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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
10. 風雪のオーヴェルテュール
342/669

342. 紫電清霜

 ――そうして。


『終天を喰らう蟒蛇クチナワの王』ヴィントゥラシアは滅び、世界に再びの平和が訪れました。


 最後の闘いが、どのようなものであったのか。

 それを知る者はおりません。


 けれど……私たちが今、このように生きていること。

 それこそが、彼らの勝利した証なのです。


 そして私は、信じています。

 二人はきっと、今もどこかで――

 余韻を壊さぬよう静かに本を閉じると、子供たちが一斉に手を叩いた。


「やっぱ勇者様スゲー!」

「勇者さまもいいけど、やっぱり騎士さまもすてきね! 憧れちゃう!」

「ア”――――!」

「最後がよくわからなかった」

「英雄さまたちはどうなったの!? 生きているのよね!?」

「姉ちゃん、腹減っただよー」


 初めての子、何度も聞いている子。朗読に対する反応も様々だ。

 思い思いにテントを飛び出していく子供たちの背中を見送りながら、本を棚へと戻す。


 どんな形でもいい。

 この物語を伝えていくことが重要なのだ。誰もが知る逸話として。






 テントを出ると、とうに夜の帳が下りていた。

 広場の柱時計を確認すれば、ちょうど夕飯時。そこかしこから、食欲を誘う香りが漂ってくる。

 やはりまだ、外で野宿をしている者も多い。しかしその分、人々の息遣いが身近に感じられるような気がした。

 暗くなっても賑やかな通りを進み、あの人の下へと向かう。


 おもむろに吹きつける、砂塵を巻き込んだ一陣の風。

 目を細め、胸元まで伸びた赤毛の髪を押さえてやり過ごす。遮蔽物が少ないため、時折こうした強風が容赦なく街を抜けていく。壁の建造を急がなければならないだろう。


 ――? 何の、話だろう。


 雑踏を歩くことしばし、その建物の前までやってきた。入ろうと扉に手を伸ばしかけたそのとき、


「あっ。ちょうどよいところに。これから迎えにいくところでした」


 立てつけの悪い戸を引いて、中から彼女が姿を覗かせた。

 色白で整った小顔は埃にまみれ、美しい金糸の髪はほつれ乱れている。衣服も、日々の作業によりボロ切れ同然。世界のどこを探しても、こんな召し物を纏った貴人などいないはずだ。

 しかしその笑顔や佇まいには、生まれ持った品格が溢れている。どんな風体となっても損なわれることのない、人を惹きつける魅力というものがこの人物には備わっていた。


「さぁさ、入って入って。晩ごはんにいたしましょう!」


 両手を合わせて小首を傾げるその仕草も、まるで嫌味になっていない。


 ――ああ、夢だ。

 そこで気付く。この人物と自分に、接点などないのだから。

 ……そういえば、いつだったか大好きなあの人が言っていた。夢の中で夢を見ていると気付く現象。はて、何と呼ぶのだったか。


『自分』は当たり前のように部屋へ入っていき、彼女と食卓をともにする。

 作業の進捗状況、子供たちの様子。色々な情報を共有する。長年の親友のように、気兼ねなく。


 気丈に明るく振舞う彼女だが、その目の下には隠しようもないクマができている。

 お疲れではないですか、と問いかけた。


「そう……ですね。けれど、弱音を吐くことなどできません」


 知っている。


 ――知るはずなどないのに、


 この人物がどこまでもまっすぐで、実直で。指導者としてこの上なく相応しい存在なのだと、よく知っている……。


「今しばし、苦労をおかけすることと思います。ですが、必ず……」


 どんな苦境にあろうと、その翠玉の瞳に宿る光が失われることはない。

 こういう人なのだ。彼女はやり遂げるだろう。そして自分も、


 ――誰、だろう。

 この『自分』は、誰なのだろう。

 分からない。自分で自分の顔を見ることはできないから。


「まだまだお手数をおかけすることも多いかと存じますが――」


 彼女の口が、紡いだ。


「これからも頼りにしております。ミア・――補佐官」


 それで、間違いなく夢なのだと理解できた。

 知らない肩書き。何より、名前の後に続いた呼ばれるはずのない苗字……しかもそれは、絶対に自分のものではありえない名前で。

 仮にもしそうなったら、嬉しい。けれど同時に、悲しい。

 そんな呼び名で、これが夢幻なのだとミアは確信した。

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