373. 紫炎と蒼蝶
「やっぱダメみてぇだね。すまんがお客さん、俺が運んでやれるのはここまでだ」
馬車の御者がそう言って匙を投げたのは、早々に日も傾きかけた夕方になってからのことだった。
ミディール学院を発って約六時間。
流護とベルグレッテを乗せた馬車は、山間にひっそりと佇む小さな村へと到着した。
雪もこれまでより多く、目測で二十センチほどは積もっている。建物の屋根や外壁の上に、巨大なクリームをトッピングしたような白塊がもこもこと乗っかっていた。桜枝里が見たなら「積もってるうちに入らない」とでも言いそうだが、流護としてはこれほどの雪をテレビ以外で見るのは初めてだった。ベルグレッテも同じとのことで、物珍しげに周囲を見渡している。
ひとつ山を越えた先に街があるそうだが、今から向かったのでは中腹に差し掛かった辺りで夜になってしまう。真っ暗な雪山を行くなど、自殺行為以外の何物でもない。
よって、本日はこの村で一泊することになったのだが――
ちょっと気になることがある、と村の酒場に向かっていた御者が戻るなり発した一言が、先のセリフだった。
「ちょ、ここまでって?」
「言葉通りの意味さ。悪いが、これ以上は進めない」
「いやいや、何で!? ここまで来てそりゃちょっと……!」
当然ながら流護は食ってかかる。
「何なら送り帰すぜ。料金もナシでいい」
苦い顔をした御者は、迷わずそんなことを言ってのけた。
「えぇ!? いや、戻られても困るし……」
「ここに着くまで、空模様が怪しいとは思ってたんだ。それで話を聞きに行ってきたんだが……案の定、今年は例年になく荒れるんだと。でな、ほんの昨日、この先の街道が雪崩れで塞がっちまったんだそうだ」
「ううーん、そういうことすか。他に道はないんすか?」
「勿論ここが一番近道ってだけで、迂回すれば行けねぇこたぁねえが……ちょいと現実的じゃねえな。東は最初から道がねえから無理。ってんで、当然西側から行くことになるワケだが……平時ならともかく、今はその辺りもここ同様に雪が多いはずだ。抜けられるつもりで進んでった先が塞がっちまってる、なんて可能性もある。道がねぇだけならまだマシかもな。運が悪けりゃ、通行中に雪の塊が崩れてきて飲み込まれちまうかもしれん。無事行けたとして正直、ハルシュヴァルトに着くまでに何日かかるかも分からんぜ。一月じゃきかんかもな」
「そうきたか……」
こうしている間にも、レノーレは罪人として追われているのだ。到着するだけで一ヶ月もかけてはいられない。
「酒場にも、同じように立ち往生してる連中がいっぱいいたよ。選択肢としては戻るか、迂回するか、しばらく待ってみるか、どうにか雪をどかすかってとこだろうな。正直、今行くのは厳しいんじゃないか。こりゃ、キュアレネーが本気で怒ってるのかもしれねえなぁ」
「? どういうことっすか?」
キュアレネーとは、この世界にて氷雪を司るとされる女神の名前である。氷属性の使い手であるレノーレが、よく挨拶の折に口にしていた印象があった。
「いやね、酒場でチラッと聞いたんだが……。何でも最近、バダルノイスでどえらいことをやらかして追われてる罪人がいるらしくってな」
「!」
思わぬ発言。流護とベルグレッテは同時に息をのむ。それはまさか――
「俺も詳しいことは知らんがね、キュアレネーってのは怒らせるとおっかねえ女神なんだ。『滅死の抱擁』の話は、アンタも聞いたことぐらいあるだろ。今回も、あんなことが起きる前触れなんじゃねえか? 悪いこたぁ言わん、そもそも時期も時期だし、北に行くのは諦めた方がいいかもしれんぜ。何の用か知らんが、暖かくなって雪が消えてからでいいじゃないの」
「いや、そういう訳にもいかないんで……」
「そうかい。それならそれで構わんが、足は他を当たってくれ。悪いんだが、俺はこれ以上進めんと判断したよ」
御者はそう結論すると、すでに支払っていた前金のうち三分の二を流護の手に返却し、「すまんね」と自分の馬車へと向かっていった。こうなっては、押しても引いてもダメだろう。
「んーむ、いや参ったな……。どうする、ベル子」
彼の後ろ姿を見送りつつ、隣の少女騎士に判断を仰いでみる。
「そう、ね……。……うっ、くしゅっ!」
何とも可愛らしいくしゃみであった。おっさんのようなくしゃみをぶちかますミアとの違いはどこにあるのだろう。
「はは。とりあえず暖まった方がいいか。酒場に行ってみようぜ。そろっと晩メシにもしたいしさ」
「んん、そうね」
どちらからともなく、足場の悪い白い大地を踏み締めながら歩き出す二人だった。
――そこは昔ながらの木造建築、といった趣の酒場。
屋根へ積もる雪の重量を考慮してなのか、屋内の柱はガッシリとして太い。
店内も外から見た以上に広いのだが、隅に置かれた暖炉がとにかく大きく、威勢のいい炎を揺らめかせている。そのおかげか、外とは別世界の暖かさが満ちていた。
「うおー、あったけえ。上着いらんぞ、これは」
「ほんとね……」
席に着いた二人は、もこもことした上着を脱いで椅子の背へかけた。
「はーいらっしゃい! 今の時期はノスカプラのスープがオススメだよ! 身体が温まるからね! ほれ、他には何が欲しい?」
恰幅のいい給仕の中年女性が、やってくるなり豪快に笑いながら尋ねてくる。流護としてはノスカプラのスープとやらが何なのかも分からないが、そのメニューはすでに注文のうちに入っているらしい。もっとも異世界の食事処は、どこもこんな大雑把さである。
ひとまず適当に頼み、店の中を改めて見渡してみた。
「思った以上に人いっぱいいんなぁ」
到着した直後は小さな集落だと思っていたが、そもそもここは北西方面への通り道にある村。旅人や隊商も多く立ち寄るようで、武装した冒険者と思しき一団や、商人らしき者たちで大いに賑わっている。
夕刻ということですでに酒盛りに入っているのか、近い席から若干ろれつの怪しい大声が聞こえてきた。
「なぁ、どうするんだよぉ。ここで何日も足止め食らってるわけにはいかんぜぇ。宿代だって馬鹿にならんしよぉ~」
すぐ脇の通路を挟んだ、反対側の団体席。そこでは、積み上がった皿や空になった酒瓶を前にした四人の男たちが、難しい顔を互いに突き合わせていた。
やはりというか、流護たちと同じく山越えをしようとしている一行のようだ。
「となると、だ。やっぱりあの手で行くしかねえが……そうさな」
神妙に唸った別の男が、
「おう、そこの入ってきたばっかのお二人さん!」
通路越しに流護たちへと呼びかけてきた。
揃って顔を向けると、男の視線がベルグレッテに釘付けとなる。その心境は、「何だこのいい女!?」といったところだろうか。時間が止まったような瞠目ぶり。口も半開きになっている。
その後、我に返ってついでのように流護を見やる。そして訝しげに細められる目元。「で、この地味な小僧は何だ。奴隷か何かか?」そんな心の声が聞こえてきそうだった。まあ俺が向こうの立場でもそう思うだろうな、と流護は胸中で苦笑した。
気を取り直した男が、ようやくに口を開く。
「ええーとだな……おたくらもよ、この先の山を越えてくつもりなんだろ?」
「はあ、まあ……」
流護が答えるも、男の目はベルグレッテに固定されている。
「不躾なのを承知で訊くが……おたくら、属性は何だ? 炎の術、もしくは水の術なんて使えたりしないかい?」
「……よろしければ、なぜそのようなご質問をなさるのか、先に理由をお尋ねしても構いませんか?」
そう返すベルグレッテの声はやや低い。
それも当然。己が属性とは、詠術士にとって重要な情報のひとつ。現代日本流にいうなれば、個人情報に相当するもの。信用できるかどうか分からない、そもそも敵か味方かも分からない初対面の相手に、馬鹿正直に教える理由などない。
個々の主義思想にもよるが、信心深い者ほどこうした傾向が強かった。
ましてベルグレッテの場合、男が問いかけてきた条件の片方に当てはまっている。どんな厄介事に巻き込まれるかも分からない以上、警戒は必然といえた。
「お、おう……。いやね、この先の山道が雪崩れで塞がってるこたぁ知ってる……よな? で、今この店ん中にいる冒険者やら商人やらはほとんど、その影響で足止めを食ってる連中だ。もちろん、俺らも含めてな」
店内にいるそれらしき者たちの数は、ざっと二十人ほどに上る。そこへ流護とベルグレッテの二人が加わった形だ。
「遠回りは時間が掛かり過ぎる。まともな道は実質ここだけ。待ってても事態は好転しねえ。となりゃ、とにかく何とかして雪をどかすしかねえ」
「! まさか……」
ベルグレッテは早くも察したようで、男もニカリと笑った。
「気付いたかい。炎と水の術者の力を合わせて、大量の熱湯を作り出す。そいつを雪にぶっかけて、サッパリ溶かしちまおうって寸法さ!」
まさしくファンタジー世界ならではの発想か。なるほどなと思いつつ、流護はふと浮かんだ疑問を口にした。
「それ、炎だけで直接溶かす訳にはいかないんすか?」
わざわざ熱湯にせずとも、炎の使い手が術を放つだけで同じ結果を期待できそうだ。神詠術と無縁な少年は単純にそう考える。
すると男はベルグレッテに対する好意的な態度から一転、優越感を滲ませる口ぶりで言った。
「はっ、まだまだだなぁ兄ちゃん~? 一口に炎属性つっても、色んな奴がいる。全員が全員、火をブッ放す『解放』が得意なわけじゃぁねえ。けど、炎の使い手には一つだけ共通点がある。どんな形であれ、『熱を生み出せる』ってことだ。一部の人間しか使えない炎の放射より、全員が使える熱で何かを温めてぶつけた方が効果は大きい。道を塞ぐドデカイ雪の塊を溶かすのに、何を熱してぶつけるのが最も効果的か。現状用意できるものの中では、それが水になるってわけだ。今この場には、水属性の使い手が多いからな。分かるかい、坊や」
つらつら語り、チラリと横目でベルグレッテを窺う。自分への見下した物言いと少女騎士へのアピールに少しカチンとくる流護だったが、理に適っていると納得はできた。
一見して何の変哲もない男だが、随分と神詠術について精通しているようだ――と思った矢先、
「おいおいコッラレよぉ、全部あの赤髪の兄ちゃんの受け売りじゃねーか。偉そうに語ってるけどよぉ」
「ハハ、まったくだ。お前が考えたわけじゃねーってのに」
高説を垂れたこの男――コッラレと同席している仲間たちから、そんな苦笑気味の冷やかしが飛ぶ。
「う、うるせえっ。黙ってろよお前ら! ……とにかくそんなわけでよ、あんたらが炎か水を使えるなら、頭数も増えてきたし、そろそろ実行に移せそうだと思ったんだ」
仲間に反論しながら、コッラレは流護たちへそう説明した。
「そのようなお話でしたか。でしたら、私も及ばずながらご助力できるかと思います」
ベルグレッテが言うと、コッラレは「そうか、そりゃ良かった!」と破顔した。
「お姉さん、あれだろ? 水属性じゃねぇか?」
「ええ、そうです」
「ほらな! 俺ぁ、別嬪さんの属性は外したことがねえんだ!」
コッラレは上機嫌でがははと笑う。
(炎か水の二択なんだから、半々で当たるじゃねーか)
外れたら外れたで、何のかんのと都合のいいことを言ったに違いない。流護が密かに渋面となった瞬間、
「ふぅーん、あたしは別嬪じゃないってことかぁ。残念ねー」
割って入るそんな声があった。
流護とベルグレッテ、そしてコッラレと仲間たちも、その出所へと目を向ける。
通路をやってきたのは、一組の男女だった。
「はー、別嬪じゃないかー。残念だわぁ」
そう溜息をつく女性のほうは、しかし間違いなく掛け値なしに容姿端麗だった。年齢は二十歳前後だろう。白く瑞々しい肌に、長い金髪のウェーブヘアが何とも映える。彫りの深い顔立ちと翠緑の瞳が美しい、妖艶な女性。
冬だというのに、へそを丸出しにした黄緑色の短めのベストと茶色い超ミニなレザースカート姿で、この冬場にもかかわらず肌色の露出が目に眩しい。
「気にするなって」
そう言って女性の肩を抱き寄せるのは、精悍な顔立ちの美青年。歳はやはり二十歳かそこらに見える。臙脂色の逆立った短髪が特徴的で、服装は上下とも黒っぽい旅装で統一していた。
この二人の姿を目にしたコッラレが気まずそうに呻いた。
「ぐっ、ジュリーの姉ちゃんか。そ、そういうわけじゃねえんだ。俺の属性の観察眼も、たまには外すこともあってだなぁ……」
「悲しいわ……私は別嬪じゃないのね……」
何ともわざとらしくかぶりを振るジュリーなる女性に対し、
「気にするなジュリー。こいつは、女を見る目がない節穴野郎だ。ルグミラルマの精霊も顔負けのお前の良さが分からん奴など、この世にいるはずかない。こいつは、豚として生まれるはずが工芸神の手違いで人間になってしまった可哀想な奴だから仕方ないんだ。それにジュリー、お前の良さは俺がよく知ってる。それだけで充分だろ?」
「ああん……。サベル、素敵……」
そうして、現われた男女――サベルとジュリーは熱い抱擁を交わす。
(なんすかこの人ら……)
流護としては顔をしかめる以外に反応のしようがない。
ボロクソに言われて愕然としているコッラレや、爆笑しているその仲間たちと顔見知りのようだが、流護にしてみれば、いきなり現れた謎のカップルがイチャつき出したようにしか見えない。
ともあれ改めてこの男女の顔を注視した流護は、
(ん、あれ……? この二人、どっかで見たことあるような……?)
そんな既視感を覚えた。
(気のせい……じゃねえよな。前に、どっかで……)
まじまじ見つめていると、視線に気付いた男のほう――サベルが、朗らかな笑みを返してくる。
「おおっと、どうした少年。俺の顔に何かついてるかい」
「あ、ああ。いや……」
慌てて否定する。とそこで、
「む? んー……。なァ、少年。以前、どこかで会ってないか?」
青年のほうもそんなことを言い始めた。
「あらなに? どうしたのサベル」
彼の首に腕を回したままのジュリーも、流護とベルグレッテを交互に見やる。そして、
「うーん? 確かに……特にこっちのお嬢さん、どこかで見たことあるような気がするわね……? いや、絶対見覚えあるわよ。こんなキレイな子、そうそういないもの。どこで見かけたんだったかしら……?」
そんなことを呟く。
流護とベルグレッテ、サベルとジュリーの、奇妙な見つめ合いが続くこと数秒。膠着を破ったのは、聡明な少女騎士だった。
「あの、お二方……もしかして、レフェの天轟闘宴に出場されていませんでしたか?」
ベルグレッテが真っ先に気付いたのは、当然といえば当然だった。
彼女は客席で、あの武祭を観戦していたのだから。例のワイドモニター顔負けの巨大な黒水鏡によって、多くの参加者たちを見てきただろう。その中に含まれていたサベルたちを覚えていても不思議はない。
一方で参加者の一人として出場していた流護だが、この二人と遭遇した記憶はない。となれば、
「あ! そうだ、思い出した。病院だ。レフェの病院で見かけたんだ……!」
謎を解き明かした探偵さながらに流護が言えば、
「成程、俺も思い当たったぞ。そっちのお嬢ちゃんも一緒に、あの病院で見かけた覚えがある」
得心がいったようにサベルも唸っていた。
天轟闘宴の直後。首都ビャクラクの各病院は、傷ついた参加者たちでごった返す。
レフェとしては、その医療費すらも武祭の収入源の範疇として見込んでいるほどだ。
流護自身、辛うじて優勝こそ飾ったものの満身創痍となり、しばらく入院生活を余儀なくされている。そんな中で、同じ病院にやってきたサベルとジュリーを見かけていたのだ。
四人はそれぞれ自己紹介を終えて、
「しかしまさか、お前さんが覇者のリューゴ・アリウミとはな。術を使わずに勝ち抜けたなんて聞いてたから、どんな豪傑かと思ったが……」
サベルが興味深げな目を向けてくる。
「はは。地味なチビでびっくりしたとか?」
この世界へやってきて半年以上。いい加減、異端視されることにも慣れている。よく言われる感想で先手を打つ流護だったが、
「いいや。上手くは言えんが……お前さんからは溢れんばかりの活力とでも呼ぶべきか、得体の知れない力強さを感じる。武祭を制したって言われれば、納得できるだけの何かがある」
赤黒い髪をした青年の瞳と口ぶりは真剣そのもので、流護はつい「そ、そっすか」と頷いていた。こんな評価をされたのは初めてかもしれない。
「サベルの人を見る目は確かなんだから。天轟闘宴を制したこと以上に誇ってもいいわよ、きみ」
「よせよジュリー、照れるだろ」
「謙虚なサベルも素敵よ……!」
そうして人目も憚らず、通路の真ん中でイチャコラし始める二人。
「あ、あのっ」
そこで声を上げたのはベルグレッテだ。
「こ、公衆の面前でそういった行為は……」
生真面目かつ貞操観念の厳しい貴族のお嬢様である。顔をかすかに赤らめながらも、びしっと注意をするのであった。
「おっとスマンな、こいつは失礼した」
「で、どうすんだよサベルの旦那。そろそろ決行するのかぁー?」
自分の席で頬杖をついているコッラレも呆れ声で問いかける。
「ふーむ、そうだな」
ジュリーの肩を抱き直した彼は、改めたように提案した。
「とりあえず明日、やるだけやってみるとするか。さっきチョイと説明した通り、このベルグレッテ嬢は優秀な水属性の使い手だ。人手としても申し分ないだろ。それに何より、こうして待つ間にまた降って、雪が増えちまうのは避けんとな。少しでも削っておきたい」
「あいよ、了解だ。どうにか明日の一回で突破しちまいてぇとこだが……。気張って術を使うためにも、今日は早めに休むとすっかね」
コッラレとその一行が席から立ち上がる。去り際、
「そいじゃ明日はよろしくな、ベルグレッテお嬢様。そっちの兄ちゃんは聞く限り腕っ節は立つみてえだが、術はからっきしみたいだしな」
そんな余計な一言を残して、彼は仲間とともに酒場を出て行った。
「気にするなよ、リューゴ。強い奴ほど、妬み嫉みを向けられるもんさ。俺にも経験があるからよーく分かるってもんだ」
そんな風に笑いながら、サベルは椅子を引いて当たり前のように相席してくる。
「なあ、もう少し色々と話を聞かせてくれよ。天轟闘宴を勝ち抜いた無術の勇士……。男に生まれたからには、興味があるってもんだぜ」
そんな炎の青年の瞳には、少年のように純粋な煌めきが宿っていた。
「うわ、もうこんな時間か……」
そんな流護のぼやきにも、寒さからの白息が交じる。
部屋の片隅に温術器が固定してあり、これでもかと頑張って唸りを上げているが、いまいち力不足のようで室内は冷たい。
宿を取って宛てがわれた部屋で一息つくと、すでに日付が変わろうとしている頃合いだった。何のかんのと話し込んでしまい、あっという間に時間が過ぎ去ってしまったのだ。
『紫燐』のサベル・アルハーノ、『蒼躍蝶』のジュリー・ミケウス。
彼ら二人は遠方からやってきたトレジャーハンターだそうで、遺跡や廃墟に眠るお宝を求めて各地を転々としているのだという。これまでの波乱万丈の冒険譚(自称)を色々と聞かせてもらった。
ちなみに天轟闘宴に関しては、流護と同じく今回が初出場。
残り人数が絞られてきた段階で自然と行われる暗黙の了解――『打ち上げ砲火』が始まった時点でも生き残っていたそうで、それだけでもかなりの腕利きであることが窺える。
そんなサベルとジュリーだが、最終的には桁外れの強さを誇る大男に遭遇し、あえなく敗退してしまったのだという。その折に二人とも重傷を負ってしまったらしく、当時の記憶も定かではないらしい。
外で観戦していたベルグレッテはその闘いを見ていないとのことなので、鏡に映らない『死角』での決着だったと考えられる。
サベル曰く、「あの時は完全に死を覚悟した」とのこと。
(話聞いた限りだと多分、相手はエンロカクだよな……)
巷では近年にないほどの猛者揃いだったと評される第八十七回・天轟闘宴だが、中でも明らかに抜きん出ていた怪物、エンロカク・スティージェ。その闘いぶりは圧倒的で、「ほとんどただの虐殺だった」と観戦者は口を揃える。
流護自身、一戦交えて白黒つかないきりだったが、あのまま続けていたらどうなっていただろうか、と考えずにはいられない。
ともあれあの巨人と出くわして『死ななかった』だけでも、世間は充分に一流と称賛するだろう。
さて、そんな一流トレジャーハンターのサベルとジュリーだが――彼らは今回、気の赴くまま北方へ向かおうとするも、ここで雪崩による足止めを食うことになった。
急ぐ旅でもないので数日ばかりこの村に滞在していたが、思いのほか北へ行きたがる者が多く集まってきたため、神詠術による雪の除去を打ち出したらしい。たまたま炎と水の術者が多かったことから、熱湯を作り出す方針になったようだ。
(あのコッラレとかいう奴がエラソーに語ってた内容、全部サベルが言い出したことだったみたいだしな……)
余談だが、『サベルさん』と呼んだら、やめてくれと言われてしまった。俺とお前の仲だろ、と言われたのだが、出会って数十分でそれほど深い仲になってしまったらしい。
ちなみにコッラレ一行とサベルたちも随分と親しげだったが、ここで知り合ったばかりとのこと。
何というか、サベルという青年は誰とでもあっという間に距離を縮めてしまう性格なのかもしれない。長い旅で多くの人と接することに慣れているのか、ともあれ人見知り傾向の強い流護には備わっていない資質だ。
(とりあえず、明日に備えて寝るか……)
神詠術など使えない現代日本の少年は、こうした場合に出番がない。
とはいえ、いつ何時どんな事態が起こるか分からない異世界である。英気を養って万全のコンディションにしておくことは重要だろう。
てきぱきと明日の準備を終えた流護は、手入れの行き届いたベッドに潜り込んで目を閉じるのだった。




