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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
2. デュアリティ
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27. 『双流』

 走り出した二人に、暗殺者の追撃は来なかった。

 おかげで一気に距離を稼ぐことはできたが、


「はっ、はぁっ……、はっ」

「姫様、大丈夫すか?」

「は……、はいっ、だ、だいじょう、ぶ、ですっ……はっ、はう」


 大丈夫じゃなかった。

 かといって、ゆっくり休む訳にもいかない。


「……、はあっ、いえ……意地を張っては、みなに、迷惑が、かかって、しまいますね……」


 リリアーヌ姫は呼吸を整え、顔を上げた。そしてどこか、思いつめた表情で言う。



「リューゴどの。わたくしを、抱いてくださいませんか?」



「――――――――――――――――え?」


 少年の呼吸が停止した。


「厚かましいお願いかとは存じますが……走ることもままならないようでは、申し訳が……いえ、抱え上げていただくのも、申し訳ないことに違いはないのですが」

「……ん? あれ? 抱え上げる?」

「は、はい」

「あ! おお! そっちの意味か! あ、ああ……びっくりした」

「?」


 思春期の少年だった。

 思わず「つ、吊り橋効果ってやつか!」などと考えたことが、刹那のうちに黒歴史へと変わる。死んだほうがいいかもしれない。


「え、えーとじゃあ、失礼しますが」

「はっ、はい! どうぞ!」


 なぜかリリアーヌ姫は両手をぐっと握り締め、気合を入れた表情になる。

 ……まあ、『抱え上げる』にしても、流護としては充分に躊躇があるのだが……そうも言っていられない。

 思い切って、すくい上げるように姫を抱きかかえた。


「きゃっ!」

「なっ、な、なんかまずかったっすか!?」

「い、いえ、驚いただけです! あまりに軽々と持ち上げられるので、びっくりしました……! すごい力なのですね! さあどうぞ!」


 軽々も何も、ベルグレッテやミアに違わず、リリアーヌ姫もとんでもなく軽い。抱えたまま、どこまででも行けそうだった。あとやっぱりいい匂いがする。

 しかしまさか『本当のお姫様抱っこ』をする日が来るとは……などと思いながら、流護は闇の中を走り出す。






 水と火の双刃がぶつかり合い、蒸気を吹き上げた。

 双方とも意に介さず、数合、剣を交える。

 暗殺者が後方へ大きく跳び、間合いを取った。


「…………」


 ベルグレッテは無言で剣を構え直す。


(……この暗殺者、どうして……)


 再度。

 違和感を熟考するいとまもなく、暗殺者が鋭く踏み込んで間合いを詰めた。


「――水よ!」


 ここでベルグレッテは解き放つ。


「ッ!」


 暗殺者が目を剥いた。

 彼自身が持つ、松明のように明るい炎の剣によって照らし出される、巨大な水の塊。

 その威容は――まるで大蛇。

 そう。先ほどの会話中、暗殺者が炎の双刃を生み出すための詠唱をしていたのと同じく。ベルグレッテは、この技の詠唱を終えていた。


「――はあぁっ!」


 逃げ場のない狭い路地に、誰かがアクアストームと名付けた膨大な奔流が炸裂した。






「姫様、道分かりますか?」

「い、いえ。わたくし、まったく存じません……」


 それはそうだろう。薄汚れた、建物と建物の隙間みたいな道に、姫が詳しい訳がない。

 流護も、入院していたとはいえほぼ初めてといっていい街なのだ。分かるはずがない。

 クレアリアではないが、自分に任せて良かったのかと流護は思ってしまった。


 下手に動き回っても迷うだけだし、リリアーヌ姫も疲弊してしまう。最悪、自分から他の敵に遭遇してしまう可能性もある。


 流護は窓のない壁際の隅、積み重ねられた廃材が自然と屋根を形作っている場所へと移動した。

 ここならば、誰かが来てもすぐに分かるうえ、奇襲にも対応しやすいはずだ。

 流護の想像もつかないような神詠術オラクルで攻撃される可能性もあるが、そんなことを言い出したらきりがない。


「もう、ここで二人を待ちませんか? 姫様」

「そうですね……そうしましょうか」


 リリアーヌ姫をゆっくりと地面に下ろす。


「ありがとうございました、リューゴどの」


 彼女は満面の笑みを見せる。上辺だけでない、心からの感謝が伝わるような表情だった。


「あ、は、へえ」


 一歩間違ったら惚れてしまいそうな破壊力を誇る笑顔から、少年は慌てて目を逸らした。

 まるで雨宿りでもするみたいに、二人は屋根の下に立つ。


 ……ベルグレッテは……あの二人は、大丈夫なのか。

 流護は路地の先へ広がる闇を見つめ、考える。

 ちょうどこんな汚い路地裏でケンカをした経験は、何度もある。刃物を相手にしたことだってある。

 しかし。

 明確な殺意を持った――『最初から殺すことを目的とした人間』を前にしたのは、当然これが初めてだった。

 ……明らかな『殺戮者』と、あの二人は対峙している。


「ベルたちが心配ですか?」


 不安が顔に出ていたのだろう、リリアーヌ姫が上目遣いで訊いてくる。


「そりゃ、まあ……」

「大丈夫です。あの二人、とっても強いんですから」


 頷きながら言うその瞳は、疑うことを知らないかのように輝いていた。


「姫様、意外と落ち着いてますよね」

「視察や『アドューレ』のたびに狙われることは、残念ながら……珍しくはありませんから。……はぁ。みなさん、そんなにわたくしのことが嫌いなのでしょうか……」


 逆だろう。

 本来ならば姫と接点など持たずに一生を終えるはずの平民が、嫌がらせをすることで『姫にびっくりしてもらえる』のだ。

 確かに、驚いた姫の愛らしい反応を考えると、あれを見たいがために人生を投げ捨てるクレイジーな連中がいてもおかしくはないと流護は思う。


「……けれど、先ほどの者は、違いますわよね……」


 そこで初めて、不安そうな表情を見せる。

 暗殺者。

 当たり前だ。あんなものに狙われて、恐怖を感じないはずがない。


「……暗殺者に狙われたことは、今までにもあったんすか?」

「いえ……。幼い頃に一度、政治がらみでかどわかされそうになった程度で……あとは、お父さまといるときに、何度か。もちろん、刺客が狙っていたのはお父さまですけれど……」


 つまり。事実上初めて、リリアーヌ姫が狙われていることになるのか。

 世界史の成績が赤点ギリギリな流護は、当然ながらこういった事情に詳しくなかったが――それでも。もしかして今、とんでもないことが起きているんじゃないか、という不安に駆られた。


「や、やっぱベル子たち……まずい気が」

「それは、大丈夫ですっ」


 むふー、と鼻息すら漏らしながら、リリアーヌ姫が得意げな顔を見せる。


「彼女たちは一人でも素晴らしい詠術士メイジですけど、二人そろうと、もっとすごいんです。彼女たちの『二つ名』、ご存知ですか?」

「え?」


 唐突な話題に、何の話だ、と思った。


「優秀な詠術士メイジには、その個人を表す渾名あだな神詠術オラクル研究部門より贈られます。それが『二つ名』です。お父さまなら『焔武王エンブオウ』、ラティアスなら『雷閃レクレイリス』。そして、あの二人は――」






 激流が通過した後、そこに暗殺者の姿はなかった。

 吹き飛んでひしゃげた廃材。倒れて中身をぶちまけたゴミ箱。

 炎を操っていた暗殺者の姿がなくなり、路地は再びの闇に包まれている。


「……逃げた?」


 クレアリアが呟き――すぐに、思い出したように姉の顔を仰ぐ。


「あっ、姉様! あの暗殺者、もしかして姫様を追ったんじゃ――」

「…………」


 ベルグレッテは黙考する。

 クレアリアの言った通りだろうか。――危険な賭けだったろうか。いや――


「……クレア。私の隣にきて」

「え? ……は、はあ」


 背中合わせになり、互いを守るように、二人は立つ。

 姉妹で闘う場合、このように身構えることも少なくない。


「ね、姉様……? このようなことをしてる場合では……」

「しっ」


 少女騎士は、唇の前で人差し指を立てる。






 上。

 その高さ、五マイレほど。


 ベルグレッテが放った、逃げ場がないはずの水の奔流。

 それを――暗殺者は、瞬間的に発動した身体強化の神詠術オラクルによって高く跳躍し、壁に張りつくことで躱していた。

 クモさながらに石壁へとしがみついたまま、息を潜める。


 斜め下を見下ろせば、背中合わせで立つ、二人のロイヤルガード。完全に、こちらを見失っている。


 ――全て、思い通り。


 暗殺者は懐から小さなナイフを取り出す。人差し指程度の刃渡りしかない、本当に小さなナイフ。

 しかし、充分。

 人を殺めるにあたって、派手な神詠術オラクルなどは必要ないのだ。


 しばし炎の神詠術オラクルで派手に打ち合ったのには、二つ理由がある。

 一つは、明るさに目を慣れさせるため。

 もう一つは、『敵は炎の神詠術オラクルで攻撃してくる』と思い込ませるため。


 事実、再び闇に包まれた今、眼下の二人は襲撃を警戒して縮こまっている。

 彼女らは、自分のような『夜目』に特化した暗殺者ではない。まさに今、目隠しをされたと大差ない状況にいる。

 そんな中、攻撃の合図となるはずの赤い炎を見落とすまいと、必死で目を凝らしているのだ。

 しかし――そこで放たれるのは、ただのナイフ。闇に紛れて飛ぶそれは、視認することなど不可能。例え『夜目』が利いたとしても、暗闇の中で飛んでくる物体を躱すことなどできはしない。


 暗殺者は躊躇せずナイフを投擲した。

 闇に紛れた刃が、音もなくベルグレッテの喉元へと迫る。


 刹那。

 水の壁が噴き上がり、ナイフを弾き飛ばした。


「な!?」


 暗殺者は今度こそ声を上げる。

 馬鹿な。彼女らは、絶対に気付いてなどいなかった。なのに、なぜ防御できる――!?


「――七十度のX六、Y五」


 妹の呟きに、


「オーケイ!」


 姉が答えた。


 次の瞬間。

 見えない何かが、立て続けに身体を打ちのめした。


「がっ……!?」


 気絶しそうな激痛と、濡れそぼった不快な感覚。

 暗殺者は吹き飛んだ勢いで空中に身体を投げ出され、落下する。


 近づいてくる地面を見つめながら――闇に紛れて見えなくなった水の散弾を喰らったのだと、今更になって気付いていた。






「……なるほど。炎で目を慣らしておいて、本命はナイフだった訳ですか」


 クレアリアはうつ伏せに倒れた刺客を見下ろしながら、ナイフを蹴り飛ばす。


「ぐ……」


 暗殺者は辛うじて顔を持ち上げる……が、起き上がることはできなかった。


神詠術オラクルではなくナイフに頼ろうなど……神を軽視した背信行為。『ディアレーの悲劇』でも気取ったのかしら? 虫唾が走る。さすがは薄汚れた殺し屋稼業ですね」


 倒れたまま呻く男に冷たい視線を送ったまま、心底つまらなそうに続けた。


「王族を狙った愚か者が表に出ることは二度とありませんし、折角だから教えてあげましょうか。私の水は、完全自律防御。『範囲内に高速で飛来した存在』に反応し、例え私自身が気付いていなくとも、自動で水の壁を展開できるんです。壁に攻撃が触れた時点で、それがどこから飛んできたものなのかを察知し、相手の位置を割り出します」

「……!」


 暗殺者の顔が驚愕に歪む。


「お分かりいただけました? つまり貴方が何をしようと無駄。この私――『神盾エイジス』を突破することなど、最初から不可能だと決まっていたんです」


 刺客はうなだれるように、ガクリと顔を伏せた。


「もういい? クレア。それじゃ、引き渡しましょ。暗殺者があと何人いるかも分からないし」

「ド、ドライですね姉様。……でも姉様も。あの男にかまけていた割に、腕は鈍っていないようで安心しました。さすがは『蒼流舞カーレントワイト』ですね」

「べ、べつに、かまけてなんていないわよ。あと二つ名で呼ぶのやめて」

「何故です? 名誉ある者にしか与えられないものですのに」

「なんていうんだろ……こう、むずむずする。なんか恥ずかしい」


 だから、流護には教えていない。


「何か言いました?」

「う、ううん。じゃあ、ちょっと通りに通信飛ばしてみるね」


 先ほどと違い、今は姫が一緒にいないので広域通信も問題はない。


『はぁーいリーヴァー、デトレフでぇーす!』


 突然響き渡った大声に、倒れたままの暗殺者までもがビクンと跳ねた。


「わ、びっくりした。リーヴァー、ベルグレッテです。暗殺者とみられる刺客を一名、確保したので……護送の依頼をと思いまして」

『えぇ、ほんとに!? もう一人も捕まえたの? 了解、これから向かいまーす』


 デトレフは変わらず間延びした声で答えて、通信を終えた。


「…………?」

「姉様? どうかしました?」

「……ん、ううん。なんでも」






 数分と経たないうちに、とぼけたような足取りでデトレフがやってきた。


「はい、お疲れさまでぇーす」


 雑な敬礼もそこそこに、倒れた暗殺者を見下ろす。


「――はぁ。んじゃ、行きましょうかねぇ。暗殺者さん」

「……!」


 額に手を当てながら溜息をつくデトレフ。その軽い口調と反する鋭い眼光に、暗殺者は目を見開く。そう。どこか抜けているようでいて、この男も六十四名しかいない精鋭、『銀黎部隊シルヴァリオス』の一員なのだ。


「んじゃ、こいつは責任持って僕が引っ張っていくんで。……って、あれ? 姫様は?」


 その言葉に、今頃気付いたのか、といった表情で顔を背けるクレアリア。


「あ、はい。今ちょっと、避難してもらってて」


 そんな妹とは対照的に、姉は丁寧に答えた。


「そうなんだ。じゃあ、今日はほんとお疲れ。ロイヤルガードの面目躍如だったね。では失礼しまっす」


 デトレフは敬礼の動作を取り、拘束した暗殺者を引っ張って歩いていった。


「そうです、早く姫様と合流しないと。あのような男になど、任せてはおけませんから」


 クレアリアは、流護たちが逃げていった方角へと走り出す。


「……まったくもう」


 ベルグレッテも、後に続いた。






「……で、これが残心っていうんすけど……」

「まあまあ! なんというのでしょうか。こう、流れるような美しさを感じる動きですわよね。素敵です! それはあれですか? 勝利のキメポーズのようなものでしょうか?」

「キ、キメポーズ……? いや、敵を倒したとしても、油断をしないためのっていうか」

「なるほど……古来より、油断大敵といいますものね。素敵です!」

「あ、はい。ど、ども……、お、ベル子! 無事だったか!」


 ベルグレッテたちが駆けつけると、流護は何やら武術の動きをリリアーヌ姫に披露しているところだった。


「あっ、うん。……なにやってるの? 二人とも」

「いや、姫様がファーヴナールを倒した技を見たいと……」

「は、はあ。そうなんだ。二人がどこまで逃げたのかと思って、急いで走ってきたんだけど……こんな近くにいるとは思わなかったかも」


 少し拍子抜けしたように、しかし安堵したように少女騎士は言う。

 路地を逆走して三分も経たないうちに、姉妹はリリアーヌ姫と流護に合流したのだ。


「いやさ……姫様も俺も、道が分かんないしな……」

「あ……、それもそうだね……」

「はぁー……。だから言ったんです。こんな男に任せるべきではないと」


 クレアリアが溜息を隠しもせず、うんざりした口調で言う。


「まあまあ。新手も来なかったですし。よしとしましょう!」


 笑顔のリリアーヌ姫が、ぽんと手を叩く。


「ところでさ。暗殺者はどうなったんだ?」

「どうなった、って……倒したからこそ、私たちがここにいるに決まってますでしょう?」


 クレアリアは心底「このバカは何を言ってるんだ」といった表情を見せる。


「倒した……のか……」

「? 何なんですか?」

「ま、まあまあ! ほら、いきましょう!」


 リリアーヌ姫に促されて、再度、全員で出口へと向かうべく歩き出すのだった。






 四人は、城近くの大通りに面した路地の出口へとたどり着いた。

 流護は建物の合間から顔だけを表通りに覗かせる。


「……さてと。見通しのいい表通りに出ちまっていいもんか……?」


 すぐ隣から、ベルグレッテも顔を出す。ふわりと甘い香りが少年の鼻孔をくすぐった。


「とはいえ、ここに出ないと城には行けないしね……」


 街は突然の『アドューレ』妨害による混乱が冷めていないのか、人の姿も少なくない。

 そんな表通りの様子を眺めていたベルグレッテは、見知った顔を見つけたらしく、手をメガホンのように丸めて呼びかけた。


「おーい、プリシラーっ」

「……? あっ、ベル?」


 呼びかけに気付いた人物が、小走りでこちらへやってくる。

 緑がかった長い黒髪をポニーテールに結わえた少女だった。

 年の頃は流護たちと同じぐらいか。背は流護よりも少し高く、百七十センチありそうだ。特別に美人という訳ではないが、利発そうな顔立ちをしている。銀色の軽装鎧に身を包み、腰には同じく銀色の長剣を提げていた。兵士だということは一目瞭然だった。


「よかった、無事? 姫様も、ご無事で何よりです。……?」


 プリシラと呼ばれた少女兵士は、姉妹、リリアーヌ姫……の後に流護を見て怪訝そうな顔をした。疑問を察したベルグレッテが説明する。


「あ、こっちはアリウミリューゴ。例の……」

「ああ、例の。ベルお気に入りの」

「ち、違うから!」

「あはは、分かってるってば。例の『竜滅』の勇者どのね。……って、ベル以上にクレアが睨んできてるし……」


 プリシラは流護のほうに向き直り、すっと頭を下げた。


「はじめまして。あたしは王宮騎士見習いの、プリシラ・ゾラです。お目にかかれて光栄です、『竜滅』の勇者どの」

「あ、えーと。アリウミリューゴです」


 流護も頭を下げる。

 そ、そうか。ベル子お気に入りか。まいったな。


「えー、でもびっくりかも。ファーヴナールを素手で倒したなんていうから、もっとこう……ヒュージコングみたいな大男かと思ってた。まさか、あたしより小さいとは」

「お喋りは城についてからにしません? プリシラ、刺客の動向は掴めてるんですか?」


 冷めた様子のクレアリアが、長い髪をかき上げながら話を切り替えた。流護の話題が出ること自体、気に入らないのかもしれない。


「あ、うん。今のところ、捕らえられた暗殺者と思わしき二名以外に、目撃報告はなし。現在、警戒続行中……ってところかな」

「……そうよね。それで、間違いないわよね?」


 突然、ベルグレッテがそんなことを念押しで確認した。


「え?」

「刺客二名を捕縛。だけどまだ敵がいるかもしれないから、現在警戒中。そうよね?」

「? そうよ。確認するまでもなく、みんなそう思うんじゃない?」

「ベル子? どうかしたか?」

「んー……。いえ、なんでも」

「変なの。よし、不肖ながらあたしも同行します。このまま、城まで行きましょう」


 三人の少女騎士たちと流護でリリアーヌ姫を固めるように護りながら、表通りを歩き出す。

 この広く明るい大通りの場合、『アドューレ』のときのような、遠くからの狙撃も警戒しなければならない。


 が、幸いにして襲撃に遭うことなく、城の入り口へと繋がる長大な階段の前までたどり着いた。


「あれ?」


 そこでベルグレッテは階段の脇にいたその人物に気付き、怪訝そうな声を漏らす。流護にも見覚えのある人物だった。


「ベルグレッテ! 姫様も……よくぞ、ご無事で」


 白いフリフリのドレスに金髪縦ロールの少女が駆け寄ってくる。


「シリル? あなた、どうしてここに?」


 先日ベルグレッテを訪ねて学院にやってきた、シリルという貴族少女だった。


「どうしても何も。無論、姫様の『アドューレ』を拝聴に参ったのです。それに、私の情報通り、姫様への奇襲がありましたわね」


 シリルはふん、と得意げに胸を反らし、すぐにリリアーヌ姫へと向き直る。


「姫様。ご無事で何よりですわ。私、カルドンヌ家のシリル・ディ・カルドンヌと申します。……覚えて、おられますでしょうか……?」

「ええ、もちろん。去年のディアレー降誕祭のときにも、お会いしていますよね。それにカルドンヌ家といえば、ロイヤルガード候補の家系の一つ。今回の件も、あなたが事前に情報を提供してくれたのだと、ベルグレッテからも聞いています。ありがとう」

「……もったいないお言葉。恐縮ですわ」


 うやうやしく頭を下げるシリル。そういった所作は様になっており、やはり本物の貴族ということなのだろう。


「ところでシリル殿。姫様が狙われるという情報は、どこから入手したんですか?」


 腕組みをしたクレアリアが尋ねる。


「ええと……街の、盛り場……ゲーテンドールの近くですわ」

「ふうん。カルドンヌ家のご令嬢が、あのような場所に何かご用事でも?」

「な、何を勘違いしているのかしら! たまたま通りかかっただけです! ええと……何やら不審な男たちが、そのように話しているのを耳にしただけです!」

「……ふーん。そうなのですか」


 クレアリアはシリルに対しても、あまりいい感情を抱いていないようだった。

 もう男どころか、姉と姫以外は敵だといわんばかりである。ハリネズミみたいなトゲトゲしさだな、と流護は内心で苦笑いした。


「……?」


 そこでシリルの視線が流護へと注がれる。


「……誰ですの? この平民は」


 覚えられていなかった。

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