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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
10. 風雪のオーヴェルテュール
358/668

358. 手にした力

「!」


 野次馬を掻き分けて最前列へ出た流護は、すぐに状況を把握した。

 そこは大通り沿いにある露店の軒先。

 人垣の六、七メートルほど前方に、うずくまる一人の中年男性。


「ぐうっ……」


 彼の左腕から伝うおびただしい赤が、砂地に血溜まりを作っている。

 少し離れた位置に立つ、人相と血色の悪い男。その片腕には、まだ四、五歳ほどと思わしき男の子が捕われている。人質たる彼の小さな頭には、悪人面の握る凶器が突きつけられていた。


「ママ……!」


 男児が届かぬ小さな手を伸ばす先。人ごみから一歩前で、悲痛な顔を見せる女性。


「やめて、うちの子を離して……!」


 必死に懇願する母親は、周囲の野次馬たちに「危ない」「落ち着くんだ」と押し止められていた。


「へへ……おーっと、近付くんじゃねーぞーお前らよー」


 男はへらへらと笑い、見せびらかすように握った武器を男の子の頭へ宛がっていた。

 経緯は不明だが、無法者が子供を人質に取って周囲の人間を威嚇している。その現状把握は容易だ。しかし今この場で、


(あれは……、)


 流護の目は何よりも、『それ』に釘づけとなっていた。男が手にしている、子供に突きつけている凶器。

 短く伸びる筒の先に穴が開いた、手のひらに収まる大きさの道具。


「リューゴよ、奴が持ってるのは何だろうな? 珍妙な形をしてるが……あれは、武器なのか? 特に危なげな代物には見えんが」


 隣にやってきたレオが、声を潜めて問いかけてくる。


「ああ。あれは……ハンドショットっていう、かなりヤバイ武器だ」


 流護がその存在を知ったのは、天轟闘宴が終わってしばらく後。ほとんど『何でもあり』と評して問題なかった荒々しい武祭においてなお、中途で失格と見なされた一人の男がいたのだという。

 この世界の文明レベルにそぐわないような武装の数々を使いこなしたその者は、ディノと激闘を繰り広げた末に敗れ去ったと聞いている。実際に観戦したベルグレッテによれば、「相手がディノでなければ、一方的な殺戮になっていたかもしれない」とのことだった。

 セプティウスと呼ばれるライダースーツのような全身鎧。レーザーブレードと呼ばれる光の剣。トキシック・グレネードと呼ばれる毒の霧。

 そして――


 隣国レフェでは小砲インフェガと仮称され、かの国の最強戦士であったドゥエンの右腕に消えない傷を残した射撃武器。

 流護の知識からすれば『拳銃』にしか思えないその凶器の名が、


「おいお前、それ……まさか、ハンドショットとかってヤツか……? 馬鹿な真似はやめて投降しろい……!」


 そんな警告とともに反対側の人垣から一歩前へ出たのは、同僚の正規兵カルボロだった。流護たちと同じく、騒ぎを聞きつけてやってきたのだろう。


「兵士かぁ? 近付くんじゃねーよ……!」


 男がハンドショットの先をカルボロへと向ける。


「うわっと、おい、早まるなって……!」


 いきなり『銃口』を向けられては、正規兵とて為す術はない。詠術士メイジといえど、攻撃術を放つためには詠唱が必要なのだ。引き金を引くだけでいい相手にはさすがに不利。カルボロは両手を上げ、一歩二歩と後ずさる。ここで流護と視線が合い、二人はひそやかに頷き合った。

 これも兵の務め。何とかして、場を収めねばなるまい。


 ハンドショットの危険性については、すでにレフェとレインディールの間で情報共有がされている。

 認識としては、上位詠術士(メイジ)並の飛び道具を誰でも簡単に放てる武器といったところか。指先で引き金を引くだけでいい、懐に忍ばせることができる利便性なども、ボウガンや弓矢と一線を画す大きな特徴だろう。


(とうとう、レインディールでも出回り始めたのか……?)


 これまでレフェで数件の報告があったのみのハンドショットだったが、『こうなる』のは時間の問題だったといえるのかもしれない。


(確か、装弾数は三発……。直に弾を詰めるタイプのリロードが必要。地球でいえば、大きさ的には小型拳銃デリンジャーで、構造的には回転式拳銃リボルバーっぽいんだよな。いや、銃のことなんて全然分からんからロック博士からそう聞いただけなんだけど)


 今現在、押収されているハンドショットの性能は全て同一。男が持っているのも例外ではないはず。

 目の前でうずくまっている男性がつい先ほど撃たれたのだろうから、発砲音からして弾は残り二発。リロードは手間がかかるため、一発撃っただけではまだ行っていないと考えていい。

 この場に流護ひとりならば強引に突っ込んでしまうこともできるが、多数の野次馬がいる以上そういう訳にもいかない。破れかぶれで発砲されれば、誰かに流れ弾が当たってしまう可能性が高い。

 撃たせる前に無力化か。残り二発、どうにか無駄撃ちさせて取り押さえるか。


(どっちにしても難しいなおい……!)


 いかな流護といえど、さすがに対銃器を想定した訓練など受けていない。が、こんな状況に立ち会ってしまった以上、泣き言を漏らしても始まらない。


「おい、あんた」


 両手を上げて慎重に語りかけると、銃口がサッと流護へ向けられた。


「何だてめーは」

「一応兵士だ。その子を離せ。代わりに俺が人質になる。あと金が欲しいなら、いくらか渡してやる」

「金ぇ……?」


 男の血走った目がギョロリと睨めつける。

 自分の身体能力があれば、接近さえできればどうとでもなる。乗ってこい、と念じる流護に対し、


「いらねーなぁ、金なんざ」


 男は、嘲るように笑った。カクカクと肩を揺すりながら。


「俺が欲しいのは……力だ。ひひ、ひひひ。力さえありゃ、金なんていくらでも手に入る……」


 厄介だな、と流護はここで気付く。

 男の瞳。その黒目が、点のように小さく収縮している。


(こいつ……ヤク中か)


 流護もロック博士から聞いて知った話だったが、薬物の一部にはこのような縮瞳作用を起こすものがあるのだという。これまでに兵として何人か引っ捕らえたことがあるが、そういった中にも同じような目をした者がいた。

 薬物依存症となれば、こうして暴れていることにすら深い理由などないのかもしれない。


「なぁにが力だ、このヤロー!」

「そうだそうだ!」


 周囲の野次馬が気色ばむ。レインディールの国民たちは気が強く、好戦的な者も多い。


(まずいな……)


 熱くなる町民たちとは対照的に、流護は焦りを滲ませる。

 一般の民衆たちは、ハンドショットの存在など知らない。今は一人がケガを負わされ、何より子供が人質に取られているからこそ、遠巻きに警戒しているに留まっている。つまり基本的には、


「子供なんか盾にしてねえで掛かってこいよ、コラ!」


 大柄な野次馬の一人が、どんと自分の胸を叩く。


「バカが……」


 男がハンドショットの先を向ける。


「何だぁ? そんな玩具が何だってんだぁ!?」


 そう。銃口に対して怯まないのだ。その怖さを知らないからこそ。

 撃たれた一人がすぐそこに転がっているとはいえ、『彼がどのようにうしてそのケガを負わされたのか理解していない』のだ。そもそも通りすがりで、詳しくその瞬間を目撃してもいないだろう。

 あのレフェ最強と名高いドゥエン・アケローンですら、仲間が数人撃たれてようやくハンドショットの仕組みに気付いたのだと聞く。銃という武器はきっと、存在すら知らない人間の目には限りなく奇妙な物体として映るはずだ。何しろ、気付けば人が倒れているようなものなのだから。


「ちょーっと待った、落ち着けって落ち着いてほら」


 割って入る形で流護が一歩前へ出た瞬間、パンと乾いた音。一拍遅れて、観衆たちから巻き起こる驚きの悲鳴。

 流護のすぐ脇。建物の壁から突き出ていた飯屋の看板が撃ち抜かれ、派手に破片を散らしていた。衝撃で留め金が外れたか、落ちた木製のそれが真下の荷車に激突、埃を舞わせる。


「おっと……外しちまったか」


 当てるつもりだったのかこの野郎、と肝を冷やしつつ、流護は極力平静さを保つ。


(と、とにかく、これであと一発……)


 あと一度だけ、何とか無駄撃ちさせる。そうすれば、後はリロードの暇など与えない。


「おう……そこのデカブツ、そういえば掛かってこいとかほざいてやがったなぁー」


 優越感もたっぷりに。未だ白煙を漂わせる銃口が、先ほど挑発した大柄な野次馬へ向く。わざとらしく、ひけらかすように。


「お、おい。今、何をしやがった? 何なんだよ、その道具は」


 悪漢が手にした奇妙な物体、その先から漂う煙。破壊された遠くの看板。視認できずとも、これ見よがしに示されれば、何が起きたのか想像はできる。


 掲げた手や指先から、遠く離れた目標を攻撃する。

 それは本来、一流の詠術士メイジでなければ成し得ない所業。神詠術オラクルの才覚を持たない人間からすれば、どれだけ努力を重ねても到達できない境地。


「おい……何だって訊いてんだよ、その道具……!」


 分かりやすい実演だったに違いない。ようやくハンドショットの恐ろしさを理解したらしき彼に対し、


「へへ、自分のカラダで確かめてみな」


 パン、と派手な木霊が鳴り響く。


「ぐっ!?」


 発砲音ではなかった。男の手から離れ、放物線状に飛んでいくハンドショット。

 迸ったのは、一瞬の雷撃。

 人垣に紛れ、男へ向けて手のひらをかざしているカルボロ。狙い澄ました、正規兵ならではの――詠術士メイジならではの精緻な一撃が、凶器を弾き飛ばしていた。


「ぅおっしゃ! 行けリューゴ!」

「ナイスカルボロ!」


 同僚の見事な補佐に応えるべく踏み込もうとした流護は、


「舐め……んじゃねエェ――!」


 人質の子供を突き飛ばした悪漢が、残る片手で懐から取り出したものを見て驚愕する。


「なっ……」


 即ち、もう一丁のハンドショットを。


(二つ持ってたのか!? ま、ず……!)


 怒りに駆られた悪漢は、もう絶対に止まらない。ただでさえ薬物中毒。数瞬の後には確実に撃つだろう。

 それでも流護だけならどうにでもなるが、周りの民衆たちはそうもいかない。流れ弾がどう飛ぶかなど予測すらつかない。

 負傷や犠牲覚悟で、突っ込んで殴り倒すか。それとも他に、何か――


 遊撃兵の裡に、一瞬の躊躇が浮かんだ刹那。

 横から、青い影が飛び出した。それは――悪漢に躊躇なく突っ込んでいく、レオの姿。


「バーカ、死ね!」


 当然、男は迫る彼に筒の先を向ける。

 制止する間はおろか、名前を叫ぶいとますらなかった。至近距離で鳴り渡る乾いた発砲音。周囲から上がる悲鳴。

 しかし、


「――滾らんな」


 至近距離で撃たれたはずのレオは、わずかほども止まることなく平然と肉薄し、悪漢の顔面へ右拳を叩き込んだ。男はぐぎゃあ、と情けない悲鳴を上げ、ものの見事にひっくり返る。


(な……!? と、とにかく!)


 流護は倒れた悪漢へ駆け寄ってすぐさま取り押さえ、後ろ手に拘束する。上着のポケットに携帯していたタオル代わりの織物を使って縛り上げながら、


「レオ、大丈夫か!?」


 顔を向けると、彼は自らの身体を見下ろして脇腹に手を当てていた。


「おいレオ、しっかりしろ……!」


 呼びかけに応じてゆっくりと離された青年の手には、赤い鮮血がべったりと付着している――などということはなく。


「……いや、何ともないみたいだ」


 彼自身、拍子抜けしたような表情で呟く。


「……外れてたのか」


 ホッと胸を撫で下ろし、流護は辺りを確認する。

 囚われていた子供を抱きしめる母親、最初に撃たれた男性を介抱する人々、その周囲の人だかり。今の流れ弾で負傷したと思わしき者の姿は見られない。


「……はあ」


 ひとまずは一件落着か。

 だが――


(運がよかっただけ、だな……)


 誰が撃たれ、誰が死んでいてもおかしくない状況だった。


(これ……ちょっと、真面目に考えなきゃだぞ……)


 今後このようなことがあった場合に備え、民衆にハンドショットの存在を周知する必要があるのではないか。兵も、これに対応した訓練を積むべきなのではないか。


「ひひ、ひひひ」


 漠然とそんなことを考える流護に組み敷かれた男が、血と涎を垂らしながら不気味に笑った。


「力……俺の力……」


 虚ろな目で、遠くに落ちているハンドショットを見つめながらもがく。


「ったくよぉ」


 二丁のそれらを拾い上げたのは、やってきたカルボロだった。


「話には聞いてたけどよ……予想以上にやばい代物じゃないか? これ……。ツブテが発射されてるんだよな? まるで見えなかったぜ……」


 手にした小さな凶器をまじまじと眺めながらぼやくカルボロに、流護は疲れた顔で釘を刺す。


「ああ、その下にある引き金に指掛けるなよ。それ引くだけで簡単に撃てちまうからな」

「うっへぇ」


 苦々しく顔を歪めた彼へ、怨嗟じみた呻きが発せられる。


「返せ……俺の、力を……」

「何が力だ、この馬鹿。どうやってこれを入手したのか、洗いざらい吐いてもらうからな」


 カルボロが男の頭をつま先で小突くと、そこへ数人の町民たちがやってきた。彼らは一様に困惑顔で、その中には先ほど悪漢を挑発していた大柄な男性の姿もあった。


「あんたら……もしかして、兵士さんですかい」

「そうです(キリッ)」


 カルボロは銀色の鎧を着ているため一目瞭然だが、流護は平服姿のためまず分からない。ここぞとばかり、バッジを取り出し掲げて見せる。


「そうですか……。ところで、その道具は一体……」

「あ……えーと、それはハンドショットっていって……」


 カルボロが押収した未知の武器に不安げな目を向ける彼らへ、流護は軽くかい摘んで解説する。縛った男が身をよじってうっとおしいので、その背中にドスンと腰を落ち着けながら。


「――って訳で、まだ謎が多い武器なんですけど……。もし今後も見かけたりすることがあれば、最寄りの兵舎に連絡してもらえると助かります。見ての通り、かなり危ない武器なんで」


 相変わらず今ひとつ口下手な遊撃兵の説明だったが、町民たちは少しホッとしたような顔になった。


「ふむ、そうですか……我が国では初めての発見だったんですね。製作者も不明、と……」

「そうかそうか、アルディア様じゃないんだな。それならよかった」


 そう続けた一人を、他の者たちが「おいっ」と肘でつつく。その人物はハッとして、自らの口を片手で押さえていた。


「王様が……どうかしたんすか?」


 気になったことはその場で訊いてしまうタイプの流護である。

 少し気まずそうながら、一人が観念したように口を開いた。


「いやぁ……最近、王様が便利な道具を次々と開発させてる、って話じゃないですか。だからその武器も、ええと……」

「……ああ、なるほど」


 無辜の民から見たアルディア王の印象は、『強くて優しい気さくなおじさん』といった向きが大半を占める。民の暮らしが最優先。敵対者には容赦しない恐ろしさも持ち合わせているが、だからこそ自分たちの日常が守られているのだと、皆は全幅の信頼を寄せている。

 自分からは手を出さない、守るための武。泰然と構え、やられたら倍にしてやり返す。常に余裕を感じさせる、その絶対強者ぶりに憧れを抱く者も多い。


 しかしそんなアルディア王が、自分たちの生活を便利にするよりも何よりも真っ先に、これほど殺傷能力に特化した恐ろしい武器を造ったのではないか。そんな不安を感じた、ということなのだろう。


「ハンドショットはウチの王様が造ったものじゃないんで、そこは安心してください。あの人が今開発しようとしてるのは、誰でも通信できるようになる道具とか、勝手にケツを洗ってくれる便器とかなんですよ」

「か、勝手にケツを……? 洗って……!? ど、どういうことだ!?」

「ウォシュレットっていうんすけどね。こう、水が出てシャーッと……」

「なんと、そんなふうに尻を洗えるのか!? そ、そいつはすげぇや! はっはははは!」


 事細かに説明してやると、場が明るい雰囲気に包まれた。


「ひひ、ひひひ……!」


 そこに、狂喜を含んだ笑いが交ざる。流護に組み敷かれ椅子代わりにされている、例の下手人だった。


「何だよ鶏ガラシャブ中。言っとくけどお前はこれから牢屋にブチ込まれるんだから、ウォシュレットなんつー文明の利器は使えねーぞ」


 背中へ乗っかっている流護が見下ろしながら言うも、男はまるで意に介さず笑う。


「くだらねぇ……。お前らも、心の奥じゃ気付いてんだろ……?」


 無理矢理に首を巡らせて。血走ったその目は、流護へ向けられてはいない。見開かれた眼は、限界まで窄んだ瞳孔は、集まった民衆たちを凝視している。


「新しい力の可能性に気付いてんだろ? アレは、今までの武器とは訳が違う。俺らみたいな術の才能がねぇ、生まれついての出来損ないですら、お高くとまった詠術士メイジどもを殺れる代物なんだ……!」


 一瞬、静まり返る。

 民たちは、誰も何も言わなかった。反論に詰まったという風ではなく、まるで虚を突かれたように。かつ、気まずそうに。


「…………」


 流護も、その事実を再認識する。

 神詠術オラクルという力を中心に回る、このグリムクロウズという世界。その力を操るために必要となる、魂心力プラルナという礎。個人が内包できる魂心力プラルナの量は生れつきでほぼ決まっているため、これを多く生まれ持つことができたか否かが、そのまま人としての優劣に直結してしまう。

 一定量の魂心力プラルナを生まれ持ち、詠術士メイジと認定された人種に、そうでない者は原則として敵わない。単純な暴力でも、秘めた将来性のうえでも。もはや人生そのものに、明確な差が生まれるのだ。


 民衆の大半は、基礎的な術しか使えない、詠術士メイジとなる素養を得られなかった『持たざる者』。彼らにしてみれば詠術士メイジとは特権階級のようなものであり、表には出さずとも複雑な思いを抱いている者はきっと多い。憧憬、恐れ、嫉妬、様々だろう。

 そんな力なき平民であっても、容易に彼らを屈服させられる武器。


 それが――ハンドショット。

 男は、そう主張しているのだ。


 押し黙った民たちを凝視した悪漢は、愉快げに笑みを深める。


「ひひ。お前だって、お前だって、そこのお前だってそうだろ。毎日地味な仕事こなして、埃と泥にまみれて、質素に暮らしてよぉ。好き好んで、そんな生活してるワケじゃねーよな」


 心の隙間を突くように。


「偉そうな詠術士メイジどもをぶっ飛ばしてやりてぇと思ったことなんざ、腐るほどあるはずだ」


 反論できない民たちに、続ける。


「そんなお前らが……俺たちが、本当に……簡単に、連中をふっ飛ばせる。アレは、そういうチカラなんだよ……! これだけのチカラがあれば、……何だって……!」


 悪魔のような誘惑。

 しかし、


「何でもいいんだが」


 そこへつまらなそうに割って入るのは、蒼髪の青年だった。


「実際にその力とやらを使って暴れたお前がそんなザマじゃ、どうにも説得力に欠けるな」


 近づいてきたレオが、男を見下ろして鼻で笑う。

 負けじと、悪漢は唾を飛ばしながら反論した。


「てめえぇ……! 運が良かったなぁ!? たまたまだ……偶然外れたから、てめぇは助かったんだ! 当たりさえしてりゃ、てめぇなんざイチコロだったんだよ! 覚えてろよ……次こそは……ッ」

「――ないだろ」


 眉を八の字に寄せ、諭す慈愛すら含んだレオの声。しん、と場が静まり返った。


「……、」


 流護も、思わず息をのんでいた。

 それはさながら。屈強な獅子がやってきたことで、恐怖に竦んでしまった動物たちのような。

 レオは淡々と告げる。


「『次』なんてないだろ。殴られて無様にぶっ倒れたお前だが……本来なら、容赦なくトドメを刺されて終わってるんだ。リューゴが捕縛って形を採ったから、そうして呑気にご高説を垂れていられるだけでな。これが壁の外の世界なら……獅子レオに薙ぎ倒された動物エサに、『次』なんてものはないんだぜ。お前はなれなかったんだ。力とやらを手に入れても……強者にはな」


 一瞬の沈黙。


「そっ、そうだそうだ!」

「坊ちゃんの言う通りだ、この野郎め……!」


 ようやくといったように、民衆たちがレオに追従した。首を巡らせ続けるのも疲れたか、男はそれらに反論することなく顔を逸らして黙り込む。


「いやしかし、相変わらず勇敢ですな、レオの坊ちゃん。お見事でしたぞ~」

「お父上はどうされてますか」


 この街の商家の息子ということで、周囲の者たちはレオを知っているようだった。彼を取り囲み、あれやこれやとはやし立てる。


「……ケッ。生まれついての奴隷根性どもが」


 流護の尻の下に横たわる男が、彼らに聞こえない声量で小さく毒づいた。

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