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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
10. 風雪のオーヴェルテュール
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367. 揺るがぬ決意を秘めて

 スヴォールン一行が引き上げ、学院にいつも通りの雰囲気が戻ってきた夕方。


「つまり、『お前らには何も話さねーし干渉もしてくんな。でもレノーレの部屋は調べさせろ』ってことだったんすか?」


 呆れ気味な流護の声が、広々とした学院長室に響き渡る。横に並ぶベルグレッテとミアも、明らかに不服そうな様子で立ち尽くしていた。


「そゆことね」


 高価そうな椅子にふんぞり返る学院長の口ぶりは、いつもと変わりない。


「ま、そのワリに帰りの高速馬車を手配しろだとか何とか、細かい注文だけはつけてきたけどねー」


 大人の対応を見せた彼女だったが、それでもやはり内心は流護たちとあまり変わらない気持ちのようだ。

 もっとも、あれほど横柄な態度を心から快く受け入れられるなら、出家して聖人にでもなるべきだろう。


「結局……レノーレが具体的にどのような罪を犯したのかすら、彼らは答えなかったということですね」


 そんなベルグレッテの言葉に学院長は頷き、


「ええ。ただ……連中にとって、レノーレの捜索が相当な重要任務であることは間違いないみたいよ」


 そう言いながら机の引き出しから取り出したものを、無造作に机上へと乗せてみせる。


「えぇっ」


 ミアが目を白黒させたのも無理はない。それは――封で括られた札束。厚みからして、


「なんすか、この金。百万ぐらい?」

「流石にリューゴくんやベルグレッテはこれぐらいじゃ驚かないのねー、お金持ちめ。ご明察、ちょうど百万よ」


 スヴォールンが壊した、ドアや壁や窓ガラス。それらに関して学院長が「由緒ある城を改装して造った学び舎ですので、値が張るかも」などと言ってみたところ、ポンとこの金額を出してきたのだという。

 ゲビが廊下で教師に対してもすでに金を支払っていたことを考えると、何とも気前のいい話だ。


「いやーよかったよかった。日頃の行いの賜物かしら。これでしばらく、おいしいものが食べられそうだわー」

「ちょ、食べちゃダメっしょ。修繕費じゃないすか」

「そっちは七十もあれば釣りがくるわよ。つまり残りはアタシのお小遣いで問題ナシと」

「うわあ……」


 きったねー大人だ、と流護は思わず渋面になってしまった。ただ下手したてに出ているだけでなかったあたり、実にこの人物らしいのかもしれないが。


「ミアー。五万あげるから、今夜アタシのとこに来ないー?」


 学院長がこれ見よがしに紙幣をひらひらさせて微笑みかけるも、誘惑された当人は「絶対いかないもん!」とベルグレッテの腕にしがみついてぷるぷるしている。というより、教師なのに何を考えているのか。


「アラ残念。ま、話が逸れちゃったけど――」

「彼らにとって、レノーレの捜索はこれほどの金額をさらりと出して当然。それだけの価値がある……ということですね」


 ベルグレッテが軌道修正するとともに、結論を口にした。


「そゆことね。場合によっちゃ、二百でも出してきそうだったわよ」


 充分ありえるだろう。スヴォールンは傲慢にも、ミアの命を五万エスクで……金で補填しようとしていた。流護としては、思い出すだけで腹の底が煮えるばかりだ。


「レノーレったらあんな大人しい顔して、どれだけの悪さを仕出かしたのやらねぇ」

「なにかの……間違いだもん……」


 ミアの抗議も弱々しい。

 つい先ほどまで行われていた学院長とスヴォールンらの会談の結果、少なくとも彼らが正式なバダルノイスの騎士団であることは確定したという。どのような経緯や事情があれ、現在レノーレが罪人として追われているのは間違いない事実と判明してしまったのだ。

 もっとも向こうは、詳しい内容については何も語らなかったようだが。


「ま、連中が話したがらないのも当然っちゃ当然なのよね。ウチとバダルノイスは、そこまで親交らしい親交もないし」

「レインディールとバダルノイスの関係はそうかもしれませんが……私たちとレノーレの関係は異なります」


 毅然と。静かな怒りすら秘めて、少女騎士がそう口にした。ベルちゃん……と、ミアが嬉しげに彼女の顔を仰ぐ。


「それに……学院長としても、このままではお困りになりますよね」

「ふむん? アタシが?」


 どうして? とばかりにナスタディオ学院長がきょとんとする。想定外の収入があってすっかりご満悦らしく、実に意外そうな顔で。


「バダルノイスの騎士がやってきた今回の件は、しばし生徒の間で話題の種となるでしょう。もちろん、代筆とはいえレノーレが退学の意思を表明したことも。そして、彼女が故郷で罪人と判じられたことも」

「……あっ」


 そこで学院長がハッとした顔になる。


「あーと? つまり? どういうことだ?」


 そんな流護の疑問に答えたのは、面倒そうに金色のウェーブヘアをガシガシと掻く学院の長当人だった。


「アタシの責任能力不足になる、ってコト。下手すりゃ、レノーレが罪を犯した原因が学院にあったんじゃないかとか、根も葉もないよーな噂を立てられちゃったりするかもしれない、ってワケ。特に『ペンタ』を毛嫌いしてるよーな人らは、ここぞとばかりに大喜びしちゃいそうね」


 なるほどな、と少年は首肯した。問題や不祥事があれば、責任者が叩かれる。ともすれば、今後の学院長個人や学院そのものの評判にも影響する。このあたりは、現代日本とさほど変わらないかもしれない。


 以前、『銀黎部隊シルヴァリオス』のデトレフが牙を剥いた件では、隊長のラティアスが辞任を申し出ている。結局はアルディア王がその主張を一蹴し、今回もきっと同じく笑い飛ばすだろうが、学院長を貶めたい人間にしてみれば絶好の機会だ。都合よく事実を歪曲、及び流布させてしまう輩が現れないとも限らない。レノーレが退学する理由も分からない以上、好き勝手に捏造できるだろう。


「ったく、冗談じゃないわよぉー。才色兼備の文武両道、誰もが羨み妬む完璧お姉さんは、こういうときツライわね~」

「はー……、なんつーか、日頃の行いって大事なんすね~」

「あによーリューゴくん。言いたいことがありそーじゃないの」

「いえ別に」


 サッ、とスリッピングアウェーばりに顔ごと目を逸らす。腹いせに幻覚でも見せられてはたまらない。


「心中お察しします」


 一方でベルグレッテは、まるで花のように微笑んだ。


「ったく……アンタってば、いつの間にそんな強かになったのやら」


 首を振りつつ、面倒な事情にとらわれる大人は根負けしたとばかりに笑う。


「いいわ。それじゃ、アンタは意地でもレノーレを連れ戻してきなさい」

「……学院長?」


 学び舎の主の意味深な表情を怪訝に思ったか、ベルグレッテが首を傾げる。


「実は今ね、この学院でちょっとした催しを考えてるのよ。今まで誰も想像すらしたことない……実現すれば誰もが驚くような、色んな常識が変わるような……とーんでもない一大企画をね」

「企画……、ですか……?」


 何だろうか。流護としては、学院長が考えているという時点であまりいい予感はしない。


「そーよ。コレが実現したら、アンタはもちろん……あのレノーレですら、きっとものスゴイ顔して驚くこと間違いなしなんだから。普段からおすまししてるあの子のビックリした顔見てみたいから、絶対に連れて帰ってきなさい」

「……、はい!」


 素直でない学院長なりの激励だったのだろう。

 察した少女騎士も、力強く頷いた。






 ――白曜の月、十八日。


 久方ぶりに太陽こと昼神インベレヌスが顔を覗かせ、煌々と世界を明るく照らす、午前十時過ぎ。

 薄く白雪の塗布された、ミディール学院は校門前。

 遠い山々や森、なだらかな丘、荒削りな土の街道……。その全てが白い斑模様に染まった景色を眺めながら、二人は馬車が到着するのを待っていた。


「いい天気だけど、やっぱさすがに冷えるなー」

「そうね……」


 北方の羊の毛がふんだんに使われているという、ダウンコート風の上衣。生半可な刃物など弾きそうな、元の体格が分からなくなりそうなほどの膨らみ。さすがに少し動きづらさは感じるものの、暖かさは折り紙つき。

 そんな防寒対策万全な旅装姿になった流護とベルグレッテは、揃って学院を振り仰いだ。特に寒がりな少女騎士などは、どう見ても冬の登山に挑むかのような格好でもこもこしている。


 静けさに包まれた校舎、人っ子一人いない白色の中庭。

 見送りもなし。もちろん誰も来てくれなかった訳ではなく、単に今が授業中の時間帯だからだ。


「まずはハルシュヴァルト領、だっけか?」

「ええ」


 かくして流護とベルグレッテの両名は、ここより遥か北西――レノーレが帰ったとされる屋敷へ向かうことになったのだった。


 依頼人はナスタディオ学院長。

 スヴォールンから巻き上げたレノーレの部屋の修繕費、そのうち十万エスクを、気前よく(あるいはやけくそ気味に)旅の資金として提供してくれた。

 表向きの目的は、レノーレの現状確認。退学について、より詳しい話を知るためだ。

 もちろんその真意は――


『リューゴくん、ベルちゃん……レノーレのこと、よろしくね』


 ミアは、彼女の無実を信じている。


 当初、ミアも旅に同行すると主張し、頑なに譲らなかった。しかしさすがに、この少女を連れていくことなどできない。どんな危険が待ち受けているかも分からないのだ。


『レノーレが戻ってきてくれるなら、あたしなんてどうなったっていいもん!』


 感情的になっていたのだろう。泣きながらそう叫んだミアの頬を、ベルグレッテがぱちんと叩いたのには流護も驚いてしまった。


『ミア。お願いだから、そういうことは言わないで』


 悲しげな顔で、優しく抱きしめながら。

 顔中をぐしゃぐしゃにしてごめんなさいと何度も謝ったミアは、全てを二人に託してくれた。


「レノーレに会うわ。そして直接、話を聞く」


 ベルグレッテは、彼女に向き合って真実を知ろうとしている。

 今日現在の時点で、ダイゴスはレフェから戻っておらず、エドヴィンは学院に来ていないうえに音信不通。

 だが、もし彼らがこの現状を知ったなら、ベルグレッテと同じように思うのではないだろうか。根拠もないが、流護はそんな風に考えている。

 ちなみに城にいるクレアリアからは、


『馬鹿な真似をしてないで早く戻ってきてください、とお伝え願えますか。私との共同研究を投げ出すつもりですか、と』


 そんな言伝を預かっている。

 飽くまで強気。飽くまで些細なこと。すぐいつも通りに戻る。

 弱腰にならず、そう信じようとしている姿が実にクレアリアらしい。


「……」


 流護自身は、あまりレノーレとの交流もない。

 それでも、皆の反応を見ていれば分かる。いかに彼女が慕われていたか。

 例のレドラックファミリーと争った一件では、ミアを救うため迷うことなく駆けつけ、エドヴィンと一緒に敵の幹部を撃破している。

 物静かで口数も少なかったが、特にミアやベルグレッテとは、親友と呼ぶべき間柄だった。

 それに――


「リューゴは……いいの?」


 遥か遠方、積雪に覆われた山々へ目を向けたままのベルグレッテが、やや言いづらそうに尋ねてくる。


「え? 何が?」

「だから……レノーレの件で、学院を離れても。その……アヤカさんだって、まだ目覚めないんだし……」

「はは。あんなネボスケが起きるの待ってたら、何もできねえって。例のすごそうな医者が来るのも、まだまだ先の話だし」


 未だ、彩花が眠りから覚める気配はない。

 長い月日が経過したことで、ある日いきなり前触れなく目覚めるようなことはないのでは、との思いが強くなりつつある。

 ソラタ・ホズミなる医者がやってくるまでは、事態も進展しないと考えたほうが精神的にも楽だ。

 ミアが「アヤカさんのことはあたしにまかせて!」と言ってくれたこともあり、ここは厚意に甘えようと思っている。


「それにさ……」

「それに?」

「去年の秋……レノーレがさ、母ちゃんが急病になったとかで、しばらく実家帰りしたことがあっただろ?」


 ある秋の早朝。

 日課のトレーニング中だった流護は、実家へ戻るための馬車待ちをしていた彼女に偶然出会う形となり、少しだけ言葉を交わしている。


「変な話なんだけど。あん時、なんつーか成り行きでさ――」


『いや……まあ、もしレノーレが妙なことに巻き込まれそうで、学院に戻りたいのに戻ってこれなくなるようなら……力になるぞ。んなことになりゃ、ベル子とかミアとか……皆が悲しむのは分かってるだろ? つか、ダイゴスん時みたいに、強引にでも連れ戻してやる』


 会話の間を埋めようとした際、そんなことを口走ってしまっていて。

 馬車が到着してからは、


『……では、いってきます』

『お、おう。…………えーと……すぐ、戻ってくるんだよな?』

『……どうでしょう』

『ぬ、意外とレノーレって曲者だよな……。よーし分かった、もし妙なことになったら、そっちの国に乗り込んででも連れ戻しに行くから、よろしく』

『……意外と強引』


 今思えば、口下手同士の何だかおかしな会話。


「――なんてことがあってさ。まあ、すげー適当なやり取りだったし……多分レノーレは本気にしてないだろうし、覚えてないかもだけど、一応約束したからな」

「ふーん、そんなことがあったんだ……」


 ベルグレッテの吊り目が、少しだけジトリとなる。


「な、何すか」

「べつにー。リューゴったら、レノーレにまでそんなふうに声をかけてたんだ、って思っただけ」

「な、何だってんだよ意味深に。ラデイルさんじゃあるまいし、別にやましい気持ちなんてないぞ」

「ふーん、どうだかー」

「マジだって。俺はベル子一筋なんで」


 ぼっ、と音が出そうなほどベルグレッテの頬が赤く染まる。


「だ、だっ、だからそういうのはっ……! いきなりな、なに言い出すのよっ、もうっ」

「い、いいいやだってベル子が信じてくんねーから……!」


 口走った後になって流護も顔が熱くなっていた。凄絶な相打ちである。


「と、とにかくさ。俺は、日本を捨ててまでこっちを選んだんだ。そら彩花までついて来ちまって、正直しばらくは動揺しっぱなしだったけど……。今回のレノーレの件はどう考えたっておかしいし、きっちり遊撃兵として調査させてもらうよ」

「ん……ありがと、リューゴ」


 今回は、特に任務期間は定められていない。ただ通信術が届かない距離となるため、長引くようであれば手紙を出す手筈となっている。

 豪放なアルディア王からも、「とりあえず今のところ用事はないから行ってきていいぞ」との許可を得ていた。


「うーっし、忘れもんはないか?」

「ん、大丈夫よ」


 そんなやり取りをするうち、高らかな嘶きとともに白馬の引く馬車が到着した。


「来たわね。それじゃ、行きましょうか」

「おうっ」


 二人は馬車へ乗り込み、一路北西を目指す。

 レノーレに何が起きたのかを知るために。そして、日常の欠片である彼女を連れ戻すために。

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