのけ反ってしまう。が、無理もない。


(ベル子、怒ってんな……)


 未だ分からぬ詳細。詰め所へ来れば知れると思っていたところで、兵長がこの態度である。


「むっ……」


 横柄なヒョドロも、まるで怯まず真っ向から視線を返してくる少女騎士に気圧されたようだった。相手はレインディールよりやってきたという曰くありげな使者。立場的にも実力的にも、敵対するのは得策でないと思ったのだろう。


「……わーった、わーったよ。レノーレの罪状……だったな」


 意外にもあっさり折れたというか。初老の顔に皺を寄せながら、男は観念したように口を開いた。


「要人の誘拐だ」


 全員が押し黙る。そこに、ヒョドロは細かく補足していく。


「バダルノイスでも一、二を争う重要人物を誘拐して、姿を眩ませちまったんだ。連れてかれたのはさる貴族の令嬢。だから大騒ぎになってる」

「レノーレが……人を誘拐?」


 流護はきょとんとなった。何というか、あの少女が誰かをさらうなどという場面が想像できない。


「どら、もういいだろ。これ以上の詳細は話せん――」


 ヒョドロが鼻息荒く腕組みをしたと同時、


「ええい、大人しくしろ!」

「離せコラァ!」


 すぐ外の廊下が何やらドタバタと騒がしくなった。


「暴れるんじゃない!」

「うるせェ! 離せつってんだよ!」


 壁の向こう側から聞こえてくる怒声。

 普通であれば何事かと思うところだが、それ以前に流護とベルグレッテは思わず顔を見合わせた。


「リ、リューゴ……この声って……まさか……」

「……だよな」


 まさかと思いながら、流護は咄嗟に扉へ駆け寄って開け放つ。

 廊下に顔を覗かせると、


「……やっぱ……エドヴィン……」

「はァ!? ア、アリウミ……!?」


 兵士二人に取り押さえられながら連行中と思わしき、ミディール学院の『狂犬』の姿があった。






「はあ……そりゃまた大変だったんだな、エドヴィン……」

「大変なんてモンじゃねーよ、ワケ分かんねーしよ」

「でも……無事でよかったわ」

「オ、オウ」


 冷たい風が吹く兵舎の外。

 エドヴィンがこの街までやってきた経緯を聞いて、流護とベルグレッテはただ驚くばかりだった。


「にしても……その馬車? エドヴィンさらって、どうするつもりだったんだろな……」


 眠っている間に馬車の荷台へ詰め込まれたらしい……とのことだが、この厳ついヤンキーを誘拐する理由が思い当たらない。

 まあ、広い世の中である。


(エドヴィンみたいなタイプが好きなホモもいるかもしれない)


 本人には言わぬが華だろう。


「だいたい、この時期に外で眠っちゃうだなんて……。凍死したらどうするのよっ。いくら慣れた街だからって無用心すぎるわよ、もうっ」

「ま、まあいいじゃねーかよ。こーして何事もなかったんだしよ」

「なにごともあったじゃないのっ。まさか手配書に載ってるだなんて、目を疑ったわよ……!」

「お、俺だってよ、まさかそんなことになるなんて思わねーしよ……」


 学級長クラスリーダーを務めるベルグレッテとしては、あれこれ言わずにいられないようだ。さしもの『狂犬』も、すっかり気圧されてチワワになっている。


 結局エドヴィンは、衛兵の同行命令に従わず逃走したためにお尋ね者となったようだった。

 生徒手帳を落としてしまったことで、名前もあっさりと知られてしまったらしい。あえなく捕まって拘留され、このバダルノイス側の詰め所からレインディール管轄の建物へ移送されようとしているところだったとのこと。


 ちなみにそんなエドヴィンの身柄については、流護たちが引き受けるという形で開放した。

 懸賞金と同額の罰金を支払う必要こそあったものの、これで彼は晴れて自由の身である。……もっともその金額も七百エスクなので、昼飯代より安くついたのだが。


 互いの経緯を説明し終わって、


「問題は……レノーレの奴だろ」


 お騒がせ問題児エドヴィンが真剣な面持ちで切り出した。自分のことは丸きり棚に上げて。


「ええ。それについては、私たちが対応するから……エドヴィンは、」

「大人しく学院に戻ってろ、ってか? 身内の問題だろーがよ。当然、俺も行くぜ」

「なっ、だめよそんな……! これから、どんな事態になるかも分からないし……」


 ここまで来た以上、これからやることは決まっている。


 本格的にバダルノイス入りして、レノーレを捜す。

 王宮関係者に事情を説明して理解を得たいところだが、上手くいくかは未知数。場合によっては、レノーレを狙う賞金稼ぎと激突する可能性もあるだろう――というのが、サベルの見解だ。

 今こうしている間にも、レノーレはその命をおびやかされているかもしれない。


 エドヴィンの釈放手続きやら何やらに追われているうち、ヒョドロはどこかに出かけてしまった。まともな詳細も聞けていないが、あの様子では聞き出せるかも怪しい。無理にここで粘る必要もないので、先に進んで別の場所で情報を入手したほうがいいだろう。


 一刻も早く向かいたいところではあるが、ここで問題になってくるのがバダルノイスの厳しい気候だ。急激な冷え込みや天候の変化が頻繁なうえで予測しづらく、迂闊に移動しようものなら思わぬ足止めを食う懸念がある。その程度ならともかく、最悪遭難の危険すらありえる。

 ともあれ悪天候に影響されるのはレノーレも賞金稼ぎも同じはずなので、冷静に腰を据えていくべき……というのが熟練トレジャーハンターらの見解だった。


(つか、むしろレノーレの場合……)


 この天候を利用することで逃げ延びているのでは、とすら流護は考える。何しろ、バダルノイスは彼女の生まれ育った国。外からやってきた賞金稼ぎに比べて、そうした天候事情や地理にも明るいはずだ。


「人捜しすんなら、一人でも多い方がいーだろよ。それとも、俺がいちゃ足手まといか?」

「そういう問題じゃなくて……! もうっ、リューゴからもなにか言ってあげて」


 頑固なエドヴィンに困り果てたか、ベルグレッテが救援を求めてくる。


「ん? うーん……」


 正直なところ、流護としてはエドヴィン寄りの心情だ。彼の気持ちは痛いほど理解できる。

 思い人の女子ベルグレッテに「危ないから」と気遣われて、大人しく引き下がれるはずがない。男として当然、エドヴィンの気性なら尚更だろう。

 それに、


「帰ってもらうにしてもさ。あの様子だと……どうだろなあ」


 流護はその方角を振り仰ぐ。

 遥か南東、ミディール学院方面へと続く遠い空を。


「あ……」


 ベルグレッテも気付いたようだ。

 山越えを果たしてここまでやってきた流護たちだが、その山の方面が黒々とした雲で覆われている。とにかく、その密度が半端ではない。物理的に触れるのでは、と思えるほどの分厚い雲が立ち込めている。


「ひゃ~……。あれだと間違いなく吹雪いてるでしょうね」


 ジュリーが苦々しい表情で肩を竦めた。

 そもそもあの山を抜けるに当たり、一行は除雪で散々苦労させられている。あの様子では積もるだろうし、道もまた塞がるかもしれない。


「まっ、俺たちも晴れた合間を縫って、ようやっとここまで抜けて来たようなもんだからなァ……」


 サベルも、もうこりごりだと言いたげに頭を掻いた。村で何日も足止めを食っていた身からすれば、当たり前の感想か。


「ハハッ。キュアレネーが言ってんのかもな。我が信徒のレノーレを救うまでは帰しません、みてーによ」

「うー……エドヴィン、講義だって遅れてるのに……」


 ベルグレッテはどうにも割り切れないでいるようだ。危険は元より、不良生徒の現状についても案じている。


「それなら心配ねーよ」

「あなたの成績が心配無用だったことなんて、今まで一度もないんですけどっ」


 当たり前のように断言するヤンキーに対して、生真面目な学級長クラスリーダーは大層おかんむりだ。


「……イヤ、大丈夫だってんだよ、ホントに。問題ねーからよ」

「……?」


 そう苦笑うエドヴィンの悟ったような顔が少し引っ掛かる流護だったが、


「うおう、降ってきたぞっと」


 サベルの言葉尻に被せる形で、灰色の空から雹が注ぎ始めた。大粒の白雪は瞬く間に、視界を覆い尽くしていく。石畳や建物の屋根に激突するそれらが、そら恐ろしくなるような大音声を響かせる。


「いたたたた! ひゃー、こりゃたまらないわ! いったん宿に戻りましょ!」


 すぐ目の前にいるジュリーの悲鳴すらよく聞こえない中、五人は慌てて走り始めるのだった。

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