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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
8. プログレッシヴ・イーラ
289/670

289. 願い

 緋羽の月、二十一日。

 空は雲ひとつ見当たらない快晴。降り注ぐ天の恵みも暖かに心地よく、穏やかで過ごしやすい一日となるだろう。

 そんな旅立つにはこれ以上ない秋晴れの朝。ミディール学院前に、物々しい馬車の一団が到着した。

 逞しい悍馬が二頭がかりで引く巨大な車輪、その上に鎮座する鉄箱めいた乗車室。並の襲撃者など歯牙にもかけず弾き飛ばしてしまいそうな、堂々たる佇まい。武装馬車と呼ばれるその特殊車両は、主に要人の護送などに用いられる。

 その武装馬車が四台。加えて、大きな馬を駆る随伴の騎乗兵が二十四名。

 ちょっとした砦であれば攻め落とせそうなその集団こそ、原初の溟渤を目指す遠征部隊――第二次白鳳隊である。

 ここで流護とベルグレッテ、そしてロック博士を加え、総勢七十五名となる部隊は遥か南西――かの禁足地が確認されたという、ルビルトリ山岳地帯を目指す。


「うーん、いよいよだねえ。それじゃあ、行くとしますか……!」


 大きなずた袋を背負ったロック博士が、意気揚々とした足取りで馬車へ向かっていく。遠足当日を迎えた小学生のような浮かれっぷりがだだ漏れとなっている白衣姿の研究者だが、果たしてそれは未知への探求心ゆえなのか、初めての遠出ゆえなのか。両方かもしれない。


「よし……俺らも行くか、ベル子」

「ええ」


 流護とベルグレッテも頷き合って、


「んじゃ行ってくるぞ、ミア」

「う、うん」


 見送りに来ている小さな少女へと視線を落とす。


「絶対無事に帰ってくるし……土産も買ってくるからさ。今回は人数も多いし、アマンダさんとかオルエッタさんもいるし、終われば前倒しで早めに帰ってこられるみたいだし。心配しないで待ってろって」


 ちなみに部隊が到着する小一時間ほど前、クレアリアから通信があった。

 レフェのときのようにまたしても「オノレ……オノレ……」といったあの呪詛をぶつけられるのでは、とビクビクした流護だったが、厳しいはずの妹さんの挨拶は「お二人とも、お気をつけて」などと実に淡々としたものだった。

 その理由を問えば、


「今回は二人きりではありませんし……何より、アマンダ姉とオルエ姉がいますもの。心配する要素がありません」


 とのことだった。


「クレアさんですらあんなだったし、そんな心配しなくても大丈夫だって。レフェの時みたいなことにはならんし、何かあれば手紙出すからさ」

「うん……」

「何だよミア坊めー。最近すっかり静かになっちまって」


 原初の溟渤への遠征が決まってからの十日間。

 見ているほうが疲れそうな普段の元気っぷりはどこへやら、ミアは借りてきたネコのように大人しくなってしまっていた。

 休み時間や食事時は変わらず一緒に過ごすのだが、それも上の空といった様子で、夜などは早々に自室へと引き上げてしまうことが多くなっていた。


「あ、あの、リューゴくん、ベルちゃん! こ、これ!」


 そんな少女は、肩に提げていた鞄からおもむろに何かを取り出し、思いきったように差し出してきた。


「これは……?」


 受け取ってみれば、それは手のひらに収まる大きさの人形だった。

 犬――、だろうか。何らかの四足歩行の動物を模しているようだが、お世辞にもよくできているとはいいがたい。手足の長さも不揃いで、平らな場所に置いてもコテンと倒れてしまいそうだ。


「あっ、これ……もしかして、ピアガ?」

「う、うん! そうだよ!」


 ベルグレッテに言い当てられたのが嬉しかったのか、ミアは顔を綻ばせた。


「ピアガ……って何ぞや?」

「温暖な地方の草原に棲む草食獣で、旅の守り人とも呼ばれる生き物なの。旅の安全を願って、地方の土産物屋ではこういう風なお守りに……、あ……ミア、もしかして……私たちのために、自分で作ってくれたの?」

「う、うんっ……」


 そう尋ねられ、小さな少女は恥ずかしそうに頷く。


「あたし、いつも待ってることしかできなくて……お土産ももらったりしてるのに、なにも返せなくて。だからせめて、なにかできることないかな、って思って……」

「もしかしてミア……俺らの遠征決まってから、ずっとこれ作ってたのか。だから……」


 だから、毎日早くに自室へと戻っていたのだ。流護たちが遠征に出る十日後までに完成させるために。


「それであたし、こういうの全然うまくないし……何回作っても、どうやっても、上手にできなくて……結局そんなになっちゃったから、渡そうかどうしようかぎりぎりまで悩んで……」


 語るうちにしゅんとしてしまう。

 それが、元気のなかった理由。


「ご、ごめんね変なの渡しちゃって。邪魔になるようだったら……、わ!?」


 自然に、当たり前のように。

 流護は、軽くではあるが――ミアを抱き寄せていた。


「……ありがとな、ミア。最高のお守りだよ。絶対……絶対、無事に帰ってくるからさ」

「う、うんっ……!」

「……リューゴ、ちょっとだけ涙が浮かんでるわよ?」


 少しジト目になったベルグレッテが、優しい口調でそんな茶々を入れてくる。


「ば、馬鹿、んなことねーし」


 ええい、涙を見られないためにこうしたのになぜバラすのか。ぐしぐしと拭う。


「ミア、ありがと」

「うん!」


 ベルグレッテにも抱きしめられ、ミアの顔にいつもの明るさが戻る。

 二人それぞれ、ミアからもらったピアガの人形をポケットへと仕舞い込んだ。


「おう、これ以上のお守りはねぇや。よっしゃ、んじゃ行ってくる!」

「いってらっしゃーい!」


 同じく見送りに駆けつけてくれたダイゴスやエドヴィンにも手を振り、二人は馬車の待つ門前へと歩を進める。


「よし。何が待ってるか知らんけど、ちゃっちゃと終わらして帰るとしますか!」

「ん、そうね!」


 ――そうして全員が揃った調査団こと第二次白鷹隊は、遥か南西のルビルトリ山岳地帯目指して学院を後にした。






「何だよ、ミア公。いつになくしおらしいじゃねーか。んな心配する必要ねーだろ」

「うん……」


 エドヴィンの言葉に小さく頷きながらも、遠ざかっていく部隊を見送るミアの表情は晴れない。


「これまで聞いたコトもねーよーな規模のレインディール最強編成だぜ、今回の部隊はよ。安心して待ってていいだろーよ」

「そう、なんだけど」

「寂しいか? レノーレのヤツもまだ、しばらく戻ってこねーみてーだしな」

「ん、だいじょうぶ。ただ……」


 少し震える声で、


「リューゴくんが……ベルちゃんが……なんだか、すごく遠くに行っちゃう気がして。それでそのまま、戻ってこなくなっちゃうんじゃないか、って……そんな、気がして」


 その不安げな独白に対し、低くも穏やかな声が答えた。


「心配は無用じゃ。誰ひとり欠けることなく、学院生活を謳歌したい……そう言っとったあ奴自身が、戻ってこなくなるなどということはない」


 先の天轟闘宴で少年の心の裡を聞かされたダイゴスは、優しくミアの頭に手を乗せる。


「うん……そう、だよねっ」


 一団の消えていった街道の先を見つめながら、ミアは弱々しく微笑んだ。

 二人の言う通り。心配することなんて、何もない。


 ――なのに。


 胸の奥に渦巻く一抹の不安を、どうしても拭えないまま。

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