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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
2. デュアリティ
35/667

35. 仮面のシナリオ

 コツコツと、硬質な石の床に足音が響く。


 レインディール城、地下牢。

『アウズィ』の面々が収容されている部屋へと、近づく足音があった。

 飾り気のない殺風景な石の廊下を進んだその人物は、シヴィームの部屋の前で立ち止まる。

 鉄格子を隔てて佇むその存在に気付いた禿頭の暗殺者は、狼狽した様子で声を絞り出した。


「ケ、ケロヴィー様ッ……!」


 近隣の部屋へ収容されていた他の暗殺者たちも、動揺した気配を見せる。


「どうも……参ったな。はは、まさか全滅とは」

「も、申し訳ございません……!」


 乾いた声で笑うケロヴィーに対し、シヴィームが地に伏して頭を下げた。


「良い。それよりも……だ。私の存在を表に出してはいないな?」

「も、勿論でございます。このシヴィーム、例えこの命を失おうとも……」

「粋がった小僧に指を手折られた程度で『全て』を自白したお前を……信じろと?」

「そ、それは……」

「くく、冗談だよ。私はな……機嫌が良いのだ。彼女らが、これほどの成長を遂げてくれるとは思わなかった。特に……ベルグレッテ。まさか、ボンをも下すとはな」

「……、」


 その言葉に、シヴィームの隣の部屋へ収容されているボンが息をのむ。


「ふ、くく……楽しみだ」


 限りなく。

 その顔に残虐な笑みを刻むケロヴィー。


「さて……確認だ。『アウズィ』のリーダーは誰だ?」

「……この、シヴィームでございます」

「構成人数は?」

「ッ、五名でございます」

「――よろしい」


 ケロヴィーは素早い回れ右で、優雅に踵を返す。

 同時。指揮者さながら、両腕を水平に掲げた。

 その両手に、おぞましいほどの赤い光が灯る。


「ケ、ケロヴィー様……?」

「暗殺組織『アウズィ』は、本日を以って解散とする。任務に失敗し、リーダーを含めた五名『全員が』捕縛されてしまったのだ。致し方あるまい」


 ゴォッ、と――ケロヴィーの両手に、尋常でない熱量が収束する。


「ケロヴィー、様……、な、何をする気で――」


 五人の囚人たちは悟る。

 ケロヴィーが、何をしようとしているのか。


「決まっているだろう? ロイヤルガードを狙うなどという愚行を犯した罪人たちを、裁くのだよ。何しろ私は――」

「やめッ……!」


 この上なく悲しそうに。とてつもなく楽しそうに。

 言った。


「――私は、この国の治安を守る騎士なのだから」


 閉鎖された地下牢に、大爆発が巻き起こった。






「……?」


 一階の廊下を巡回していたアルマは、微弱な揺れを感じた。


「じ、地震……? いや、なんか違うよねこれ……」


 下。今の衝撃は、地下からだ。この城の地下には牢獄しかない。

 見習い少女は一抹の不安を感じ、弾かれたように駆け出す。

 やはり揺れに気付いたのだろう。アルマと同じようにやってきた騎士たちが、地下牢へと繋がる最寄りの階段前へと集まっていた。


 城の地下は、膨大な広さの牢獄となっている。クモの巣のごとく網目状に張り巡らされた地下牢の景観から、囚人たちに『レインディール・アラーニェ』と呼ばれていた。まさしくクモの巣のように、囚われたら逃げられない、という意味も兼ねた蔑称である。


 地下への入り口の数は三十一。そのうちの一つが、ここに当たる。


「何だ、今のはここからだったか……?」

「この下は、確か……」


 集まった騎士たちが逡巡しゅんじゅんする。


「……っ」


 アルマはゴクリと唾を飲み込む。

 このすぐ下には――『アウズィ』の五名が収容されている。中でも、リーダーであるシヴィームの凶暴な人格については話に聞かされていた。

 まさか、脱獄でもしようとしたのだろうか……。


「アルマっ」


 息を切らせて、プリシラが駆け寄ってきた。


「さっきの、ここから……? う、ここって」


 プリシラも、不安げな表情を見せる。

 そこでアルマは、廊下の向こうからこちらに素早く歩を進めてくる男の姿を認めた。


「ラティアス隊長!」


 いつもは厳格で恐れを抱いてしまうラティアスだが、これほど頼もしく見えることはない。


「何ですかぁ? 何かあったんですかー?」


 やる気のなさそうな声と共に、その人物も廊下の角から現われた。


「デトレフ隊員……!」


 頼りなさそうだが、この男も『銀黎部隊シルヴァリオス』なのだ。かなりの腕前だとも聞いている。

 ラティアスが瞬時に指示を下した。


「よし。お前たちはここで待機。私とデトレフが様子を見てくる」

「え、僕もですかぁ」


 そうして二人の『銀黎部隊シルヴァリオス』が、薄暗い地下へと姿を消していった。

 ――およそ二分後。

 凄まじいまでの神詠術オラクルによって破壊されただろう地下牢と、『アウズィ』の五名とみられる焼死体が発見された。






 シリルが王都レインディールへ到着したのは、日付が変わろうとしている頃だった。


 城の前ではなく、街の中ほどで馬車を降りた。

 覚悟を決める時間が欲しかった。


「…………」


 中々、勇気が出ない。

 出頭するとは言ったが、どれほどの罪になってしまうのだろう。

 夜も遅いし、明日にしようかなどという思いが浮かんでくる。

 頭を振って、そんな甘えた考えを追い出す。そうやって楽をしようとしてきた結果が、これなのだ。自らが上にいく努力をせず、暗殺者を雇って彼女らを消そうなどと考えてしまった……。


 きっと顔を上げ、シリルは城へ向かって歩き出した。


 時間が時間なためか、街に人気ひとけは感じられなかった。シヴィームが捕らえられたことで騒ぎが収束したのか、衛兵の姿すら見当たらない。


 静まり返った宵闇の街。石畳の歩道。

 細々とした街灯が照らすその途上に、それがいた。


「――――」


 闇の中に潜む闇。

 蜥蜴じみたかおの仮面で顔を隠すその闇は、シリルを待ち構えていたかのように佇んでいた。――否。事実、待ち構えていたのだろう。


「どこへ行くのかね? 依頼人よ」

「……出頭するわ」


 ケロヴィーの問いに、シリルは疲れきった声で答えていた。


「くく。誇りは失せたのかね?」

「……誇りがまだ残っているから、出頭するのよ。……貴方も。依頼は取り消します。シヴィームが捕まったのでしょう? でも安心して。お金は、きちんと払うから。だからもうおしまい」


 そう言って、シリルはケロヴィーの横をすれ違う。

 仮面の奇人は――愉悦に歪んだ声で、告げた。


「――――断る」

「っ!?」


 シリルはその言葉に振り返る。


「お……お金は払うって言っているでしょう!」

「ンン~、金の問題ではないのだよ。私以外が全滅、そのような状況で手を引けと? これでは業界の笑い者だ」


 背を向けたまま大げさな手振りを交え、仮面の怪人は朗々と告げる。


「……なぁーんて、ね。実は、そんなことはどうでも良い。使い捨ての暗殺者の補充など、どうとでもなる。何より此度こたび、長年待ち侘びていた果実が存分に熟れていることが確認できたのだ。それをまさに食さんとするこの瞬間に、取り上げてしまおうと言うのかね? それはあまりに酷というものだろう?」


 背中を見せたまま肩を震わせる怪人。

 表情が見えずとも分かる。哂っていた。


「……やめて。ベルグレッテたちは、もういいの」


 くるり、と。素早い挙動の回れ右で、ケロヴィーはシリルへと身体を向ける。被っている仮面とあまりにも合致した、蜥蜴じみた動き。

 生理的に嫌悪感を覚えるその所作に、シリルはぞくりと背筋を震わせた。


 ケロヴィーは――まるで物語を読み聞かせるかのごとく、饒舌に言葉を紡ぎ始める。


「平凡な醜い少女は、とても優秀で美しい姉妹が邪魔でした。なので暗殺者を雇いました。けれど、暗殺者は皆、捕まってしまいました。しかも暗殺者のリーダーは、牢獄の中で仲間たちを巻き込んで心中します。何と使えない者たちなのでしょう。こうなったら仕方ありません。自分の手で、憎き彼女たちを殺すしかありません。そして」


 仮面の下の貌が。仮面と同じ貌をしているのが、ありありと分かった。


「そして……姉妹を殺してしまった少女も、結局は罪の意識から死を選ぶのです――」


 シリルは瞬時に己の神詠術オラクルを展開させる。

 その身体を取り巻くは――水流。ガーティルード姉妹と同じ、水の属性。ベルグレッテと同じ、『創出』の操術系統。

 嫌いだった。

 否が応にも彼女たちと比較されてしまう、水の力。

 けれど――


「ベルグレッテたちは、殺させない――!」


 今は。彼女たちを守るために、この力を振るう。

 なんて自分勝手なのだろう。それでも……こんな自分を許してくれたベルグレッテを、殺させなどしない。

 シリルが突き出した右手に、力が生まれる。収束した水は、一マイレ半の長さを誇る槍の形状を取った。


「くく」


 怪人は喉の奥でわらう。

 余裕を見せるケロヴィーへと、シリルは素早く踏み込んだ。申し分ない速度。申し分ない間合い。

 この刹那。ベルグレッテにだって、決して劣ってはいないはずだ。それは傲慢だろうか?

 閃光のような突きを、ケロヴィーへ向かって繰り出す。

 瞬間。――ケロヴィーの身体が、傾いた。


「…………」


 がくりと。その膝が、力なくくずおれる。

 やった――


「あ……、?」


 ……傾いたのは、ケロヴィーではない。自分のほうだ。くずおれたのは……自分の膝だ。

 それを理解した数瞬後、シリルは――自身の顔の左半分が炭化していることにも気がついた。


「……、……あ…………」


 焦げた肉の臭い。

 たららを踏んでよろける。糸が切れたみたいに、少女の視界がガクンと下を向く。

 ケロヴィーが、その手に携えた武器。赤熱する炎を揺らめかせた――鞭。


 いつ振るわれたのか、いつ食らったのか。全く、認識できなかった。

 消え、る。意識が、消失す――


 ――まだだ。

 せめて。せめて、一撃。

 ケロヴィーはこの後、その足でベルグレッテたちの下へ向かうだろう。もう、自分には止められない。

 だからせめて――彼女たちが、少しでも優位に闘えるように。


 倒れそうになる身体を必死で繋ぎ止め、両手に力を込め――渾身の一撃を、突き出した。

 と思った瞬間、自分の顔が地面に激突した。


「あ、れ」


 ごろごろと転がる視界。

 おかしい。なん、で、こんな……玉みたいに、ぐるぐると、視界が転がるのか。

 刹那、おかしなモノが視界に入った。


 ――それは。

 公園の噴水のように、赤を噴き上げて。

 お気に入りの白いドレスが、染み込むように赤へと変わっていく。



 それは。首から先がなくなった、自分の――……

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