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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
7. 天に轟くは、闘いの宴
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248. その真意

「おお、すげえ……。さすが元生徒会副会長……」


 崖際に立つ流護は、ホッとしながら無意識に呟いてしまっていた。

 一時はどうなることかと思ったが、桜枝里の説得によって人波の混乱は収まりつつあった。

 意を決しての行為だったのか。凛とした態度に、毅然とした物言い。まるで、本物の巫女のようだった。さすがに彼女のいる王族観覧席は遠いため、はっきりとその顔までは見えなかったが、思わず聞き入ってしまったことは内緒である。


(にしても……おっかねえ)


 先入観というものの恐ろしさを、流護は心底思い知った。

 防戦一方だったプレディレッケによる、強烈な反撃一閃。隊列が軽々と吹き飛び、指揮を執っていたタイゼーンの左腕が千切れ飛んだ光景は、見る者にこの上ない衝撃を与えた。怨魔の鎌が伸長したことも含め、確かに流護も驚愕した。


 だが、ドゥエンが推測した通り。タイゼーンやツェイリンによって、プレディレッケの出現地点は予測されていたのだ。だからこそ、待ち構えてすぐさま砲撃の嵐を浴びせることができている。

 そして敵の現れる場所が分かっていたからこそ、その後の行動は迅速だった。現在、交戦地点には続々と赤鎧の兵士たちが集いつつあった。天轟闘宴に際してレフェが用意した武力のほぼ全てが、その場に集結しようとしている。その数、今や百に届くだろう。二重三重の隊列が築かれ、黒色の怪物の前に赤色の大部隊が立ちはだかる。

 豪快に薙ぎ倒された十数名の兵たちにしても、驚くべきことに死者は出ていないようだ。徹底した重武装ゆえだろう。辛うじてではあるが全員が立ち上がり、後方へと退避している。


 いかにプレディレッケといえど、すぐさまこの部隊を突破して観客たちのところへ向かうことなどできはしない。桜枝里もあの塔みたいな観戦席からこの状況を把握し、先ほどのような呼びかけを行ったのだ。

『無極の庭』、その端から戦局を眺めている流護も、当然ながらそういった現状は認識できている。今すぐ総員で突っ込まなければ民が危ない、というほど逼迫してはいない。


 しかし戦闘などに詳しくない多くの観衆は、兵隊が薙ぎ倒される場面を目撃したことで、すぐにでも怨魔が自分たちの下へやってくるのでは――と錯覚してしまった。

 そうして逃げ出す者に誘発され、次々と皆が遁走を開始した。

 無論、万が一を考えたなら決してのんびりしていられる状況ではないが、焦るあまり将棋倒しとなり、多数の死傷者を出すようなことになってしまっては本末転倒なのだ。

 もっとも大半の観衆たちは、黒水鏡の映像がなければ事態を把握できない。あんな場面を見てしまったのであれば、致し方なしともいえる。


(巫女、か……)


 桜枝里から『神域の巫女』の修業内容を聞いたとき、流護は「無意味だ」と感じた。目覚めることのない『力』のために時間を費やすなど、無駄以外の何物でもないと。

 確かに、日本人である彼女が不可思議な能力に開眼することはないだろう。


 だが、日々実直に修業をこなし、巫謁では人々の声に耳を傾けて。そうした積み重ねの末に桜枝里が得た、多くの民からの信頼。それがこの非常事態において、人を動かす『力』となったといえるのかもしれない。


「フ……」


 すぐ隣からの太い声に目を向ければ、不敵な笑みと共に対岸の人波を眺めるダイゴスの顔があった。一見していつもと同じその表情は、しかし心からの安堵が入り混じっているようにも思える。


「何だよダイゴス先生ー、桜枝里の語りに心打たれたのか? 惚れ直しちゃったのか?」


 からかい気味に巨漢の小脇をつつくと、


「ああ。惚れ直したのう」

「お、おう……そ、そうすか……」


 率直に返され、流護のほうが恥ずかしくなってしまった。


「……何が何でも……あ奴を自由にしてやらねばな、と思うとったところじゃ」

「!」


 言葉に滲み出たそれは――闘志。

 こんな状況ではあるが、天轟闘宴は中止になった訳ではない。現在進行形で続行中だ。

 桜枝里を自由にしてやりたいという巨漢の願いは、優勝時に提示するだろう願い。優勝を狙うということは、つまり――


「ふーん。アレが『神域の巫女』か。最近じゃスッカリお飾りの客寄せだって聞いてたが、随分と堂に入ってんじゃねェの」

「…………フン」


 流護たちよりやや離れた位置にて。

 いつも通りどうでもよさげではあるものの、ディノが珍しく他者を称賛している。その隣に立つドゥエンのほうが、何やらつまらなげに鼻を鳴らしていた。


「……ともあれ……時間は充分に稼げた。いい加減、あの蟲には退場願わねばな」

「……!」


 そこで初めて流護は気付く。

 ドゥエン・アケローンの周囲――空間が、陽炎さながらに揺らめいていた。透明の何かが蠢き、全身を包み込んでいるようにも見える。

 これは――神詠術オラクルの『揺らぎ』と呼ばれるものだ。

 術が発動する際に使用者の周囲に現れる、大気の歪み。

 強力な術になればなるほど、この『揺らぎ』もまた大きさを増すという。敵と正面から向かい合っての戦闘では、いわばこの『神詠術オラクルの前兆』を隠しながら立ち回ることが肝要ともいえる。

 流護は以前、レインディール所属の『ペンタ』であるバラレ女史が生じさせた『揺らぎ』を目撃している。その際に発動したのは、巨大なミディール学院全体を悠々と覆い尽くすほどの防護術だった。


(……『ペンタ』クラスの術を使おうとしてる、ってことか……)


 長時間の詠唱さえ完遂すれば、超越者に並ぶ規模の術を行使できる者も存在する。

 当然というべきかドゥエンもその一人であり、プレディレッケが森を飛び出してからこれまで、詠唱に注力していたのだろう。神詠術オラクルなど扱えない流護ですら感じ取れる莫大な力の波が、矛の主の周囲の空気を震わせている。


「兄者……『それ』を使うか」


 ダイゴスが静かに呟けば、


「……手間取ったが……今度こそ終わらせる」


 アケローンの長は抑揚のない声で受け答え、すぐ隣に顔を向けた。


「……時にディノ君。この一手を当てる為に、少々協力して貰えないかな」

「ほう?」

「直接相手に触れる必要があるのでね。君の炎の得物で、奴を押さえ込んで欲しい。数秒で構わない。兵や片腕を失ったタイゼーン殿では厳しいだろうからね」

「接近戦を仕掛けろってコトか。で、そのタメとはいえ……この森から出れば、オレは天轟闘宴からは脱落ってコトになっちまうよな?」


 こんな状況ではあるが、今も武祭は続行中。どんな理由があるにせよ、『無極の庭』を出た時点で首に巻かれたリングは外れてしまい、黒水鏡からも名前が消えるはず。つまり――敗北、となるはずだ。


「最初にオメーが言った通り……オレはとっくに失格ってコトか?」


 ククと笑うディノだったが、聞いていた流護は思わずギョッとした。

 最初に言われた? 失格? 何やらかしたんだこいつ。

 ドゥエンは目を細め、満足げな薄笑みすらたたえて答える。


「あの発言は撤回しよう。天轟闘宴とは、真に強き者こそが勝ち抜ける催事。私と『それなりに』渡り合える君を除外してしまうのは、本質から外れる」


 しかしだ、とアケローンの長は振り返った。

 釣られるように流護も首を巡らせれば、後方――森の一角から、白煙が立ち上っている。


「木の一本程度なら、私も見過ごさないでもないが……君は、この『無極の庭』の一部を延焼させてしまった。『千年議会』は、聖地であるこの森の樹木を燃やした君に対し、良い心証を抱かないだろう。仮に君が優勝を飾ったとて……協議の結果、無効になってしまう可能性も否定できない」

「ハッ。聖地、とやらの基準が分からねェな。ちっとばかし燃えちまう程度のコトはダメで、欲望に目の眩んだ連中が好き勝手暴れて血を流すのはイイってか?」

「フフ。耳が痛いね。とはいえ、本質は昔から変わっていないのだよ。巫女を巡って争うか、金や欲望の為に争うか。欲するモノが違うだけの話で、それを得る為にこの場で血を流し、命すら散らしているという事実は昔と何も変わらない」

「おっと、別に本気でケチ付けてるワケじゃねェよ」

「分かっているよ」


 ともあれ、凄腕の詠術士メイジですら、この森の強靭な木々を傷つけることは難しいとされている。が、実際に傷つけてしまえば話は別、ということか。

 ディノだけでなく、バルバドルフの神詠術爆弾オラクルボムやプレディレッケによっても、多くの木々が損壊しているはずだ。この国のお偉方は頭を抱えたくなっている状況なのかもしれない。


「グリーフット氏に『何故この武祭に参加したのか』と問われ、君は答えたね。『自らの最強を証明する為だ』と」


 川の向こう、観客席の最前列付近。今なお続く兵士たちとプレディレッケの激突へ目を向け、ドゥエンは断じた。


「あの『黒鬼』の討伐に当たり多大な貢献を果たしたとなれば、誰もが君の実力を認める事だろう。この場に居る三万人――いては七十万に及ぶレフェの民、その皆が、ディノ・ゲイルローエンの名を知る事になる筈だ。勇猛果敢な最強の戦士として、ね。少なくとも、八十七度開かれている武祭を一度制するよりは、遥かに皆の心に残るのではないかな」

「ふーん……」


 気のないディノの相槌。

 しかしその紅い瞳に、ぎらつく何かが宿った――と、そう感じられた。


「金も……五百万、用意しよう」


 あっさりとそんなことを言ってのけるアケローンの長に、流護は唖然となる。

 当のディノはといえば、


「五百万ねェ。優勝額は一千万じゃなかったか?」

「失敬。私個人で自由に出来る額が、今は五百しかなかったのでね。では、一千万工面しよう」

「へェ……そう来るか」


 迷わず上乗せするドゥエンに、傲慢な『ペンタ』ですらわずかに目を見開いた。まさかあっさりとそう言ってくるとは思いもしなかったのだろう。


「ま、足止めすんのは構わねェが……ヤツの息の根の方を止めちまっても、文句言うんじゃねェぞ」

「フフ。頼もしいね」


 交渉成立、ということか。

 驚きっぱなしの流護だったが、


(そういう……ことか)


 飄々としたドゥエンの表情を見て、納得した。

 目的を遂げるために、使えるものは何でも使う。ディノも。金も。手段は選ばない。

 極端な話――その闘いでディノが死亡すれば、金を支払う必要もなくなる。おそらくは、そういった可能性も考慮している。

 これが、アケローンのやり方なのだ。

 表情ひとつ変えずやり取りを眺めているダイゴスの様子からしても、珍しいことではないのだろう。

 ――そこで。


「……む」


 ディノと交渉していたドゥエンが、訝るように眉をひそめた。

 視線は川の向こう、赤い兵団と黒い怨魔の交錯――なのだが、兵たちの攻勢が止んでいる。遠距離から仕掛け続けていたタイゼーンの氷腕や砲撃が、ピタリと止まっていた。隊列を組んだ赤の群れは、遠巻きに『黒鬼』を睨み据えるだけとなっている。

 その怨魔は未だ健在。両腕を掲げ、その場に佇んで――


(……ん? どうして、動かない……?)


 そう。佇んでいるだけ。怨魔は、そこに留まったまま前進しようとしない。


(さすがにもう瀕死なのか……? ……いや、)


 何か、妙だ。

 流護は言いようのない違和感を覚え、怪物を注視する。






「妙だなァ、と思ってはいたが……」


 巨大な氷の腕を油断なく構えたまま、タイゼーンが小さくぼやく。


「この距離……、仕掛けて……きませんね」


 脇に控えた兵士の言を受け、老練の術士はうむと頷いた。


 プレディレッケを民の下へ行かせる訳にはいかない。

 その一心で絶え間ない攻撃を仕掛け続けていた兵団だったが、気付いたのはつい今しがたのこと。

 攻撃を受ければ防ぎ、射程に入れば容赦なく薙ぎ払ってくる黒き怨魔だが、自分から間合いを詰めようとはしないのだ。先ほど隊列を粉砕した赤黒い『隠し刃』も、いつの間にか畳まれている。

 今は二十マイレほどの距離を保ち、互いにただ睨み合うだけの状態が続いていた。


「よおー、タイゼーン爺。兵力の集結、完了したぜっ」


 そこで戦場にそぐわぬ軽い態度でやってきたのは、アケローンが次男、ラデイル。避難誘導に当たっている者以外の全戦力――約二百五十に及ぶ兵たちの配備を手早く終えた優男は、気障な仕草で髪をかき上げながらタイゼーンの隣に並ぶ。


「その腕……どうなのよ」


 肩口からざっくりと消失した、タイゼーンの左腕。凍りつかせることで雑な止血処理とした痛々しい傷痕へ目を向け、ラデイルは労るような声音で問う。


「接合は無理だろうな。時間も経っちまったし、そもそも周辺の肉が削げ飛んじまってる。無理矢理にくっつけたところで、腕が短くなっちまうだろうよ」


 不格好でかなわんわ、と当の老兵は笑い飛ばした。


「そんなことよりも……『黒鬼』だ」


 そう言って、己の左腕を吹き飛ばした強敵を見据える。


「奴さん、攻めてくる気がねぇのか? あんな躍起になって森から飛び出したってのに、何故あの場から動こうとしねぇ?」


 すでにこの場は、二百五十もの兵によって囲まれている。いかな『黒鬼』とて、容易に突破できるものではないはず。

 次々と駆けつけてくる兵たちを目の当たりにし、攻める気概を削がれたのか。これほどの怪物が、そんな玉でもないだろう。

 老兵が訝る間に、怨魔はキョロキョロと首を巡らせ始めた。何かを探すように。

 タイゼーンたちは警戒し、その一挙一動を見逃さぬよう注視する。

 間を置くことしばし。砕けた複眼から漏れ出る赤光を、ある一点へと固定する。悪魔のごとき貌。不気味な赤い眼光が睨み据える先には――


『無極の庭』、そのぎりぎりの崖際に立つ、四人の男たちの姿があった。


 怨魔出現からしばらくは音沙汰のなかった彼らだが、やがて数度ではあるもののプレディレッケと交戦する四人の勇姿が捉えられた。

 移動しながらの戦闘となったため、その活躍の様子は途切れ途切れの断片的な『映し』によって提供される形となったが、この怪物に浅からぬ傷を与えた彼らの功績は、誰もが称えるところだろう。


 ――そしてそれは。当の怨魔ですら、そう考えていたのかもしれない。


 哭いた。

 ぎぃん――――、と鳴り渡る、耳障りな咆哮。

 集い集った兵士たちが、鏡越しに聞いた民衆たちが、思わず耳を押さえるほどの鳴動。

 プレディレッケは悪魔のような貌を歪め、四人の戦士たちを睨みながら、凄まじいまでの雄叫びを発していた。

 そして長大な両の鎌を一振り、男たちに対して身構える。

 隙のないその姿は、好敵手を前にした騎士のようで。


 それで、戦士らは理解した。


 呼んでいる。


『黒鬼』は、「来い」と言っているのだ。

 川を挟んだ向こう側にいる四人に対し。自らと渡り合う実力を持った戦士たちに対し。

 かかってこい、と。この場所で闘おう、と。






「……、野郎…………、そういう、こと……なのかよ」


 ようやく流護は理解した。

 これまでのプレディレッケの不可解な行動に、一本の筋が通ったように思えた。

 幾度かの交錯の果て、突然移動を始めた『黒鬼』。

 あえて速度を落とし、四人がついてきていることを確認するかのような素振りすら見せていた、その真意は。


 遮るもののない広々とした空間で、流護たちと闘うため。


 プレディレッケは、森の外を目指していた訳ではなかったのだ。

 単に、広く開けた場所を探していた。遺憾なく自らの実力を発揮できる、最良の舞台を。

 六メートル――否、あの『隠し刃』も含めて十メートル以上もの尺を誇る大鎌は、木々の乱立する森の中では思うように振るえない。事実、伸長させていない状態の鎌ですら、木の幹に引っ掛けている。

 闘うための場を求めた結果、広い外へ飛び出した。襲いかかってくる邪魔な兵団を蹴散らし、場を確保した。

 そうして、兵士たちが手を出してこなくなった今。舞台は整ったとばかりに、四人を呼んでいる。


 何か妙な策謀を巡らせている――どころではない。

 この上なく純粋とすら表現できる、闘争本能の表れ。


 無論、この推論が当たっているかどうかなど分からない。

 しかし怪物の雄叫びは、戦士たちの魂を震わせるかのような響きを伴っていた。有無を言わさず、このためだったのだと思わせるほどに。


 両刃を携える怨魔の、その姿は。

 至高の決闘を望む、剣士のそれにしか見えなかったから。


「クク……お呼びだぜ」


 熱気を滾らせるディノも、


「フン、蟲め」


 陽炎のような『揺らぎ』を纏うドゥエンも、


「そういう算段、か」


 そして不敵に笑うダイゴスも。

 当たり前のように、流護と同じ解釈をしていた。



 ――戦意を刺激された男たちが、我先にと戦場へ身を投じる。



「ダイゴスとリューゴ殿は、ここで待機を。武祭は、何としても続行致しますので」


 言い終わるが早いか。ドゥエン・アケローンが、水切りの石さながらに川面を駆けて疾駆していく。その様を見た流護が唖然となる間に、対岸へとたどり着く。


「オイオイ『黒鬼』よォ、俺じゃ物足りねぇってか?」


 巨大な氷の拳骨を握りしめ、隻腕となったタイゼーン・バルが獰猛に歯を剥き出す。


「こんないい男が目の前にいるってのに、俺より兄貴にご執心ってか? つれないねえー。そんな態度取られたら、意地でも振り向かせたくなっちまうだろ」


 紫電散らすラデイル・アケローンが、整った口の端を強烈に吊り上げる。


「んー……どーすっかなァ」


 朝起きて、これからの予定を考えるみたいな口調で。

 片手で頭を掻いたディノ・ゲイルローエンは、何でもないことのように呟いた。その紅玉の瞳が、意味ありげな流し目で流護を見据える。


「オメーと闘んの、楽しみにしてたんだがな」


 そんな言を聞き、流護はふんと鼻を鳴らした。


「別に、俺と闘りてえならいつでも相手してやるよ。つか、いつでも闘れんだろ。何もわざわざ、この天轟闘宴でじゃなくてもいいし」


 肩を竦めつつ挑発的に言ってのければ、


「ま、ソレもそーか」


 存外にあっさりと、炎の超越者も納得した。

 その赤い瞳が、流護の隣――ダイゴスへと向けられる。


「たまには、『見る側』に回るのも悪くなさそーだしな。……さて」


 そうして『黒鬼』へ視線を戻してパキパキと首を鳴らすディノに対し、流護は声をかける。


「……まあ、あれだよ。お前のことだし……その、あれだ。せいぜい気ぃつけて行ってこいよ。死んだら、笑ってやるからな」


 目を見ずに、言った。


「クク……何だそりゃ。オレが負けると思うのか?」

「いや、それは全然思わん」

「ハッ、当然だ」


 ニッ、と『ペンタ』は自信に満ちたいつも通りの笑みを返す。

 大胆不敵で傲慢なその顔が、今はこの上なく頼もしく見えた。






 熱を帯び、大気を焦がす。


 左手に携えられた、一振りの巨大すぎる炎刃。

 術者が飛翔しながら遠心力を伴い回転することで、朱色の軌跡が螺旋を描く。その彗星めいた爆炎は、瞬く間に川を飛び越え、石造りの観覧席上へと到達し――






「オッ――ラァッ!」


 砲弾じみた速度で滑空した『ペンタ』、その一撃がプレディレッケ目がけて振り下ろされた。

 ぎぃん、と大気を震わせる金属質の残響。

 巨大にすぎる炎の牙を、漆黒の怪物もまた絶大な鎌で受け止めた。

 卓絶した剣士二人が鍔迫り合うかのような光景。得物越し、口付けすら交わせそうな至近にて――顔と顔を突き合わせるは、赤き灼熱の狂戦士と黒き異形の騎士。


「お望み通り来てやったぜ、黒カマキリよォ! そんじゃー続きと行こうじゃねェか、なァッ!」


 力任せに振り抜く『ペンタ』、いなし逸らす怨魔。

 そのあまりの速度に、自動判定すらも遅れたのか。そこでようやく、青年の首に巻かれていたリングが力を失う。はらりと解け落ち、剣戟の余波を受けて吹き飛んでいく。


 ――そうして。

 黒水鏡から、ディノ・ゲイルローエンの名前が消失した。

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