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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
8. プログレッシヴ・イーラ
306/669

306. 沈む疑惑

「ロック博士とテッドが倒れた? 大丈夫なのかしら?」


 入り組んだ山道の中途にて。

 三号車との合流を果たしたオルエッタは、兵士の状況報告を聞くなりむむっと眉根を寄せていた。


「はい。博士については、森の魂心力プラルナに当てられたか、慣れない任務に疲れが出たか……いずれにせよ、大事には至らないとのことですが。テッド殿は、そもそも怨魔との闘いで傷を負っていたので……」

「んんー……詳しい状況が知りたいわね~」

「自分も、聞いた話なので……」

「発見者は?」

「博士は、オズーロイが。廃墟の一室で倒れていたそうで。テッド殿は時期を同じくして、廃墟の脇の壁で座り込んでいたところを他の兵が」

「ふうむ。ちょっと話を聞いてみようかしら」


 テッドは無理が祟った可能性も高い。

 ロック博士も個人的に倒れたのなら、それでよい(よくはないが)。懸念すべきは、倒れた原因が他にあった場合だ。

 例えば、巧妙な怨魔の奇襲。あるいは、何らかの植物などへ触れたことによる毒の被害。

 それが兵団全体に伝播し得る危険性のあるものなのか否か、知っておく必要があるだろう。

 この場所は、未だかつて踏破した者のいない禁足地。臆病なほど慎重になって損はない。


 早速とばかり、まずオルエッタは停めた三号車の脇で周囲を警戒しているオズーロイに話しかけた。


「ゴーダリック正規兵。ちょっといいかしら?」

「はっ。何でしょうか、オルエッタ殿」

「あらやだ……オルエッタ殿、だなんて……。いつもみたいに『おまえ』、って呼んでっ」

「は……!?」

「ほらほら、照れなくてもいいわよ」

「な、何を……!?」


 狼狽する若兵の顔を見て、オルエッタはいたずらっぽく含み笑う。


「ああいや、ごめんなさいね~。驚いた時って、その人の素が出るでしょう? だから、意外と便利なのよ~」

「便利、とは……?」



「相手が本物かどうかを見定めるのに」



 刹那の沈黙。

 オズーロイが、やや引きつった笑みを見せる。


「オルエッタ殿は……よもや、私が……偽者である、と……?」

「あっ、気分を害したならごめんなさいね。そういう訳じゃないんだけど、ただ……」

「……ただ?」

「ゴーダリック正規兵は、私のこと『ブラッディフィアー副隊長』って呼んでた気がしたから、つい」


 またも沈黙が舞い降りた。


「……それは……、気安く呼んでしまい、申し訳ございません」

「ううん、いいのいいの。こちらこそ細かいことでごめんなさいね。ほら、うちの『ペンタ』に、幻覚を見せたがる性わ……風変わりな女性がいるでしょう? だから、ついつい過敏になっちゃって……。あっ、私のことは好きなように呼んでね。何なら、本当に『おまえ』でも……うふふふ」

「いえ……誠に申し訳ございませんでした、ブラッディフィアー副隊長殿」

「あらあら、距離を置かれちゃったかしらー」


 ひとしきり笑い合い、本題に入る。


「ロック博士の様子はどう?」

「未だ眠り続けておられますが、健康状態に問題はないかと。じき、目覚められるでしょう」

「廃墟の探索中に倒れた、という話だったわよね」


 そう言って、オルエッタは三号車一行が歩んできた道の向こうへ視線を飛ばす。ここからでは、その廃墟とやらは影も形も確認できない。


「普段あまり外出されない方ですので、慣れない任務が祟ったのでは、と愚考しますが……」

「ふうむ……廃墟には、どの程度の時間滞在していたのかしら?」

「三十分程です。奥地でロックウェーブ博士とテッド殿が倒れているのを見つけた直後、急ぎ離れました」

「離れる判断を下したのは?」

「私が進言し、アデオー殿が決定いたしました」

「なるほど。英断、感謝するわ」


 さらに詳しく話を聞けば、兵士二人が廃墟を発見し、研究員たちの要望で調査を決定したこと。オズーロイは始めから廃墟の探索に乗り気でなかったことが聞き出せた。


「ふむふむ。あとは、ロック博士が目を覚ましてから話を聞くとしましょうか」

「ええ。それがよろしいかと」






「テッド、大丈夫?」


 次にオルエッタは、馬車内で横たわっているテッドに話を聞いていた。


「……副隊長。不甲斐ないところをお見せしてしまい、申し訳ありません……」

「とんでもない、とんでもない。聞いたわよー、一人で怨魔を二匹ともやっつけたそうじゃない。やるわね~」

「それは……結果としてそうなった、と言いますか……、つっ」

「ああ、横になったままでいいから。それで――」


 早速とばかり話を聞いていくオルエッタだったが、


「え? 覚えてない?」

「申し訳ございません。……その……廃墟へ、赴いたところまでは覚えているのですが……そこから先が、まるで……頭の中に靄が掛かったように、ぼんやりとしていて」

「……むー、ケガが祟ったのかもしれないわね。まあ、仕方ないわ。ゆっくり休んで」

「申し訳ありません。……あ、と、ところで……リサの奴は、どうしていますか」

「あ、あー。うん。無事よ」

「ほ、本当ですか? 今、動揺されませんでしたか」

「いえいえ、ほんと。ほんと無事なの」


 一度はズゥウィーラ・シャモアに飲み込まれてしまったなどと言えば、過保護なこの兄はまた眠ってしまうのではなかろうか。白目を剥いて。

 自分のケガも省みず凄まじい勢いで妹について尋ねてくる兄を何とか躱しつつ、オルエッタは逃げるように馬車から降りるのだった。


 ちなみに念のため、暇そうにしているダーミーにも話を聞いてみたが、


「ええとダーミーさん。何か、気付いたことは……?」

「……特に……ありませんね~」

「……そ、そうですか」


 微妙な空気が漂うだけだった。






(うーん……)


 三号車の先頭を歩きながら、オルエッタはほんのわずかに小首を傾げる。

 記憶が飛んだというテッドのことも気がかりだが、何より――

 オズーロイ・ゴーダリック。

 剣腕随一と噂される、期待の若手。いついかなる事態にも対応できるよう、深酒をしない勤勉さも評判である。

 そしてもう一つ、


(何だか……らしく、ないのよね~)


 廃墟などの探索については、どちらかといえば率先してやりたがる性格だった。しかし今回、彼は発見した遺構を避けたがっていたという。

 禁断の地に佇む謎の遺跡ともなれば、何が待ち受けているか分からない。であれば、それほどに慎重となっても不思議はないのかもしれないが――

 話し始めて早々に覚えた違和感。自分に対する呼び方の違いも気にかかる。もっとも別段親しい間柄でもなし、怪しいと断ずるには少々強引か。


(あんまり、小うるさい姑みたいな考え方はしたくないわよね。彼が普段、心の中では私を名前で呼んでるのかもしれないし~。やだもー、困っちゃうわ~。…………うん、自分で言ってて虚しくなってくるわね……)


 研究班の見地からはこれといった発見もなかったそうなので、今さら引き返すのも得策ではないところだ。アマンダらとの合流も遅れてしまう。


(そうねぇ。ロック博士は、廃墟で禁断の何かを発見してしまった。そこで背後から近付くゴーダリック正規兵……の姿に紛した何者か! そこに駆けつけたテッドが、なんとあっさりと倒されてしまう! ……うーん、ないか)


 仮に変装したところで、あそこまで外見に無理なく成り代わることなどできはしない。言い回しに多少の違和感があったとはいえ、声は全く同じなのだ。

 一方オズーロイ本人だったとして、いかに若手の中で手練とはいえ、『銀黎部隊シルヴァリオス』のテッドに敵うべくもない。

 そもそも博士やテッドの記憶を意図的に消去することなど無理だろう(少なくともオルエッタはそのような神詠術オラクルの存在を聞いたこともない)し、もし二人が何かを発見して襲われたなら、記憶より命を消したほうが手っ取り早い。ここは危険な禁足地なのだ。人が死んだところで何も不自然なことはない。


(姫様の好きなミステリ書じゃあるまいしね~。ゴータリック正規兵が怪しいにしても、色々と辻褄が合わない部分が多すぎるわよ)


 と、肩を竦める白の麗人だった。


(……少なくとも今の時点では、ね)


 その鋭い視線は、変わらぬまま。






(危なかったな。まさか……こうも容易く怪しまれるとは思わなかった。……いや、ここからは警戒され通しになるだろうな。女の勘か? 怖い怖い)


 馬車を先導する白き女騎士の後ろ姿を見やりながら、『オズーロイ』はそう思案する。

 会話を始めたその直後、彼女に対する呼び方ひとつで、疑念を抱かれてしまった。


(一朝一夕で他人に成りすませるものじゃない。偽装に無理があるのは承知の上だったけど……。オルエッタ・ブラッディフィアー……さすがは、読まれた八人の勇士……そのうちの一人、といったところかな)


 これはむしろ、頼もしいとすら言い換えることができるだろう。

 と思ったが、テッドにすら見破られそうになったあたり、実は自分の変装が大根なのかもしれない。


 ここで何より賞賛すべきは、離れ離れとなった三号車にあっさりと合流してきたオルエッタの手際だろう。森に残された戦闘の痕跡、馬車の轍……果ては、ズゥウィーラ・シャモアという怪物に遭遇した人間の内側に生まれる心理。あの怪物から逃れるため、この森の中でどういったルートをたどるのか。そういった要素を分析し、移動先を割り出して追いついてきたのだ。

 数年前、森に潜む『ナイト・ネスト』を単独で捕捉したという手腕は伊達ではない。

 その戦闘力と探査能力。アルディア王はこの遠征のために、彼女を育て上げたのかもしれない。


(頼れる子だ。さて……)


 傍らの、ゆっくり進み行く三号車を仰ぐ。

 やはり同行して正解だった。

 岩波輝は、あっさりと『あれ』を発見してしまった。そして、解読されかけてしまった。


(彼もまた、八人のうちの一人。この探求心や頭脳は必要不可欠なものだ)


 ともあれ、これで自分の役目は終わった。

 メモリーボードは全て割り、地下室の入り口は瓦礫で封鎖した。もう、あれらが誰かに見つかることはない。

 正直な話、最初からそうしておくべきだったのだろう。


(……できれば、そのままにしておきたかったんだけど)


 ともあれここから先、怪しまれるような行動を取ることもない。


「ふー……」


 知らず溜息をつけば、隣を歩く兵が「疲れたのか? お前にしちゃ珍しいな」と声をかけてくる。『オズーロイ』は軽々しく溜息をつく人物ではない、ということか。

 成りすましも楽じゃないな、と『男』は心中で溜息をつき直すのだった。






 夜の帳が降り始めて、より一層濃さを増す黒の森。そんな闇の中、各所で揺らめく焚き火の炎が、それぞれの顔をぼんやりと赤く照らし出している。

 複数のズゥウィーラ・シャモアによる襲撃という未曾有の事態を辛うじて乗り切った一行は、無事の合流を果たし、二度目となる野営の準備に取りかかっていた。


 今回の戦闘での死者は、計六名。相手と数を考えれば奇跡的とさえいえる被害の少なさとのことだが、この二日間で九人が散ったことになる。森に突入した実働班は六十人。二日目にして、およそ六分の一の命が消えてしまった。

 流護も交代で幾度か馬車に乗ったが、当初より明らかに空いた座席に、言葉にしがたい喪失感を覚えたものだ。

銀黎部隊シルヴァリオス』のテッドやリサーリットも傷を負い、少なくとも数日の間は戦闘に参加できない状態となっている。


「博士、もう大丈夫なんすか?」

「うん、心配かけたね……」


 流護の問いに、座り込んだロック博士は弱々しい笑みを浮かべながら答えた。目頭を押さえる横顔には、かすかな疲れが滲んでいるように見える。


「まだ二日目ですし、しっかり栄養取って頑張らんとですよ。どうすか、これ」


 時間は夕飯時である。携帯食料の干し肉を差し出せば、


「いや、それなら流護クンこそ。疲労感は大丈夫なのかい?」


 そう返され、少年は曖昧な笑顔で頭を掻いた。


「あー、だからこそっていうか……。まだあの胃液の生臭さが鼻の奥に残ってるような気がして、ぶっちゃけ食欲出ないんすよ」

「ははは……しかし流護クンは、闘うたびに逸話を作っていく男だねえ。敵の体内から反撃、無事に生還なんて、まるで一寸法師だ」


 目の前の焚き火を見つめながら、自分のことのように嬉しそうな顔で博士は笑った。


「まあ……いいじゃないすか。それより博士、テッドさんもそうだって話だけど……記憶がはっきりしないとか、まじで大丈夫なんすか?」


 そう尋ねれば、博士はうーんと首を捻ってみせる。


「それが……自分でも不思議なんだよねえ。廃墟に入って、ワクワクしながら歩いてたところまでははっきり覚えてるんだけど……そこから先が、もうプッツリと」

「ボケが始まったんすかね?」

「まだそんな歳じゃないよ! ……と、思いたいんだけどねえ……、思いたいなあ、うん」

「まあ、テッドさんまで同じような状況となるとな……」

「そ、そうだよ。ボケじゃないよ。そんな歳じゃないよ。……うん」


 ……断言しきれないほど、博士自身も疑念を抱いているようだ。

 例えば、戦闘行為によって記憶がおぼろげになったり途絶えてしまったりすることはままある。流護自身、師匠と組手をしていたはずが、いつの間にか横たわって彩花に看病されていた、なんて話は数え切れないほど経験している。まさに昼間のズゥウィーラ・シャモアとの戦闘からして、脳震盪を起こして朦朧としている間に飲み込まれていたのだ。

 テッドは怨魔との闘いの時点で深手を負っていたということで、似たような状況に陥った可能性が高い。


 しかし博士の場合、原因がはっきりとしない。

 猛獣や怨魔の襲撃、怪しい植物の毒素に触れてしまった――といった可能性も考えられるが、外傷は全くなく、また被害に遭ったのが博士ひとりという点も腑に落ちない。

 この霊場である森に充満している、高濃度の魂心力プラルナに当てられた(博士曰く、魂心力プラルナ酔い)――という説も考えられるところだが、博士こと岩波輝は地球からやってきた日本人だ。流護や博士などは、最も『魂心力プラルナ酔い』をしづらいはずなのだという。


「あ、そだ」


 周囲の兵士たちが見ていないことを確認したうえで、流護は声を潜めて尋ねる。


「ケータイで、何か写真撮ってないすかね? 博士が覚えてないだけで、何か写したりしてるかも」


 なるほどと頷き、博士は自分の荷物から流護の携帯電話を取り出す。カメラの画像フォルダを確認してみるが――


「うーん、何も撮ってないねえ……」


 流護もざっと見てみるが、この世界へやってきたばかりの頃に撮影した、流護とベルグレッテとミアの三人の写真を始めとして、謎の白苔や珍妙なキノコのサムネイルばかりが並ぶ。その枚数もさほど多くない。廃墟で写したと思しき画像はなかった。


「……あれ?」


 と、そこで流護は携帯電話の異変に気付く。電池残量のアイコン――出立前にミアの手で満タンにしてきたそれが、一つ減って二つになったのだ。バッテリーそのものがへたっており、確かに減りやすくなってはいるのだが、保存されている写真の数の割に、電池の消耗が早すぎるように思える。


「博士、ここに保存されてる以外で写真撮りました? 撮ったけど何枚かいらないの消したとか」

「いや、そこにあるので全部だよ。消し方もよく分からないしねぇ」

「そう、すか……」


 もしくは。撮影モードを起動し、しばらくそのまま放置していたとか。しかし、その状態で写真を撮らない理由もない。


「あ、ケータイはそのままお返ししようかな。倒れた時に落としたりして、誰かに見られなかったのが不幸中の幸いだったぐらいだよ。人に見られないように撮るのも気を使うし、なくしちゃったら悪いしね」

「いいんすか? 分かりました」

「また必要な場面があったら、その都度お借りすることにしようかと」

「ほい。了解っす」


 申し訳なさそうに肩を竦める博士に頷き、流護は自分の懐へ携帯電話を仕舞い込んだ。

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