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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
8. プログレッシヴ・イーラ
287/671

287. ある真相

「ごち。よーっしミア、飯終ったらなんかして遊ぶか。あ、まだゆっくり食ってていいからな」

「う、うんっ……」


 ミディール学院は学生棟二階、いつもの食堂にて。

 夕飯を平らげた流護は、対面の席に座るミアにそう持ちかけた。彼女の前に置かれた小さな皿には、まだトマトリゾットが半分ほど残っている。


 原初の溟渤への遠征が決まった、その翌日。

 同行メンバーの一人であるベルグレッテは研究員たちの補佐の役割も兼ねることになったため、準備の手伝いや書類整理などで多忙になってしまい、今この夕食の席にも同伴できていない状態だった。


 彼女は当初、なぜ自分がこの遠征人員に選抜されたのか分からないと困惑していた。

 だが流護としては、別段不思議には思わない。

 ベルグレッテは実質学院トップの頭脳を持ち合わせており、その学識は教師に勝るとも劣らない。剣腕や戦闘術の扱いも、今やかなりのものだ。現在の彼女は、文武の両面において高い水準を維持している。

 今回の任務が重要であればあるほど、逆に選ばれない理由がない。


 一方、単純な武力のみを期待されて選ばれた流護だったが、特に事前にやるべきことがない。

 遊撃兵の役割は、遠征において発生する障害の排除。幾度となく怨魔と遭遇し、戦闘になることが予想される。これに備え、よく食べてよく寝ておくことが仕事ともいえるだろう。

 今回の遠征は約一ヶ月。長期間になるので、その前にできる限りミアと一緒の時間を過ごしておきたいという気持ちもあった。


「何すっかな。トラディエーラでもやるか?」

「う、うーん……」

「やっぱ俺の自作ワードパズルでもやるか。自信作だぞ」

「う、うん」

「それともあれか、俺のケータイ使って遊ぶか? 最近調子悪いけど」

「ん……」


 ……鈍いと言われる流護でもさすがに分かる。

 明らかに、ミアの様子がおかしい。

 ちなみに、今このときに限った話ではない。昨日――原初の溟渤へと向かう任務のことを話してから、ずっとこうなのだ。


「……ご、ごめんリューゴくん。あたしやっぱり、ちょっとやらなきゃいけないことがあって……」

「な、何だ? 宿題か? あれだったら、俺にできることあれば手伝うぞ」

「う、ううん、大丈夫! 自分でやらなきゃ、意味ないから……」


 残りのトマトリゾットを急いでかき込み、ミアはガタリと勢いよく席を立つ。


「ごちそうさまでした! ごめんねリューゴくん、また明日!」


 流護が何か言う間もなく、少女はトテトテと小走りで食堂を出ていってしまった。


「……、…………」


 前のめりに突っ伏した流護は、そのままテーブルにゴンと額を打ちつける。

 そうして微動だにせずいると、


「死んどるの」


 聞き覚えのある太い声が耳に届いてきた。


「ダイゴスサーン……」


 すがるように顔を上げれば、いつもの不敵な笑みを浮かべた巨漢が、さっきまでミアの座っていた席に腰掛けるところだった。


「昨日から、娘に避けられているような気がします。どうしたらいいですか(十五歳・遊撃兵)」

「避けとる訳ではなかろう。お主のことが心配なだけじゃと思うぞ。かつてない大規模の遠征に出る訳じゃからの」

「でもさ……、心配だったら、余計に一緒に過ごしてくれてもいいんでね? あ、授業中とかの……教室にいるときのミアはどんな感じだったか分かるか?」

「いつも通りに見えたがの」

「うーん……」


 気にしすぎなのだろうか、と少年は頭を悩ませる。


「でもさ……俺もレフェから戻ってしばらく、学院空けたりすることが多かったから……そこにきて今回の任務だし、愛想つかされちゃったりしたのかな、とか思わんでもないっつーか」

「ミアはそんなタマか」

「え?」

「ミアはお主の苦労を知っていながら、そんな風にヘソを曲げるような娘か」

「それは……んな訳ねっ……」

「なら、答えは出とるじゃろう」

「あ……」


 流護自身、家を空けがちな父親のおかげで、幼少の頃から一人になることが多かった。母親は早くに交通事故で他界している。本当に小さな頃は拗ねてしまうこともあった。しかし早々に父親が自分のために働いてくれていることを知り、我侭は言わなくなった。年齢の割に大人びていると言われることも少なくなかったが、そうして親の苦労を知ったためかもしれない。

 父親がいないときは、幼なじみの彩花とその家族の世話になった。随分と助けられた。


「……、」


 頭をボリボリと掻きながら、巨漢へ向かって居住まいを正す。


「……ダイゴス。俺が留守の間、ミアの助けになってやってくれないか?」

「フ。今更、畏まって言うようなことでもあるまい。普段から皆があ奴を支え……また逆に、皆があ奴の存在に支えられとる」

「……そか。じゃ、頼む」


 照れくさそうに言い結ぶ流護だったが、


「あっ、でもあれだ。えーと……アルヴェリスタの奴は、あんまり必要以上にミアに近付けないようにだな……」


 顔をしかめて父親面をしていたところで、


「おっと。ここにいたね、流護クン」

「……、ロック博士」


 やってきたのは、白衣を着た怪しい研究者だった。


「ちょっと話があるんだ。夜、時間が空いたら研究棟のほうに来てくれるかな」

「……話、ですか。メシ終わったとこなんで、別に今からでも構わないすけど」

「そうかい? それじゃあ悪いんだけど、ちょっと流護クン借りてもいいかな、ダイゴス」


 その言葉を受けて、巨漢は「ニィ……」といつもの笑みを深める。


「問題ありません、ロックウェーブ博士。返却は不要です」

「うおい、ダイゴス先生」


 そうして、久しぶりに博士の研究棟へ足を運ぶことになった。






「ダイゴスとは、随分と距離が縮まったみたいだね」


 部屋へ戻るなりタバコに火を点けて、博士が楽しげに笑う。


「いや、まあ……」


 面と向かってそう言われてしまうと、それはそれで何だか気恥ずかしい。


「天轟闘宴での闘いでの語らいを経て、心を許せる間柄になった……か。うん、少年マンガみたいでいいものだねぇ」

「ま、まあそれはいいじゃないすか」


 こうして博士の研究棟を訪れたのは、随分と久しぶりだった。散らかり放題な研究者の一室は、以前と変わらず――、いや、書類などの紙束がやたらと増えたように思える。原初の溟渤に関する資料だろうか。


「んで、話って何すか?」

「ああ……原初の溟渤に行く前に、一応話しておこうと思ってね」


 博士はまだほとんど吸っていないタバコを灰皿へ置き、正面から流護の目を見据える。


「これは研究者のロックウェーブ・テル・ザ・グレートとしてではなく、岩波輝として……同じ日本出身である流護クンにだけ、話すことなんだけど」

「……、何すか、改まって」

「流護クンが初任務で遭遇した、正体不明の怪物の件。怨魔が喋った、という例の件だね。その真相がおおよそ判明したから、報告しておこうと思って」

「ッ! マジ、すか……!?」


 一生忘れないだろう。

 ディアレーの街の郊外。鬱蒼と茂る森林の奥に広がっていた、暗く深い洞窟。通信や策敵の術が機能しない霊場となっているその場所に潜んでいた、正体不明の怪物。全身を黒毛に覆われた、人型の怪異。


『コロシテヤル リューゴ』


 そんな怨嗟の呻きを発して息絶えた、闇色の悪夢。

 事もなげに、ロック博士――否、岩波輝は言ってのける。



「あの怪物の正体は――人間だよ」



「…………っ、」


 言葉を失った流護へ、しかし研究者は当然のように言い連ねる。


「流護クンも薄々思ってたんじゃない?」

「…………それ、は」

「そして、あれが人間の成れの果てであるなら……やはり『誰なのか』という話になるね」


 流護は無意識に呼吸すら止めて、その続きを待つ。結論を待つ。



「あの怪物の正体は、レドラック。ミアちゃんの身柄を巡ってキミたちと激しく対立した、マフィアのボス……ブラバリー・レドラックだ」



「…………!」


 思わず言葉を失う。

 しかし何か、道筋が通った気がした。

 ミアを巡った激突の末、川に転落して行方不明となっていたマフィアの頭領。ディアレーの街へと続く流れに巻き込まれたはずのその男は、しかし死体すら発見されていなかった。


『ひ、ひひ。リューゴくん、だったかの。その子も返したし、もういいだろう? 用はないだろう?』

『コロシテヤル リューゴ』


 あの男は、流護の名前を知っていた。何しろ競売で恥をかかされた相手だ。報復するために、必死で身元を調べ上げたに違いない。

 確かに博士の説で考えるならば、未だ判明しないレドラックの行方、怪物が喋ったこと――流護の名前を知っていたことについての謎が解ける。


「……、でも……何で、あの怪物の正体がレドラックだって分かったんすか?」

「うん。それについてはね」


 あの任務を取り仕切っていた『銀黎部隊シルヴァリオス』のケリスデル・ビネイスによって引き渡された怪物の死骸は、すぐに解剖へ回されたという。

 強靭な筋肉、変形・肥大化した内臓器官……それらに気を取られてかレインディールの研究者たちは気付かなかったが、岩波輝はすぐに看破した。

 大まかな臓器の位置が、人間と全く同じだったのだ。

 そして何より異質だったのが、


「他の臓器と癒着しかかってたから、分かりづらくはあったんだけど……心臓……と思わしきものがね、三つあったんだよ」

「!」


 他者の臓器を移植することによって、魂心力プラルナの所有量を増すばかりか、その元となった者の神詠術オラクルすらも行使できるようになるという禁断の技術。キンゾル・グランシュアという『ペンタ』が実現した、おぞましい悪魔のような所業。

 かの技術によって、レドラックは外付けの心臓を二つもその身にぶら下げ、自己の魂心力プラルナを大幅に強化していた。あの男は全部で三つの心臓を所持していることになる。


「逆に言えば、心臓が三つあったからこそレドラックだって分かったようなものなんだけどね。細かい科学捜査ができるワケでもないから、厳密には断定できないんだけど……体形もほぼ一緒、事件以降まるで目撃証言がなく未だに行方不明って点もあって、あの男なんじゃないかってアタリを付けたって言うほうが正しいかな。けど、ほぼ確定と考えていいと思うよ」


 博士の言う通り、ほぼ間違いないだろう。

 黒い体毛に覆われていたものの、あのずんぐりとした低い背丈と突き出た大きな腹は、思い出してみれば確かにレドラックの体格と完全に一致する。


「……、くっそ」


 思わず、流護は歯の隙間から呻きを漏らしていた。


「何が……殺してやる、だよ……。ふざけやがって」

「ははは。まったく、逆恨みも甚だしい話だよねえ」


 あの怪物の正体がレドラックだった。それはそれでいい。

 しかし当然のことながら、最も大きな疑問が残ることになる。


「……でも、博士……あいつは、どうして……」

「うん。彼がなぜ、あんな怪物へと変貌を遂げてしまったのか、だね」


 さほど珍しい話ではない。

 得体の知れない化物の正体が、実は人間でした――という『設定』は。無論、創作物ならの話ではあるが。


「俺も遊撃兵になってから、この世界の色々な本とか読みましたけど……人間がバケモノになっちまった、みたいな話は全然見たことないですよ」

「うん、ボクも同じだ。脚色の強い書記や伝承を紐解いてみても、そういう話はお目にかかったことがないし、聞いたこともない。屍者の伝承なんかはあるけど、それとはまた別物だしね」


 もし仮に、人間が怪物なってしまうような事実があるなら、少なからずそういった噂や伝説などが残っているはずだ。それがないということは、


「過去に前例がない出来事、ってことになるよねぇ。人が怪物に変化してしまう、なんて現象は」

「……」


 しかし、それが実際に起きてしまっている。


「ところが、だ。レドラックは、過去に前例がないことをその身で実践している」

「……あ!」


 キンゾル・グランシュアによる、『融合』。他者の臓器を取り込むことで新たな力を獲得する――という、行為そのもの。


「それが原因……? にしても、どうして……」

「さすがに、その点はまだ分かってないんだけどね。ただ、以前王都テロを起こして捕らえられた、例のノルスタシオンの構成員……その一人が、興味深いことを言ってたそうだよ」


 彼らの中で『融合』処置を施され、強力な魂心力プラルナと複数の属性を獲得するに至った、ブランダルという男がいた。この男は処置を終えた後、得た力をなじませるため、あれこれと術を行使してみたらしいのだが――


「彼は無理をしようとすると、ひどい頭痛や吐き気に苛まれていたそうなんだ。全身に悪寒が走って、自分の身体が自分のものでなくなっていくような感覚を味わったらしい。それが原因で、奪ったオプトちゃんの力も完璧には使いこなせていなかったようだよ」

「自分の身体が、自分のものじゃなく……か」


 言葉通り――本当にそうなってしまったのが、あのレドラックということなのだろうか。


「ま、とにかくね。あの怪物の正体はレドラックだったと。それで、原因はおそらくあの『融合』だろうと。それだけでも、流護クンに報告しておこうと思ってね」

「そう、ですか……」


 これは大きな進展だろう。そんな『融合』を可能とするキンゾルも賞金首となって手配されてはいるが、あれから音沙汰がない。早く捕らえなければ、第二第三の『化物』が出現してしまうのではないだろうか。

 その点を流護が指摘すれば、博士は苦々しい表情で頭を掻きむしった。


「そうなんだけどねぇ。ただ、人があんな怪物になってしまった、って事実はさすがに公表できなくてね。流護クンだけなんだよ、この話をしたのも。他の研究者や陛下にも、話してないんだ」


 分からないでもない。

 ここまで流護自身、あえて避けてきた表現がある。それを、ようやく口にする。


「結局……あれは、怨魔ですよね。レドラックは、怨魔になっちまった……ってことっすよね……?」

「……厳密には、怨魔という存在に細かな定義はない。詳細も何も分かってない怪物たちの総称だからね。ただ……この世界の人々があの『レドラック』を見たなら、誰もが怨魔だと認識するだろうねえ」


 この世界の人々に限らない。流護もあの存在と遭遇し、疑うことなく怨魔だと思ったのだから。

 魂心力プラルナ神詠術オラクルは神から授けられし聖なる力。怨魔は悪魔に魅入られし邪悪の眷族。

 このような常識が根付いている以上、いかに『融合』という外法の産物とはいえ、新たな力を獲得した結果、人が怨魔と化してしまった――などという事実は、間違っても公にできるものではないだろう。


「そもそも、怨魔ってのは何なんすかね……」

「ボクの見解としては、この世界で独自の進化を遂げた生物……ってところかな。ドラウトローは猿。ファーヴナールはカメレオンのような爬虫類。プレディレッケならカマキリ……の中から、トンボみたいのが出てきたんだっけ? いやはや興味深いねぇ。ともあれ皆、祖先というか原点を想像させるような姿をしている。そして今回、キンゾルの謎の力によって、人間が無理矢理に『進化』させられた姿……それがレドラックだったのかな、なんて思わないこともないんだけど」


 とにかく解明が進んでいないから、研究者としてはまだ何もいえないと肩を竦める。と同時、ふっと表情を和らげた。


「だからこそ……今度の原初の溟渤の遠征。是非とも、成功させたいねぇ」

「え? 何の関係があるんすか……?」


 話の繋がりが分からず、流護は呆けた顔で聞き返す。


「極めて純度の高い魂心力プラルナの回収。これがなされれば、魂心力プラルナという存在そのものに対する認識が変わる可能性があるんだ。目に見えない神の恵みという考えから、目に見えて利用できるエネルギー……といったようにね。そうなれば、より研究も進めやすくなる」


 魂心力プラルナに対する認識が変われば、いつかレドラックの変異についても公にできる日が来るかもしれない。

 メガネを押し上げ、博士はどことなく得意そうな笑顔となる。


「ボクらは今……大きく時代が変わる、その節目に立とうとしているのかもしれないよ」

「はあ……」


 流護としてもそうは思うのだが、まだ今ひとつ実感がない話だった。今回の任務が成功し、例えば自分でも封術道具を使って通信が飛ばせるようになれば、また違ってきたりするものだろうか。


「まあとりあえず、当日は護衛よろしくね。有海遊撃兵」

「はは……。そういや博士は、こういう遠出は初めてになるんすか?」

「そうだねぇ。レインディールの研究員として遠征に同行する、なんていうのは初めてだよ。引きこもりのボクまで引っ張り出す以上、それだけ王様も本気だっていうことだね」

「なるほど……」

「今回の任務で魂心力プラルナのことがより詳しく分かれば、レドラックがああなってしまった原因も解明できるかもしれない。とりあえず、一緒に頑張ろうじゃないか」


 心なしか博士は目を輝かせているようだった。やはり未知のものに対する探求というのは、研究者という人種の心を刺激してやまないのだろう。


「博士……長距離の馬車の移動とか大丈夫っすか? 慣れないとキツイかもしんないすよ。研究もいいけど、今からちょっと体力つけておいた方がいいかも」

「そ、そうかな?」


 久しぶりに日本人同士で語らい、夜は更けていくのだった。

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