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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
11. 白氷世界のヘクセンヤクト
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377. 危険人物たち

 ようやく山を抜けた一行は、近場の街でそれぞれに解散した。


 無事の山越えに胸を撫で下ろしている商人たちとは裏腹、詠術士メイジらはやや気まずそうだった。我先にと馬車へ逃げ込んでしまった負い目だろう。皆、そそくさと散っていった。きっと、もう二度と会うこともないに違いない。

 コッラレなどは流護に対し、


「あんな怪物を素手で倒せるなんてどうかしてる。お前、本当に人間なのか……?」


 と薄気味悪いものを見る目を向けてきたが、


「自分だけさっさと逃げちゃった人が何か言ってる~」


 とジュリーに煽られ、やはり逃げるように退散していった。


「なあ、お二人さん。これから一緒にメシでもどうだ?」


 というサベルの提案に乗っかり、流護とベルグレッテは街の片隅にある酒場へやってきたところだった。

 まだ夕飯には早い時間とあって、客も少ない。そんな空間に、四人の杯を突き合わせる音がカチャンと鳴り響く。


「お二人さんとの出会いを祝して乾杯、ってな!」

「ふふ、サベルったら。二人のこと、随分と気に入ったみたいね」

「はあ、どもっす」

「あはは……ありがとうございます」


 流護とベルグレッテは揃って曖昧に笑った。


「天轟闘宴の覇者と、乱入してきた『黒鬼』を斬った少女剣士……。成程、噂に違わぬ腕前だぜ」


 それらを自分の目で見ていないサベルとしては、半信半疑な思いもあったのだろう。麦酒を一口含みながら、改めて噛み締めるように頷いている。


「もうサベルったら、強い人が好きなんだからっ」

「おう、強い奴も好きだが、もちろん一番はお前だぜ。ジュリー」

「やだもう、サベルったら……嬉しい!」


 油断するとこれである。

 そして人目も憚らず口付けを交わし合う二人。


「あ、あ、あのっ! 衆目の場で、そのような行為は……!」


 そして真面目さんなベルグレッテ。注視できず目を背けながらあわあわしている様子が、流護にしてみればたまらなく愛おしい。


「んもう、おカタいわねぇ。ベルグレッテちゃんだって、リューゴくんとキスの一度や二度はしてるんでしょう?」


 思わぬジュリーの反撃に、流護とベルグレッテはつい顔を見合わせる。そして反発する磁石さながらに逸らし合う。


「あらあら、ふふふふ。その様子だと、全くしてない、ってワケじゃなさそーね。一回したばかり、ってところかしら? それも、一瞬だけチュッて触れるぐらいの。ふふ、でもどんなキスだったかなんて関係ないのよねー。お互いの気持ちを確認し合えた、っていうことが大事で」


(エスパーかこの人!?)


 これ以上の追及を恐れた流護は、慌てて話の矛先を変えようと試みた。


「そ、それよりアレすよ。俺、二人が昔からドラウトローの特性を知ってたってことに驚いたんすけど」

「ん、ああ。さっきの話か」


 それは、先の雪山にて。

 四人がそれぞれにドラウトローを撃破した直後のことだ。


『えーと……早めにここ離れた方がいいかもしんないっすよ』


 安堵の空気が漂う中、急くようにそう提案したのは流護である。

 その理由は言わずもがな。


 ドラウトローが昼間に活動していたからだ。


 本来は夜行性のこの怨魔が、白昼にも活動し得る唯一の条件。即ち、恐慌状態。

 つまりこの四体のドラウトローが恐れをなすような何かが、すぐ近くにいるかもしれない。

 そう説明を受けたサベルたちだったが、


『ああ。それなら大丈夫だと思うぜ』


 トレジャーハンターの男は何とも呑気に言う。


『こいつらが「恐れた」のは……雪崩れだよ』


 何も、畏怖すべき対象が自分より強い生物だけとは限らない。

 上位の怨魔が『災害級』と評されることがあるように、連中はまさしく雪崩という災害に直面し、恐慌状態へ陥ったのだという。


『珍しくもないのよ、こういうことって』


 ジュリーも髪をかき上げながら、さも当たり前のように頷いた。

 彼らの主張が正しかったことを証明するように、一行は以降何事もなく山を抜けてきた訳である。


「いつから知ってたんすか? ドラウトローの習性のこと」


 流護が尋ねると、サベルは記憶の糸を手繰り寄せるみたいに天井を仰ぐ。


「ううーむ……夕べ話した、ドラウトローを遺跡の罠に嵌めた一件の頃だろうな。そもそも当時、連中に追っかけられたのも昼間だったしよ」

「三、四年前ぐらいじゃないかしらね?」


 流護とベルグレッテは揃って目を剥いた。

 半年間に流護たちがかかわったことで判明したドラウトローの新たな特性を、この二人はそんなにも前から知っていたというのだ。


「でもそれなら、どっかの偉いさんとかに報告しなかったんすか? 褒賞金出ますよ」


 複数の国で指標として運用されている、『怨魔補完書』。

 古今東西、様々な怨魔の生態や特徴を記録・管理し、個体の危険度を最低ランクのEから最高ランクのSまで区分けしている資料である。

 しかしながら、まだまだ不完全な部分も多い。新しい情報は随時歓迎中のはずだ。


「だからこそ、だ。新発見には褒賞が出るような案件だからこそ、そう簡単に認定されねぇのさ。特に、俺たちみたいな根無し草の証言だとな」

「どういうことすか?」

「金欲しさの流れ者が、適当な特徴をでっち上げて報告するかもしれないだろ?」

「あ」

「だから研究機関としちゃ、まず全てを疑ってかかる。特に身元の分からん旅人の話なんかにゃ、もう最初ハナから耳を傾けねーぐらいの姿勢さ。まっ、当然っちゃ当然だ。何せ、本当か嘘かも分からん訳だからな」

「もちろん、全く取り合わないワケじゃないのよ。ただね~……」


 この怨魔に、これこれこういう特徴が見つかりました。そうですか、じゃあ検証するので協力してください、と。『言い逃げ』を許さぬよう、結論が出るまで報告者を付き合わせるのだそうだ。

 その調査は、過剰なほど慎重を期する。複数の国々で基準として扱われる資料ゆえ、可能な限り正確でなくてはならないからだ。


 最終的に発見が認可されるとしても、調査自体が怨魔の生け捕りなどの危険を伴ううえ、長期間に渡って拘束される。そして、褒賞も大した額ではない。

 貢献したことによる多少の信用は得られるが、収入を考えたなら、他の仕事を探したほうがマシ――なのだそうだ。

 そんな事情があって、冒険者や旅人たちは新発見の報告に消極的らしい。


「はー、なるほど。そんな事情があるんすね」


 例のドラウトローの件はたまたま瀕死の被検体を確保できたことで調査が進められたが、その分析だけでも四日かかっている。

 さらには、王国騎士見習いであるベルグレッテ――つまり身元に信の置ける人物が怨魔の行動に疑念を抱いたことが切っ掛けだ。

 通常であれば、ああも迅速に事は運ばないのだろう。


 流護としては新しい雑学を知った気分だったが、


「……もう少し、効率的に運用できればいいのですが……」


 沈痛にうつむくのはベルグレッテだ。

 生真面目な少女騎士は、国の仕事に携わる一人として思うところがあったようだ。


「おっと、ベルグレッテ嬢が気にすることじゃあないだろ。落ち込むのはナシにしてくれよ、悲しむ美女の顔は見たくない」

「あらっ。何よサベルったら~。まあ、確かにほんっとキレイよねーベルグレッテちゃんってば。そんな女を捨てたみたいなすっごい厚着してるのに、隙間から気品とか美しさが漏れ出てるのよね……。あたしなんて、この寒い時期におヘソ出したり太もも出したりして、必死に女を演出してるってのに~」

「え、ええっ……そ、そんな」

「ちょっと、お肌とか髪のお手入れってどうしてるの? 秘密があるんでしょ。教えなさいよー、ホラホラ」


 さすがに各地を巡ってきただけあって、話術にも長けている。暗くなりかけた空気は、見事に払拭されていった。

 そうして和やかに食事が進んでしばらく、


「さってと。新しい酒場に寄ったらお楽しみ、だ」


 麦酒をぐいと飲み干したサベルが、やおら席を立ってカウンターへ向かっていく。店員の若い男と二、三言葉を交わした後、紙束のようなものを受け取って戻ってきた。


「あら。物騒ねー、なかなか多いじゃない」


 頬杖をついたジュリーが、セリフとは裏腹に明るい口調で笑う。


「何すか、その紙。何もらってきたんすか」


 流護が問えば、


「手配書さ」


 ニッと口の端を上げたサベルが、紐で綴じられたそれらをバサリと机上に載せた。


「!」


 粗雑な質の茶色い用紙、真ん中にでかでかと描かれた似顔絵。その下に名前と金額。そして、『捕・討・不問』の三種の文字。これは言わずもがな、依頼主が要求する、対象の処置についてである。生かしたまま捕縛するか、首を持って帰るか、生死問わずか。その三択のうちのひとつが、必ず丸で囲まれている。


 この街は中立地帯のハルシュヴァルト近郊に位置するため、レインディールとバダルノイスの罪人が主となるはずだ。隅の余白に、発行した国の名が記される決まりとなっている。

 それら国名の脇には、赤い判子が押されている。レインディールは獅子を象った、バダルノイスは蔦のような植物を模した押印らしい。


「いかにも小悪党って面したオッサンだなァ」


 紙束の一番上、期せずして表紙みたいになっている人相の悪い顔を、サベルが指先でパンと弾く。


「額は六十万かぁー。イマイチってとこね~」


 細められたジュリーの視線は、獲物を品定めする猛禽のそれだ。

 その手配書の発行元はレインディールとなっている。が、兵士の端くれとはいえ、流護も手配犯について細かく把握している訳ではない。対象人数が多いうえ、日々増減するため、とても覚え切れるものではないのだ。


 兵の人手不足もあって、賞金首の対処は流れの冒険者や傭兵たちが受け持つことがほとんどとなっている。腕利きトレジャーハンターたるサベルとジュリーも、やはり収入源のひとつとして意識しているのだろう。

 その男の懸賞額は六十万エスク、『捕』に丸がついていた。


「捕縛対象でこの金額か。レインディールはワリと太っ腹って噂だが……お二人さんは、このオッサンについて何か知ってるかい?」

「いや」

「いえ、残念ながら……」


 サベルの問いに、流護たちは否定でもって答える。

 手配書には、その人物がどんな罪を犯したかまでは記されていない。詳細を知りたい場合は、発行した国の兵舎までお問い合わせください、というスタンスである。


「まっ、『捕縛しろ』ってことは、窃盗か何かだろうな」

「そうなんすか?」


 骨つき肉を頬張りながら流護が問うと、サベルは確信を得ているみたいに力強く首肯する。


「ああ。裏を返せば、『殺すな』ってことだからな。生きた状態のコイツから、何かしら得たいモノがあるんだろ。死んだら何も分からなくなっちまう可能性もあるからな。もちろん全部が全部そうとは言わんが、経験上こういうのは盗人が多い」

「へー、なるほど」

「懸賞額からして、商人か貴族の屋敷でちょっとした金目の物でも盗んだ……ってとこだろうよ」


 そう締め括り、次のページをめくる。

 今度は、先の男とは比較にならない悪人面が出てきた。金額は百万エスク、『討』に丸がつけられている。


「うわあ……これは見るからにヤベエおっさんっすね……」


 流護としてはそんな感想しか出てこない。現代日本風にいえば、いくつも前科を持っていそうな強面だった。


「はっは。いかにも賞金首の見本、って感じだぜ」

「百万出すから、とにかくぶっ殺せー! ってことだもんねー。山賊の幹部あたりじゃないかしら?」

「まっ、そんなとこだろうな」


 サベルたちぐらいになると、金額や処置内容から大体の予想がつくようだ。

 そうして、似たり寄ったりの悪人たちがめくられていく。賞金は得てして五十万から百五十万前後、お尋ね者は盗人か山賊か、といった風情だ。


「ったく、チンケな小悪党ばかりだぜ。俺がブッ倒すに相応しい、五百万ぐらいの大物はいねーモンかァ?」


 サベルが鼻息荒く次のページをめくった瞬間、


「!」


 四人は同時に息を飲んだ。


「おいおい……何だい、コイツぁ……」


 青年の言はもっともだろう。

 そこに描かれているのは、しわがれた小さな老人の似顔絵。これまでの悪党に比べるとあまりにも迫力に欠け、貧弱な印象すらある。『捕』が丸で囲まれているが、


「こんなヨボヨボのおじいちゃんが……、タダゴトじゃなさそうねぇ」


 トレジャーハンターの両人が驚いたのは、間違いなくその懸賞金だろう。

 その額――、千三百万エスク。

 五百万の大物、どころではない。天轟闘宴の優勝金額すら超えている。


 彼らが、チラリと流護たちの顔を窺ってくる。

 発行元はレインディール。金額も金額だ。さすがに詳細を知っているはずと考えたに違いない。


「……」


 流護とベルグレッテは、眉根を寄せながら無言で似顔絵へ視線を落としていた。


「なあ、お二人さんよ。何やらかしたんだ、この……キンゾル・グランシュアとかって爺さんは」


 そう。そこに載っているのは、『融合』なる技術を扱うとされる怪老人。レドラックファミリーとの一件や王都テロの裏側で暗躍していたという、正体不明の『敵』だった。


「うーん……なんつーかな……。俺も直接本人を見たことはないんすけど……王都で立て続けに起きた事件の裏側にいた黒幕、みたいな感じすかね」


 流護の認識としては現状、言葉通りだ。実際に当人と対面していないため、正直な話、この絵が似ているかどうかも分からない。


「それだけじゃないわ」


 静かに言い添えるのは、ベルグレッテだった。


「この老人は……神詠術オラクルを冒涜した。それも、人の尊厳をこれ以上なく踏みにじるような形で。神を侮辱するかのような形で」


 神から与えられし神詠術オラクル。レインディールの民にとってその力は恩恵であり、この上ない誇りでもある。終生の相棒とも呼べるだろう。

 それを勝手に取り上げて他人に付与するというキンゾルの行為は、敬虔な者にしてみれば冒涜以外の何物でもない。

 術も使えなければ神も信じていない流護だが、それが詠術士メイジにとってどれほど許しがたいことなのか、理屈として理解はできる。


「ふむ……。レインディールがここまでデカく手配するってことは、よっぽどなんだろう」


 ベルグレッテの様子から何か察したのか、サベルもそれ以上キンゾルの所業については追及しなかった。


「いつ頃から賞金首になってるの? このおじいちゃん」


 芋揚げを摘みながら訊いてくるジュリーに、


「去年の夏ぐらいからなんで……んーと……もう半年? になるっすかね」


 流護は指折り数えながら答える。あれからもうそんなに経つのか、と改めて実感しながら。


「これだけの金額で未だ捕まってねえとなると……そもそもこの絵が似てないか、よっぽど上手く隠れてるか、でなきゃ――」

「刺客を返り討ちにし続けてるか、ね」


 そんなサベルたちの予想はおそらく正しい、と流護は考えている。何しろこの老人は――


「サベルさ、このジジイ捕まえてみようとかって思う?」

「そうだなァ。こんなヨボヨボの爺さん引っ捕まえるだけで、千三百万だぜ。オイシイに決まってる……って、考えるヤツは多いだろうな。で、そのまま行方知れずになるヤツも」

「ここまで破格だと、逆に怪しいものね~」


 腕利きトレジャーハンター、その嗅覚は伊達ではないということか。己の力を過信せず、危険に対しての見極めも正確なのだ。

 ……もっとも、皆が皆そのように警戒して誰も手出ししないようでは、賞金首の意味もないところだが。


「このジジイ、『ペンタ』だって話すよ」

「おっほ、そりゃまたおっかない話だ。むしろ納得した。ヘタに手を出さない方が良さそうだな」


 そう締め括ったサベルが次の手配書をめくり、


「ッ!?」


 目を見張ったのは、流護とベルグレッテの二人だった。


「おいおい。急に妙な手配が続くもんだ」

「そうねぇ」


 サベルとジュリーも、訝しげに眉をひそめている。


「何をしたってのかしらね、こんな大人しそーな娘さんが」


 ジュリーの言葉通り。

 手配書に描かれているのは、一人の美しい少女だった。肩までの短い髪と、小顔に比較して大きめのメガネ。大人しげな無表情が特徴的なその顔は――


「レノーレ……」


 ベルグレッテが沈痛な面持ちで呟く。手配書に記載されている、その少女の名を。

 賞金首名、レノーレ・シュネ・グロースヴィッツ。褒賞金は千五百万。発行元はバダルノイス。処置は『不問』に丸がつけられていた。


「お二人さん……知ってるのか。この嬢ちゃんを」


 サベルに問われ、


「…………」


 二人は沈黙した。せざるを得なかった。


「いやまあ、無理にとは言わんが……」


 気を遣ったらしいサベルへ、


「……友人です」


 ベルグレッテが小さく端的に、正直に答える。レノーレがどんな扱いを受けようと、その部分は偽りたくないとでもいうように。


「何だって? そいつぁ、また……」


 サベルらの驚きはもっともだろう。


「……、」


 ――何かの間違いだ。

 学院に乗り込んできたスヴォールンの言い分を聞いてなお、流護の心のどこかにはそんな思いがあった。それを証明してやる、と意気込んでいた部分があった。


 しかし今、改めて突きつけられた。

 レノーレは――紛うことなく、母国にて罪人として追われている。


「何したんだい、この嬢ちゃんは……」

「……分からないんです」


 沈んだ声で答えるのはベルグレッテだ。


「それを知るために……私たちは、こうしてやってきました」

「そうか」


 自分のジョッキに麦酒を継ぎ足すサベルの目が、これまでにない真剣みを帯びる。


「事情を知らん赤の他人として、敢えて言わせてもらうが……ちょいと普通じゃないぜ、これは」

「千五百万、だもんな……」


 キンゾルすら上回る額となると、それだけで事の異常さは推し量れる。


「イヤ……バダルノイスが提示したこの千五百万って額は、キンゾルとかって爺さんとはまた価値が違ってくる」

「? どういうことっすか」

「バダルノイスは小さな国だからな。当然、レインディールほど金を持ってない。そんな国が千五百もポンと出すってんだから、こりゃもう異常事態も異常事態。国家の存続にかかわる何かをやらかした……って話でもなきゃ、こうはならんはずだ」


 流護たちは押し黙る。

 かの国からわざわざ騎士団がやってきたことを考えても、やはりレノーレが負った罪の大きさは並大抵のものではないのだろう。


「処置が『不問』ってあたり、必死さも感じられるわよねぇ」


 捕まえるか、殺すか。どちらでもいいから、とにかくレノーレを何とかしろ、ということだ。


「どうするんだい」


 サベルの問いかけに、少年少女は即座に答えられない。

 流護としては――


(俺は……)


 あいつは絶対にそんな罪を犯さない。

 軽々しくそう断言できるほど、深い間柄ではない。

 否。レノーレという少女のことを、ほとんど何も知らない。でも、彼女がそんなことをするような人間とは思えない。その浅い認識の中でさえも。


「…………」


 複雑な心持ちのまま、流護は隣のベルグレッテをチラリと窺い、


「!」


 驚いた。

 そこにあるのは、苦悩や迷いに満ちた少女騎士の横顔――ではなかった。


「それでも私は……知りたい」


 何かを決意したような、毅然とした表情。


「なにかの間違いであればいいと思ってる。でも……万が一、そうでないのなら……少なくとも真実を知って、学院長に報告する義務があるわ」

「……ベル子……」


 強くなった。掛け値なしに流護は思う。以前の彼女なら、ミアの件のときのように悩んで立ち止まっただろう。

 詠術士メイジや戦士としてだけではない。精神的にも、この少女騎士は出会った頃より格段に成長している。


「はっ……大したタマだよ、ベルグレッテ嬢。ますます気に入った!」


 酒を一気に呷ったサベルが、ドンとジョッキを置きながら笑う。


「よぅしジュリー! 一丁、この若人たちに手を貸してやろうじゃねえか!」

「あらあら、サベルったら。あなたがそう言うなら、あたしは別に構わないけど」

「お二人さんよ。このレノーレって嬢ちゃんについて、何かアテはあるのかい」


 何やら勝手に話が進んでしまう中、ベルグレッテが慌てて答えた。


「えっ、いえ……ひとまずは、彼女の住居を訪ねてみようかと……」

「ふむ。まァ妥当なところか。とはいえ、そこは兵士連中も既に当たってるだろうし、あんまり有益な情報は得られんだろうな。まっ、そっから先はなるようになれだ。俺とジュリーがいれば百人力ってなモンよ! 伊達にトレジャーハンターはやってないぜ!」


 はあ、と流護とベルグレッテは顔を見合わせる。


「ど、どうするベル子」

「そうね……」


 そもそもこのトレジャーハンターコンビ、流護たちが知らないだけで、かなり名うての冒険者であるらしい。

 少なくとも、ともに山越えをした商人たちの中には知っている者も少なくなかった。

 知名度や評判からすれば、信用の置けない相手ではない。それぞれ単騎でドラウトローを難なく撃破するだけの実力も持っている。


 ひとまずハルシュヴァルト領にあるレノーレの屋敷を訪ねてみるつもりだが、今しがたのサベルの言葉通り、有益な情報が得られる可能性は低い。その先の宛てもない。

 冒険者たる彼らの知識や行動力があれば、助かる場面があるかもしれない。


「ベル子。この人らなら、大丈夫だと思うけど」

「……うん」


 同じように考えたのだろう。頷いたベルグレッテが切り出す。


「ええと、そちらがよろしければ……ぜひ」

「おう、そーこなきゃ! どうせしばらくの間、北方をアテもなくブラブラしてみるつもりだったからな。よろしく頼むぜっ」


 そんなこんなで交渉成立、となるのだった。


「とりあえず、こいつは一応の手がかりとして頂いておくとするか」


 そう言ったサベルが、レノーレの手配書を束から引っ張ってピッと千切り取る。自然、その下にあった次のページ――即ち、次の賞金首の似顔絵が露わとなった。


「ん?」

「え?」


 それを目にした流護とベルグレッテは、


「はあぁあぁぁぁあああぁぁぁ!?」

「えぇぇええぇ――っ!?」


 全く同時に絶叫した。


「うおぉい、またどうしたお二人さん」

「ちょっとちょっと、どうしたっていうの?」


 サベルたちを始め、店内中の注目を集めてしまう。が、


「は? ……いや、え? まじで…………え?」

「なな、な……なん、」


 それどころではない。流護たちは開いた口が塞がらない。


 その賞金首。

 鋭い目つきが特徴的な、若い男の絵だった。


 一言で表現するなら、見本のような悪人面である。手配書に乗っていても自然というか、まるで違和感がない。

 若干面長の顔立ちと、非常に特徴的な癖毛の頭。パンチパーマ、と呼べるその髪型。

 愕然とした流護の声が漏れる。


「ウソだろ……エドヴィン……」


 そこに描かれていたのは、間違いなくミディール学院の『狂犬』だった。






 賞金首名、エドヴィン・ガウル。

 その金額、なんと驚愕の七百――エスク。

 流護の感覚としては、この異世界で用いられている通貨エスクと日本円は数値的にさして変わらない。


 つまり、七百円ぐらい。


「安ゥイ! いや安すぎる……。学院の定食、一食分じゃねーかよ……。七百円の賞金首とか……え? ゼロいくつか付け忘れてねぇか、これェ……」


 ツッコむべきはそこではないのだろうが、流護の口からはとりあえずそんな感想が漏れる。ベルグレッテなどは未だ衝撃から立ち直れていないのか、口をパクパクさせていた。

 発行元はバダルノイス。『捕』に印がつけられている。


「つか、何でバダルノイスでお尋ね者になってんの、この人……」


 あまりの驚愕から、つい『この人』呼ばわりになってしまった。


「ちょっとちょっと、もしかしてまたお友達なの? どうしてそんなに手配ばっかりされてるワケ?」

「いや、俺が訊きたいっすよ……!」


 うさんくさそうなジュリーの言は至極もっともだが、流護としても訳が分からない。

 ここしばらく学院に姿を見せていなかったエドヴィンだが、なぜ、いつからこんなことになっていたのか。


「まさか……レノーレのこと知って、一人でバダルノイスに乗り込んだとか……?」

「そっ、それはないはずよ」


 ようやくベルグレッテが我に返るが、まだ動揺しているようだ。手配書を取った手が震えている。


「バダルノイスで手配されている賞金首の情報は、まず学院周辺までは来ないわ。エドヴィンには、今回の件を知る機会がないはず。それに……私たちは学院長から話を聞いた後、できる限り急いでここまでやってきた。仮にエドヴィンがなんらかの事情でレノーレの件を知って一人で向かったとしても、私たちより早くバダルノイス入りできるとは……」

「それもそうか……」


 しかし……レノーレと同様、ここにある。

 エドヴィンが手配されてしまっているという事実が。

 どんな経緯をたどってこんなことになったのか、まるで見当もつかないところだが。


「つか、やっぱだめだ。七百エスクって何なん……ショボすぎだろ……」


 ほとんど子供の小遣いだろう。目を凝らしても間違いない。七がひとつ、次いでゼロがふたつしかない。

 サベルが苦笑しつつ口を開く。


「そのオトモダチのことは知らんから何とも言えんが……食い逃げか酔っぱらって暴れたか、あとは往来で何かしらの迷惑かけたか……ってとこだろうな。こういうのは大概、手配ってよりはただの注意喚起だ。こんなヤツが出たから皆気をつけろー、って感じのな」


 ようは見せしめみたいなもので、実際にわざわざ捕まえようとする者はいないだろう、とサベルは付け加えた。

 ちなみに捕縛された場合は、この程度であればわずかな罰金か一晩の独房入りか、といった処置になるはずだ。

 大概の場合は尋ね書きに気付いた本人が出頭し、謝罪したうえで先述の対応。手配を解除してもらう流れとなるようだ。


「何やらかしたんだよ、エドヴィン……」


 脱力感たっぷりの流護の声に答えられる者は、もちろん今この場にはいなかった。

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