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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
2. デュアリティ
25/667

25. 『アドューレ』

 昼に学院を出て四時間の移動だったこともあって、謁見を終えるとすでに日が暮れていた。


「はぁー……、なんかどっと疲れた」


 案内された豪華な客室で一人、流護は溜息をつく。

 ちなみに今日はこの城で一泊し、明日、学院へと戻る予定だ。

 しばし放心したようにぼけっとしていたところで、コンコンと部屋のドアがノックされた。


「あー、はい」

「私、ベルグレッテだけど」

「おう、どうぞどうぞ」


 声をかければ、少女騎士が入室してくる。今更だが、ドアを開け閉めするという行動だけでもなぜここまで様になっているのだろう、と少年は見とれてしまう。


「今日はお疲れさま。もうすぐ夕食だから、少し待っててね」


 そう微笑んだのも束の間、ベルグレッテはわずか表情を曇らせた。


「それにしても……ごめんなさい。クレアがあんなで」

「は、はは……まあ、男嫌いって聞いてたしな」

「あとラティアス隊長も……規律を重んじる人だから、どうしても厳しい言い方になっちゃうのよ。ごめんね」

「いや、ベル子が謝ることじゃねえって」

「……ん。でも、ちょっと意外だったかな。ラティアス隊長、もっと厳しく追及してくるかと思ってたんだけど」


 流護としても、もっと理詰めで言ってくるタイプだと思っていた。


「正直、『お前の属性は何だ?』とか訊かれたらどうしようかとヒヤヒヤしたよ」


 ミアのときは、それで本当のことを言うはめになったのだ。


「ふふっ。まさか魂心力プラルナそのものがないだなんて想像すらしないでしょうしね。そこまで考えなかったんだと思う」

「ミアに訊かれたときはそれで詰んだってのに……あの隊長の追及能力、ミア以下だな」


 咄嗟に顔を伏せたベルグレッテから、ぶふっ、と何か聞こえた。


「ベル子。今、吹いただろ」

「き、気のせいじゃない? ま、まあほら、ミアってああ見えて鋭いし」


 ううん、と喉を鳴らし、少女騎士は仕切り直す。


「きっと……ラティアス隊長だけじゃない。陛下も姫さまも、リューゴの力を本気で信じてるわけじゃないんだと思う。実際に、あなたの闘いを目の当たりにしてないから。正直、私だってあなたと出会ってなかったら、『素手でファーヴナールを倒した』なんて話、絶対に信じないと思うし」


 そう言って彼女は、困ったような笑顔を見せる。


「だから俺だけの力じゃねえって。俺はマジな話、腕を弾かれたときに諦めかけたんだ。そこでベル子が来てくれたからさ……お前がいなきゃ、絶対に無理だった。お前のおかげだよ。俺が今こうして、生きてるのは。ありがとな」

「……。……あ、うん。はい」


 頬を染め、下を向くベルグレッテ。

 可愛らしい。本当にこの少女は、どんな顔も画になってしまう。


(…………っ)


 流護の胸が――どくん、と激しく脈打った。

 最近は、特に強く意識する。ごまかせない。


 俺は、ベル子のことを――


「え、えっと。それじゃ私、行くね。今夜の姫さまの視察の件、話し合わないといけないから……」

「……ああ、そういや姫様、狙われてるんだよな? そんな中で視察なんかすんのか?」

「ここで取りやめたら、それこそ不届き者に屈したことになっちゃうからね。それに、そのために私たち姉妹がいるのです」


 にっこりと微笑んで、ベルグレッテは部屋の出口へ向かう。

 ――と、そこでまた部屋のドアがノックされた。


「ん? あっ、はい」

「ええっと……アリウ・ミリューゴさんのお部屋ですよね。褒賞金をお持ちしましたぁ」


 ドアの向こうから聞こえてきたのは、とぼけたような男の声だった。


「あれ、この声って」


 ベルグレッテが少し驚いたような様子を見せ、


「開けるよ? リューゴ」

「あ。おう」


 彼女が扉を開けると、そこに立っていたのは細身ですらりとした長身の男。……流護から見れば、この世界の男性は基本的に細身で長身になってしまうのだが……。


 三十歳ぐらいだろうか。流護よりも頭二つ分ほど高い背丈。控えめな雰囲気で、さっぱりした茶色の短髪に、これといった特徴のない平凡な顔立ち。気の弱そうなサラリーマンみたいな男だった。

 しかし当然、身に纏うのはスーツにネクタイではない。

 腰には銀の長剣。上半身を覆う、薄黒い銀色の鎧。全身ゴテゴテの重厚な鎧ではなく、軽装鎧というものだろう。普段着の上に鎧を着ている感じだった。手には、大きな袋を持っている。


「あ、やっぱりデトレフさん」


 ベルグレッテの明るい声が上がった。


「あ、あれぇ? どうしてベルグレッテちゃんがここに?」

「知り合いか……って、そりゃそうか」

「うん、この人は『銀黎部隊シルヴァリオス』のデトレフさん。や、『銀黎部隊シルヴァリオス』の人が直接お金渡しに来るなんて、ちょっと驚きました」


 ベルグレッテは前半を流護に、後半をデトレフという細身の男へ向けて言う。


「暇そうにしてたら隊長に捕まっちゃってねぇ……。いや僕の方こそ驚いたよ。部屋を間違えたかと」


 デトレフはそう言って、無害そうな弱々しい微笑みを見せる。

 頼りなさげだけど、この人も『銀黎部隊シルヴァリオス』なのか……。

 そんなことを思う流護に対し、デトレフは手にしていた大きな袋を掲げながら、用意されていたみたいなセリフで説明した。


「ではアリウさん。こちらが褒賞金の三百五十万エスクになります。どうぞお納めください」

「アリウ……、はい……、うおっ、重っ」


 ずっしりと重みのある袋を受け取る。


 ……二年。二年間も遊んで暮らせる金額など、いまいち想像がつかない。

 二年経ったら流護は十七歳。高校三年生になっている。……いや、高校へはもう行けないのだが……。


「それにしても……そうか……月日が経つのは早いなぁ~」


 デトレフは目を細め、ベルグレッテと流護を交互に見ながら感慨深そうに呟く。


「? どうかしました?」


 小首を傾げたベルグレッテの問いに、


「いやいや。こぉーんな小さかった頃から知ってるベルグレッテちゃんが、ついに彼氏を連れてくるようになったんだなぁって」


 さっと少女が赤くなった。


「ち、違います! そういうんじゃありませんっ! 全然違いますから!」


 いやそこまで否定しなくても……と地味にへこむ流護をよそに、デトレフは曖昧な笑みのまま頭を下げた。


「では、僕はこれで失礼します。ごゆっくりどうぞ、アリウさん」

「えーっと、アリウじゃなくて……」

「あぁ、ミリューゴさん?」

「……いや、もうどっちでもいいっす」


 表情に「?」を浮かべたままのデトレフが退室し、途端に部屋がしんとした静寂に包まれる。


「そ。それじゃ、今度こそ私も行くね」

「お、おう。行ってらっしゃい」


 なぜかどもる二人だった。






 イシュ・マーニと呼ばれる巨大な月が出ていない夜空は、巨大な暗幕で覆ったかのような闇だけがどこまでも広がっていた。予想以上に曇っているのか、星々の姿も見えない。


 学院の食堂のメニューより数倍豪華だった夕食を堪能し、時刻は夜の九時過ぎ。

 流護は城の近くの大通りにて、例のリリアーヌ姫による露店の視察を遠巻きに見物していた。

 人だかりの規模は半端ではなく、ちょっとした祭りの様相を呈している。


 正直、流護の位置からリリアーヌ姫の姿は見えない。ベルグレッテとクレアリアの姉妹も姫についているはずだが、やはり全く確認できなかった。

 が、そんな混雑の中でも、流護は正確に彼女らの位置を把握し、そちらに目を向けることができていた。

 姫と一緒にいるアルディア王の背丈が周囲の人垣より頭ふたつ分は抜きん出て高いため、離れていてもよく分かるのだ。

 座ってるときもデカイとは思ってたが……何だあの人。ダイゴスよりでけえ。あんなに目立ったら刺客にあっさりヘッドショットされるんじゃないか、と流護が余計な心配をしていたところで、リリアーヌ姫が『アドューレ』のために用意された演台の上へと登った。


『アドューレ』というのは、姫が露店を訪れた感想やら近況やら世界平和についてやらを語る、ようはスピーチみたいなものとのこと。

 民衆との触れ合いを重視するリリアーヌ姫は、視察の際に必ずこの『アドューレ』を行う。そして姫の姿がどこからでも見えるようになるこのタイミングで、不届き者が横槍を入れてくる。

 ――と、流護はベルグレッテから聞いていた。


 リリアーヌ姫に続いてベルグレッテとクレアリアが壇上に登り、姫の左右に立つ。

 姫がぺこりと一礼し、優美な動作で指を空中に舞わせた。それだけで、集まった民衆から黄色い声が上がる。


『え、ええと。リリアーヌです。みなさん、こんばんは』


 通信の神詠術オラクルによって大きく響き渡ったリリアーヌ姫の挨拶に、集まった人々が「こんばんは!」と合唱した。なんかのイベントかよ、と流護は内心で突っ込む。


『本日は、天候に恵まれ……いえ曇ってますし、イシュ・マーニもお休みされていますが――』


 人垣からは「姫様ー!」やら「うおおぉベルグレッテ様ー!」やら「クレアリア様こっち向いてくれー!」などの歓声やら雄叫びがちらほらと上がっている。

 そんな中、一人の中年男が「クレア様もっと睨んでくれ! あと踏んでくれ! 俺と結婚してくれー!」などと叫んでいたが、すぐにどこからともなく現われた二人の兵士によって両脇を掴まれ、引きずられながら連行されていった。……あまり過激な発言は認められていないようだ。


 娯楽の少ないだろうこの世界において、容姿の映える三人が壇上に集まる『アドューレ』は、それこそアイドルのトークイベントみたいな役割を果たしているのかもしれない。


 視察した店の素晴らしさと姫の好きなお菓子の関連性についての話題が佳境に差しかかったとき、壇上にいる三人の遥か奥――闇の中で、明かりがチカッと瞬いた。

 明かりは次第に大きくな――


(――違う)


 すぐに流護は看破した。

 大きくなっているのではない。接近しているのだ。



 小さな火の玉が、リリアーヌ姫を目がけて飛んできていた。



 飛んできた火球が姫に当たる直前、気付いたクレアリアが鋭く右腕を振るう。

 その動作に応え、壇上の三人を囲むように水の壁が屹立した。

 分厚い水に阻まれ、火球は一瞬で蒸発する。ボンッという派手な音と共に、水蒸気が巻き上がった。


『きゃっ!』


 可愛らしい姫の悲鳴と、驚いた人々のざわめきが重なる。


『――三時の方角。二十八です』


 クレアリアのよく分からない呟きが、通信に乗った。

 ベルグレッテには意味が通じたのか、小さく頷いた彼女は、火球が飛んできた方角の闇へ向かって素早く水弾を発射する。

 これだけ暗くては、当たると思えないのだが――

 しかしほどなくして、


「お? あれじゃねえか?」

「おー、そうだな。さすがベルグレッテ様だ」


 びしょ濡れになって気絶した男が兵士に引きずられていくのが見えた。

 一連の騒動を見守っていた民衆から、歓声と拍手が巻き起こる。

 集まった人々の最前列――演台の前にいるアルディア王が、雄叫びを上げながら拍手をしていた。いや何してんだあの人。熱狂した観客かと思ったら王様だった。


 民衆の声に応えて笑顔を見せるベルグレッテと、にこりともせず不機嫌そうに長い髪をかき上げるクレアリア。リリアーヌ姫は困ったような笑顔で、


『お、驚きました! もう、こんなことはやめてくださいね』


 と、可愛らしく頭を下げた。

『すべての人が幸せになれる世界』を夢見ているリリアーヌ姫だそうだが、こういった妨害は実に不本意なのではなかろうか。


(……なるほどなあ)


 ようやく理解した流護は、感慨深げに頷く。

 姫を狙うならず者が後を絶たないと聞いていたが、つまりは彼女のこんな反応が見たいがためにちょっかいを出す馬鹿が多いという話なのだろう。


 日本にだって、『注目されたかった』という理由で馬鹿なことをやらかす人間は少なからずいる。

 馬鹿が姫にちょっかいを出し、ロイヤルガードに成敗され、兵士に連行される。

 これらが、一連の風物詩として定着しているのだ。


(……にしても)


 民衆の歓声を受け、笑顔を見せるベルグレッテ。

 これが、ロイヤルガードとしての彼女の姿。


 ――流護は、そこに一抹の寂しさを覚えてしまった。


 壇上の彼女が、ひどく遠い存在に感じる。それこそ、高嶺の花とでもいうような。

 いや……事実、そうなのだろう。

 ベルグレッテはお嬢様にして、一国の姫君に仕える身。

 流護が最初からこの世界に生まれていたら、きっと言葉を……目線を交わすことさえ叶わなかったはずだ。


 そんなことを考えていたところで――壇上のベルグレッテが、流護のほうへと顔を向けた。

 そして自然、二人の目と目が合う。

 彼女は、それこそ花のような笑顔を見せてきた。


「――っ」


 あんな遠くの壇上から、人ごみに埋もれている流護に容易く気付くものだろうか?


(だだだだいたいベル子は自覚してんのか。そそそそんな風に笑顔見せられたらおおお俺は)


 流護が心中で謎のラップを展開していると、すぐ前にいる男たちが「い、今ベル様が俺に微笑んでくれたぞ!」「違ぇよ、オレにだよ!」と盛り上がっていた。

 バッカ違えし。俺にだし。と鼻息を荒くする流護が、再びベルグレッテのほうに顔を向けると――


「――あ?」


 思わず声が漏れた。


『アドューレ』を再開しようとしている三人。

 その背後、遥か向こうにある闇。暗闇の、先ほどとは違う位置に、再び明かりが灯った。

 否。明かりなどではない。――炎。

 認識した瞬間、それが先ほどとは比較にならない速度で飛来した。


「な……!」


 小さな火の玉などではなかった。

 長大な――大気をきながら飛来する、『炎の槍』とでも形容すべき凶弾。

 神詠術オラクルの使えない流護でも分かった。驚かせるためのものなどではない。当たれば容易に命を奪うだろう、明らかな殺意の込められた狙撃。


 炎に気付いた民衆から、かすかに悲鳴が上がった。

 しかし壇上の三人は気付いていない。アルディア王も横にいる兵士のほうに顔を向けている。


「ベ――」


 流護が名を呼ぶ間もなく、灼熱の尾を引いて飛び込んできた炎の槍が着弾した。

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