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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
9. 英雄譚の裏側で
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319. 過去の闇

「昨日に続いて悪いけど、また留守番頼むな」

「ええ」


 フードを目深に被りながら、流護は玄関口に立つベルグレッテを振り返る。その少女騎士は今、またジャージ姿となっていた。どうやら、着心地をいたく気に入ったらしい。確かに、グリムクロウズではありえないやわらかな服ではあるのだが。


「すぐ戻るつもりだけど……大丈夫か?」

「ん。お洗濯に挑戦して待ってる」


 不安げだった先日とは違い、少女は鼻息荒く気力も充実している。

 どうしようもない現状を悲観していても始まらない。新しいことをやってみよう、という気概が湧いてきたようだった。

 昨日の柚との一時が、いい気分転換になったのかもしれない。かくいう流護自身、戻ってきて以降何となく感じていた閉塞感や鬱屈した気持ちが薄らいでいた。迂闊にも気付かれてしまうという切っ掛けではあったものの、結果として柚に会えてよかったと思えている。話すだけでも楽になった、というのは確かだった。


「んじゃ、ちょっと行ってくる」

「いってらっしゃい……!」


 ジャージを着た異世界のお嬢様に見送られながら、流護は裏口からこっそりと自宅を後にした。


(……さて。今日のミッションは、と)


 周囲に気を配りながら、繁華街を目指す。

 当面の買い溜めは昨日済ませたので問題ないのだが、それによって生活費が底をついてしまった。さすがに手元に一銭もない、というのは心許ない。

 田舎の悲しさか、昨日訪れたスーパー浦善にはATMが設置されていないため、現金を引き出すことができなかった。そんな訳で今日は、繁華街へ出向いて貯金を下ろしてくることにしたのである。


(銀行となると、ちょっと不安なんだけどな……)


 そこは割り切るしかない。昨日の昼間と夕方に出歩いてみたことで、誰かに気付かれる可能性は低いと判断した。


(宮原先輩に見つかったのは、ベル子に思いっきり『有海』って書いたジャージ着せてたせいだし……)


 銀行も窓口を利用する訳ではなく、無人のキャッシャーを使うだけだ。監視カメラに映るのは避けられないが、何か目立つ行動を起こそうとしている訳ではない。すぐに流護の存在が発覚することはないはず。


(それに、どうせ……)


 じき、父親が戻ってくる。

 その結果、行方不明の男子高校生が帰ってきたというニュースは、否が応でもこの田舎町を駆け巡ることになるだろう。

 今ばれるか、後でばれるかというだけの話。

 半ば吹っ切れたような気持ちを感じながら、流護は秋晴れの陽気が心地いい住宅地を進んだ。






「ふう……」


 銀行を出た少年は、自分でも大げさかなと思いながら安堵の息をついた。

 無事、預金の引き落としは終わった。これで当面の心配はない。

 緊張が解けたことで、思考にも余裕が生まれてくる。

 さて、まっすぐ帰るか。それともコンビニにでも寄って、ベルグレッテに菓子でも買って帰ってみるか――

 などと考えつつ、大通りから一本外れた小道に入った直後だった。


「そこの君、ちょっといいかな?」


 一瞬、ギクリと迷った。

 背後から聞こえてきた声。

 自分のことか。違うのか。無視するべきか。

 硬直した間に、続く。


「君だよ君、フード被ってる少年ー」


 ……確定だ。

 他の誰かではない。間違いなく、有海流護が呼び止められている。

 フードで顔を隠しているとはいえ、背格好や歩き方でおおよその年齢など推察できる。そもそもこの路地には、他に誰もいない。

 さて補導員か、警察官か――。

 にわかに緊張しながら振り返った流護は、


「ん~? この兄ちゃん、声掛けたらビビッてる風だったのに、俺ら見てなんかホッとしたよーなツラしてね?」

「俺らが優しそーに見えたとか? ギャハハハ」


 何とも無個性。だぶついた服装の、いかにもガラの悪い少年が二人。年齢は流護と大差ないだろう。一つか二つは上、といったところか。


「……、はぁー……何か用すか?」


『心の底から安心した』流護は、小馬鹿にしたような口調で応じる。

 カチンときたらしい片方が歩み寄ろうとしたのを制したもう一人が、気持ち悪いぐらいに満面の笑みを浮かべた。


「いやー実はさ、ウチの親がヘンな宗教にハマっちゃってさ~、金がいるんだよね~。ちょーっとでいいから、恵んでくんないかな~」

「へえ。そらご愁傷様、知ったこっちゃねーな。バカ親子揃って一緒にゲダツでもしてろや」


 意気揚々とした流護の即答。

 凍ったような沈黙が場を支配した。


「は? なんつったの? フード君さ、今」

「お前みてーなクソに恵んでやる金はねぇ、と言いました。耳にビチグソでも詰まってんのか? 一回でヒィェアリンンッグしろや」


 有海流護は、『その過程』を省略する。

 こういった恐喝という行為が行き着くところは、最終的に強奪である。抵抗しようが、押し問答をしようが、結局はそこに至るのだ。結末が分かりきっているのだから、流護は無駄な工程を全て省く。

 さっさと金を奪いにかかってこい、やろうとしてることをとっととやれ、と促すのだ。そんな流護の挑発に対し、


「……チッ」


 宗教がどうの、などとのたまっていた一人は周囲を窺いながら舌を打ち、


「……」


 もう一人は無言で指をパキリと鳴らした。


(……お、常習か)


 その態度で、流護はこの二人が場慣れしていることを見抜く。無為に激昂しない。頭にきて大声で喚き散らしたなら、こんな場所では目立って人が集まってしまう。

 思い返せば、声をかけてきたタイミングも絶妙だった。この二人は、銀行から出て来る人間をチェックしていたのだ。そして毟り取れそうな人間に目星をつけ、目標ターゲットが人気のない場所に移動したところで実行に移す。


「フード君さぁー」


『宗教野郎』が声を潜めた。


「殺すよ」


 シンプルでこなれた恫喝。暴力に免疫がない人間ならば、思わず竦んでしまうだろう。しかし。


「殺ってみろよ、ぬるま湯野郎」


 有海流護にとって、これほど通用しない言葉もない。

 脅し文句などではなく、実際の手段として『それ』を行おうとする敵と幾度も渡り合ってきた少年にとって、法治国家の住人が発するこのセリフほど滑稽なものは他になかった。


「あっそ。じゃ、死ね」


 無表情の『宗教野郎』が、大きく拳を振りかぶる。

 その様子を他人事のように見つめながら、


(……はっ。そういや、そうだったよ)


 有海流護は、否が応にもただ自覚した。考えないようにしていた事実、そのひとつを。

 違う。

 俺は。

『竜滅』の勇者でも、天轟闘宴の優勝者でも、『拳撃ラッケルス』の遊撃兵でもない。


 俺は、ただの――






 弾んだ呼吸に合わせて小刻みに揺れる、繁華街の一角。何の気なく流し見ていたその風景に異常を感じ、走る速度を緩めた。

 汗を拭いながら目を凝らせば、狭い路地へ続く入り口の部分に、わずかな人だかりができている。

 それどころか――


(……警察)


 野次馬根性といったものはてんで持ち合わせていない性分だったが、その中に見知った顔を見つけたため、ジョギングを中断して歩み寄った。こちらの接近に気付いたスーツ姿で猫背の壮年男性が、片手を上げながら気さくに声をかけてくる。


「おっ、リョーちゃんじゃないの。驚いたなぁ、こんな遠くまで走りに来てんだ? ……じゃなくて、今日は平日よ? 学校はどうした、学校はーっ」


 一応は刑事という立場ゆえか、思い出したようにそんなセリフを付け加えてきた。


「お疲れ様です、青柳さん。うちは今日、創立記念日ですので」

「ああ……そいや、南高ナンコーは今日だったね。そんな日にまで欠かさず走ってるあたり、相変わらず練習の虫だねー。たまには息抜きでもしたら? 他の趣味とかさぁ」

「自分の趣味と云えるものは、これだけですので」

「ったく、真面目なんだから」


 意味ありげにニヤリとした青柳刑事は、頭を掻きながら路地へ視線を戻した。その見つめる先では、制服の警察官と通行人らしき数名が何やら話し込んでいる。


「事件ですか」

「いんや、そんな大それたもんじゃない。どうも、ケンカみたいでね」

「……成程」


 くだらない、と嘆息した内面が顔に表れてしまったか、反応を試すように青柳刑事が補足する。


「これがね、下手人は多分『やってる』よ? それも、かなりね」


 言いながら、拳を掲げてファイティングポーズを取った。格闘技をやっている、ということだ。


「転がされたのは二人。いかにも、って感じの悪ガキだね。で、目撃者や物音を聞いたって人はナシ。つまり、ごく短時間で片付けてる。打たれてるのはいずれも、正中線上の急所ばっかり。エゲツないね~。それに極めつけは――」


 ペラペラと内情を喋ってしまう壮年刑事だが、いつものことなので何も言わず耳を傾け続ける。


「指、喉、そして目」


 大げさな身振りで、己のそれぞれの部分を指し示す。


「口封じ……ですか」


 指を折れば字が書けなくなり、喉を突けば喋れなくなり、目を打てば言わずもがな、である。その制裁を受ければ、少なくともしばらくは自己の意思を表現することもできない肉の塊となる。


「当分は証言も取れないかな。まっ、それはいいんだけど……こなれてるんだよなぁ~」


 法の番人としてはいささか不謹慎な、称賛の入り交じった口調だった。


「仮にやったのが一人だとしたら、こりゃかなりの腕っ節だよ。気にならない? 犯人はそこまでして自分の存在を秘匿したいのかな、っと。実は、それなりに名のある武道経験者だったり? ……あれ、もしかしてリョーちゃんが犯人? ほら、ホシは現場に舞い戻るっていうし」

「いえ」

「そこは面白くボケてほしいなぁ~、『バレましたか』とかさっ。……と思ったけど、キミがそんなこと言い出したら雪が降りそうだね……」


 一人で自己完結した青柳刑事は、


「そういえば、ちょっと前……かれこれ半年ぐらい前だったかなぁ」


 記憶をほじくり返すようにこめかみへ人差し指を当て、独り言めいた口調で零す。


「同じよーな手口でやられたガキが何人かいたんだよね。あれもほんとその時だけで、それ以降はパッタリとなくなったんだけど。それになんか、上の方からその件はもういい、とか言われちゃって。あれ、裏でなんかあったのかなぁ。いやー怖いね~、社会の闇だね~」

「…………」


 半年前。それは――


「青柳さん」


 ある出来事を思い返そうとしたところで、制服姿の警官がこちらへやってくる。


「おっと、お仕事しなきゃなぁ。それじゃリョーちゃん、またね」

「……はい。失礼します」


 乾き始めた汗を拭い、中断していた走り込みを再開した。






 ランニングで遠ざかっていくトレーナー姿の少年の背中を眺め、警官が思わずといった風に呟いた。


「……いい身体してますね、彼」


 とても少年と思えない仕上がったからだは、さながら重厚な鎧を連想させる。ウェア越しでも、がっちりとした体格が見て取れた。ざっくり無造作に刈り上げた短髪と、削り出した岩を思わせる無骨な顔立ち。

 おそらく誰が見ても、只者ではないと感じることができるだろう。その証拠に、進路上の通行人は彼の存在に気がつくと自分から道を空けている。


「青柳さんのお知り合いですか?」

「ああほら、例の南崎さんとこの秘蔵っ子だよ」

「! じゃあ、彼が……」

「そっ」


 その界隈では、ちょっとした噂になりつつある麒麟児。


「聞いてますよ。初出場ながら、圧倒的な強さで全国行ったんでしたよね。でも、二回戦でいきなり反則打出して負けちゃったっていう。しかしどうしてまた、反則なんて」

「なんだかね、ボーっとしてたみたいよ? カレにしちゃ珍しいけど……考え事でもしてたら咄嗟に出ちゃったんじゃない?」

「ははっ。試合中に、ですか?」

「うん。他に気になることでもあったのかもね~。無意識に反則打、ってあたりがおっかないよね。ともかく、カレは――」


 公な実績こそ残していないものの、高校一年生にして南崎館長に次ぐ実力。この夏には、道場破りにやってきたプロレスラーを返り討ちにしている。

 真偽のほどは不明だがそんな逸話を持つ、新進気鋭の若き――


「ん~、若き……何だろな。スポーツマンとか空手家……いや、格闘家ですらない。そうだね~、敢えて言うなら……『戦士』かな」


 青柳は、ただ正直に思ったことを口にする。


「南崎会館は二段、桐畑良造きりばたりょうぞう。イカツイけど、あれで高校一年生。『何でもあり』なら多分、日本の高校生の中で一番強いんじゃないかなぁ」

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