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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
10. 風雪のオーヴェルテュール
365/674

365. 冬の異変

「――シッ!」


 踏み込むと同時に放たれる、流護の左拳一閃。

 これを掻い潜った相手が、すぐさま至近から神詠術オラクルの奔流を爆発させた。

 飛びずさって躱した流護に向かって降り注ぐは、詠術士メイジの本領とでも呼ぶべき遠距離からの属性弾。


「ふっ!」


 抗う手段のない空手家は、芝生を転がるようにこれらを次々と避けて――


(避けて……えーと、何が来るかな、次は……)


 側転しつつ起き上がった流護は、唸りながら頭を悩ませた。


 季節は冬。

 白曜の月、十五日。

 学院の冬季休暇『白兎の静寂(ラビッツカーム)』も終わり、平常通りの生活が始まって一週間。新たな年を迎えてからはおよそ二週間が経過した。


 場所は学生棟脇、いつもの中庭。

 芝生に雪はないが、壁や建物上、木々の枝葉にはうっすらと積もっている。庭の中央では、暖を取るために起こした小さな焚き火がパチパチと音を立てていた。

 現在この場にいるのは、流護ひとりだけ。では今ほどの動きは何だったのかといえば、


「んー……イメージ湧きづらいな、やっぱ……」


 スッスッと、左拳を突き出してみる。

 いわゆる、シャドーボクシング。仮想の対戦相手を思い描き立ち回る、おそらく誰でも聞いたことがあるだろうイメージトレーニングの一種。


 しかしこの異世界で対峙することになる相手は、同じ格闘者ではない。魔法みたいな力を操る詠術士メイジか、人外の怪物たる怨魔がほとんど。

 そのため、今は詠術士メイジを想定しながらのシャドーに励んでいたのだが、そもそも流護自身が神詠術オラクルなど使えない。どういった攻撃が来るか、今ひとつ思い浮かべにくいのだった。

 それなりに詠術士メイジとの対戦経験も積んできたが、どうにも自分に都合のいい――立ち回りやすい場面を思い描いてしまう。


(まだまだ未熟でござる……)


 例えば、『怪物にさらわれた美女を助けに行く』という場面を想定して自らを鍛え上げ、凄まじいパフォーマンスを発揮したボディビルダーが実在する。一歩間違えば『教室に乱入してきたテロリストたちを一掃する妄想』という思春期特有のアレになってしまいそうだが、とにかくこうした練習法も有効なのだ。


 汗を拭い、一息つく。

 ミアの話によれば、今年の冬は暖かいほうなのだとか。確かにこうして身体を動かしていれば、寒さなど気になりはしなかった。故郷と比べて寒暖差が少ないため、非常に過ごしやすく感じる。


「…………」


 一息ついて、敷地内の片隅にそびえる研究棟を見やる。

 その一室で今もまだ眠り続ける彩花。そして――


(ソラタ・ホズミ……か)


 レフェよりも遥か東、レインディールの地図にも載っていない遠方からやってくるという、医師の名前。その響きを聞いた瞬間、流護とロック博士は思わず顔を見合わせてしまったものだ。

 その人物の外見や特徴、詳細も今はまだ分からない。だが、


(……ほずみ、そらた……日本人、なのか?)


 名前の響きからすれば、やはりそう思える。仮に当たりならば、先のカエデといい、妙なまでに日本人の新キャララッシュが続くことになる。

 しかしまだ確定ではない。決めつけてしまうのは早計だ。例えばミアなどは、充分日本人にもありそうな名前と考えられるはずだ。


(アリウミ・ミアとかミア・アリウミとかでも自然っつーか……おかしくねーもんな、別に)


 などと考えて、そこでハッとする。


(いやいや、別の意味でおかしいっての。何で俺はそこで自分の苗字とくっつけたんですかね……。いや、まあ、娘みたいなもんだし……)


 勝手に妙な気恥ずかしさに駆られていると、


「リューゴくーん!」


 まさにそのミアとベルグレッテが、連れ立ってやってきた。


「おイモ買ってきたー。焼くよー!」


 冬でも変わらず元気いっぱいなミアと、


「うー、今日も冷えるわね……」


 やたらと厚着をして、マフラーまで巻いているベルグレッテが対照的だ。


「はは。ベル子もトレーニングするか? 身体動かせばあったまるぞ」

「そ、そうかもしれないけど……」


 もそもそ動いた少女騎士は、らしからぬ重い足取りで焚き火へ寄っていく。何事にもキリリとした印象のある才色兼備な完璧超人ベルグレッテだが、夏は暑がりで汗かき、冬は寒がりで冷え性という意外な弱点がある。最近では学院の私室にいるとき、流護の実家から持ってきた『有海ジャージ』を下に着込んでいることも多かった。……以前のリクエストに応えてくれたからなのかどうかは不明だ。


「す、少し暖を取ってから……。ああ、早く春にならないかしら」

「ふっふっふ。あたしはこの学院に入ってから、冬が好きになったんだよねー」


 手にしたレインディール産アピアン芋(品名)を火の中に放り込みながら、ミアが何やら悪そうにほくそ笑む。


「ほう、そりゃまた何でだ。焼き芋がウマいからか」


 長柄の棒で芋を転がしながら流護が問えば、


「おイモもいいけどね。なによりも冬になると、ベルちゃんがあたしを手放せなくなるのだ!」

「べ、別にそんなことないわよ……」


 ぴたっと寄り添ってくるミアに対し、ベルグレッテの反論はどこか弱々しい。


「ああ……。一緒に寝てて、ベル子がミアを抱き枕にしてるとかって話だっけか?」


 季節問わず同じベッドで眠ることの多い二人だが、寒くなってくると、寝ているベルグレッテが無意識にミアを抱きしめるのだという。何でもミアの体温が高いため、冷え込む夜にはちょうどいいのだとか。

 まあ、ミアさんにしてみれば極楽浄土であろう。


「そのかわり夏になると逆に、暑いからって押しのけられちゃうんだけどね……。でもいいの! あたしは、ベルちゃんの都合のいいオンナでいいの!」

「はいはい。まったくもうっ」


 そこで仲睦まじい二人の間へ割って入るように、通信の波紋が広がった。


「わ、どっちだろ」


 寄り添っていたミアが離れると、揺らめく術の振動はベルグレッテのほうへ残留する。


「あ、私ね。リーヴァー、こちらベルグレッテです」

『あーい。どもども、アタシだけどー』


 波紋の向こうから響いてきたのは、何ともやる気なさげな女性の声。

 しかしそれを耳にしたミアが、肉食獣の咆哮を聞いた小動物ばりにびくりと身を竦める。その比喩もあながち間違いではない。この相手は、ミアが非常に苦手としている人物だった。


「あ、学院長。お疲れさまです」

『ホントに疲れてるわよ~。学院にいたらいたで、書類やら何やらに追われるんだもの、全く』


 肩書き通りミディール学院の最高責任者を務める女性、ナスタディオ学院長。普段は不在がちの多忙な人物だが、新年を迎えて以降、今のところは珍しく学院に留まっている。


『ところで、今ヒマ? ちょっとアタシの部屋まで来てくれる?』

「あ……もしかして、レノーレのことでしょうか?」

『そそ。ほいじゃ待ってるから、よろしくー』


 それだけ言い残すと、通信術の揺らぎは消失した。


「レノーレか。まだ戻ってこねえって話だったな……」


 流護の言葉に、少女二人が少し暗い面持ちで頷いた。


白兎の静寂(ラビッツカーム)』が終わり、早一週間。実は現時点で、レノーレとダイゴスが帰省したきり学院へ戻ってきていない。

 それ自体は彼らのように遠方から編入している者であれば珍しくもないのだが、今回のレノーレに関しては少し事情が異なる。


 連絡がなく、音信不通の状態なのだ。


 例えばダイゴスであれば、始業の三日ほど前に遅れるとの連絡があったという。レフェも国長を欠き不安定な情勢が続いている。彼も『十三武家』の一人として忙しい場面があるのだろう。

 しかしレノーレから、そういった報せはなし。彼女の場合、正確には祖国でなくその手前にあるハルシュヴァルト領に家族と住んでいるはず――とのことだったが、学院長が通信を飛ばしてみるも、応答がない。

 そのため先日、レノーレが住んでいる屋敷へ手紙を出したそうなのだが、何か進展があったのかもしれない。


 ちなみに不在といえば、エドヴィンもここしばらく顔を見せていない。が、彼の場合は「どうせサボりだろう」ということで皆の見解が一致しているあたり、日頃の行いというものは大事である。


「それじゃ私、学院長のところに行ってくるわね」

「うん……なにか分かったら、教えてね」


 不安そうなミアに頷き、ベルグレッテは校舎へと向かっていく。


「大丈夫だって」

「うん……」


 少女騎士の後ろ姿を見送りつつ努めて明るく言ってみる流護だが、元気娘は目に見えてしょぼんとしてしまっていた。

 それも無理はないだろう。

 安息日を終えた後に、帰ってくるはずの誰かが帰ってこない。

 ミアは人一倍、そんな状況が切っ掛けとなった異常事態を経験している。かつてディノに連れ去られた自分自身。レフェに行ったきり、なかなか戻らなかった流護たち……。


「ほれ、芋焼けたぞ」

「……うん」


 ほどよく食べ頃となった芋を取り出してミアに手渡してやったところで、


「ん?」


 何やら表のほう――校庭が騒がしいことに気付く。かすかではあるが、悲鳴みたいな声すら聞こえてきた。


「……わ、なんだろ。なにかあったのかな?」

「妙にザワついてんな。ちょっと見てみるか」


 二人は芋を頬張りながら、裏庭から出て校庭側へと顔を覗かせた。するとすぐ目の前で、数人の生徒が困惑したように学生棟を見上げている。男子はどこか不服そうに、女子は怯えたように身を寄せ合っていた。


「あのー、何かあったんすか?」


 声をかけると、学生棟を睨みつけていた男子の一人が、流護の顔を見てすがりつくように駆け寄ってきた。


「おおあんたか! 良い所に来てくれた! 何とかしてくれよ、あいつら! くそっ!」


 ひどく興奮しているのか、悔しげに地面を蹴りつけている。


「あいつら?」


 怒れる彼の視線を追う流護だが、そこにはいつもと変わらない石造りの学生棟がそびえているだけだ。


「たった今のことだよ。いきなり、白っぽい鎧を着た偉そうな奴らが門から入ってきてさ。で、そいつらに訊かれたんだ」

「何を?」



「レノーレ・シュネ・グロースヴィッツの部屋はどこだ、って」



 瞬間、流護とミアは互いに視線を交わし合った。


「急いでる風だったから、とりあえず教えてやったんだけど……。どうしてそんなことを、って訊いてみたら、『お前に話す必要はない』なんて言われてさ」


 礼の一言すらなくその仕打ち。カチンときて詰め寄ろうとしたところ、容赦なく突き飛ばされたうえ、鼻先に神詠術オラクルの氷槍を突きつけられたのだという。


『死にたいのか』


 端的極まる、そんな一言とともに。

 流護たちの下へ聞こえてきた悲鳴は、その場面に居合わせた女子たちが発したものだったようだ。


「じゃあ、そいつらは今……」

「ああ……今頃、レノーレの部屋に行ってると思うぜ。せっかく親切に教えてやったのに……くそっ、何様のつもりだよ!」

「リ、リューゴくんっ……」

「ああ」


 不安そうなミアに頷き、流護は学生棟の中へと迷わず駆け込んでいった。






 ミディール学院校舎三階、学院長室。

 目立った調度品の類もなく、閑散とした部屋の中央にて。


「………………え?」


 呆然と立ち尽くすベルグレッテに対し、机を隔てて座るナスタディオ学院長は顔色ひとつ変えなかった。

 白衣を纏った、長く波打つ金髪が特徴的な女性。大人の色香漂う美貌も、メガネの奥にたゆたう鳶色の瞳も、真っ赤な口紅の目立つ口元も。何ひとつ揺らぐことなく、学院を統べる長は今一度告げる。


「レノーレから、学院を退学すると申し入れがあったわ。事由その他、細かい事情は分からないけど……本人が辞めたいって言う以上、こちらとしても無理に引き止めることはできないしね」


「ま……待ってください! どうして、いきなりそんな……!」

「だから細かいことは分からないんだってば。とりあえず、はい」


 そう言って、学院長は一枚の封書を差し出してくる。受け取って広げてみれば、そこにはレノーレが学院を辞めるとする旨が淡白なほど簡潔に記されていた。

 しかし。


「これ……代筆じゃないですか。本人が書いたものじゃない……」


 文末の筆者名に、ウェフォッシュと添えられている。その名は――


「んーと……確か、レノーレが住んでる屋敷の使用人の名前だったっけ?」

「はい。そのはずです」


 学院長の言に深々と頷く。ベルグレッテとしてもそんな話をレノーレから聞いたことがあるだけで、その人物との面識もなければ人となりも知らない。


「……っ」


 少女騎士の中で、爆発したような胸騒ぎが広がっていく。戻らないレノーレ。あまりに突然すぎる退学届け。それも、本人からの返事ではない。


「何かあった……のは、間違いないでしょーね」


 ベルグレッテが考えたくない部分を、しかしナスタディオ学院長は容赦なく突く。


「ただ、そこはもうアタシらが干渉すべき領分じゃない。本人からの返答でないとはいえ、辞めるって手紙が届いて、実際に本人も戻らない以上、『学院としては』受け入れざるを得ないところなんだけど……貴女は納得しないんでしょ?」


 いたずらっぽい瞳で問われ、ベルグレッテは怒気すら含んだ声で「当然です」と受け答えた。


「お尋ねいたしますが……以前、ディノ・ゲイルローエンが『学院を辞める』と学院長に通信を飛ばしたことがありましたよね。学院長は、あれで納得されましたか? あの言葉を受け入れて、彼の退学を認めましたか?」

「あー。あんたたちってばあの時、アイツと一緒にいたんだっけ」


 それは任務のため、流護と二人でレフェに赴いた折のこと。どういった訳か、かの異国の街中でディノ・ゲイルローエンとばったり遭遇したのだ。そしてやり取りの中で、ベルグレッテは彼の学院生としての在り方を批難した。するとあの男はその場で学院長に通信を飛ばし、悪びれもせず「学院を辞めさせてもらう」などと言ってのけたのだ。

 少女騎士としては、あの軽薄な態度を思い出すだけで腹立しさが込み上げてくるものだった。


「ディノは未だ、学院に在籍したままとなっていますよね」

「そりゃあね。あんなので認めたらアタシ、四方八方から糾弾されちゃうもの」


 至宝たる『ペンタ』を、あんないい加減なやり取りで退学になどできるはずもない。当の本人は、あれで辞めたつもりになっているかもしれないが。

 ベルグレッテは憤然と言ってのける。


「私見ですが、今回のレノーレの件はそれ以上に認められるものではないと感じます。彼女が戻らず、連絡すらつかず、ようやくきた返答は本人からのものではない。彼女になんらかの異常事態が起きたことはもちろん、退学の意向が本意でないことも明白です」

「ふむふむ。んで、貴女はどうしたい?」

「レノーレが戻らない理由を突き止め、彼女を連れ戻します。ミアのときと同じように」

「そっか。ンフフ、そうね。学級長クラスリーダーだものね、貴女は」

「ええ。私には、そうする責任が……何より、意志があります」


 意味深に、それでいて力強く笑い合ったその直後。

 外から、足元を揺るがすほどのくぐもった爆発音が轟いてきた。


「なっ、なんの音……!?」

「ちょっと、何よ何よー?」


 思わず窓際に駆け寄って見やれば、学生棟のとある一室の窓ガラスが無残に割れている。ほぼ窓枠だけとなったその内側から、白い煙と見紛うばかりの冷気が吹き出していた。


「あそこは……!」


 校舎と面した三階中央。

 そこは間違いなく、今は誰もいないはずの――レノーレの部屋。


「あらー? 調べるまでもなく、手掛かりの方が向こうから飛び込んできた感じかしらね?」


 学院長の軽口に答える間も惜しみ、ベルグレッテは窓を開け放つ。枠を飛び越え、中空へと身を踊らせる。あまりにも品に欠ける行いとの自覚はあったが、それどころではない。

 神詠術オラクルの逆噴射による滑空で三階から中庭へ降り立った少女騎士は、学生棟へ向かって全力疾走を開始した。

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