359. 静かなる青碧
昼神インベレヌスの輝きが赤みを増した夕刻前。
流護とレオは二人、雑談しながら街を歩いていた。
「そうか。リューゴは、明日には帰るのか」
「ああ。任務そのものは、今日の午前中で終わってたんだよな」
ちなみにカルボロは、例の下手人を引きずって兵舎へと連行していった。
街並みの人影はやや疎らで、橙色に染まる建物や路地にはどことなく物悲しさが漂う。もっともそれも一時のことで、じき今日の仕事を終えた男たちや、夕飯の買い出しに出てきた主婦らで賑わうことだろう。
「もうこんな時間か。さて、今日の晩飯は何だろな。愛しのカエデの手料理が楽しみだ」
そんなレオのウキウキ顔を見やりつつ、流護は少し気にかかっていた疑問をぶつけた。
「……レオとカエデさんって、子供の頃から一緒にいるんだよな」
「ぬ? ああ、そうだが」
つまり、幼なじみのようなもの。……自分と彩花に、よく似た境遇。
レオがカエデをどう思っているのかは明白として、
『……私などでは、到底レオ様に釣り合うはずがありませんから』
無表情、かつレオに素っ気ない態度を取っているように見える彼女もまた、心の奥底では彼を大切に思っている。一人の男性として、意識している。
(お互い、そんな風に相手を見れるもんなのかね……)
「リューゴ? どうかしたのか?」
「……ああ、いや。何でもない」
あれこれと話しながらT字路に差しかかったところで、レオがぐぐっと身体を伸ばした。
「さーて……リューゴの宿は向こうだったか。俺の屋敷はこっちだ。名残惜しいが、ここでお別れだな。世話になった、おかげで久々に刺激のある一時を過ごせたぞ」
浮かべる笑顔は遊んで満足した子供のそれで、危険な事態に遭遇したという自覚は微塵も感じられない。
「えーと、レオ。何回も言うようだけどさ……。あのハンドショットは危ねえ武器なんだ。今回はたまたま外れたからいいけど、もしまた遭遇した時は……」
「分かってる。大丈夫だ」
「本当に分かってんのかな……」
レオの態度はどうにも軽く、九死に一生を得た自覚があるとは思えない。
「リューゴは……俺を、心配してくれてるのか」
「え? そりゃあ、まあ」
「それは……、兵士としてか」
「は? いや……えーと、その、どうしたんだ」
レオの真っ青な瞳がやけに真剣みを帯びていて、たじろいだ流護は思わず後ろに一歩下がってしまった。
「ふははは。いや、何でもない。忘れてくれ。ではな」
背中を向けて、蒼の男は去っていく。
「レオ!」
足が止まった、その背中に。
「えーと……また俺がこの街に来ることがあったら、よろしく頼むわ!」
そう呼びかければ、彼は右手を高く上げてひらひらと振った。やがてその姿は路地の角を曲がり、消えていく。
見送りを終えて、流護も宿へ向かって歩き出した。
「…………」
本名すら聞かず終いだった、レオという青年。
正確には、あえて訊くことはしなかった、というべきか。
出会いから今しがたの別れに至るまで、彼は自分のことについては一貫して語ろうとしなかった。商家の息子であることも、カエデから聞いて知った話。その地位を鼻にかけるどころか、むしろ悟られたくなさそうな雰囲気すら感じた。
人それぞれ、複雑な事情や語りたくないこと、様々な理由があるだろう。
流護自身、『ニホン』という国名こそおおっぴらに出せるようになったものの、その真実については大半の人間に語れぬままだ。
そしてレオについて気にかかることといえば、もう一点。
(あの悪寒は、何だったんだろうな……)
出会ってすぐ、些細な誤解からケンカへと発展し、レオに膝をつかせた直後。
『全霊でやるしかないか。――滾ってきたぜ』
宣言した彼が、何をしようとしたのかは明白。
ただの殴り合いのケンカから、神詠術を使った戦闘に移行しようとしたのだ。ならば、
(レオは……どんな術を使うんだろうな)
流護の本能が危険を訴えた、あの感覚……。
結局彼は、ハンドショットを所持した悪漢に対してすら神詠術を使わなかった。実は戦闘に向いた術を扱えないのか。それとも――使うほどの相手ではない、と判じたのか。あの『拳銃』を手にした、理性の箍が外れた危険な人間を前にしても。
(今までは、それでもよかったかもしれんけど……)
彼がどんな術を扱うかは知らないが、ハンドショットに対してはあまりに危険すぎる。
「うぉーい、ここにいたか! リューゴ!」
横合いから聞こえた声に顔を向けると、カルボロが脇の通りを小走りでやってくるところだった。
「あれ? あのレオとかって兄ちゃんは?」
「ああ、たった今帰ったよ。で、どうだった?」
「はー。とりあえず、あの野郎は駐在に引き渡してきたよ。ハンドショットの入手先尋問してもらって、素直に話さねーよーなら王都送りだな」
「お疲れ。出所が分かればいいけど……厳しいだろな」
何分、精緻な科学捜査などが存在する世界ではない。わずかな証拠や証言から正確に割り出すことは難しいだろう。
「ほれ、戦利品ー」
そう言ってカルボロが差し出してきたのは、まさに問題となっているハンドショットだった。
「……、」
現物に触れるのは、天轟闘宴の後にレフェで少し見せてもらって以来二度目。こうして手に取ることで、改めて実感する。
(ほんっと、よく出来てるよな……)
洗練されておらず粗削りなデザインだが、それでも地球人が見たなら一目で拳銃と分かる代物だった。
銃身は鉄の筒を利用した簡素な装い。大きさは手のひらに収まる程度。地球の銃器と比較したなら、やはり小型拳銃が最も近しいか。手動で弾込めを行う必要があり、装弾数は三発。弾丸には赤色鉛と呼ばれる金属が用いられており、サイズはやや大きめ。
現時点の技術では、コンパクトさを重視した結果、弾数が犠牲となったのだろう。このハンドショットという武器は元々、セプティウスなる謎のマシンスーツに付属する兵装の一つである。腕部の格納スペースに仕舞い込める小ささ、というのは必須だったはずだ。
「つか、弾は抜いてあるのか?」
「おうよ。実際に触ったのは俺もこれが初めてだったから戸惑ったけど、ちゃんと抜いたぞ」
恐る恐る、といった手つきで銃口を覗き込んでみる。
(さすがにライフリングとかはないみたいなんだけど……)
ハンドショットを撃ち出すのは、飽くまで神詠術の力。内蔵された火術の爆発力で、強引に弾を吹き飛ばしている、という表現が正しい。まっすぐ飛ぶことは飛ぶが、大きめの弾丸が空気抵抗をまともに受けるらしく、威力・射程距離ともに、現代地球のものと比べれば大きく劣る。ロック博士によれば、「流護クンなら頑張れば一発二発撃たれても大丈夫だと思うよ」とのこと。
(だからって、間違っても撃たれたくはねえけど……。つか、頑張ればって何だよ)
天轟闘宴を観戦していたベルグレッテの話では、銃撃を受けたディノが一度は昏倒したという。常に油断なく備えているあの『ペンタ』が、一度とはいえ避けることも防ぎきることもできず倒れたという時点で、その脅威のほどは推し量れる。
「……カルボロはさ。もしコレが当たり前に出回るようになったら……どうなると思う?」
そう問えば、正規兵たる少年は苦々しい顔を作った。
「レフェなんかじゃ、山賊が持っててかなり手こずったんだろ? ボウガンとか弓の代わりにこれが普及し出したら、かなり厄介なことになるんじゃないか?」
「……だよ、なあ」
カルボロの言う通り、賊や悪漢の対処が難しくなる。
例えば今回、彼はハンドショットを構えた悪漢の手を撃った。頭を狙って即座に射殺してしまうこともできただろうが、捕縛して情報を得るためには真っ当な判断といえる。だが、相手はもう一丁の凶器を隠し持っていた。発砲されるも、偶然外れた。今回誰も犠牲にならなかったのは、ひとえに運がよかっただけなのだ。今後同じような事態が発生したとき、また丸く収まるとは限らない。
そして。それだけで済めば、まだましなのかもしれない――と流護は考える。
このハンドショットを『新たな力』と称した、あの通り魔。そう説かれ、戸惑いつつも魅入られたように耳を傾けていた町民たち。
生まれ落ちた時点で弱者と定められた者が、簡単にその立場を覆せるかもしれない代物……。
(……考え過ぎならいいんだけど、な)
遊撃兵の流護とて状況を全て事細かに把握している訳ではないが、おそらく今回の件がレインディールで初のハンドショットを用いた犯罪となるはずだ。
押収した二丁のこれらは、このままアルディア王に提出する。そこから研究部門へと回り、細かに調べ尽くされるだろう。研究の結果、出所や対策に繋がる情報が得られればいいのだが――
「リューゴ、とにかく宿に戻ろうぜー。なんだか、どっと疲れちまったよお」
「ん……ああ」
ぐでぐでと歩くカルボロに続き、流護も宿を目指して歩き出した。
朱色に染まる街並みを、一人レオは行く。
家屋に被さる急勾配の屋根、遥か南の空を舞う砂塵。ジャックロートを初めて訪れた者には珍しがられる景観だが、この街で生まれ育った人間にしてみれば当たり前のものだ。むしろレオとしては初めて王都を訪れたとき、あまりに砂埃が少なくて驚いたものだった。
今や目をつぶっても帰れそうなほどなじんだ家路を、さしたる感慨もなく進む。歩きながら、自分の左脇腹へと視線を落とした。
「…………」
上着の布地を引っ張ってみれば、そこには親指がすっぽり通るほどの穴が穿たれていた。
あのハンドショットという奇妙な道具から放たれた一撃。
――それが、確かに命中していたことの証明。
レオに向けられたあの風変りな武器が、乾いた音を鳴り響かせたその後。
『……外れてたのか』
『てめえぇ……! 運が良かったなぁ!? たまたまだ……偶然外れたから、てめぇは助かったんだ! 当たりさえしてりゃ、てめぇなんざイチコロだったんだよ!』
流護や悪漢が見せた反応。
(……そういうこと、なんだろうな)
無事ということは、当たっていないということ。当たれば致命傷、もしくは死んで当然。暗に彼らは、そう語っていた。視認できないほどの速度で看板を撃ち落した弾速を思えば当たり前か。
しかしレオの服の下の素肌には、わずかほどの傷もなかった。攻撃を受けた感触も何もなかった。服の布地が破けていたことに気付いて初めて、攻撃を受けていたのだと理解した。
確かに、驚愕すべき性能を持った凶器。
しかし結局、これまでと同じ。それこそが、自分の――
「……はっ」
自嘲気味に鼻で笑って歩を進めるレオだったが、進む先の道から、黒い影が長く伸びていることに気付く。
顔を上げると、狭い路地を塞ぐ形で三人の男が立っていた。黒服が二人。そして、白衣姿の研究者が一人。
「やあ、レオ君。漸くお帰りかネ」
黒い護衛に挟まれた白衣の男が、ニヤリと口角を上げた。
見知った――もはや、見飽きたといってもいい相手。
くすんだ銀色の髪を七三に撫でつけた、猫背痩身の四十男。全体的に色白で不健康そうながら、青みがかった両の瞳だけには餓えた獣のような活力がちらついている。裡に秘めた野心に引きずられるあまり、人相まで邪悪に変じてしまったような、そんな印象の男だった。
耳障りな甲高い声で、さも馴れ馴れしく語りかけてくる。
「屋敷で君の帰りを待っていたのだが、なかなか戻ってこないのでネ。先程は漸く帰ってきたかと思えば、カエデ君が一人で戻ってきただけだった。仕方ないので街に出たのだが、漸く見付けた君は、何やらいざこざに巻き込まれていたようでネ」
芝居がかった口調で、もったいつけて続きを述べる。
「君がハンドショットで撃たれた時は、流石に肝を冷やしたよ。君は知らないだろうが、あれは――」
男はいかにも自らの知識をひけらかすかのように、ハンドショットについて語った。
その内容は、流護から聞いたものと変わらない。むしろ独自の解釈やら何やらを交えて語りたがるため、説明としては流護の話より分かりにくいほどだった。
「……と、いう訳でネ。それ程に危険な凶器ということだ。今後、無闇に飛び出していくような真似は控えたまえ。有象無象でしかない庶民の命と、君の命……どちらが重要かなど、論ずるまでもないことは分かっているだろう?」
「そうか。あんたにしてみりゃ、貴重な研究対象が失われちゃたまらんもんな」
「友人としての忠言だよ」
「それはありがたい。が、友人としても研究者としても理解が足りてないんじゃないか。ハンドショットだか何だか知らんが――あの程度で、俺に傷の一つでも付くと思ったのか?」
あえて鼻で笑えば、白衣の男はさも忌々しそうに苦い顔となる。
「君のことは君以上に知っている、見縊らないでくれたまえ……! 能力を発現していなかったなら、君とてただでは済まなかったのだ」
「そうか。で? あんたが来たってことは、また仕事の話か」
「ふん……吾輩としても、研究に水を差される形となって不本意なのだがネ。お上からの要請だよ。昨今、やたらと怨魔の行動範囲が広がっていることぐらいは君でも知っているだろう。このジャックロート周辺も、今や例外ではない」
近隣の森でフォビロックルが発見された。西部街道の外れでルガルが旅人を襲った。いずれも唐突、過去に事例のない報告だったが、現れたものは仕方がない。こうした怨魔たちの排除に追われ、兵士らは忙しくレインディール中を駆けずり回っている。
……要約すればそれで済む話だったが、男はまたも長々と喋り立てた。何しろ彼は、説明がしたい訳ではない。自分の知識をひけらかしたいだけなのだ。
ともあれ、
(リューゴも……そういう仕事のために、この街に来てたのかもな)
研究員の蘊蓄を耳から耳に素通りさせながら、レオは先ほど別れた少年のことを思い出していた。
「ところで、レオ君」
うっとおしいこの男だが、レインディールでも指折りの研究者である。決して無能ではない。完全に青年の胸中を見透かし、言った。
「お友達が欲しいのかネ」
ここまでの会話の中で、初めてレオが言葉に詰まった。白衣の男は、その隙を見逃さない。
「一見、君はこの街で何不自由なく暮らしている。多くの人々に囲まれて平穏にネ。だが」
歪に、口角を吊り上げる。
「ある者は君の家柄に諂い、またある者は君の力を恐れている。……いずれも、対等な友人とは呼べない」
大げさに両手を広げ、言い連ねる。
「持論だがネ。友情というものは、互いが平等な関係にあって、初めて成り立つものだと吾輩は考えている」
大仰な口ぶりで、釘を刺すように。
「その点、君は誰とも対等になり得ない。君が誰よりも優れた、頂点に立つ者であるがゆえだ。最強、最優秀……読んで字のごとし、最も優れた者は常に一人。並び立つ平等な存在などいない。言い換えれば、君には友など必要ないのだよ」
「そうか。その理屈で言えば、あんたも不要になるな」
そんなレオの皮肉を、しかし彼は意にも介さず笑う。
「事実……『先程の彼』が君の真実を知ったならば、どう思うだろうネ?」
容赦ない、虚を突く問い。またもレオの思考に空白が生じる。
「君の力を知ってなお……受け入れてくれるかな。友人として接してくれるかな」
「……」
答えは火を見るより明らか。だからレオは、流護に告げなかった。
自分のことについては何も。己の本名さえも。
「一方、我々は利害関係にある。君は吾輩の研究に協力し、吾輩は君に報酬を支払う。その意味では、我々は対等。これ以上ない友人なのだよ」
都合のいい野郎め。レオは内心で辟易とした。
「君自身、吾輩から離れることはできないはずだ。お父上が莫大な財を成し、この街の名士となったのも昔の話。事業が悉く失敗し、今や借金だらけとなって没落した家を立て直せるのは、君が得ている報酬だけ」
対等、友人。そんな単語を並べておきながら、男は限りない俯瞰で告げる。
「屋敷や家族……カエデ君を守るためにも、君は吾輩に従う他ないのだよ」
「……そうだな。で、仕事の内容は?」
「ふん、熱心なことだネ」
常に自分が優位。相手の悔しがる顔を見なければ気が済まない。そんな性質のこの男は軽く流されてムッとしたようだったが、いちいち付き合っていては夜になってしまう。
「北西の平原に、デルビィエアの姿が確認されている。街道まで出てくることはないだろうが、生殖能力の強い連中だからネ。繁殖されては厄介だとお上からのお達しだよ。兵士の対応が追い付かんとのことで、やむなく引き受けたさ。三日後に使いを出すそうだ。よもや手こずったりすることもないだろうが、迅速に片付けたまえ。今後の君の評価……ひいては吾輩の名誉にもかかわる」
「そうか」
用件は終わったとばかりに彼らの脇を素通りしようとすれば、研究員が慌てたように言い連ねた。
「それが終ったら、すぐに吾輩の研究所へ顔を出したまえ。そちらが本題だ」
どこまでも高圧的な男の脇を無言で通り過ぎると、
「聞いているのかネ!?」
甲高く喚いた男がレオの肩に手をかけようとしたが、
「ッ……!」
彼は伸ばしかけた腕を慌てて引っ込めた。
自分が誰と接しているのか、『何に触れようとした』のかを思い出したのだろう。そんな研究者を振り返り、レオは薄く笑った。
「どうした? 『友人』相手に、そんなにビクつくことないだろ。傷つくじゃないか。なあ? デルバータ博士」
ぐっ、と怯んだ白衣の男――デルバータ博士へ対し、レオは無感情に言ってのける。
「俺も所詮はたかだか十七歳、世間知らずの若造なんでな。たまに、どうでもよくなることがある」
「……何が、言いたいのかネ……?」
「俺は別に、チマチマと小金を稼いで慎ましく暮らす必要なんかないんだ。――やろうと思えば、何もかもをぶっ壊せる」
――面倒になった。どうでもよくなった。
そんな理由で、この世の全てを消し去れる。
「全うな人間のフリなんてやめてな。俺は――――化物なんだから」
そう笑うと、デルバータ博士は目に見えてたじろいだ。護衛の黒服たちも身構える。
そんな彼らの反応を鼻で笑ったレオは、
「なんてな、冗談に決まってるだろ」
それだけ言い残し、一同に背を向けて歩き出した。
「化物め……」
朱に染まる街並みへと溶け込むように。去り行く青年の後ろ姿を睨みつけ、デルバータ博士は憎々しげに吐き捨てる。
あの青い眼光に、思わず背筋が凍った。何しろ彼が吐いた言葉に、嘘や偽りはないのだから。
ただ、やる必要もないからやらないだけ。あれは、そういう存在。神が何を思ってあんなモノを授けたのか、デルバータにもまるで理解が及ばない。
そも、あの『力』の責任者はどの神になるのか。それすら分からない。
自分たちは友人だなどと吹いたデルバータだが、もちろんそうではない。あの存在との共生関係が成立しているのは、ひとえに金の力あってこそ。
幸いにして、レオは多くを求めない。父やカエデ、身近な人々と静かに暮らしていきたいだけ。一人の人間として、何の変哲もない日常を。
が、万に一つそれらが侵されるなら、レオの枷は外れることだろう。獅子が檻から解き放たれる――などという生ぬるい表現では済まない。
あれは――存在するだけで世界の頂点に立つ、生まれついての絶対強者。
(本音を言えば……陛下にも、もっとその危険性を認識していただきたいのだがネ……)
今までさしたる監視もなく放置されてきたことが異常なのだ。識者とは名ばかりの無知蒙昧どもは、あの力の恐ろしさをまるで理解できていない。ゆえにこそ、己が抑止力とならねばならない。偉大なるレインディールのために。何より、
「……君は、吾輩がのし上がるために必要な駒なのだからネ」
名声を得るための、申し分ない研究対象。
憎きあの男――ロックウェーブ・テル・ザ・グレートという名の研究者を踏み越えるための材料。
かの男は今、アルディア王直々の計画を任され、その中核とも呼べる存在になっていると聞く。
しかし。あのレオが持つ能力を解き明かすことさえできれば、研究者として多大な功績となる。それこそ、あのロックウェーブを追い抜けるほどに。その確信があった。
「君にはそれだけの価値がある。そうだろう、レオ君……」
その横合いから、黒服の男が小さく呟く。乾いた声で。
「いつ見ても信じられませんな。あれが……あんな若造が」
「……ああ」
噛み締めるように、デルバータ博士は口にする。
蒼い瞳と頭髪を持つ青年の、本当の名を。
「あれが――ミディール学院、第一位。『界離』、レオスティオール・アレイロスだ」
 




