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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
7. 天に轟くは、闘いの宴
244/670

244. 黒影進撃

 まるで早撃ち。ディノは前方を行くプレディレッケ目がけて左手をかざし、指先から二発の赤熱した光条を撃ち放つ。

 そして驚くべきは怨魔の反応。やはりあの複眼は、背後すら完璧に捉えているのだ。距離は約七メートル、真後ろから放たれた熱線を右へ飛ぶことで完璧に躱し――

 その着地点に、ドゥエンが滑り込んでいた。


「!」


 流護は目を見張る。

 それは一種のカウンターだった。

 プレディレッケの左半身と頭部、二箇所へ同時に飛んだ火線。これを怨魔は右へ動くことで躱す。そう。左という選択肢を予め封じられ、右へ。

 怪物の回避方向を右側のみに絞ったドゥエンは、狙い通りの位置へ飛び込む。ディノの術を躱したプレディレッケ、その行き先へと。


「アケローンが巫術――七之操――穿孔狼牙せんこうろうが


 瞬く白雷と甲高い音響が、流護の感覚という感覚を揺さぶった。目を灼き、耳をつんざき、鼻を焦げた臭気がくすぐる。


「お、おお……!」


 漏れたその声も、発した流護自身の耳に届かないほどだった。

 それは端的にいえば、右の上段廻し蹴り。レフェに伝わる武術なのだろうか。エンロカクとは違う、何らかの体系に則っているかのような洗練された軌跡。軽快なステップインと同時に最短距離を飛ぶ、迅雷の一撃。現代日本からやってきた格闘少年の知識では、


截拳道ジークンドー……!?)


 それに近しい挙動と思われた。そこへ、グリムクロウズ特有の『魔』が付加される。


 紫電が舞い、軌道が白く霞む。優美かつ儚げな、しかし恐るべき破壊力に満ちた蹴撃。プレディレッケは、ドゥエンが放った白銀の一刺に自ら当たりにいく形となった。

 そこで飛んだのはディノの口笛。流護も思わずあんぐりと大口を開く。

 黒鉄の胴体へ打ち込まれる電掣の右足。響く甲高い破砕音。

 蹴り戻された球のようにプレディレッケの巨体が浮き、たららを踏み、後退した。左鎌が大地へ突き刺さる。それを身の支えに、辛うじて転倒を拒む。がくり、と逆三角形の頭が下向いた。


(効いた……!)


 ディノの火線すらも弾き、流護のラッシュを受けながらも反撃に転じてみせた異形。強靭な鋼のごとき怪物は、ついに堪えた素振りを見せた。


「チッ……」


 しかし流護の耳へ届くのは、それを成したドゥエンの舌打ち。


「!」


 見れば――尋常でない量の脂汗を流し、忌々しげな表情で右脚を押さえる矛の長の姿。


(そう、だ)


 まるで飛んできたボールでも打ち返すように怨魔を蹴りつけたドゥエンだが、そもそも相手は鉄塊じみた巨大な怪物。そんな相手をカウンター気味に蹴り叩いたのだ。脚を痛めないはずがない。


「蟲めが……強かな奴だ……」


 脚を痛めてしまうことは想定の範囲内だったのだろう。右脚と引き換えに、この怪物を仕留めるはずだった。

 が、敵は倒れなかった。

 そう考えたなら、『効いた』程度では到底割に合わないともいえる。


 ――そこに。残る三人の戦士たちがいなかったなら、の話だが。


 迷わず、流護は地を蹴って肉薄した。

 雷の棍を顕現したダイゴスも、素早く後に続く。

 ディノ薄ら笑いと共に、左手へ炎の柱を携える。

 それらは全くの同時。


 最初に届いたのは、豪快に振り下ろされた炎の一閃だった。

 まるで断頭台。縦に尾を引く獄炎の軌跡を、プレディレッケは残る右鎌で受け止めた。タワーシールドさながらに変形したその腕は、ディノの炎をも着実に防ぎ通さない。

 その隙に数歩でプレディレッケの眼前へ入り込んだ流護は、腰溜めに引いた右拳へ力を漲らせる。

 至近でかち合う視線と視線。ボウと灯る怪物の赤い光と、闇色をした人間の瞳。

 半壊した怨魔の下顎がガバリ開いた瞬間、


「同じ手が何回も――」


 最初は、飛び出した口吻に迎撃され不発。次は、その口吻を躱しざまカウンター一閃。


「通じるかよッ!」


 そしてこれが三度目。口吻が放たれるより先に、流護の正拳が敵の顔面へ着弾した。

 容赦なく押し込まれる渾身の重撃が、プレディレッケの口から黒い液体を撒き散らし――


「!?」


 すぐさま、その違和感に気付く。

 妙に軽い手応え。その割に、おびただしく撒き散らされる黒々とした飛沫。


(違う……これ、血じゃねえ――っ)


 弾け飛んだその体液は、異常なまでのぬめりを帯びていた。突き入れた拳を滑らせ、芯を外し、威力を殺してしまうほどに。

 それだけではなかった。プレディレッケは、続けざまに口部から黒い霧を噴射した。


「っぶ……!」


 大した規模ではない。結論からいえば、殺傷力もなく、毒の類でもなかった。一瞬、目の前に薄い黒靄が立ち込めた程度。しかし得体の知れない異形が吐き出したどす黒い霞となれば、嫌悪感から咄嗟に飛びずさってしまったのは不可抗力といえるだろう。

 下がり、着地したその場所が――死神の鎌の通り道だったとしても。


「――――――」


 自ら鎌の射程へ『戻って』しまった流護は、思わずまじまじと仰ぎ見る。すでに高々と振りかぶられている、左の大鎌。緋色の陽光を照り返す、漆黒のギロチン。


(もう、構えて……、こい、つ……最初から、これを狙って……)


 それは、予期していなければ成し得ぬ迅さ。鎌の振るえない内側へ踏み入ってきた相手を押し戻し、確実に刈り取るための手管。


『同じ手が通じると思ったのか?』


 怨魔へ叩きつけた言葉をそのまま、行動で返されたかのような。思わず背筋を凍りつかせる。

 そして今、この瞬間。流護だけではない。

 炎の柱を振り下ろしたディノ。片膝をつくドゥエン。後ろから走り寄りつつあるダイゴス。四人全員が、鎌の軌道上に入ってしまっている。

 掲げられた左腕が。あの凶器が、薙ぎ払われたなら――

 その結末を予想するよりも速く、現実は迫る。黒影の斬撃が唸りを上げた。


 そして同時に、紫電煌めく雷鳴も。


「アリウミ! 流せッ――!」


 太く鋭い声。

 高みから勢いをつけ、水平に振るわれる黒の一閃。

 両断の軌跡と流護の間へ滑り込んだダイゴスは、ほぼ横倒しとなりながら手のひらで大地を叩く。


はしれ――!」


 雷が迸る。

 その方向は、下から上。

 地面から立ち上った光の柱が、真下から怨魔の左腕を叩き上げる。その一撃で、水平に振るわれていた鎌の軌道がずれ、斜めに跳ね上がった。


「!」


 流護の腰ほどの高さで薙がれていた黒刃が浮き、首筋目がけて飛んでくる形となる。


『アリウミ! 流せッ――!』


 咄嗟に脳裏をよぎったのは、たった今しがたのダイゴスの言。その意味を思う間もなく、流護は右腕を立てて構え、防御の構えを取った。

 着弾する。


「……、――ぐ――っ……!」


 すでに限界。

 そのうえ、十全の状態であっても受けきることなど到底不可能と思われる重撃。消耗の激しい流護ではもはや踏ん張ることすら叶わず、押されるままに身体が傾ぐ。

 が、


(そ……ういう、ことか……!)


 命を刈り取るべく叩きつけられた死神の大鎌。その重圧に晒されながら、ここで流護は理解した。

 威力に逆らわず、身を倒す。

 ――滑る。

 流護の右腕、厳重に巻かれた灰色の手甲。そこに付着する、先ほどプレディレッケが撒き散らした液体。この黒いぬめりが、鎌を滑らせた。

 黒刃は手甲の表面を研磨するように撫で、さらに斜め上方へと軌道を逸らされていく。勢いのまま振り抜かれた鎌の先端は、間近に屹立する若木の幹へ突き刺さった。

 横倒しとなった流護は、素早く顔を上向ける。

 右の鎌はディノの炎牙に押し込まれ、左の鎌は木に刺さった状態。再度訪れた――好機。


「……っく!」


 しかし、身体がすぐさま動かない。

 流したとはいえ右腕は痺れ、肺は酸素を求め、膝は命令を受け付けない。あと数秒でいい。休ませろ。流護の全身が、意に反してそう訴えかけてくる。

 両腕を封じられた怨魔は、半壊した口部を再びバガリと開く。来る。あの槍のような口吻が飛び出してくる。数秒どころか、一秒だってこの場に留まっている訳にはいかない。


(――くそ……、避、け……!)


 バシュン、と射出された。

 肉体の消耗はとうに精神論で補える領域になく、流護は自分へ向けて放たれた黒い刺突をただ見つめ――


 蒼い軌跡が、その黒き凶撃を両断した。


 刹那に描かれたのは十字の交わり。

 一直線に伸びた鋭い口吻を、横から迸った蒼い閃光が断ち斬っていた。

 中ほどから切断され硬度を失った口吻が、縄のように撓みながら吹き飛んでいく。身体の一部を切断されたプレディレッケが、巨躯をのけ反らせて苦鳴の咆哮を轟かせた。


「――アケローンが巫術、終之操――戦嵯一鐵せんさいってつ


 身構えるダイゴス・アケローンが手にしたそれは、目に悪いほど蒼く輝く『棒状の何か』。長さは四メートルほどか。槍と呼ぶには細すぎて、剣と呼ぶには長すぎて、棍と呼ぶには鋭すぎる。

 ディノの炎柱に適切な呼び名が思いつかないように、『それ』に対する相応しい形容が出てこない。

 そんな『蒼い光』を右手へ携え、ダイゴスはその場で身体をねじり――反動と共に振り払う。

 その残像は、美しく扇のように広がった。流護の脳裏に浮かんだのは、SF映画で見覚えのあるレーザーブレード。蒼白の軌跡が尾を引き、大気に色付けしたかのごとく美麗に流れていく。


 そうして唸りを上げた蒼い閃光の終着点は、プレディレッケの貌だった。


 ガラスを割ったような、耳に障る残響。

 怪物の下顎が完全に砕け、割れかけていた右複眼も損壊し、黒い破片と液体が撒き散らされる。


「ヘェ」


 興味深げな声を漏らしたのはディノだ。

 そして怪物が怯んだその瞬間、彼は鎌へ押しつけていた炎柱の角度を変えた。腕をわずかに引き、先端を突きつけるように。

 刹那に容赦なく放たれる、零距離射撃。密着状態から射出された、岩山をも瓦解させる焦熱の一閃。避けようのない直撃。鋼の城のように堅牢だったプレディレッケの巨体が、投げ捨てられた玩具よろしく盛大に吹き飛んだ。轟音と共に二転三転し、大地を削り、木々の群れをぶち折り、岩山へ激突してようやく停止する。


 ――黒い怪物は、ついに大地へと倒れ伏した。


 土煙が晴れるより先に、ディノはダイゴスへ興味深げな視線を投げる。


「イイね。面白ェ技使うじゃねェか、デカイの」

「凶……『ペンタ』にそう言うてもらえるとは、光栄じゃの」


 蒼い得物を虚空へ帰し、相変わらずの不敵な笑みでダイゴスは受け答えた。


「おっ、オレを知ってんのか。勉強熱心だな」


 意外そうに声を弾ませる超越者へ、ゆっくりと身を起こした流護が疲れ気味な声をかけた。


「……何言ってんだよ。このダイゴスは、ミディール学院の生徒だぞ。あのレドラックとの抗争の時も来てたし……」

「ほう? あんなお遊戯学院に入ってる必要なんざ、なさそーに見えるがな」


 ますます楽しげに目を細める炎の超人。やはり当然というべきか、他の生徒のことなど把握していないようだ。それはともかく――ディノはダイゴスに興味を示している。このアケローンの末弟に、それだけの実力があるということだ。


「……ダイゴス。やはりお前は、その技を会得していたのか……」


 疲れを滲ませた様子で、ドゥエンが立ち上がる。脚を押さえながら、ぽつりと呟いた。


「……驚いたぞ」

「すまぬ」


 その短い兄弟のやり取りに、どんな思いが込められているのか。流護には推し量れそうになかった。

 ただ、


(さっきの術……)


 蒼白に輝く、閃光そのもののような得物。ディノの双柱に勝るとも劣らない力強さを感じる代物だった。当の『ペンタ』が興味を示すのも当然といえるだろう。『終之操』という位置づけやドゥエンの口ぶりからしても、秘術の類に違いない。それこそ、ベルグレッテが扱う水の大剣のような。


(ダイゴス先生め……あんなとんでもねー技、隠し持ってたのか……)


 頑強な怪物の、鋼鉄めいた頭部を容易く粉砕した一打。

 流護の背筋を冷や汗が伝う。

 今は、おかげで間一髪のところを助けられた。しかし。あれと対峙しなければならないとしたら、どうするだろう。

 詠唱時間は? 発現していられる時間は? すぐに消したところから考えて、消耗も大きいはず――


(ま、一つ確実なのは……直撃もらえば、ああなっちまうってことだろな……)


 吹き飛び、ついに倒れたプレディレッケへと目を向ける。決定打はディノの一撃といえるだろうが、ぐしゃぐしゃに圧壊した貌はダイゴスの功績と――


「!」


 そこで、動いた。

 息絶えたと思われた黒い怨魔は、大地へ鎌を突き刺してその身を起こす。


「ほう……?」


 ディノの口からそう漏れたのも無理からぬことだろう。

 顔面を粉砕され、地形を崩壊させるほどの熱線の直撃を受けたのだ。とても生物が一命を取り留められるとは思えない。


 ――だからこそ。


「……!」


 夏の暑さや戦闘によって昂ぶった熱をも凌ぐ寒気が、流護の脳髄をゾクリと冷やす。

 怪物は立ち上がる。頭部からパラパラと黒い破片を落とし、ひしゃげ曲がった右腕を支えに、しかし力強く。


(悪、魔……)


 流護の脳裏をよぎったのは、飾り気のないそんな単語だった。

 外殻の剥がれ落ちた逆三角形の顔は、カマキリとは似ても似つかないものへと変貌を遂げていた。

 割れた右複眼の中央には、埋め込まれた電球のように毒々しく輝く真紅の円。砕けた顎部からは、長く鋭い刃の羅列が覗いている。

 およそ現存するどの生物にも当てはまらないだろう、異質すぎる造形。あまりにおぞましいその凶相は、少年の思考に『悪魔』以外の形容を浮かばせはしなかった。あえて身近に例えるなら、映画などで見覚えのある地球外生命体――エイリアンのような何か、といったところだろうか。

 通常の生物の範疇に収まらない、正真正銘の怪物。だからこそ――そんな怨魔という次元違いの存在だからこそ、未だ健在でいられるのだろう。


「タマんねェな。仮面が剥がれて、そのご立派な鎌がチョイとばかり曲がっただけってか?」


 愉悦以外何も含まれていないそんな言葉。楽しげに嗤うディノが歩を進めようとした瞬間――、プレディレッケはまたしても四人に背を向けて走り出した。


「あー? オイオイオイオイ、この期に及んでまだ――」


 怪物を追うべく動き出す流護たちだったが、


「!?」


 四人の驚きが同期する。

 速い。

 先ほどまでの、緩やかに追従していける速度ではない。その時速はどれほどに達するのか。怨魔は四本の脚で豪快に大地を蹴り進め、瞬く間に流護たちを置き去りにしてゆく。


「野郎……っ!」


 やっぱりそうか、と流護は歯噛みする。思った通り、先ほどまでのプレディレッケは意図的に速度を緩めていたのだ。そして今この局面になって、全力疾走を開始した。


(クソ、何で今になって急に……! 予想外のダメージ受けて、逃げるつもりなのか……!?)


 怪物の意図は全く掴めない。ただ、確実なことがある。


(追い付けねぇっ……!)


 万全の状態の流護でようやく、迫れるか否か。つまり馬に匹敵する速度。今の疲弊しきった身体では、到底届かない。


「兄者……!」

「分かっている――!」


 アケローンの兄弟が力を振り絞り、白い火花を散らしながら迅雷のごとく駆けていく。そんな二人を見やり、丸っきり他人事の口調で肩を竦めるのは炎の超越者。


「オウ、気張るねェ。……で、オメーは相変わらず術の一つも使おうとしねェでボロボロんなりやがって。肩でも貸してやろーか?」

「馬鹿言え……!」


 からかうような横目で微笑むディノへ毒づき、流護も疲れた身体に鞭を打って進む。一方で、隣を行く超越者は、やる気のない様子でダラダラと走っていた。

 木々も疎らとなった、獣道と呼ぶには大きすぎるひたすらの直線。ぐんぐんとプレディレッケへ追いすがっていくアケローン兄弟の後ろ姿を眺めていたディノは、何でもないことのようにぽつりと呟いた。


「……無理だな。止められねェ」

「は?」


 それが予言だったかのように。

 右足を痛めたドゥエンより先に真後ろへ迫ったダイゴスに対し、怪物の尾部から黒光りする一撃が射出された。針、と呼ぶにはいささか巨大か。人の扱う槍よりも太く鋭い一突きが、正確無比にダイゴスの眉間を狙う。


「グッ!」


 流護が名を叫ぶ暇すらない。

 しかしその体捌きは見事、というべきだろう。こめかみから血飛沫を舞わせながらも、巨漢は首をひねり致死の刺突を躱す。

 代償として足の止まったダイゴスを瞬く間に追い抜き、


「私が追う! 逃がさん……!」


 怨魔とドゥエンが加速する。


「今の黒カマキリは全力で走ってやがる」

「はっ……、ぜっ、見りゃ、分かるけどよ……」


 悟ったようなディノの口ぶりに、流護は息を切らせながらもそう反応する。お前と違って全力疾走だな、と返したいところだったが、そんな余裕はなかった。


「つまり……さっきまでと違って、追い付かせるつもりがねェ。ってーコトはだ、ソレでも付いてくるよーな奴は――」


 じゃきん、と。

 怪物の背中で畳まれていた羽が、扇状に鋭く展開した。


「容赦なくブッ叩かれるワケだな」


 ばおん、とくぐもった音が大気を震わせた。瞬く間に展開された幾重もの羽が、後方一帯を豪快に薙ぎ払う。


「ヂッ!」


 読んでいたのか、ドゥエンは紫電を纏わせた脚で大地を蹴りつけて高々と跳び上がり、これを回避する。

 が、


「!?」


 四人全員が目を剥く。

 それは攻撃のためだけの動作ではなかった。

 羽に叩かれた大気が荒れ狂う。滞空したドゥエンが後方へ流されるほどの勢いをもって、プレディレッケは飛翔していた。正確には跳躍と表現すべきか。飛び上がった巨体は羽を広げて膨大な放物線を描き、立ち並ぶ潅木の群れの上を悠々と越えていく。


「奴め……!」


 着地したドゥエンの呻きと、


「無理じゃったか……!」


 身を起こしたダイゴスの低い唸りが重なる。

 滑空した怪物は空を舞い、その巨躯はついに『無極の庭』を囲う川をも飛び越えて――


「……ッ!」


 流護は言葉を失う。

 息を切らせて必死に走り、森を抜けたその先に見えたのは。


 ついに森を――『無極の庭』を飛び出し、無人となった観覧席前方へと降り立ったプレディレッケの姿だった。

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