340. 再訪
地下に向かって通路を駆けている最中、妹が崩れ落ちるようにへたり込んだ。
「はっ、はぁっ……も、もう……」
「立って。しっかり」
手を差し伸べながら、しかし無茶だと自分でも判断する。
妹はつい先月まで足が不自由だった身。体力も、歩行経験も不足している。しかしだからといって、悠長にしている時間はない。
「ひゃ! に、兄さん!?」
「苦情は後で受け付ける」
有無を言わさずその華奢な身体を抱え上げて、再び移動を開始した。
彼女は文句を言うでもなく、ただ顔を伏せて黙り込んだ。胸元の襟を引っ張られる感覚。震える少女の小さな手が、不安そうに服の端を掴んでいた。
「大丈夫だ。……大丈夫だから」
彼女にかけたその言葉は、あるいは自分に言い聞かせるものであったかもしれない。
「……ねえ兄さん。どうして、こんなことになったのかな。ずっと平和に、幸せに……暮らしていければ、それでよかったのに」
「……終わりがやってきた。ただそれだけのことさ」
きっと、本当にただそれだけのこと。遥か昔に始まりがあった以上、いつかは終わりが訪れるというだけの話。
「……でも、僕は諦めてない」
「えっ?」
「一緒に世界を作っていくって約束を。諦めては、いない」
「にい、さん」
そう。誓ったのだ。
何がどうなろうと。
「……さん」
彼女に、寄り添い続けると。
「……さん!」
この血の繋がらない妹を、死ぬまで支え続けると。
「く、さん」
「お客さん!」
うっすら目を開くと、運転手が呼びかけてきていた。
「着きましたよ、お客さん。笹鶴公園でしたよね」
「…………ああ、どうも」
静かな揺れとエンジン音の中、初老の男がこちらを振り返っている。
釣りは不要だと札を渡し、戸惑う彼を適当に言いくるめてタクシーを降りた。
赤い尾を引いたテールランプが角を曲がって塀の陰へ消えていく。冷えて澄み渡った夜の空気。疎らに設置された外灯が照らす、人気のない静かなその場所を見やる。長い遊歩道や植えられた木々に囲まれる、大きな公園。
「さて……」
そろそろ時間になる。彼らは来ているだろうか。
感覚を研ぎ澄まし、集中する。
(……公園内には……四人か。……うち二人は彼らだが……?)
訝った。流護とベルグレッテ以外の二人がただの通行人ではなく、意外な顔ぶれだったからだ。
(……確か……桐畑良造に、蓮城彩花だったか。どちらも、流護くんの関係者か)
妙なのは、彼らがそれぞれまるで別の場所にいることだ。流護とベルグレッテは公園奥で一緒のようだが、良造と彩花は別々に一人で違う位置を移動している。
流護が彼らに対し、どういった対応をしたのかまでは知らない。馬鹿正直に全てを話すはずもないだろう。
ともあれ、突き放した言い方をしてしまえば関係のないことだ。
(当然だが……君たちは招かない)
公園内に踏み入りながら、意識を集中する。
(悪いが……別れの挨拶が必要なら、今のうちに済ませておいてくれ。後悔のないように……ね)
この身になって以降唯一といっていい、『詠唱』を必要とするその準備に取りかかった。
夜の闇の中、ボウと光る電光時計へ目をやる。
「……時間だ」
「ええ」
背中合わせになりつつ片手を繋いだベルグレッテと頷き合い、流護は辺りを見渡す。
時刻はついに、謎の人物が指定した夜九時を迎えた。
闇に包まれ、静まり返った公園の片隅。点在する外灯や、遠くの家々から漏れる明かり以外に光源はない。かすかな風に揺られる木々のさざめき以外に物音はない。
何者かが現れることも、いきなりの奇襲もない。
少なくとも、今のところは。
「……、」
神経を張り詰める。
否が応にも高まる緊張感から、ゴクリと唾を飲み込む。
(どうなる……? 何が起こる……?)
例の人物が、その姿を現すのか。半年前のように、唐突な『転移』をするのか。もちろん、何も起こらない可能性も未だ決してゼロではない。
背中合わせになりながら、繋いでいるベルグレッテの手をぎゅっと握る。応えるように、彼女からも握り返してくる感触があった。
(……そういや……あの城の大穴に落ちた時も、こんな風に手握ってたっけか……)
と、そんなことを考えた瞬間だった。
遠方の外灯に照らされ、こちらへやってくる人影が一つ。
「来たか……!?」
「っ!」
ベルグレッテも隣に並び、その影を見据える。
……が、おかしい。
その人物は、くたびれ果てたような――息も絶え絶えといった様子で、必死に走りながらやってくるように見えた。キョロキョロと周囲を見渡しており、どうにも落ち着きがない。
あれが例のメッセンジャーだとは、とても――
「――――――――――――――――――――」
そして、流護は絶句した。完全に硬直した。
そう。それは、メールを送ってきた謎の人物などでは絶対にありえなかった。
腰まで伸ばした艶やかな黒髪。小さく整った愛らしい顔立ち。流護がよく知っている制服姿。
誰かを捜すように首を巡らせて。倒れ込みそうになりながらもこちらへと向かってくる、その人物。こちらにはまだ気付いていない。けれど、何かに導かれるように、引き寄せられるように、二人のほうへ近づいてくるその少女は。
蓮城彩花。
流護の幼なじみにして、大切な少女。
そして何も告げずに去ると決めた、その相手――。
流護の喉は完全に干上がった。
(どっ…………、)
どうして。何でお前がここに。
ただひたすら混乱のまま、流護はこちらへ近づいてくる彩花を凝視した。そうすることしかできなかった。
場所は照明もまばらな夜の公園。気付かれる。それ以上こちらへやってきたなら、彼女は気付いてしまう。あと数秒ほどで。自分の存在に。
首を巡らせて『誰か』を捜すような彼女の挙動に従い、黒く長い髪がさらりと揺れる。
同時に、流護の心も。
彩花には会わない。知らせない。
自らを律してそう決断しただけで、感情を消せた訳ではない。彼女と対面しなかったから、実際に言葉を交わすことなく一方的に決めたから決心がついただけ。
こんな局面を迎えてしまえば、どうしようもなく揺らぐ。
来るな。/来い。
気付くな。/気付いてくれ。
(――俺は……っ、お前を――)
振り切らなきゃいけないんだ。/振り切りたくなんてない。
「…………ア……ヤ、……カ?」
激しい葛藤と動揺から流護を引き戻したのは、すぐ横から聞こえてきたその声だった。
「――――」
少年は弾かれたように隣へ顔を向ける。
ベル子、今……何て言った?
そんな疑問とともに。
ベルグレッテは目を見開き、こちらへ向かってくる制服姿の少女を――蓮城彩花を見つめていた。
それはいい。この場面で近づいてくる人間がいれば、否が応にも目を向けるだろう。しかし。
ゾッ、と流護の背筋が震え上がった。
瞬間的に、すぐ近くまで彩花がやってきていることすら忘れた。
問題は、ベルグレッテの瞳の色。
その色彩が、闇夜よりも深い漆黒に染まっていたから。
夜の笹鶴公園に、人の気配というものはなかった。
「ぜっ、はっ、……!」
もう息が限界だ。膝もガクガクと笑っている。
半ば咳き込みそうになりながら、蓮城彩花は首を巡らせる。すでに、そんな何気ない動作ですら億劫だった。
そういえば、あの遊歩道に座り込んでいた人物は何だったのだろう。トレーナー姿だったことを考えれば、ジョギングの途中で休憩でもしていたのか。
「は……、はっ、げほっ、」
ペース配分も何も考えず全力疾走でここまでやってきたことが祟ったか、ほとんど倒れ込みそうになりながら、それでも彩花は公園の奥へと足を進める。
広場や遊具のある区画も改めながら、一歩一歩踏み入っていく。
そうして、公共トイレ近くの狭い道へやってきた。
「…………あ」
期せず、喉から吐息が漏れ出ていた。
十五メートルほどの距離。そこに佇む、その姿を目の当たりにして。
短めの黒髪。女性寄りで大人しめの顔つき。季節柄ゆえ厚めに服を着込んでいるが、彩花は知っている。その下に、鍛え抜かれた身体が隠されていると。
半年振りに見るその顔は、やや精悍さを増したように思われた。
「流、護……っ」
いた。ついに見つけた。
が、彼はこちらを見ていない。すぐ隣に立つ人物へと顔を向けている。
(……誰……?)
それは、信じられないほど美しい女性だった。長い髪、日本人離れしたモデルのような体型、小さな顔。服装自体は同世代が着るようなカジュアルなもので、また妙に大量の荷物を抱えているが、それで彼女の美しさが損なわれる訳でもない。
まるで、理想像。
とても流護と知り合う縁があるような人物に思えなかったが、
「……っ!?」
異様だったのは、その少女の瞳。
黒。
距離があっても、なぜかはっきりと認識できる。
雑にベタ塗りしたような単色。
その二つの闇が、こちらを見つめている。完全なる無表情のまま。
――ル、ナ
「ッ!」
反射的に嫌な予感を覚えた彩花は、女のすぐ隣にいる流護へと目を向ける。
幼なじみの少年は未だ、こちらに気付いていない。
ただ、猛烈に嫌な予感がした。直感的に思った。
この女から、流護を引き離さなければ――と。
そうしなければ、何かとんでもないことに……取り返しのつかないことになると。
――ク、ルナ
心臓が跳ね上がる。何か聞こえた。その闇のような瞳をした女は微動だにしていない。口すらも動かしてはいないのに、確かに声のような何かが聞こえた。
「り……」
――来ルナ。帰レ。
思わず上げかけた声を止める。
それは明らかな拒絶の言葉。微動だにしない女から発せられる、低く呻くような……それでいてなぜか聞き覚えのあるような声。
それは本能か。心のどこかで、彩花は他人事のように思った。まるで最終通告みたいだと。
(って、なによそれ……! 馬鹿みたい……!)
そんな自分の考えを笑い飛ばし、
「流護っ!」
意を決した彩花がそう叫んだのと、
――ナラ、
ココデ死ネ。
『元凶』メ。
女から闇が溢れ出したのは、全くの同時だった。
「……!?」
夜の暗さではない。影でもない。
光すら飲み込む『何か』が、女の足元から霧みたいにぶわりと広がる。
ありえない現象を目の当たりにし、思わずゾッと総毛立った。
「流護! 流護っ! ……!?」
必死に叫んだ――はずだった。が、声が出ていない。
もちろん、流護はこちらに気付いていない。
「が、ごほっ――!」
そして、何かが喉にまとわりつく感覚。周囲に黒い何かが立ち込めている。
「りゅう、」
地面も、背後の公共トイレも、植え込みの木々も、街灯も、その光も、全てが漆黒に呑まれていく。
視野が狭窄する。耳が遠のく。身体の感覚が、不確かになっていく……。
「流、……護っ……!」
自分が伸ばした手も、流護の姿も。そして発した声すらも、塗り潰されていく。
最後の最後まで、流護が彩花のほうを向くことは――彼が気付くことは、なかった。
ベルグレッテとは思えなかった。
いつもの、宝石のように美しい薄氷色ではない。慈愛の宿った優しげな感情も感じられない。
ただ無機的な視線。墨を落としたような単色の黒。
「ベ、ベル子――?」
恐る恐る呼びかけると同時、異変が起きた。
糸が切れたように、ふっとベルグレッテの身体がその場にくずおれる。
「! ベル子っ、ど、どうした!?」
咄嗟に彼女の細身を支えながら、自分たちのほうへ近づいてくる彩花へと視線を向けた――、はずだった。
「……、…………な……っ!?」
そこに、彩花の姿はなかった。
それどころか、外灯や野外時計といった公園の景色もなくなっていた。すぐ裏手にあったはずの、コンクリートの壁も消えていた。
あるのは――ひたすらに鬱蒼と茂る、森の風景。そして、木々の合間に万遍なく漂う青みがかった霧。
「…………あ、」
息をのみ、その澄んだ空気の味で流護は確信する。
戻ってきた。
グリムクロウズに。
しかもここは、原初の溟渤だ。
「…………、また、か……」
倒れたベルグレッテに気を取られていたこともあるのだろうが――また、転移の瞬間を自覚することはできなかった。
そして、
(彩花……)
なぜ彼女が、あの場所へやってきたのか。あんなに必死の表情で、息も絶え絶えになりながら。
その理由ももはや、知ることはできない。彼女に見つかる前に、こうして転移してしまったから。
(……、ったく。よかったんだよ、これで……)
ホッとしたような、残念なような……複雑な思いが胸の中に充満した。
もう、ない。
これでもう、彼女に会うことは……二度となくなったのだ。
「……う」
そこで、抱きかかえていたベルグレッテが目を開ける。
「お、気がついたか……ベル子」
「わ、たし……?」
うっすらと開かれた瞳の色は、いつもの美しい薄氷色。あの薄ら寒くなるような黒色ではない。安堵しながら、優しく呼びかける。
「……いきなり倒れたんだよ。大丈夫か?」
「ん……、大丈夫……。あ……れ、ここは……」
「……ああ。戻ってきたみたいだぜ。グリムクロウズに」
周囲は不気味さすら感じられる暗き森。その中に佇む自分たちは、現代日本の服装。肩や背中には括りつけられた大荷物。
「戻って、こられた……?」
ベルグレッテが自らの身体を確認しつつ、ゆっくり立ち上がる。
と同時、目をつぶって両手を広げ――
「……はっ!」
鋭く右腕を振る。その所作に応え、白銀の水流が中空に姿を現した。わずかに滴る雫ではない。力強い、渦巻く多量の流水が。
「おお! ちゃんと出たな……!」
神詠術がきちんと発動した。もう、疑うべくもない。再びやってきたのだ。グリムクロウズへ。
「ひゃっ!?」
しかしそこで、水流を纏わせたベルグレッテの悲鳴が響く。
見れば、彼女の着ているカジュアルな服がびしょ濡れになってしまっていた。
「な、どうした? 術の制御が上手くできなかったのか?」
「い、いえ、違うの。私も失念してたんだけど……ユズさんからもらったこの服には、護符がついてないから……」
「あ、そっか。そりゃそうだ。そうなるよな」
グリムクロウズの人々は自分の衣服などを自分の術の被害から守るため、護符と呼ばれるお守りのようなものを縫いつけている。柚から贈られた現代日本の衣服には、もちろんそんなものはつけられていない。喚び出した水に触れれば、濡れてしまうのは当たり前だった。
「……戻って……きた、のね」
術を虚空へと帰し、自らの手のひらに視線を落としたベルグレッテが、感慨深げに呟いた。 その顔には、心からの安堵が浮かんでいる。
ようやく帰ってくることができたのはもちろん、神詠術がきちんと発動したことも要因の一つに違いない。
現代日本で術が発現しなかったという事実。神詠術が使えなくなった――つまり神に見捨てられてしまったのでは、という懸念が、彼女の中では常に渦巻いていたのだろうから。
……などと流護が考えていたところで、
「くしゅっ」
ベルグレッテが可愛いらしいくしゃみをする。
十二月を迎えたあの現代日本ほどではないものの、この森も寒い。間違っても水を被っていい季節ではないのだ。
「おう、とりあえず着替えたほうがいいな」
「そ、そうね」
仕切り代わりに大きな木を挟んで、二人はそれぞれグリムクロウズ標準の衣服に着替える。
「……」
着心地のいい現代日本の服から、異世界での旅に適した丈夫な装いへ。腕に巻く邪竜の手甲、そのの感触も懐かしく思える。
「よーっし。そっちはどうだ? 着替え終わったか?」
「ええ」
約十日ぶりに異世界の旅装姿となった二人は、並んで辺りの景色を見渡した。鬱屈とした静かな森。乱立する木立の合間を縫うように、青い霧が漂っている。
「しっかし……前触れもなく、ぬるっと戻ってきたな……」
「リューゴは、私たちがここへ移動する瞬間を見たの?」
「いや、それが全然分からんかった」
いきなり現れた彩花や、倒れたベルグレッテに気を取られたことも確かだが、移動を自覚するような『気付き』は何もなかった。最初にグリムクロウズへ迷い込んだあの夜と同じように。
「結局……例のメールを送ってきた奴も、分からずじまいだな……」
あわよくばこの異世界転移現象について詳しいことが分かるかもしれないと思っていたのだが、残念ながら実りはない。
「つかベル子、身体の方はまじで大丈夫なのか?」
「ええ。自分でも、どうして倒れたのか分からないぐらい……」
「ならいいんだけどさ……」
そうして落ち着いてきたところで、流護は疑問を切り出すことにした。
「なあ、ベル子。訊きたいことがあるんだけど」
「うん?」
「ベル子……さっきの、倒れる直前のこと覚えてるか?」
「ん……リューゴと一緒に、時間になったのを確認して……、……ごめんなさい。そこから先が……」
意識を失う前後の記憶が定まらないことはままある。珍しいことではない。
となればつまり、
(彩花が来ようとしてたことも、あいつの名前を呟いた……かもしれないことも、覚えてないってことか)
ベルグレッテは彩花の顔を知らない。
となれば、ただそう聞こえただけなのかもしれない。かすかな吐息みたいな呟きだったのだ。
いずれにしても記憶が曖昧になっている以上、少女騎士自身ですら正確に何と言ったのかは分からないことになる。
そうなると残る疑問は、
(あの、黒い目……)
倒れる直前、やってくる彩花のほうを見つめていたベルグレッテの瞳。絵の具でベタ塗りしたような、圧倒的な闇の色。
一転して今は、いつもと同じ美しい薄氷色。あの気配は微塵もない。
「な、なあに? リューゴ」
ついじっと瞳を見つめてしまったためか、彼女が恥ずかしそうに目を逸らす。
「あ、ああいや。何でもない」
これも当人に尋ねてみたいところだったが、それは憚られた。
何分、暗い夜の公園でのこと。加えて、状況が状況だったのだ。流護としても激しく動揺していたし、聞き間違えに次ぐ見間違え、錯覚などの可能性は大いにあり得る。
それに倒れたばかりのベルグレッテを、妙な質問責めなどにしたくはなかった。
第一、瞳の色が変化するなどということがあるのだろうか。例えば瞳孔が開いたか何かしたのを見間違っただけかもしれない。
「でも私、どうしてまた倒れたのかしら……」
少女騎士が自らの手のひらに視線を落としたそのとき、近くの草葉からガサリと音が鳴った。
「!」
二人揃って、咄嗟に身構える。
薮から顔を覗かせたのは、小さな狐に似た生物だった。じっとこちらを見つめたかと思いきや、素早く森の奥へと跳ねていく。
「怨魔……じゃないな。ただの動物か」
「そう、みたいね」
とはいえ、気を引き締める必要がある。ここはもう、携帯を見ながらでも歩けるような日本の公園ではない。いつ人外の怪物が襲いかかってくるとも知れない、危険な異世界の森なのだから。
「さて……どの辺りなんだろうな、ここは」
独特の青い霧が漂っているところから考えて、原初の溟渤であることは間違いないはずだ。
が、その中のどこなのか。
調査団一行が滞在しているだろうあの廃城から、どの程度の距離があるのか。
もし遠く離れた場所に飛ばされていたりするのなら、下手をすれば遭難して野垂れ死んでしまうこともありうる。せっかくまた戻ってきたのだから、そんな結末だけは避けたいところだが……。
「とりあえず移動しようぜ」
「う、うん……、あっ、その前に傷を見せて、リューゴ。今度こそ治療できるしね」
「お、おう」
考えるべきことはいくつもある。
第二次白鷹隊の皆はどうしているのか。あの廃城で、固体化した魂心力の発掘に励んでいるのか。時間的に考えて、すでに撤収してしまっているということはないはず。
例のメールを送ってきた人物は、結局何者だったのか。どんな手段で、この異世界転移を可能としているのか。
なぜあの場所に、彩花がやってきたのか。
そもそもの発端として、なぜ廃城の大穴から現代日本へ飛んだのか。
そうして行き着いた現代日本で二度倒れたベルグレッテの体調も気がかりだ。
「……、」
訳が分からないことばかり。
今はとにかく皆と合流し、自分たちの無事を知らせることが先決だ。
ロック博士にも、今回のこの異常な出来事を報告したい。
応急処置を終えた後、二人は注意深く青い森の中を歩き始めた。




