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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
8. プログレッシヴ・イーラ

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282/710

282. 築き上げたもの

 王都レインディール十八番街、通称『職人街区』。

 煙や金属の匂いを感じながら、流護はやたらと縦長なその建物を後にした。

 出入り口の脇には大きな木製の看板。『竜爪の櫓』と、まさしく竜の爪で刻んだかのような文字が荒々しい。一階は工房、二階が店舗となっている、騎士団御用達の武具店だった。


「ふーむ……」


 自らの両腕に巻いた、灰色の手甲。ファーヴナールの外皮を利用したその防具をまじまじと見つめる。

 ディアレー降誕祭を控えて――という訳でもないが、長らく使い続けたこの防具のメンテナンスのため、流護は一人この店を訪れていたのだった。


(しっかし、丈夫だよな……)


 幾度もの闘いを潜り抜け、様々な術を凌いできた。そろそろガタが来ているのでは……と思っていたのだが、店主である職人ウバルの見立てによれば、修繕は必要なしとのこと。

 そもそもこの手甲、製作段階で外皮を剥ぎ取ったり加工したりする際に、何本もの刃物をダメにしてしまったほどの職人泣かせな硬度を誇るのだとか。

 まだ当分好きに使ってくれて問題ないぜ、とのウバルのお墨付きをもらい、結局何もせず出てきたのだった。

 ちなみに、店は傭兵と思しき者たちによって珍しく混んでいた。初めてここを訪れたときは、自分とベルグレッテ以外に客は一人しかいなくて――


「おや、リューゴくんか?」


 小手を見つめながら物思いに耽っていると、不意に横からそんな声がかかった。

 呼ばれるままに顔を向ければ、路地をこちらへやってくる淡く儚げな雰囲気の美青年。歳は二十歳前後だろう。背丈はこの世界の住人にしてはやや低めで、百八十センチに満たないように見える。いかにも旅の剣士といった風体のその人物は、


「あ……! ローディス……だよな」

「うん、久しぶり」


 その名を、ローディス。

 初めてこの『竜爪の櫓』を訪れた折に店内にいたただ一人の客で、ファーヴナールの小手ができるきっかけとなった人物でもある。彼の助言があって、この堅牢な防具は生まれたのだ。これがなければ、天轟闘宴で優勝を飾ることはできなかっただろう。


「いや、その節はどうもっす。おかげで、防具もこうして」

「ああ、ファーヴナールの手甲か。僕の思いつきが役に立ったようで何よりだよ。今日は一人かい?」

「ええ、まあ。そういうそっちは、またウバルさんに用で?」

「うん。ちょっと、装備の調整に」


 初めて出会ったときもそうだった。彼は、ウバルと何やら見積書のようなもののやり取りをしていたのだ。


「ローディスは……冒険者なんだっけ」

「そうだね」


 冒険者というと、ファンタジー世界を舞台としたゲームなどでもよく見聞きする存在だ。

 剣と魔法の世界では鉄板、世界を自由に旅する花形的存在――そんな印象を抱きがちだが、このグリムクロウズにおける彼らは必ずしもそうとは限らない。

 各地を冒険しながら、自由気ままに生きていく。

 そう表現すれば聞こえはいいが、それは言い換えるならば、『何らかの事情で生まれ育った地を離れ、確実な収入の保障もないまま危険な外の世界を渡り歩いている』ということ。常に死の可能性がつきまとっている。

 知に優れていれば、識者になればいい。武に秀でていれば、兵になればいい。

 それら才覚があったとしても、やむを得ない理由から仕事につくことができない者。そういった『何か』を抱えている人間が、冒険者となる傾向にある。

 柔和な物腰で人当たりもいいローディスだが、彼もまた訳ありな過去を秘めている一人なのかもしれない。

 もちろん、ただの自由気質な風来人という可能性も否定はできないのだが。


「今回、ちょっとした用事で王都まで来たからね。せっかくだから、ウバルさんに装備を見てもらおうと思って」

「なるほど」


 歩道端でそんな風に話し込んでいると、『竜爪の櫓』や近隣の店へ、次々と物々しい武装姿の者たちが入っていく光景を目にする。それこそ冒険者か傭兵か、とにかくその数がいつもより多い。


「何だ……? 店ん中もそうだったけど……やけに人が多いな」

「最近、怨魔が増えてるみたいだからね。おかげで実は僕たち冒険者は、ここのところ羽振りが良かったりするんだ」

「へー、まじで」


 思い返してみればここ二ヶ月ほど、怨魔の出没報告がやけに多くなっている。


 例えばレフェへ向かう道中、エウロヴェンティの街でミョールと出会ったあの夜。

 そもそも彼女と相席したうえで同じ部屋に泊まることになった理由は、北の平原で怨魔が大量発生し、それを討伐するために集まった者たちで宿が満室になってしまっていたことにある。

 レフェから戻ってきた直後も、クレアリアが怨魔討伐に駆り出されており、城を留守にしていた。


「怨魔が増えてる、か……」


 それこそRPGなどでありがちだが、「最近、魔物が増えてきておるんじゃ」といったセリフのような。ボス的存在によって怪物が活性化しているなど、密かに不穏な事態が進行している演出の一つとしてそのような状況が描写されることがあるが……。


「秋になると大量発生したりする個体もいるからね。学院でも、校外実戦授業で生徒たちが駆除に動員されたりしてるだろう?」

「あっ。俺その時、他の仕事に出てて参加できなかったんで……。つか、ローディス詳しいな。校外実戦授業のこと知ってるとか」

「まあね。冒険者っていうのは、情報が命だからね」


 校外実戦授業。

 毎年、夏の残暑もようやく収まる時分になると、南方の一部地域にて、カテゴリーEに属する虫型の怨魔が大量発生する。放っておくと農作物などに甚大な被害が出てしまうため、早急な駆除が必要となるのだが、これにミディール学院の生徒が動員されるのだ。兵の負担軽減や、生徒らに比較的安全な実戦経験を積ませることが目的である。

 流護はローディスに言ったように、予定が合わず同行できなかったが、一ヶ月近く前に例年通り行われたと聞いている。

 ベルグレッテが皆を指揮しつつ華麗に立ち回り、ミアがそんな少女騎士に見とれて黄色い歓声を上げ、エドヴィンが討伐数を稼ごうと躍起になって突っ込んで倒れ、レノーレが無表情で危なげなく敵を排除し、虫も戦闘も苦手なアルヴェリスタが真っ青になって逃げ惑い、ダイゴスがそんな級友らを補佐しつつ頷きながら見守る。そんな感じだったそうで、実にいつも通りである。

 何だかんだとお祭り騒ぎ的な盛り上がりを見せる行事とのことで、後に話だけ聞いた流護としても参加してみたかったなと思ったものだった。


(あ……そういや、確か)


 この校外実戦授業でも想定外の怨魔が出現し、軽いケガ人も出てしまったと聞いていた。


「今までにも、こんな……怨魔が増えたとか、そういうことってあったのか?」


 道行く戦士たちを眺める流護が零した、そんな何気ない疑問に対し、


「そうだね。定期的に、こういうことはあるよ」


 さらりと答えたローディス。


「……ああ。定期的に、ね」


 その横顔が、やけに憔悴しているように――疲れきっているように見えて。


(……? なん、だ?)


 流護はしばし、意味ありげな彼の美貌をまじまじと凝視してしまった。


「さて。それじゃあ僕は、そろそろウバルさんの所へ行ってくるよ。混みようからして、結構待たされそうだしね」

「あ、ああ」


 刹那の物憂げな顔が嘘のように。


「またね」


 パッとこれまで通りの表情に戻ったローディスは、足早に『竜爪の櫓』へ続く階段を上っていった。






 王都十三番街。高級喫茶が立ち並ぶ小洒落た景観の中、その建物の軒先からぶら下がる看板には、流れるような字体で『モンティレーヌ』と記されている。

 上流貴族や王室が贔屓とする、大人気の高級菓子店だった。


「ご覧になって。こちらのマロンショコラもおいしそうですわ!」

「あら、すてき!」


 見るからに貴族の令嬢だろう。煌びやかな身なりの少女二人が、ショーケース内のケーキを見ながら上品にはしゃいでいる。


(うーん、場違い感やべえなおい……)


 女性向けの装飾が目立つ華やかな店内で立ち尽くしながら、流護はこそばゆい居心地の悪さを感じていた。

 別に流護自身、ケーキや菓子が食べたい訳ではない。せっかく王都にやってきたということで、ベルグレッテやミアへの土産を買っていこうと思い立ったのだった。


(つか、違いが分かんねえ……。クリームならクリーム、チョコならチョコで全部一緒とかじゃねーのか。なんでこんな種類いっぱいあんだ)


 どれにしようか悩んでいると、新たな来客を告げる鐘の音がカランコロンと鳴り渡る。直後、


「あっ……リューゴ、さん?」


 聞き覚えのある、控えめな声がやんわりと届く。

 顔を向ければ、黒いゴシックドレス姿の少女が遠慮がちに入店してくるところだった。

 日本人としても通用しそうな、それでいて目鼻の造作がくっきりした愛らしい顔立ち。あと五年もすれば、とんでもない美人になるだろう。腰近くまで伸びた栗色の髪が、上質な糸束のようにふわりとなびく。

 見知っているその小柄な少女は、


「おお、リーフィアじゃねえか。奇遇だな、こんなとこで。元気だったか?」

「は、はいっ」


 相変わらずというか、返事をするにも一生懸命。

 リーフィア・ウィンドフォール。王都テロが起きる直前に知り合った、風の『ペンタ』たる少女である。

 一人か? と尋ねようとして、店の外に白衣を着た女性が佇んでいることに気付く。リーフィアの幼さや未熟さ、そして希少さを考えたなら当然というべきか、やはりまだ単独行動は許されていないようだった。


「リーフィアは、この店にはよく来るのか?」

「い、いいえ。今日は特別で、ごほうびにケーキを買ってもいいと言われまして……」

「ごほうび?」

「は、はいっ。少しずつですけど、通信の術が成功するようになってきたので……!」

「おお、そうなのか」


 心から嬉しそうなリーフィアに、流護も自然と顔が綻ぶ。

 と、そこでクスクスと押し殺した笑い声が聞こえてくる。


「ねえ、聞きまして? 通信の術ですって」

「ふふ。一生懸命で、可愛らしいじゃありませんの」


 先ほどから店の奥にいる、貴族然とした少女たちだった。

 特に悪意ある口ぶりではなかったが、その囁きが聞こえたのだろう。


「っ~……」


 リーフィアは耳まで赤くして、恥ずかしそうに縮こまってしまう。相も変わらず、非常に気弱な少女だった。


「幼き日の私たちを見ているようですわ」

「そうですわね、うふふふ」


 術の扱いを苦手とする未熟な娘が、初歩的な技術である通信術の成功に喜んでいる。

 高貴な彼女らは、そんな風に思ったに違いない。


(はは……リーフィアが『ペンタ』だって知ったら、どんな反応すんだろな……)


 それも潜在能力は随一。

 気を抜けば無自覚に生じる烈風。それによって日常生活がおぼつかないほどの異常さ。ただ挨拶しようと頭を下げただけの彼女に、流護は文字通り吹き飛ばされている。

 これほどの力を持つリーフィアが実際に神詠術オラクルを行使したらどうなるか、もはや推して知るべしといったところだろう。詠唱の余波で生じる巨大な竜巻は、詠術士メイジの攻撃術すら容易に弾く。果ては遥か上空の雲をも吹き散らし、天候すら変化させてしまう。術が直撃すれば、対象は遥か天空へと盛大に巻き上げられる。

 絶大、という表現ですら足りぬほどの力を秘めた風の少女。

 しかし、そんな己の力を忌み嫌っていた彼女は、まともに詠術士メイジとしての鍛練を積んでこなかった。そのため、基礎的な技能の行使もおぼつかない。

 それでも王都テロの一件を経て、自らの力と向き合えるようになった。以降、地道な努力を続けていると聞いていたが、ようやく通信術も形になってきたのだろう。

 ……ちなみに、油断すれば周囲のものを吹き飛ばしてしまう風のだだ漏れっぷりも、どうにか抑えられるようになったらしいと聞いている。もっとも、そうでなければこの店の中が大変なことになってしまうのだが。


「そうだ、ケーキで思い出した。リーフィアって、自分でケーキ作ったりとかすんのか?」

「あ、え、は、はい。たまに……。た、たいしたものはできませんけど……」

「あー。やっぱそうなのか」

「……、」


 そこで「どうしてそんなことを?」と言えないのがこの少女である。そわそわしているリーフィアの心情を察して、流護のほうから切り出していく。


「いやさ。随分前の話だけど……ロック博士が、リーフィアのケーキを楽しみにしてるだとか何とか言ってたことがあったから。市販のケーキならそんなこと言わねーだろうし、自分で作るのかなと思ってさ」

「あ、そ、そうなんですか」


 今や懐かしい、あのミディール学院へ流れ着いた当初のこと。

 流護の異常な身体能力について秘匿すべきと助言した博士自身が、リーフィアのケーキに釣られたという理由でエドヴィンに情報を売り渡したあの出来事。それももはや、遥か昔の話に思える。

 うるさくならない程度に他愛ない会話をしつつ、二人で菓子を選んでいると、


「兄妹かしら?」

「微笑ましいですわね」


 買い物を終えたらしい先ほどの貴族の少女らが、そんな風に談笑しながら店を出ていった。


「ははは。聞いたか? 兄妹だってさ」


 その後ろ姿を見送った流護が苦笑しつつ言ってみると、


「そ、そんな……! わ、わたしなんかが……と、とんでもないですっ」


 あわあわと全力で否定されてしまった。それはそれで悲しいものである。

 ともあれ、こうして焦った拍子に微風が吹き出さなくなったのは、大きな成長といえるだろう。


「よーし、リーフィア。俺からも通信術のお祝いだ。どれか一つ奢ってやろう」

「そっ、そんな! わ、悪いですっ」

「いいからいいから。選びなされ、妹よ」


 彼女が強く断れない性格であるのをいいことに、半ば強引に奢りにかかる流護だった。






 秋が訪れ、目に見えて日照時間が短くなった。

 夕方前に王都を出ても、学院へ到着する頃にはすっかり真っ暗闇となってしまう。


「ベル子、いるかー?」


 夜の明かりが灯された学院に戻ってきた流護は、その足で少女騎士の部屋へ。


「はーい。お帰りなさい、リューゴ」


 すぐさま顔を出して出迎えてくれたベルグレッテに、お土産だぞーとケーキの包みを掲げてやる。


「え、モンティレーヌの……!? い、いいの?」

「確か、このケーキ好きだったよな?」

「ま、まあ……。嫌いじゃないわね」

「ぷ、はははは。何でケーキに対してちょっとツンツンしてんだよ。素直じゃない感じっつーかさ」

「だっ……だって私、ロイヤルガードだし……」

「別に、ロイヤルガードがケーキ好きでもいいだろ。年頃の女子なんだからさ。ほら、こないだミアのこと甘やかしすぎって怒られたから、じゃあ今度は平等にベル子も甘やかそうと思って」

「そ、そこは甘やかさないように気をつけるところなんじゃないの? もうっ」


 そんなことを言いつつも嬉しそうなベルグレッテの顔を見ると、買ってきてよかったなあと思える流護だった。

 相も変わらず生真面目な少女の堅物っぷりに苦笑しつつ、自然と立ち話に興じる。

 ローディスと出会ったこと。リーフィアと出会ったこと。

 そんな会話の最中さなか、ベルグレッテがクスリと微笑んだ。


「ん? どしたベル子」

「ううん。リューゴの交友関係も、随分と広がったんだなぁと思って」


 自分のことのように嬉しそうな彼女の顔。

 何だか気恥ずかしくなって、少年はつい目を逸らしてしまう。


「な、何だよ、生温かい目でしみじみと……。まあ、でも確かに……そうだな」


 五ヶ月前、この異世界へと迷い込んできて。

 右も左も分からなければ、行く宛もない。知人もいない。あったのは不安や疎外感ばかり。

 それが気付けば、今や多くの人々に囲まれている。戦いや交流の果てに築き上げてきたものに、包まれている。

 目の前の少女に、特別な思いを抱くようにもなった。


「……ベル子。あのさ」


 それが、叶う恋なのかどうかは分からない。


「うん?」

「これからも、よろしくな」


 ただ自然と、そんな言葉が溢れ出していて。


「な、なによ急に……。どうしたの?」

「い、いや……何となく」

「も、もうっ。へんなリューゴ」


 二人、照れながらも示し合わせたように笑い合う。


 こんな日が、ずっと続いていくのだと。脅かされそうになれば、守り、続けていくのだと。

 密かに思いを寄せる少女の笑顔を前に、流護は決意を改めた。強く、微塵も疑うことなく。

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