表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
2. デュアリティ
26/667

26. 迫り来る闇

 炎の槍が炸裂する瞬間。

 凄まじい音を轟かせて、先の襲撃とは比較にならない規模の水蒸気が立ち上った。吹きつけるように広がった白い闇に、視界が閉ざされる。


「く……!」


 風圧を受け、流護は思わず顔を庇って手をかざす。


(……水蒸気、ってことは――)


『――チッ』


 通信に乗って、クレアリアの舌打ちが響いた。


『くどい、下郎が――!』


 続く、凛としていながらも怒りに満ちた彼女の声。

 蒸気はすぐに晴れ、壇上に――無事な、三人の姿が現われる。彼女らを包み込むように、巨大な水の壁が覆っていた。

 人垣からも、安堵の声が漏れる。


(……無事か!)


 ほっと胸を撫で下ろす流護だったが、


(でも、どうなってんだ? 今――)


 三人とも、飛来する炎の槍には気付いていなかった。

 そんな状況で、クレアリアはどうして水の壁を展開でき――


 思う間もなく。

 再度、遠方の闇に炎が灯った。

 ――二撃目が来る。


「調子に乗ってんじゃねえぇぞ、ド腐れがァッ!」


 気付いたアルディア王が激昂し、演台へ上がろうと足を掛ける。が、控えた兵士たちに四人がかりで抑えられた。


「危険です、陛下!」

「ええい、俺のこたぁどうでもよいわ!」

「違います! 陛下が暴れると、街と民が危ないんです!」


 なんだそりゃ、と流護が思う間もなく、二撃目の炎槍が直線を描いて飛んできた。

 しかし今度は壇上へ到達する前に爆音を響かせ、空中で蒸気を上げながら霧散する。

 ベルグレッテが対抗するように水の槍を放ち、炎の槍を迎撃していた。


「姫、こちらに!」


 そのままリリアーヌ姫を抱き寄せながら、素早く演台を駆け降りる。姉妹で姫を挟むように護りながら、三人は走り出した。


「おいおい、えらいことになってんじゃねーか……!」


 大混乱になって逃げ惑う人々をかき分けながら、流護もベルグレッテたちを追って走り出した。






 二人の姉妹とリリアーヌ姫は、建物の隙間にある狭い路地へと駆け込んだ。

 街灯もなく、両脇の建物と表通りから漏れるかすかな明かりだけが、辛うじて三人を照らしている。


「姫。暗く汚い場所ですが、お許しください。この暗さなら、敵に狙い撃たれることはないはずです」


 周囲を慎重に見渡しながらクレアリアが言う。


「ええ、わたくしは大丈夫よクレア。ありがとう」


 辺りの闇を払拭するかのような明るさで答えるリリアーヌ姫。


「この道を通って、なんとか城までいきましょ」


 ベルグレッテが先導して歩き始めようとした瞬間、ジャリ……と足音が大きく反響した。

 瞬時に顔を上げ、姫を護る位置取りで構える二人の姉妹。


「いや、俺だよ。俺俺」


 三人を追ってきた流護は、何か詐欺みたいだなと思いつつ、両手を上げて答える。


「なぁんだ、リューゴか。びっくりした」


 安堵の溜息を漏らすベルグレッテ。

 しかし。


「申し訳ありませんが、そこで止まっていただけますか? アリウミ殿」


 クレアリアの冷たい声が、狭い路地に響いた。


「……クレア、」

「姉様は彼のことを『少し』知っているようですけど。私は、知りませんから」


 今度は姉に萎縮することなく、朗々と告げた。


「――例えば。記憶を失ったなどと言って神詠術オラクルが使えない振りをして、まるで長槍みたいな炎を放ってくる刺客がいたとしたら……恐ろしいとは思いません?」

「はは。そりゃ策士だな」


 流護はむしろ、楽しげな声で答える。


「クレア。リューゴはさっき、人ごみの中にいたわよ」


 うんざりといった口調でベルグレッテが言う。


(…………、)


 やはり。壇上のベルグレッテと目が合ったのは、気のせいはなかったのだ。

 流護はこんな状況の中でも、無性に嬉しさが込み上げてきてしまった。


「ちなみにクレア。リューゴが敵だったら、私たちもう終わってる。リューゴってば、本気出したら十マイレを一秒かからずに詰めるんだから」

「……は?」


 クレアリアが、少し間の抜けた声を出した。


「そんな人間、いるはずが……」

「そう、思うわよねえ……。後から気付いたんだけど、私もエドヴィンも、ずいぶんと手加減されてたんだなーって」

「い、いや……別に手加減してたってワケじゃなくてだな」


 手加減をしていた……というより様子を見ていた、というほうが正しいのだが、ベルグレッテたちにしてみれば大差ないだろう。


「ふーん?」

「いや……その、まあ」

「ふふっ、冗談よ。そのうち、手加減なんかさせないぐらい強くなってやるんだから。……っと、立ち話はおしまいにしましょ。刺客もどこにいるか分からないし。リリアーヌ、リューゴが一緒でもいい?」

「ええ、もちろん。心強いですわ、リューゴどの」

「あ、ええ。はい、ども」

「…………」


 不満そうな表情を見せるクレアリアだったが、それ以上は何も言ってこなかった。






 真っ暗な路地を四人で進んでいると――


『えぇとリーヴァー。ベルグレッテちゃんたち、どこにいますかぁー? 聞こえたら応答願いまぁす』


 やたら気の抜けた声が響き渡った。

 声のしたほうを見ると――前方五メートルほどの上空に、水の波紋みたいなものが浮かんでいる。


「あら。デトレフの声ね」


 リリアーヌ姫が言ったところで、流護も思い出した。

 デトレフ。褒賞金を持ってきた、少し頼りなさそうな『銀黎部隊シルヴァリオス』の男性だ。


「……デトレフ殿……、敵がどこにいるかも分からないのに、何て迂闊な真似を……」


 眉間を指で押さえ、やれやれといった様子でクレアリアが呟く。

 そうだ。一見かなり便利そうな通信の神詠術オラクルだが、携帯電話よりは無線に近い。周りにいる人間にも思いっきり聞こえるのだ。敵に傍受される恐れもある。


 頼りなさそうに見えたデトレフだが、やはりイメージ通り抜けたところがあるのかもしれないなあ――と流護は苦笑いを浮かべた。


「リーヴァー。ベルグレッテです」


 ベルグレッテが通信を拾う。すると上空の波紋が消え、彼女の耳元に再出現した。


『あ、リーヴァー。デトレフです』

「あのデトレフさん。広域通信はちょっと……敵が、どこにいるか分かりませんし」

『あぁ、そっか。ごめんごめん』


 流護の耳に、クレアリアが小さく舌打ちした音が聞こえる。

 相手が何者であるかにかかわらず、彼女は男そのものに厳しいようだ。


『今どこにいますかぁ?』

「十六番街の裏道を通って、城へ向かうところです」

『おぉ、そうだったのか。曲者は僕の方で捕まえたんで、後は安心して城まで戻っていいよぉ。んじゃよろしくねー』

「あ、はい。了解しました」


 ベルグレッテが通信を終え、波紋が消失する。


「え、あの人が犯人捕まえたのか?」


 犯人を捕らえるどころか、子供同士のケンカすら止められなそうな人なのに、と流護は思ってしまう。


「ふふ。意外だった? デトレフさんだって、ああ見えて『銀黎部隊シルヴァリオス』の一員よ?」

「『ああ見えて』だなんて。ベルも、さらっとひどいことを言ってるわよ?」


 ベルグレッテとリリアーヌ姫は、ふふふと二人で笑い合った。女の子って怖い。






 ベルグレッテ、リリアーヌ姫、クレアリア、流護の順に並び、さらに暗闇の路地を歩くこと数分。

 ようやく目が慣れて、辺りが見えるようになってきたな――と、流護が思った瞬間だった。

 

 息苦しい圧迫感を与えてくる狭い路地。

 その先、七メートルほど前方にある石壁の影が、盛り上がるように蠢いた。


「!」


 流護は足を止める。

 ベルグレッテたちも、異変を感じ取り身構える。


 それは、黒。

 黒という色が、自我を持って動き出したみたいな気味の悪さ。しかし間違いなく人の形をしたそれは、狭い路地に立ち塞がる。

 流護は異質な気配を肌で感じ、本能的に悟った。ただの、ならず者などではない。


「――暗殺者」


 クレアリアが、流護の想像した通りの単語を呟く。

 意思を持った闇とでもいうべきそれは、全身に黒一色の装束を纏っていた。顔までも、目の部分のみを残して覆っている。その目も必要最低限しか露出しておらず、暗さもあって全くといっていいほど特徴が掴めなかった。


 姫を後ろ手に庇ったクレアリアが前へ出て、ベルグレッテと並ぶ。両者の距離は――およそ、七メートル。


「先ほどのデトレフ殿の通信は、何だったのやら……」


 溜息混じりでクレアリアが呟いた――瞬間。


 四足歩行かと思うほど低い姿勢で、大地を蹴った暗殺者が肉薄した。瞬時にベルグレッテが水の剣を生み出し、縦に振り下ろす。

 暗殺者は両手に携えたダガーらしきものを交差させて構え、水剣を受け止めた。

 本物のダガーではない。わずかに赤熱する、二本の短い刃。これもまた――神詠術オラクル


 水の刃を受け止めてしゃがみ込んだままの暗殺者に、ベルグレッテは鋭く蹴りを繰り出す。暗殺者は軽やかにこれを躱し、大きく距離を取った。

 油断なく敵を見据えたまま、少女騎士が言う。


「リューゴ、姫さまを連れて逃げて」

「え?」


 思いもよらないセリフに、流護は間の抜けた声を出してしまった。


「姉様!?」


 クレアリアも、思わず姉に顔を向ける。

 その充分すぎるほどの隙をついて、暗殺者はクレアリア目がけて赤いダガーを投擲した。迂闊にも、彼女は気付いていない――はずだった。


 しかしダガーがクレアリアに迫った瞬間、突如として間欠泉のような水の壁が噴き上がる。炎の短剣は、じゅっと音を立てて消滅した。


「!」


 暗殺者の驚いた気配が伝わる。

 それらを意にも介さず、何事もなかったかのように彼女は姉へ問う。


「姫様を、よりにもよってこの男に? どういうつもりですか、姉様!」

「『よりにもよってこの男』? 姫さまをエスコートするにあたって、『竜滅』の勇者さまは申し分ないんじゃない?」


 暗殺者から目線を外さず言うベルグレッテ。

 今度は彼女へ向けて、暗殺者が赤い短剣を投げ放った。少女騎士はそれを軽々と打ち払い、続ける。


「デトレフさんが刺客を捕らえたにもかかわらず、目の前に敵がいる。どういうことだと思う?」

「ま、まさか! デトレフが刺客を捕らえたふりをして……つまり、彼が黒幕っ!」


 リリアーヌ姫がはっとした顔で言う。


「や、ミステリ書の読みすぎだからリリアーヌ。いくらなんでもデトレフさん聞いたら泣くわよ。……つまり、」

「敵は一人じゃねえ、ってことか」


 流護が答えた。


「ん。デトレフさん黒幕説よりは、そっちが現実的かな?」

「う……ベルのいじわる」


 拗ねたように姫が呟く。

 ……しかし、目の前に暗殺者がいるというのに、リリアーヌ姫は随分と落ち着いている。おそらくはそれだけ、姉妹を信頼しているのだろう。


 流護は、油断なく暗殺者の様子を窺う。

 炎のダガーを投げつけてきて以降、離れたまま何もしてくる気配がない。

 まさか、こっちが会話している間は空気を読んで襲ってこない……などという訳もあるまい。


(……いや、それ以前に……気になるのは、そこじゃない)


 流護は、暗殺者に言いようのない違和感を覚えていた。

 何だ。何かが、引っ掛かる。姫を狙ってきた暗殺者。

 そうだ。コイツ、何で――


「でしたら。私が、姫と参ります」


 そこでクレアリアが、なおも食い下がった。


「それでもし、クレアの手に負えないような相手に遭遇してしまったら? そんな状況で、リリアーヌを護りながら闘うの?」

「そ、それは……」

「だから、リューゴが適任なの。リューゴだったら、伝説の暗殺組織『ゲヘナ』相手でも何とかしそうだもの」


 流護が考え込む間にも、話が進んでしまっていた。後回しにしたほうがよさそうだ。


「何だか知らんけど。姫様と逃げればいいんだな?」

「ん、お願いするわ。リリアーヌも、いい?」

「ええ。分かったわ」

「……っ」


 クレアリアは悔しそうに唇を噛みながらも、それ以上は何も言わなかった。


 ――刹那。


 暗かった路地が、ごうっ……と明るく照らされた。

 暗殺者がその両手に喚び出した、二本の炎剣によって。今度は、短剣ではない。刃渡り約一メートルほどの、赤い長剣がふたつ。


「うお、そりゃそうか」


 流護は思わず言葉に出していた。

 当然ながら、暗殺者は空気を読んで襲ってこなかった訳ではない。むしろ逆。この会話の間を利用して、悠々と詠唱を済ませていたのだ。


「二刀流……か。奇遇ね、私も二刀流が本領なのよ」


 そう言って左手を振り、もう一本の水剣を顕現させる少女騎士。

 二刀流の両者が、じり……とわずかに動く。

 直後、ベルグレッテが暗殺者へ向かって駆け出したのを合図に、


「んじゃ姫様、こっちに!」

「は、はい!」


 流護はリリアーヌ姫と二人で、来た道を逆走した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=931020532&s
― 新着の感想 ―
[気になる点] めちゃくちゃストレス溜まる、最強って書いてあるのになんの説明もなくこんな厄介な状況になってるのウゼェ!クレアなんとかって奴も腹立つからちょっと萎えた。読むか迷ってる。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ