250. 戦場に立つ理由
予想以上だった。
「驚いたの」
ダイゴスも同じ思いだったらしく、いつもの不敵な笑みはわずかに引きつっているようにも見える。
森の外へ飛び出した、プレディレッケという怪異。
行動を阻害するもののなくなった、広大な空間にて――真価を発揮したその黒き怨魔は、もはやただの一撃として直撃を許さなかった。
荒れ狂うディノの炎牙を全て捌ききり、隙を埋めるように咲き乱れるラデイルの雷撃を完全に凌ぎきり、左腕の恨みとばかりに振り回されるタイゼーンの氷拳を完璧に防ぎきる。
彼ら三人が離れた隙に放たれる兵団の一斉砲撃は、鎌や瞬時展開する羽によって例外なく弾き散らされ、無人の客席や川中へ着弾して派手な煙を舞い上がらせた。
これが、『帯剣の黒鬼』。
「……、……強え……」
傍観する流護の口から、思わずその一言が零れ出た。
森での闘いとはまるで別物。遺憾なく真価を発揮したならば、これほどの実力を誇るのか。
「…………、」
流護は思わずにはいられない。
こんな森の隅に突っ立って、呑気に観戦している場合ではないのではないか。もう、天轟闘宴どころではないのではないか。今すぐにでもあの場へ駆けつけ、助太刀するべきではないのか。
思わず拳を握り込めば、
「行く気か? アリウミ」
どんな鋭さなのか、迷いを察したダイゴスがぽつりと問う。
「……い、や……でもさ、やばいだろ。どうにかなんのかよ、あれ」
「ドゥエンの兄者が収めると言った。ならばワシは、ここで待つ」
どっしりと。山のように、ダイゴスは身じろぎひとつせず佇む。
そのドゥエンはといえば、プレディレッケの間合いの外で静かに戦局を見守っていた。時折、他の戦士たちを補佐するように閃光の一撃を投げ入れたりはしているが、牽制程度のものだ。一見すれば、ただ傍観しているだけにも思える痩躯の男。しかしその雰囲気は、喰らいつく瞬間を虎視眈々と窺っている餓狼のようでもあった。周囲の大気すら歪ませ、必殺の一撃を放つために備えている。それは――レフェ最強たるドゥエンが誇る、秘技中の秘技。最終奥義だという。
しかし流護としては、どうしても不安が尽きない。
もし外してしまったら? その一撃すらも凌がれてしまったら――?
「助力に行くというなら、止めはせんぞ。お主と闘わずに済むのであれば、ワシとしては正直助かる」
笑みを深めて言ってのけるダイゴスに、流護は「ぬっ」と唸った。森を出たならば、ディノと同じく場外判定で失格となってしまう。
「ダイゴスは……自分の兄ちゃん、心配じゃないのかよ」
ドゥエンとラデイル。実の兄である二人が、今まさに常軌を逸した怪物と対峙している。次の瞬間には、目の前で命を落としてしまうかもしれない。そんな時間が一秒、また一秒――刻々と過ぎ去っている。
「兄者たちの実力はよう分かっとる。それでも、心配でない――とは、さすがに言えん」
そのうえで、と巨漢は苛烈な闘いを眺めながら言葉を継ぐ。
「覚悟は、できている」
「……覚悟……?」
「アケローンは暗殺者の系譜じゃ。殺すことが生業である以上、常として殺される可能性も付き纏う」
「……!」
だから。
自分が、兄が。ある日突然、前触れなく斃れてしまうことも覚悟している――。
(なんつー……、)
この異世界に慣れてきたとはいえ、現代日本で生まれ育った少年には到底理解できない感覚だった。
「じゃが……サエリは、違う」
もう一人の同郷の名前に、流護は巨漢の横顔を見上げる。いつもの不敵な笑みは消え、唇が真一文字に結ばれていた。
「あ奴がワシらでは及びもつかぬ平穏な国からやってきたことは、少し接すればすぐに分かった。痛みや戦い、死に対する覚悟など、持てようはずもない」
なのに、と。
巨漢はらしからぬ口調で吐き捨て、わずか拳を握る。
「天轟闘宴という武祭が……『神域の巫女』という責務が、エンロカクという怪物が。ダイゴス・アケローンという頼りないこのワシが、あ奴に似合わぬ『覚悟』を決めさせてしまった」
「……、」
流護はただただ息をのんだ。
それはつまり。
桜枝里は……天轟闘宴の結果如何によっては、おそらくはあのエンロカクが勝利していたなら、自分の命を――?
思い出す。
この『無極の庭』に到着して、ベルグレッテやゴンダーと会話に興じることしばし。通りかかった王族関係者の豪奢な馬車、その窓から覗いた桜枝里の顔。流護が『哀れな生き物を見る目』と感じ、ベルグレッテが『悲しそう』と評したあの視線は。彼女が、死を覚悟したゆえの――
「じゃからワシは……せめて、連れ出す」
「『神域の巫女』という、とうに死んだ古の悪習から。牢獄のような、あの城から。下らんしがらみの総てから、何としてもあ奴を解放する。自由にしてみせる」
鬼気迫る、とはまさにこのことだろう。
常に泰然と構え、静かな山のごとき佇まいを見せていたこの男が。
猛っている。噴火寸前の活火山のように。
高揚した精神状態というものは、時として己の限界以上の能力を引き出す。『桜枝里を救う』という確固たる意志の下で戦場に立つダイゴスは、凄まじいまでの力を発揮することだろう。
(…………、……でも、ダイゴス……)
しかし。
流護の胸中をよぎる、ある思いがあった。
「じゃからな、アリウミ」
それについて黙考していると、いつもの雰囲気に戻ったダイゴスが冗談めかした口調で言う。
「勝ちを譲ってくれるなら、歓迎じゃぞ」
そんな巨漢の言葉に対し、
「やだね」
子供みたいな口ぶりで、流護は即答していた。
ダイゴスがわずかに驚いた様子を見せる。
「……桜枝里のことは、正直気に掛かってた」
ぽつぽつと、少年は本音を零していく。
「俺が勝っても、桜枝里を完全に救うことには繋がらない。そこが、ずっと引っ掛かってた。さっき提案されたけど、もう正直、ミョールの治療さえ何とかなるんであれば、ダイゴスが優勝でもいいんじゃないか……って思わないでもなかった。レインディールの看板に泥を塗っちまうのは避けられねえけど……さっきの桜枝里の説得とか聞いてたら、そんな風に思えちまうぐらいでさ」
前を向いたまま、続ける。
「でも。今の……ダイゴスの話聞いてさ、」
流護は、言い放つ。
「やっぱ絶対に俺が優勝してやる、って思ったわ」
隣から息をのむ声が聞こえた。
意外、だったのかもしれない。
しかし。
仮にそうだったなら――ダイゴスがこの宣言を意外だと思うなら、それは『気付いていない』ということだ。ある事実に。少年は怒気すら滲ませて、強くそう確信する。
そんな気配を察してか、巨漢が低く呟いた。
「……そうか。それならそれで、構わんがの」
そうして、しばしの沈黙。
やや気まずくなった空気を一新すべく、流護は話題を変える。
「で……大会続行になるならなるでいいとして、あと何人ぐらい残ってんだ? ここからじゃ分からねーかな」
客席には生き残っている参加者の名前が表示される黒水鏡があるそうだが、当然というべきかここからでは見えなかった。
何か手掛かりになりそうなものはないかと向こう岸を見渡していたところで、
「ん……?」
何かが、視界の端をちらついた。
今や無人となっている、前列付近の観客席。石造りの広大な空間に、何か動くものがあった気がしたのだ。
「……?」
ズラリと並ぶ膨大な数の座席。脇の通路と観覧席を隔てる薄い壁。点在する石柱と、高さ数メートルはあるだろう、兵士が駐在するためと思われる監視台。
全てが灰色のみで統一された殺風景なその場所に、動くものの姿は見当たらない。
気のせいだろうか。レフェの兵士たちが纏っている鎧と同じ、燃えるような赤が見えた気がしたのだが――
(兵士……じゃねえよな)
妙にコソコソとした印象だった。兵士ならば、そんな人目を忍ぶように動くはずもない。
薄目で様子を窺おうとした、その瞬間だった。
「アリウミッ」
鋭く飛んだのはダイゴスの声。ガサリと聞こえたのは、背後の茂みが揺れる音か。
崖際ぎりぎりの位置に立っていた流護は、咄嗟に横へと飛んだ。直後、それまで立っていた大地が爆散する。崖が抉れ、大量の土砂が川へ放り込まれた。
「……!」
崖際ギリギリ。土煙の中、片膝をついて顔を上げれば――
視界に入ったのは、氷塊。凍てつく冷気を放つ白銀の鎚が、地面に深々とめり込んでいた。その長い柄を握るのは、白い髪を逆立てた凶悪な面相の男。
「チッ」
彼は舌を打ち、面倒臭そうに鎚を持ち上げる。
「避けやがるか。こんな崖っぷちギリギリでボサッとしてっから、オイシイ相手だと思ったんだがな……!」
一瞬、何が起こったのかと混乱しかける流護だったが、考えるまでもない。敵。他の、生き残っている参加者。
「ちょっ、待――」
制止の声を投げかけようとして、少年はすんでのところで思い止まった。
待て、も何もない。
森の中でプレディレッケというこの場にいるはずのない怪物と遭遇し、外もまた大混乱となっている現状だが――森の中の参加者たちは、そもそも知らないのだ。今、天轟闘宴がそのような状況になっていることを。
「オルアッ!」
男は氷鎚を思い切り振りかぶり、横薙ぎでぶん回す。流護はスウェーでこれを躱し――
「!?」
咄嗟に右腕を掲げ、『それ』をガードする。鎚そのものではない。振り回した獲物からばら撒かれた、薄氷の礫だった。そしてその狙いは、攻撃ではない。
(やべ……!)
瞬間的な目眩まし。分かっていながら、積み重なった疲労に反応が遅れる。刹那、次に来るだろう一撃にどう対応するべきか逡巡し、
「がっ!」
響き渡ったのは仕掛けてくるはずの男の声。
「悪く思うな」
横合いから踏み込んだダイゴスが、雷の棍を突き出していた。腹を打たれ、白髪の男が瞬間的に表情を歪めて身体を折る。
ぐらついたその隙を逃さず、流護が踏み込んだ。
「ダイゴス先生に同じ!」
パァン、と木霊する快音。右の上段廻し蹴り。足の甲で男の左頬を張り、返す刀となる踵で右頬をなぎ払う。その様相は、蹴りで行う報復ビンタ。
踊るようにふらついた男は、そのまま数メートル下の川へと転落していった。派手に吹き上がる水飛沫。
「ばっ! ぐが、は! ちっ、ちくしょうっ」
男は自分が落下したことに――失格となったことに気付き、悔しげに水面を叩く。逆立てていた髪は意図的に整えていたものだったのか、濡れてぺったりと頬に張りついていた。『場外』に落ちてしまったことで、その首から解けたリングが、ゆらゆらと川下へ流されていく。
「……って!? え!? な、何だありゃぁ!?」
そこで男は向こう岸――観覧席で繰り広げられている『黒鬼』と兵団の激闘に気付き、信じられないといった様子で首を横へ振った。
(まあ、そういう反応になるよな……)
奇襲を凌いだ流護だったが、相手の男の心境には心底同意した。
そうして溜息ひとつ、巨漢へと向き直る。
「ダイゴス……ナイスフォロー、助かった。……でも、よかったのか? 俺のこと助けて」
「咄嗟のことじゃったしな。それにどうせ――ワシ以外の参加者には、遅かれ早かれ『全員』に脱落してもらわねばならん。恩に着る必要はなかろう」
そう言って、「ニィ……」といつもの不敵な笑みを見せる。
「……なるほどな」
鼻を鳴らしながら、流護も口の端を吊り上げてみせた。
このダイゴスという男にしては珍しい、挑発の込められた物言い。本当に雷棍を突き込みたかった相手は、今の白髪の男ではないのだ。
(……こりゃマジで……今のうちに、整えておかねぇとな)
『その時』までに。消耗しきった体力を、可能な限り回復させておく必要がありそうだ――
と、考えた瞬間だった。
「……って、はあ!?」
その場へ座り込んで身体を休めようとした流護だったが、思わず前のめりになって目を剥いた。
「む……!?」
ダイゴスまでもが、その細い眼を大きく見開く。
『黒鬼』と兵団の戦闘が繰り広げられている地点からやや離れた、無人の観客席。そこに。壁や点在する柱の合間へ隠れるようにして移動する、三つの人影があった。
一人は、かなり小柄な赤鎧の兵士。サイズが合っていないのか、防具そのものが意思を持って動いているような印象だ。背丈や歩き方からして、女性だろう。
そして問題は、残る二人。
旅装姿であっても高貴さの滲み出ている少女騎士と、長い黒髪が映える巫女装束の日本人少女。
先ほど視界の隅をちらついた『何か』。やはり気のせいではなかったのだ。
「……ウソだろおい、何してんだよあいつら……!」
流護は思わず頭を抱えそうになった。
怨魔が外へ飛び出し、非常事態となったこの現状。よりによって最も無事でいてほしい二人が、避難するどころか明らかにプレディレッケを目指して進んでいる。
「一緒にいる兵は……ユヒミエか。気弱な娘じゃからの、サエリに何事か言いくるめられよったな」
ダイゴスもやれやれとばかりに溜息を零す。
「……、」
さて、彼女らは何をするつもりなのか。
想定外の怪物の乱入。生真面目で正義感の強いベルグレッテが、兵団に助太刀をしようとしている――?
(……いや、)
それはない。
あの『黒鬼』という怪物がそんな義憤でどうにかできるような相手でないことは、今や誰にだって分かるはず。今更ベルグレッテ一人が戦線に加わったところで焼け石に水だ。流護の何倍も賢いあの少女騎士が、そんなことを理解していないはずがない。
それにそのような動機では、桜枝里が同行するとも思えない。彼女なら、引き止めようとするだろう。
ならば。
理由がある。無謀であっても、ベルグレッテにはあの化物に立ち向かわなければならない理由があるのだ。桜枝里が思わず同意し、行動を共にしてしまうような理由が。あのプレディレッケという怪物に――
(……って、あれ、プレディレッケ……まさか)
なぜ、すぐそこに思い至らなかったのか。ベルグレッテたちが幼少の頃に訪れた、このレフェという国。そこで出会った、同名の怪物。――兄の仇。
(あの『黒鬼』が、そうなのか……!?)
同じレフェという国。同じプレディレッケという怨魔。元々、個体数の少ない存在だという。しかしそれでも、あの『黒鬼』が仇であるという確証など――
(……いや、)
あるのだ。確証が。
危険だと分かりきっている相手。曖昧なまま、倒すべき仇なのかどうか確定しないまま、自分の命を懸けられるはずがない。確信があるから、彼女は動いている。
忍び足で進む三人の少女たちから、推定百メートルほど横へ視線を移す。
赤鎧を纏う兵士たちによって築かれた壁と、ディノやラデイル、タイゼーンを相手に一歩も退かない黒き怪物。
特徴的なのは、『黒鬼』のその右腕だ。鎌に突き刺さった一振りの長剣。上品な意匠の施された、優れた騎士が携えていたのだろうと流護でも想像できるそれは、
(……まさか……兄ちゃんの、剣なのか……)
それこそ確証はない。が、そう考えれば筋が通るように思えた。
胡座をかいた少年は思わず、拳で土の地面を軽く小突く。
(……でも、気持ちは分かるけどよ……ベル子、自分で言ってたじゃねーか……)
彼女の屋敷に招かれた夜、二人で語らったときのことを思い出す。
プレディレッケは、個人が闘ってどうにかなる相手ではないと。流護に敵討ちの依頼を仄めかした父・ルーバートに激怒し、その怨魔の危険性を必死に説いてまで。
――だが。
(確かに、ベル子には……)
確かに、ある。
ベルグレッテには、悲願を成就できるかもしれない究極の一手がある。瞬間的な火力のみで論ずれば、流護をも遥かに凌ぐ攻撃術。水の大剣、グラム・リジル。
仕掛けるつもりなのだ。
あのときのように。ファーヴナールに及ばず死が確定した流護を救った、あの瞬間のように。
ダイゴスも同じ場面を思い浮かべたのだろう。
「……もしや、あの時の再現を狙う気か。ユヒミエの増幅を使い、術の精度を向上させるつもり……といったところなんじゃろうが」
「上手く行くと思うか? ダイゴス先生」
「……博打に近いと言わざるを得まい。……ベルめ、なぜそこまでして……」
巨漢は知らないのだろう。ベルグレッテの兄の話を。
「……ダイゴスはさっき、自分や兄ちゃんが死ぬ覚悟はできてるって言ったけどさ。でも……いざ実際に、兄ちゃんにもしものことがあったら……どうする?」
「さて……どうじゃろうな。生業が生業じゃしの。じゃが……覚悟ができとるのと、実際その局面に立ち会うのとでは、やはり別の話なんじゃろう」
細い目をさらに薄め、ダイゴスはどこか懐かしむような口調で続ける。
「ワシらの一族に、大老と呼ばれる稀代の暗殺者がおった。幼い頃のワシやラデイルの兄者は、よく面倒を見てもらっての。城の中庭で三人、談笑に興じたもんじゃ」
おった、という表現から半ば結末を予測しつつも、流護は静かに耳を傾ける。
「ある時の任務にて、大老は返り討ちに遭った。ワシは気が付けば、仇討ちに志願しとったよ。そうして……それまで殺しを忌避しとったはずのワシは、齢十で初めて人を殺めることになった」
「……ただの日本人の俺には壮絶な話だったわ。なんかごめん」
「フ、気にするな」
ダイゴスにしてみればいきなり妙な話題を振られたと思うはずだが、追及してくることはなかった。
だが、そういうことだ。
親しかった家族の……兄の仇を前に、じっとしていられるはずがない。
気持ちは分かる。しかし、それでも――。
さすがにここから声は届かない。仮に届いたとして、彼女は止まるだろうか。武祭を投げ出して駆けつけたら、どうなるだろうか。ミョールのことはどうするのかと、レインディールの看板に泥を塗るのかと、彼女は怒るかもしれない。
流護は流護で、命を捨てる気かとベルグレッテに詰め寄ってしまいそうだ。
双方譲らず、ケンカになってしまうかもしれない。思えば今まで、あの少女騎士と衝突したことなどなかった。
「……、」
怨魔とディノたちの激闘へ視線を移す。
双方の均衡は続いている。
ベルグレッテには悪いが、ディノやドゥエンが早く『黒鬼』を倒してくれることを願うしかない。彼女に活躍の機会が訪れてしまう、その前に。
しかしその『黒鬼』も異常だ。度重なる連戦で相当の深手を負っているはずだが、一向に衰える気配がない。
(……、いざとなったら……)
少年は決意を、拳を固める。
やはり彼女の命には、かえられない。
「行く気か」
先ほどと同じ問いが、巨漢から投げかけられる。
「止めはしねえ……ってか?」
「いや」
しかしダイゴスは否定の言葉を口にし、
「流石に……サエリとベルの命も掛かっとるとあってはの」
「そんじゃ、ダイゴスはどうする? 最悪、二人一緒に脱落して助けに行くか?」
「フ。そのつもりもない」
笑みを深め、男は言う。
「が……少しばかり、妙案がある」




