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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
2. デュアリティ
30/667

30. プレデター

 天空に輝くは、昼の神たるインベレヌス。その熱気が燦々と照りつけ、夏がすぐそこまで来ていることを実感させる。


「……あっつ……」


 ベルグレッテはハンカチを取り出し、額の汗を拭った。


 こんなとき、レノーレのような氷の使い手が羨ましい。

 彼女に言わせれば、「……ずっと冷気を展開できるわけじゃないから、やめたときに余計暑いだけで、あまり意味がない」とのこと。それでもこの時期、水を喚び出したところでお湯みたいになっている自分に比べれば、遥かにマシだとベルグレッテは思ってしまう。


 散歩がてらゆっくりと歩きながら、十三番街にある小さな公園の脇道へと差しかかった。日陰に入ったことで、すっと涼しくなる。周囲の建物に囲まれて位置するこの公園は常に日当たりが悪く、昼間でも人気ひとけのない場所となっていた。

 それはまるで――都市の死角。


 その死角を突くように、男はいた。


 悠然と、ベルグレッテへ向かって歩を進めるその人物。身長は二マイレ弱。顔も体躯も、どこか岩を思わせる無骨な男だった。

 その身に纏う衣服は、レインディールのものではない。ゆったりとした、異国の民族衣装。遥か東にある大国、レフェ巫術ふじゅつ神国こうこくの衣だった。クラスメイトの一人、ダイゴスの出身国でもある。


 双方の距離、約六マイレ。

 そこで男は足を止め、口を開いた。発せられるのは、見た目通りのざらついた低い声。


「ベルグレッテ・フィズ・ガーティルード殿とお見受けする」

「……ええ。そうですけど」


 ベルグレッテは、街中で男に声をかけられることも多い。

 しかし、違う。目前のこの男は、明らかにそういった手合いとは異なる空気を帯びていた。

 相対するだけで伝わってくる――殺気。


「我は、ボン・ダーリオ。薄汚れた仕事ではあるが……不意打ちを良しとしないため、このような形を採らせて貰った」


 す……と、男は身構える。


「早くした方が良いぞ。妹の身を、案じるのならな」

「……私たちは、とんだ思い違いをしてたようね。あなたたち暗殺者の狙いは、姫様じゃない。最初から、私たち姉妹だった。……はぁ。どうしてもっと早く気付けなかったかなぁ」


 ベルグレッテは自己嫌悪の溜息を漏らす。

 リリアーヌ姫の『アドューレ』。そこへいつも通りに入ってきた、ならず者による妨害。直後、姫の下へ飛来した――かに見えた、炎の神詠術オラクルによる槍のような一撃。

 あれは最初から、姫を狙ったものではなく――


「まいったわね……私たち、暗殺者を仕向けられるほど恨まれるようなこと、何かしたかしら……」


 暗殺者をけしかけられるなど、ただごとではない。

 心に受けた衝撃を隠しきれずに言いながら、ベルグレッテは自身の周囲へ水を現界させる。


「なァに。人が人を殺めるにあたって、理由が怨恨だけとは限らんよ」


 言葉と同時。ボンの周囲の景色がかすかに、ゆらりと歪んだ。


「熱……炎使いね。この暑い中、ご苦労なことで」

「現界すらしておらんにもかかわらず、気付くか。実に聡い。ここで殺めるには――少し、惜しいな」


 ドンッ、と。爆発じみた勢いで、ボンの周囲に炎が現われる。


「『アウズィ』が一人、ボン・ダーリオ……参る」






「え……狙われてるのは姫様じゃなくて、私たち姉妹ですって……!?」


 息を切らせながら、クレアリアが驚愕に目を見開く。


「ああ。多分、間違いねえ……!」


 先ほど倒した刺客を引き取りに来る兵士を待たず、二人は十三番街の菓子屋、モンティレーヌへ向けて疾走していた。


「おかしいとは思ってたんだよ。昨夜の奴も、姫様を狙うことよりベル子たちと闘う方をずっと優先してた。けど、そうじゃない。最初から、姫様を狙ってなんかいなかったんだ」

「……っ、そういう、こと……!」


 クレアリアにも、思い当たったのだろう。

 リリアーヌ姫の『アドューレ』。最初のならず者による妨害の直後、あの炎の神詠術オラクルによる狙撃。壇上のリリアーヌ姫を狙ったかに見えた一撃だったが、そもそも三人はあそこに密集していたのだ。あの一撃で、流護たち……いや、おそらくはあの場にいた全員が、『狙われているのはリリアーヌ姫だ』と勘違いしてしまった。


 その後の路地裏での戦闘。

 暗殺者は会話中の姉妹に仕掛けることこそあっても、姫に向かって攻撃することはなかった。流護と姫が逃げ出したときにも、阻止する素振りすら見せなかった。当然だ。姫は、ターゲットではないのだから。


「……私は……こんな性格だから、人に恨みを買うこともあるかもしれません。だけど、姉様は……!」


 一応、自分の性格に自覚はあるんだな……と思う流護だったが、そこはもちろん黙っておく。


「怨恨じゃねえと思う」

「え?」

「まあ、二人の人付き合いとか、俺は分からねえけど……ただ、性格の全く違う貴族の姉妹が狙われる理由。となると多分、金か……でなければ――」


 会話をしながら、見通しの悪い角を曲がる。

 瞬間。

 流護を先導するために一歩先を走っていたクレアリアが、爆発して吹き飛んだ。


「――――、な」


 道行く人々の悲鳴が巻き起こる。

 白い煙を吹き上げたクレアリアの小柄な身体が、まるでボールみたいに数メートルも転がった。


「クレアリアッ!」


 流護は思わず叫ぶ。――が。


「……、っく!」


 少女は転がった勢いを利用し、反動で起き上がった。地面を派手に転がったことにより砂や埃にまみれてはいたが、爆発によるものと思われる傷はなかった。

 直撃はしていない。瞬時に、水の防御を展開したのだ。


「ククク……成程。便利だな、完全自律防御というのは」


 甲高い、錆びついたような声だった。二人は声の出所へと顔を向ける。


 突然の爆発に逃げ惑う人々の中、歩道に泰然と佇む男が一人。

 行く手を遮るように立つ男は、禿頭だった。黒一色の服を着ているが、これまでの刺客のような、身体のラインがはっきりと分かるものではない。本来の体格が判別できないほどにゆったりとした、ローブらしきものに身を包んでいる。

 痩せこけた顔つきだが、その双眸は獰猛な光を帯びており、餓えた猛禽類を彷彿とさせた。


「向こうではボンが楽しんでる頃だろうが……こちらはこちらで、楽しめそうだ」


 ジュル……と品のない音を立て、禿頭の男が舌なめずりをする。

 確定だ。暗殺者たちの狙いは――ベルグレッテと、クレアリア。


「クレアリア。ここは俺がやっから、早く行け。姉ちゃんとこにさ」

「えっ……」


 珍しく、この少女が呆けた表情を見せる。


「姫様が言ってたけど、二人ならすっげえ強えんだろ。早く行って、加勢してやれ」

「で、でも……貴方、左腕が」


 その言葉に流護はにやりと笑みを浮かべ、声を少し大きくして言う。


「――問題ねえよ。ハンデとしちゃ、まだ足りねえぐらいじゃねえの?」


 ぴくり……と。禿頭の暗殺者は、その言葉を受けて額に青筋を浮き上がらせた。


「あっ。聞こえちゃった? すんませんね……えっと……ハゲの人」

「――何だ? お前は」

「んーと……何だって言われると困るな……ま、アンタよりは余裕で強いと思うけどさ」


 男は気味が悪いほどニコリとした満面の笑みを浮かべ、その顔のまま手を横に振るった。

 ゴウッと音を立てて、テニスボールほどの大きさの火球が飛来する。流護は、それを右拳で打ち払った。

 軌道の逸れた火球が、歩道脇の建物に当たって爆発を起こす。降り注ぐ石の破片に、居合わせて様子を見ていた人々がクモの子を散らしたように逃げ、いよいよ周囲が無人となった。


(……このハゲ)


 打ち払った右腕が、ビリビリと痺れを訴えた。

 無造作に放たれた、小さな火球。あの一撃に、エドヴィンのスキャッターボムを上回る威力が内包されている。そう認識した。


 流護は足元に転がってきた石の破片の一つを、男に向かって蹴り飛ばした。

 暗殺者は一歩も動かず、自分の周囲に炎の渦を出現させて石を弾き飛ばす。その隙に、クレアリアが脇道へと飛び込んだ。


「……ち」


 目標を逃がしてしまったことに気付き、男は忌々しいとばかりに流護を睨みつける。


「そんな青スジ立てて睨まんでも」


 その刺客はまたも笑みを浮かべて、ひどく馴れ馴れしい声で語りかけた。


「良かったのかい? 行かせてしまって。姉の下に辿り着く前に、他の者に襲われるかもしれんよ?」

「ねえな。アンタさっき言ったろ。『向こうでナントカが楽しんでる頃だろうが、こっちはこっちで楽しめそうだ』って。つまりベルグレッテに刺客が一人、クレアリアに刺客が一人。そういう分担なんだろ?」


 す……と、男の表情から笑みが消えた。

 その代わりとでもいうように、禿頭に浮かぶ無数の青筋。


「分かりやすいなーおい。ほれ、さっさと始めようぜ。アンタが派手にカマしたせいで、すぐにでも兵士が飛んでくるんじゃねーの?」

「問題ない、その前に終わる。『アウズィ』のシヴィーム。お前を殺す男の名だ。憶えておけ」


 はっきり「殺す」と宣言されても、恐怖や緊張は感じなかった。

 上回っている。

 こんな下衆どもが、あの二人を……ベルグレッテを狙っているという事実が、流護を猛らせる。怒りが、負の感情を――上回る。


「有海流護、ただの一般人だ。憶えなくていいぞ。トラウマになるだろうからな」


 双方、歪に口の端を吊り上げ――

 刹那。

 大地を蹴って接近した凶相の二人が、激突した。

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