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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
8. プログレッシヴ・イーラ
291/670

291. 新しき未来のために

 端的に言って、旅路は順調そのものだった。

 基本的に魔除けの施された大きな街道を行くため怨魔と遭遇することはなく、武装馬車の団体であるため賊に襲われることもない。

 時に見晴らしのいい草原で馬を休め、馬車に酔ったロック博士を休め、男女に別れて馬車内で夜を明かし――


 そして、学院を発ってから丸五日。


 昼を少し回った頃、一行は遥か南西にある宿場町、バムアドーレへと到着した。

 王都から隣国のレフェに行く以上の距離があるはずだが、同じレインディール国内であるためか、景観などはさして変わらない。


「お待ちしておりました」


 やはり王都周辺と同じ装備の衛兵たちに招かれ、第二次白鷹隊は小ぢんまりした兵舎へと集まった。

 とにもかくにも、七十五名にも及ぶ大所帯である。

 同行したこの街の兵らも合わせ、最も大きな会議室ですら狭苦しく感じるほどのぎゅうぎゅう詰めとなってしまった。というより入りきっていない。それも致し方ないところだろう。


 人波を掻き分けて何とか演台に上がったアマンダが、兵士一同を見渡しながら声をかける。


「第二次白鷹隊の諸君、まずは五日間の行軍お疲れ様。さすがに狭っ苦しいし、手早くまとめさせてもらうとしましょうか。ええと――」


 本日はこのバムアドーレの街にて一泊とし、明朝、ここからさらに南西――原初の溟渤が確認されたルビルトリ山岳地帯へと向かう。

 総勢七十五名からなる第二次白鷹隊だが、実際に領域内へ突入する六十名の実働班と、外で帰還を待つ十五名に二分する。

 一ヶ月の遠征期間を設けてはいるが、山岳地帯の規模を考慮した結果、実際の調査期間は三週間後の薄墨うすずみの月、十八日までと設定。

 明後日となる緋羽の月、二十八日より領域内への進入を開始。翌・薄墨の月、二十日を過ぎても実働班が戻らない場合は、任務失敗……つまりは全滅と判断。待機班は撤収、アルディア王へ報告する。


「まっ、失敗する気なんて更々ないけどね。ちゃっちゃとやり遂げてしまいましょう」


 おお、と一同から頼もしい喝采が上がった。


(いよいよだな……)


 パキパキと指を鳴らしながら、流護はほどよい緊張を感じていた。

 無論、流護やベルグレッテ、『銀黎部隊シルヴァリオス』の面々は実働班に分類される。

 目的が現地調査や高純度の魂心力プラルナの回収であるため、ロック博士を始めとした研究者たちは全員が原初の溟渤内部へと踏み入ることになる。ある意味、この任務の主役は彼らといえるのだ。

 何が待ち受けているか分からないその場所で、戦う力を持たない研究員らを守ることこそ、流護の役目といえる。


「この町駐在の各人には、待機班への協力及び補給面での補佐をお願いするわ」

「お任せを」


 アマンダの言に従い、ひげ面の責任者らしき人物が重々しく頷く。


「では第二次白鷹隊の諸君は、本日はこれにて解散。各自、明日に備えて存分に英気を養って頂戴。明日の朝は早いから、寝坊しないようにお願いね。以上、解散!」

「おわっ」


 外へ出ようと殺到する兵士たちに押し出される形で、流護も会議室を後にすることとなった。






「うーむ……」


 土産物を取り扱う店の前で、流護は一人唸っていた。

 今のうちにミアへの土産を見繕っておこうかと思ったのだが、どうもパッとしないのだ。

 このバムアドーレは宿場町。旅人も多く集まるため、店の品揃えそのものは豊富である。しかし。


「じゃあお兄さん、これなんてどうだい? 王都の有名店から仕入れた、『フェテス』のベリータルト! 女の子には喜ばれるよ!」

「いやあ、さっきも言いましたけど……その王都から来たんで、『フェテス』の本店が向こうにあるんすよね」

「おっとこりゃ参ったなぁ!」


 店主は広くなりつつある自らの額をペシンと叩くのだった。

 そう。色とりどりな商品が並んではいるのだが、どれも王都やディアレーで見かけるものばかりなのだ。

 聞けば、良質な都会の品を取り扱うことで旅人たちの興味を刺激し、王都へ足を運んでもらおう――という施策らしい。ちなみに『フェテス』のベリータルトに関しては、王都よりディアレー店のほうが評判がよかったはずだ。

 ともかく流護としては参ってしまった。これでは土産にならない。ミアに買っていけそうなものがない……。


「んーむ。散策がてら、店めぐりでもしてみっか……」


 前向きに考え、賑わう街の中を歩き始める遊撃兵だった。






 他に土産物屋はないだろうか。

 色々と物色する流護は、香ばしい匂いの漂うパン屋の角を曲がったところで、


「おわっと……!」


 バッタリとその人物に出くわした。

 ばさばさに乱れた栗色の髪、痩せこけた面立ちと、同じく細すぎるほどの身体。背丈はかなりありそうだが、両手をポケットへ突っ込んで猫背気味となっているため、少し低めに感じられる。

 死んだ目つきや漂ってくる雰囲気は、とにかく無気力の一言に尽きる。

 ダーミー・チャーゾールベルト。二つ名を『風烈戦禍オルカン・ラーゼン』。今回の任務に参加している四人の『銀黎部隊シルヴァリオス』、そのうちの一人だった。


「……」

「……」


 曲がり角での不意の遭遇。ついつい無言で向かい合う形に――は、ならなかった。

 ダーミーは、流護の目を見ていない。彼の細い面立ちはわずかに横へ逸らされ、視線も斜め下の石畳へと注がれている。


(う、うーむ)


 事前情報で、かなり変わった人物だとは聞いていた。常にやや猫背気味、下衣のポケットに手を突っ込みっぱなし。物静かで、人の目を見ようとしない。

銀黎部隊シルヴァリオス』の中では最も新参の部類で、ベルグレッテもこのダーミーについては全くといっていいほど何も知らないとのことだった。

 そんな事情はともあれ、これからしばらく一緒に過ごしていく同僚である。俺のほうから声をかけてみよう、と遊撃兵は奮起した。


「えーっと……どうも。『銀黎部隊シルヴァリオス』のダーミーさん、っすよね」

「……………ええ………」

「遊撃兵のリューゴ・アリウミです。今回の任務、一ヶ月ぐらいになりますけど……よろしくお願いしまっす」

「はあ……」

「……」

「……」


 うん、だめだ。


「え、えーと、それじゃあこれで」


 流護自身、どちらかといえば人見知り、口下手の部類である。そのうえ相手がこの調子では、もはや会話が成立するべくもない。そそくさとダーミーの横を通り過ぎたそのとき、


「勇者様」


 ぼそりと、しかしはっきりとそんな言葉が投げかけられた。

 思わず振り向く流護だったが、やはりダーミーは背を向けたまま。


「……と、そんな風に呼ばれているそうで。かなりの腕前だ、と聞いています」


 まるで相手のほうを見ないまま、痩躯の男はそう呟く。


「はあ、ど、どうも」

「……期待、してますよ~~」


 結局一度も流護のほうへ顔を向けることなく、ダーミーは背中を丸めて歩き出した。


(……『銀黎部隊シルヴァリオス』って……)


 採用条件に『奇抜なキャラクター』って項目でもあるんじゃねーか、などと思いながら、よたよたと去っていく男の後ろ姿を見やる遊撃兵の少年だった。






 現在のバムアドーレには、とにかく銀色の鎧姿が目立つ。何しろ、七十人を越える兵団が一斉にやってきたのだ。もう休むつもりで私服に着替えている者もいるようだったが、法の番人であることに変わりはない。裏を返せばこの街は今、レインディール内でも屈指の安全地帯といえるかもしれなかった。


「うーん、まじで土産になりそうなのがねぇなぁ……」


 そんな街中を変わらず散策しながら歩く流護だったが、


「……ん」


 前方の歩道に、銀色ではない――黒みがかった光沢の軽装鎧を着た、一組の男女の姿を発見する。先ほどのダーミーが着ていたものと同じ、黒銀の装い。


「おや」


 男性のほうが流護に気付き、ゆっくりと近づいてきた。


「やあ、アリウミ遊撃兵。散策かな」

「ええ、まあ……そんなとこで」


 年齢は二十歳前後だろう。

 流護よりかなり高い細身。短めに刈り揃えた臙脂色の頭髪。あまり彫りは深くないが、全体的に小さめな顔のパーツが整って配置された、控えめの美形といえる。言葉使いの通り、柔和な雰囲気を纏った青年だった。

 一見してどこにでもいそうな若者だが、その身を包む暗銀の鎧は『銀黎部隊シルヴァリオス』の証でもある。


「えーと……テッド・テールヴィッドさん、っすよね」

「うん。テッドでいいよ。よろしくね」


 何というか、実に爽やかな声だった。

 にこやかに微笑みながら差し出された手を、「あ、どうもよろしくです」と握り返す。

 精鋭部隊の一人にして、その二つ名は『葬々赤々(モド)』。炎属性を扱う若き荒獅子……と聞いている。その容貌や雰囲気は優しそうで、あまり『獅子』という感じはしない。


(よかった、普通の人っぽいぞ……)


 内心で胸を撫で下ろす流護をよそに、


「ほら。リサも来なって」


 テッドは振り返って、もう一人の人物……黒銀鎧の女性を呼ぶ。

 歩道の柵に寄りかかっていた彼女は、渋々といった空気を隠しもせずやってきた。

 歳は流護より二つ三つ上か。赤いセミロングの髪を短めのポニーテールにまとめた、吊り目がちの美しい少女だった。顔立ちが似ている訳ではないのだが、どことなくテッドに共通する雰囲気が感じられる。

 ダーミーやテッドと同じ暗銀の軽装鎧に、下衣はチェック柄の入った赤いフリルスカート。

 見るからに強気かつ誇り高そうで、もし敵に捕らわれることがあれば「くっ、殺せ!」と気丈に振る舞いそうな女性騎士といえる。


「ほら。リサも挨拶しよう」

「…………」


 テッドに促されるも、リサと呼ばれた女性はうさんくさげなジト目で流護を一瞥するのみ。


「……えーと、テッドさんの妹さんの……リサーリット・テールヴィッドさんですよね。これから一ヶ月、よろしくお願いします……」


 そう挨拶してみる遊撃兵だったが、


「いかにもリサーリットだ。……言っておくが」


 彼女は不愉快極まりない、といった口調で切り出す。


「私は貴殿を認めていない。『加護なし』の身で、あまり調子に乗らぬことだ」

「こら、リサ!」

「兄さん。私は、宿へ戻らせてもらう」

「待つんだ、リサ!」


 兄の制止も何のその、妹は踵を返して歩き出してしまう。


「ったく……すまないね、アリウミ遊撃兵。『銀黎部隊シルヴァリオス』の一員とはいえ、あいつはまだまだ未熟者でね……。熱心な火神と夜神の信徒でもあるから、神詠術オラクルを使わずして目覚ましい活躍をしてる君に、嫉妬してる部分もあるんだと思う。本当は心優しい子なんだ。許してやってくれないか」

「ええ……、大丈夫っす。気にしないでください」


 建前でもなく、正直最近はすっかり慣れっこだった。

 神詠術オラクルを使えない身でありながら成り上がった流護に対し、反感を抱く者は決して少なくない。

 今しがたリサーリットが言い放った『加護なし』という単語は、まさにそうした者たちの心の表れといえよう。時折、一部の兵士たちにもそう呼ばれることがあった。そのまま『神の加護たる神詠術オラクルを扱えない者、つまり神に見放された者』という意味の蔑称なのだが、そもそも神を信じない現代日本の少年からしてみれば、そう言われても「あっ、はい」としか反応しようがない。正直なところ、侮蔑の言葉としては的外れですらある。

 そうして『加護なし』呼ばわりされてもまるで動じない流護に対して、好感を抱く者は「大物だなあ」と感心し、反発する者は「平然としやがって気に食わない」とより不満を募らせるのだった。


「本当にね、リサは優しい子なんだ。この間も部屋の窓に小鳥が飛んできたんだけど、優しく手を差し延べて話しかけたりしていてね。また、その様子を俺に見られて恥ずかしがる姿が可愛いんだ。その前は、中庭で鍛練してた時に……」

「……あっ。あの、テッドさん……あれ、後ろ」


 流護が指差す先を振り返り、テッドがピタリと硬直した。十数メートル先の歩道。

 宿に帰ると言い残して歩き出したリサーリットが、数人の男たちに囲まれているのだ。


「お姉ちゃん、冒険者かい?」

「かーわいいねぇ~」

「やたら街中に銀の鎧着た奴らがいるが、姉ちゃんはちょっと違うよな。俺達とお茶でもどう?」


 何とも運がない連中である。よりによって『銀黎部隊シルヴァリオス』をナンパするとは――と相手を気の毒にすら思う流護だったが、


「くっ、離せ!」


 腕を掴まれたリサーリットは、なぜか男を振り払えずにいる。


(……? とっとと追っ払うなり蹴散らすなりしちまえばいいのに……何してんだ?)


 彼女についても、アルディア王から少しだけ話を聞いている。王曰く、「リサは夜がスゲェんだ」。まーた下ネタですかね……と顔をしかめる流護だったが、「こういった野外遠征において、アイツの力は頼りになるぜ」とのことだった。

 それはともかくとして、まさか『銀黎部隊シルヴァリオス』の一員が、ゴロツキ風情を追い払えないということもないはずだが――

 不思議に思う流護の傍らで、テッドが呟いた。


「……すぞ」


 えっ、と顔を横向ける間もなく、


「オワッ!?」


 ボンッ! と衝撃波が発生した。

 いきなりのことによろめき、流護は思わず尻餅をつく。


「って、え!?」


 そして見上げた視界に飛び込んできたのは、両膝をピンと伸ばしたまま宙に浮き、足の裏から爆煙を舞わせて飛翔するテッドの姿だった。


(何だその飛び方!? ロケットか何か!?)


 一足飛びで弧を描いた彼は、男たちのすぐ脇へと凄まじい勢いで着地する。だん! と両足で石畳を叩いた衝撃が、流護のところまで響いてきた。


「うおぉっ!?」

「な、なんだこいつ! どこから降ってきた!?」


 直立したまま膝も曲げず降り立った様は、遠投で突き刺さった槍のようでもあった。


「君たち。俺の可愛い妹に何か用かな」


 口調こそ優しいものの、表情が完全に消え失せている。そのまま、彼の口だけが蠢いた。


「滅すぞ」


 脱兎のように逃げていく男たちには目もくれず、パッと元の優しげな顔に戻ったテッドが、流護に向けて手を振った。


「悪いね、アリウミ遊撃兵! 妹を宿まで送り届けることにするよ! それじゃあ、今後ともよろしく!」


「は、はあ」と呆気に取られながら手を振り返す。兄に肩を抱かれたリサーリットと視線が合うが、彼女は気まずそうに目を逸らしてしまった。見られたくないところを見られてしまった、とばかりに。


「兄さん、あんな連中、私ひとりでも……!」

「無茶はやめるんだ。今は昼間なんだから」


 黒銀鎧の二人が、寄り添いながら遠ざかっていく。


「うーん……」


銀黎部隊シルヴァリオス』はやっぱり奇抜な人が多いんかなあ、と思う流護だった。






「あら? リューゴ君じゃないの」


 カフェテラスが並ぶ華やかな通りにて。

 横合いから声をかけてきたのは、


「……アマンダさん」


 勇ましい姐御肌の正規ロイヤルガードにして今回の部隊の長を務める、アマンダ・アイードだった。

 この街は規模が小さいうえ、大通り沿いに店という店が密集しているため、歩けば歩いただけ誰かと遭遇する風情だった。修学旅行先の土産物屋巡りみたいである。


 ちょっと話でもしない? とのことで、二人は通り沿いの一軒と移動した。先ほどの土産屋で(何だかんだ)買ったベリータルトを摘みながら、アマンダが微笑みかけてくる。


「こうして、じっくり話をするのは初めてね」

「あ、はい……そうですね」

「実際に原初の溟渤へ入るのは明後日からだけど……陛下が惚れ込んだっていうその実力、期待させてもらうわよ」

「いや……まあ、俺が必要になるようなことが起きなきゃいいんですけど」

「んん、全くその通りね。で、ベルグレッテとはどうなの?」

「……そうですね……、え!? 何の話してんすか、いきなり……!」

「いやー、好きなんでしょ? あのコはあのコで、満更でもなさそうだし」


 ディアレー降誕祭のあの夜が――あの告白が脳裏をよぎる。

 顔に出てしまっていたのか、アマンダは心底楽しそうに「照れるな照れるな」と流護の肩を叩いた。


「フフ。健全なお付き合いならお姉さんも認めるけど、あんまりズッポリいきすぎないようにお願いよ?」

「ズズ、ズッポリ!?」

「あのコは大事なあたしの跡継ぎだからねー。せっかく手塩にかけて育て上げてるのに、『こうなって』ロイヤルガード続けられなくなっちゃったりしたら大問題よー?」


 そう言って、腹の上で円を形作る仕草を見せる。


「い、いやないです! そういうことは! 全然!」


 慌てて首をぶんぶんと横に振る流護を見て、アマンダは「二人は中々そういうの踏み切れなさそうだもんねー」と含み笑う。


「まっ、あたしは一足お先に退しりぞかせていただくわ」

「あ……ああ、そういえば、アマンダさんは婚約者がいるんでしたよね」


 本来であれば、先の白鷹隊帰還の後に式を挙げる予定だったという。

 が、それは原初の溟渤が『見つからなかった』場合の話だった。

 出現と消失を繰り返すこの禁断の地は、意識して発見することが極めて難しい。特殊な探査能力を持つ聖妃エリーザヴェッタの存在があってすらそれは同様で、アルディア王としても調査範囲に原初の溟渤が『ない』ことを確認し、あるかもしれない場所を虱潰しに絞り込んでいくことが目的だったという。

 それがドンピシャというべきか――今回、原初の溟渤そのものを発見するに至った。

 そのため、結婚は先送り。この任務が終わった後、改めて日取りを決めて式を挙げる予定だそうだ。


「だから……実質この任務が、あたしにとって最後の仕事になるでしょうね。今度こそ」


 少し寂しさを含んだような微笑みだった。


「そう……なんですか」

「んー、そうなのよ。リューゴ君と一緒に仕事するのは、これが最初で最後かもね。噂の遊撃兵さんとあんまり肩を並べられそうにないのは残念だけど……ま、しょうがないわね。よーし! この任務ちゃっちゃと終わらして、さっさと結こ――」

「ま、待った!」


 ぐーっと身体を伸ばしながらの彼女の言葉を、流護は慌てて遮った。きょとんとなる女騎士に対し、現代日本の少年は慌てて言い繕う。


「あ……いや、き、記憶喪失の身ながら今、急に思い出したんすけど……俺の故郷だと、『この任務が終わったら結婚するんだ』っていうのは、非常に不吉な言葉としてですね……」


 俗に言う『死亡フラグ』である。その意味を説明すると、はっはっとアマンダは快活に笑った。


「なるほどなるほど。面白い話ね」

「ええ……」

「……」

「……」

「よーしあたしはこの仕事終わったら結婚するぞー!」

「何で言っちゃうんすか!?」


 流護にしては珍しい、渾身のツッコミだった。


「いやーはっはっはっ。何だか、そういうのって抗って突破したくなっちゃうじゃない」


 女騎士はどこまでも豪快だった。


「なーに、そう簡単に死んだりしないわよ。何だかんだで、退いた後もあのコたちを指導する立場になるでしょうしね」


 そう言って、頬杖をついたアマンダが流護の背後へと人差し指を向ける。怪訝に思った少年が釣られる形で振り返れば、


「な、なあにアマンダ。人を指差して……」

「あらあら。何だか、珍しそうな組み合わせですわね~」


 おなじみの少女騎士ベルグレッテと『銀黎部隊シルヴァリオス』副隊長のオルエッタが、並んでやってくるところだった。


「いやいや。リューゴ君に、詳しく自己紹介してたの。これから背中を預け合う間柄なんだし、お互いのことはよく知っておかなきゃ」


 優雅に紅茶を一口、思い出したように彼女は続ける。


「そういえばリューゴ君、オルエッタのことはよく知ってるんだっけ?」


 空いている椅子へ腰掛けた二人のうち、白いドレスを着た麗人に顎を向けながら尋ねてくる。


「あ、いえ……これまで、あんまり顔を合わせる機会もなくて……」

「ふふ、そうですわね。きちんと話したのなんて、貴方たちがレフェから戻ってきた時が始めてじゃないかしら?」


 現六十三名からなる選り抜きの精鋭、『銀黎部隊シルヴァリオス』の副隊長。ベルグレッテたち姉妹やリリアーヌ姫にとって姉のような存在。流護としては、それぐらいしか知らない。


「そうね。オルエッタ・ブラッディ……長い、省略。二十四歳。彼氏なし。当然、結婚の見込みは全然なし。剣と術の腕が立つ田舎娘。あとは……術が黒い。腹も黒い。あとは……えーと……以上」

「あはははははははははははは。相変わらずアマンダはふざけた女よね~。ちょーっと結婚が決まったからって、調子に乗ってるんじゃないかしら」


 ニコッ、とオルエッタが微笑む。慈愛に満ちた穏やかな笑顔とセリフの棘のギャップが恐ろしい。ゴクリ、と流護は唾の代わりに紅茶を飲み込む。


「いやーあっはっは。そうそう、これよこれ。これがオルエッタ。大体分かったかしら? リューゴ君。ま、明日からは頼むわよオルエッタ。久しぶりに背中預けるからね」

「ええ。敵と間違って刺しちゃったらごめんなさいね~」


 ……何だこの空気。逃げ出したい衝動に駆られる少年だったが、ふっとオルエッタの表情が和らぐ。


「……はぁ。アマンダにとって、最後の仕事だものね。これで一緒に動くことがなくなるのかと思うと……ふん、せいせいするわよーだ」

「まあ……アレよ。子供を授かって、その子に手が掛からなくなったりする頃には、またちょちょいと復帰するわよ」


 お互いに目を逸らしつつ。照れたようなその顔だけで、二人の間にある信頼が感じ取れた。


「うーん。それだけの時間が経つ頃には、さすがの貴女もベルグレッテたちに追い抜かれちゃってるんじゃないかしら」


 白装の麗人が、隣のベルグレッテをチラリと見やる。


「むしろ、そうあってくれなきゃ困るってもんよ。あたしが退いたら、このコとクレアは正規ロイヤルガードになるんだから。期待しているぞ、後輩よ」

「えっ……、う、うん。精進します」


 生真面目な少女騎士は気負い気味に頷くのだった。


「リューゴ君から見て、ベルはどう?」

「あ、そうですね……この二ヶ月で急激に腕前を上げてますし、このままいけば……」

「んもーそうじゃないわよー。オンナとしてどうなのよ」

「え!?」

「え!?」


 流護とベルグレッテは完全に同調した。


「あらあら。相性は抜群なんでしょうかね~」

「あらー。ベルには、早めに後継者を決めてもらったほうがよさそうねー」


 大人二人にからかわれつつ、居心地のいいような悪いような時間を過ごすのだった。






 ――緋羽の月、二十八日。

 秋も中頃を迎え、昼の神インベレヌスが遅めに姿を現し始めた肌寒い早朝。

 脈々と連なる山脈の麓、外膜のように黒々と広がる森……その手前の平原に、銀色の兵団が集結していた。


 ルビルトリ山岳地帯の入り口と称されるその森林は、未だ黎明で薄暗いこともあってか、不気味に黒い枝葉を広げている。内部へと続く闇の林道は、巨大な怪物がぽっかりと口を開けている図を思わせた。

 以前はバムアドーレの住民たちが水を汲みに来たり狩りに訪れたりしていたそうだが、昨今では怨魔が出没するようになり、誰も近づかなくなって久しいという。


「よし。一同、整列!」


 アマンダの勇ましい号令に従い、流護を含めた兵士たちと研究者、総勢七十五名が横並びとなる。


「ではこれより、原初の溟渤内部への進入を開始する。調査期間は三週間。馬車は三台に分乗。四号車は外で待機、見張りや伝令役として十五名が残る。突入は我々兵士が五十三名、研究員各位が七名の、計六十名。研究員らは三号車に乗ってもらう。不測の事態や襲撃に対応するため、馬車の周りは基本的に二十名以上の歩兵で固める。状況によっては引き返すことも視野に入れている。この場の調査も大事だが、それ以上に諸君の命が大切だ。無駄死にだけはするんじゃないぞ」


 一同の顔を見渡したアマンダが、凄みのある笑みを浮かべる。


「では行こうか、新しき時代を迎えるために! 諸君に、神々の加護があらんことを!」


 雄々しい鬨の声が平原に響き渡る。

 こうして第二次白鷹隊の実働隊は、禁断とされた地への進入を開始した。

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