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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
8. プログレッシヴ・イーラ
270/673

270. 安寧

 翌日、昼神インベレヌスが山の向こう側へ退散しようとしている夕刻。


(あー、やっとこさ帰ってきた……)


 すっかり見慣れたミディール学院の大きな門を潜って、流護は安堵の溜息をついた。


(何つーか、こう……瞬間移動テレポートみたいな神詠術オラクルがありゃあな~)


 往復するだけで八時間もかかる学院と王都の距離を一瞬で行き来できたなら、どんなに楽だろう。ファーヴナールの事件のときのように学院が襲われることがあれば、一瞬で城から兵士たちが駆けつけることもできる。魔法そのものな力が存在する世界だというのに、そういった類の便利術は存在しないのだそうだ(ロック博士談)。厳密には「まだ現時点では見つかってないだけだけどね」とのことではあるが……。悪魔の証明というか、研究者らしい言い回しというべきか。

 正直この世界の人々は、移動行為だけで相当な労力を消費しているような気がする。


「はー……」


 そんな夢想をしていても仕方がない。溜息ひとつ、敷地内を見渡す。

 生徒たちは本日の授業も終わり、思い思いの時間を過ごしているのだろう。ベンチに座って談笑する者、木陰で読者に興じる者……と様々だった。

 とりあえず学生棟の自室に戻ろうかと中庭を歩き始めたところで、


「リューゴくううぅぅん!」


 校舎のほうから、すごい勢いでこちらへと走り寄ってくる女生徒の姿を発見する。


「リューゴくーん!」

「おーう」


 そんな彼女に手を上げて応えるのだが、


「リ、リューゴくぅーん……!」

「おーう……」

「リューゴ……、くーん……」

「おうー……」


 勢いだけは立派なものの、運動が苦手で足も遅い少女は、なかなかこちらに到着しない。仕方ないので、流護のほうからも歩み寄っていく。そうすることでやっと、二人は面と向かい合うことができた。


「リ、リューゴくん、お帰りなさい! ぜはー、ぜはー、ごふっごふっ」

「はは、大丈夫か? ただいま、ミア」


 赤茶色のショートヘアと幼い顔立ち、小動物じみた雰囲気が特徴的な元気娘。今は流護の奴隷でありながら学院の生徒として詠術士メイジを目指す少女、ミア。ある理由から、苗字はなくなって久しい。

 ここで会ったなら渡しておくか、と流護は自分の荷物を探る。


「ほれ。お土産買ってきたぞー。なんだっけ……えーと、サンブディフ地方の銘菓、ウェセタードーナツ……だってさ」

「わっ、ありがとう! あけてもいい?」

「おう」


 任務で遠出した場合は、その地方の名産品を買って帰る――というのがすっかりおなじみとなっていた。気分は出張帰りのお父さんである。


「うわあ! おいしそう! 食べてもいい!?」

「おう。食べなされ、食べなされ」

「やった! いただきまーす! むぐ……、むぐ……おいひい!」

「うんうん。そりゃよかった」


 もしゃもしゃと菓子を頬張るミアを見ていると、流護も自然と頬が綻んだ。何というか、夢中で餌を食べるハムスターを見守っている気持ちになれる。正直、一日中眺めていられる自信があった。


「……、……むぐ、うまい!」

「……」

「…………もぐ……」

「……」

「……リ、リューゴくん……」

「ん? どうした」

「そんなに……食べるとこじっと見られてると、恥ずかしいよ……」


 ミアは顔を赤らめ、ぷいと後ろを向いてしまった。


「おっ、おう。悪い悪い。ミアはいっつもうまそうに食うからさ、こっちも買ってきた甲斐があるなと思って、つい」

「そ、そう?」


 慌ててそう言えば、小さな少女は嬉しそうにまた前を向く。やはり落ち着きがないハムスターのようで微笑ましい。


「ベル子は?」

「ん、ベルちゃんなら先生に日誌出しにいったけど……すぐ来るんじゃないかな」


 ミアがドーナツをもっしゃもっしゃと頬張りながら校舎のほうを振り返れば、


「あ、ベルちゃーん!」


 まさにちょうど彼女が扉から出てきたところだった。

 ミアとは対照的に落ち着いた物腰でやってきたベルグレッテは、花のような笑顔で流護を迎える。


「おかえりなさい、リューゴ」

「おう、ただいま」


 藍色の長く美しい髪と、薄氷色アイスブルーの瞳。何かの見本のような美貌と、気品溢れる立ち振る舞い。周囲の生徒たちと同じ学院の制服を着ていても、身分のあるお嬢様なのだと一目で予想がつく。

 ロイヤルガード見習いの少女騎士、ベルグレッテ。

 見慣れながらも見とれてしまうその容姿は相変わらずだが、以前の彼女とは一つだけ異なる点があった。


 腰に提げられた、暗銀色の長剣の存在である。今は同色の鞘に収められているが、細く長い、黒みを帯びた両刃の得物だった。


 これは、ベルグレッテの兄の遺品。『帯剣の黒鬼』と呼ばれていた怨魔から十年越しに回収した、今は亡きガーティルード家の長男が愛用していた剣。

『黒鬼』の右腕に突き刺さっていたこの刃は、かの怨魔の体色と同じような黒に染まっただけでなく、その圧倒的な硬度や鋭さまでもを受け継いでいた。

 騎士団ご用達の武具店、『竜爪の櫓』の主人であるウバルにもその原因は分からず、神詠術オラクル研究の第一人者たるロック博士や、果ては教会のシスターにまで助力を仰いだが、結局真因や詳細は不明なまま。

 ベルグレッテとしては兄の愛剣を元の姿に戻したいという思いもあったようだが、一方でこの剣は現在、とんでもない業物に変じているともいえる。

 父親であるルーバートの勧めもあって、彼女は複雑な思いを抱きながらも、この剣を携えることにしたのだった。


「リューゴ……疲れてない?」


 宝石のような瞳で流護の顔を見つめていたベルグレッテは、会うなりそんなことを言ってくる。


「え? そう見えるのか?」

「ん。目の下、クマができてるわ。このところ、激務続きだったし……」

「んー、やっぱそうなんか。カルボロにも言われたしなあ……」


 正直、あまり自覚がないのだ。任務に慣れてきたためでもあるのだろう。しかしやはり水で腹を壊したりするようでは、確かに疲れているのかもしれない。

 ぱきぱきと身体を捻っていると、少女騎士が目を伏せて呟く。


「……リューゴの前任の遊撃兵も、激務を続けがちな人だったわ」


 前の遊撃兵。それは確か――


「だから、しばらくの間はしっかり休むこと! 要請があったからって、安請け合いしすぎないようにっ」

「お、おう」


 人差し指を立てて言い募るベルグレッテの勢いに押され、思わずガクガクと頷いた。


「んっ、ならよし。……ところでミア」

「むぐ?」

「まーた、夕ご飯の前にそうやってお菓子を食べて……」

「うう、だってせっかくリューゴくんがくれたんだし……」

「夕ご飯のあとにしなさいっ」

「はーい……」

「リューゴも、ミアにお願いされるまま食べていいって言ったんでしょ。あんまり甘やかさないようにっ」

「え、俺もすか? あっ、はい」


 二人揃って小さくなった。


「ベルちゃん、厳しいおかーさんみたーい」

「なー。ベル子ママは厳しいよなー」

「も、もうっ! からかわないでってば」


 そんなこんなで、三人揃って学生棟へと向かうのだった。






 また夕食時にということで二人と別れ、学生棟一階の片隅にある自室へと入る。

 以前は家具らしい家具もない閑散とした一室だったが、今ではそれなりの金をはたいて購入した調度品が所狭しと並んでいた。特に大きなベッドはお気に入りで、一日の終わりにまどろみながら横たわっている時間はまさに至福の一時といえよう。


(……今更ながら変わったよな、まじで)


 この部屋を宛がわれた当初は、帰る方法を探すための一時的な仮住まいのつもりでいた。あるのは備え付けの棚と寝るときに使うシーツ程度で、ひたすら殺風景だった。

 それが今や、心置きなくくつろげる空間……間違いなく自室と呼べる場所になっている。

 ソファへ荷物を投げ出し、村の少年にもらったどんぐりをポケットから取り出す。


(騎士さまありがとう、か……)


 思い出して照れくさくなりながら、丁寧に棚の引き出しへと入れる。そのままふと机の上に目を向けて――


(……あ)


 そこに積まれている封筒の束に、意識が吸い寄せられた。仕舞おうと思って忘れていたものだ。

 それは、近況を知らせる手紙だった。


「……はは」


 記憶が呼び起こされる。

 約二ヶ月前、東の隣国であるレフェ巫術神国にて開催された催し、天轟闘宴と――その後の顛末。

 羊皮紙の一枚を手に取る。差し出し人の名前は、古いイリスタニア語――地球出身の少年には英語としか思えない流麗な筆跡で、こう記されていた。

 ミョール・フェルストレム、と。

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