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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
7. 天に轟くは、闘いの宴
236/669

236. 策謀、交錯

『あっと、ここでまた一名が脱落です! これは……079番、チャヴ・ダッパーヴ選手です……!』


 響き渡るシーノメアの通信には、どこか覇気がないように感じられる。もっとも、暴走したエンロカクが徘徊しているという異常な状況を考えれば、無理もないことなのだろうが――


「む……!」


 同時、ベルグレッテの隣からそんな呻きが聞こえてきた。


(……あ、そういえば)


 そこで少女騎士も気付く。たった今、脱落を宣告された名前……チャヴ・ダッパーヴとは、隣席に座る紳士の部下の名前だったはずだ。かなり身体の大きな巨漢だったと記憶しているが、これまでその姿は黒水鏡にほとんど映っていない。


『また、エンロカク選手による犠牲者だったりするのでしょうか……、ツェイリンさん、映せますか』

『待っておれ。んー……』


 褐色肌の紳士は、食い入るように真剣な眼差しで鏡を見つめている。身内の敗北となれば当然だろう。ベルグレッテもそれとなく様々に分割された場面を眺めるが、


『……鏡がない場所での決着のようじゃの。見つからん』


 その言葉を受け、紳士が大きな溜息を吐き出した。

 結局、チャヴという人物はその敗北の瞬間まで捉えられることなく終わってしまったようだ。


(……そんなに、映らないものなのかしら……?)


 素朴な疑問として、少女騎士は小首を傾げる。


『昨今は参加者も目が肥えとるからのう。羽目を外しとうて、鏡のない場所で闘り合う輩も増えておる。次回からは、鏡の数や設置場所についても再考した方が良さそうじゃな。尤も、あまり多くの鏡を設置したところで、映すわっちがキツイんじゃが』

『なるほどー……。ドゥエンさんはどう思われますかっ……、あ』


 左隣へ顔を向けるシーノメアだったが、誰もいない空間に気付きハッとした。


『失礼しました、ドゥエンさんは森の中でした……』


 しゅんとした音声担当の声が影響しているのか、会場も比較的湿った空気に包まれていた。


「さて、と」


 隣席の紳士が、そんな間を見計らったかのごとく立ち上がる。


「残念ながら、部下が負けちゃったみたいだ。俺は、これでお暇するよ」

「……はあ。お帰りですか」

「そうなるね」

「お疲れさまです……」


 愛想よく微笑みかけられ、ベルグレッテもつい自然に受け答えていた。

 そこで、


「……君の、連れの……」


 紳士は目を細めて鏡を眺めながら、ぽつりとそんな言葉を口にする。


「? リューゴが、なにか……?」

「……いや。彼は、いい戦士だ。優勝できるといいね。では、失礼」


 それだけ言い残し、褐色肌の紳士は足早に去っていく。


「……?」


 ベルグレッテは、訝しげにその背中を見つめてしまっていた。

 ――何か。今、本当に言おうとしたことを飲み込んだような。

 その後ろ姿も人波に紛れ、やがて消えていく。二度と会うこともないだろう紳士の様子が少し気にかかるベルグレッテだったが、居住まいを正し、鏡へと視線を戻した。


 現在、残り人数は十二名まで減っている。

 その中で未だ燦然と輝く、リューゴ・アリウミの文字。

 同じく健在な、ダイゴス・アケローンの文字。

 そして当然のように残っている、ディノ・ゲイルローエンの文字。

 さらには今、とうに名前の消えたエンロカク・スティージェが森の中を彷徨っている。すでにドゥエンが追いつき、闘っている可能性もあるかもしれない。そうあってほしいところだ。

 とにかく、一瞬たりとも目が離せない。決着の時は、そう遠からず訪れる――。






 我ながら参ったな、と。

 足を急がせながら、デビアスは自分自身に苦笑する。

 あの麗しき少女に何を言おうとしたのか。まさか、「君の連れを死なせてしまうことを許してくれ」とでも言うつもりだったのか。わずかにでも、不審な点を残す訳にはいかないというのに。


(……さて)


 暑さゆえ緩めていたネクタイを締め直し、同じく気を引き締める。熱気の篭もった観覧席を離れたことで、その暑気も幾分和らいだ。

 いよいよだ。



 チャヴはデビアスの思惑通り、完璧に役目を全うした。



(際どいところではあったが……俺の人選に狂いはなかったな)


 チャヴは強者である。『この役目』を任せるには、強すぎるほどといえた。ゆえに、なかなか敗北しなかった。が、他に条件に見合った人物が組織内にいなかったのだ。『代償』となる、彼ほどの巨躯を持った人間が。それでいて、臆さずに――退かずに闘い続けられる者が。例えば敗北や死に怯え、降りてしまうような者では務まらなかった。そしてチャヴは、『簡単に』敗北を喫するような戦士ではなかった。そのため元々、後半戦まで付き合う腹積もりでいた。

 それでいて、優勝するには実力不足であることも分かっていた。こういった大規模な催しで勝利できるのは、特別な『何か』を持つ者だとデビアスは考えている。強さ。技術。人を惹きつける魅力。あるいは運。チャヴは強者に違いないが、突出したものを持ち合わせぬ人間だった。

 ともあれ――長かった『待ち時間』も、これで終わり。


 逸る気持ちを抑え、通信の術式を紡ぐ。


「俺だ。条件をクリアした。そっちはどうなってる?」

『おお、デビアス殿ですか! お待ちしておりました! い、今確認しま……、……あ!?』

「どう……だ?」

『消え、てる……。跡形もなくっ……、成功です! 創造神にかけて! 上手くいったのかよ、とんでもねぇ……っ!』


 通信の向こうから響いてくる、研究員たちの喝采。デビアスは柄にもなく拳を握りしめた。成功する公算は高いと分かっていた。しかし、確証はなかった。不安があった。

 しかし、これで――


(――完璧だ。お前をここで失うのは惜しかったんだが……すまないな。だが、最高の仕事だったよ。ゆっくりやすんでくれ、チャヴ。お前は、間違いなく大きな躍進の糧となった)


 計画通り、指示通り。あの団員は、『可能な限り、黒水鏡に映らぬよう立ち回れ』という指示を忠実にこなしきった。つまり、『誰にも見えないところでその意識を手放した』。そして――

 獰猛に笑い、デビアスは手応えを実感する。

 新世界到来の、手応えを。


 武祭そのものは、娯楽として申し分なかった。無術で闘う奇妙な少年や、旧型とはいえセプティウスを扱う顧客ユーザーの出現なども、予期せぬ出来事として楽しめた。あの無術の少年とエンロカク・スティージェの闘いでは、柄にもなく胸が熱くなった。実をいえば、誰が優勝するのか見守ってみたかった気持ちもあるのだが――しかし、それもここまで。


「――終わりだ。もうこの武祭に、用はない」






(妙、だな)


 森を行くドゥエン・アケローンは、些細な違和感を覚えていた。

 エンロカクの足取りが掴めない。『打ち上げ砲火』を頼りに向かってみても、あの怪物の姿がない。

 青空を仰げば、昼神がわずかに傾きかけている。今現在、砲火は上がっておらず、その頻度は入庭したときより随分と減っていた。


(順調に参加者は減っているが)


 それが果たして正常な進行によるものなのか、荒ぶる魔剣によるものなのかは判断しかねるところだ。


 ――視界の隅。

 木陰の闇で瞬いた赤光を、ドゥエンは見逃さなかった。

 何者かによる攻撃術。白服を着用していないため、ここまでにも幾度か参加者と間違われている。それもまた、無駄に時間がかかってしまっている要因と――


「!」


 ドゥエンは思考を寸断し、咄嗟の回避に専念した。

 それほどの一撃。

 肩をかすめた細い赤色が、一直線に森の奥へ吸い込まれ消えていく。にわかに感じる熱の余韻。


(……只者ではないな)


 ドゥエンは発生源へと視線を向けて、


「――!」


 細い眼をにわかに見開いた。

 木々の織り成す闇から現れて。歩いてくるのは、一人の青年。


「へェ……アレを避けんのかよ。よーやっとマトモなヤツが残り始めたか?」


 爛々と輝く紅玉の瞳。燃え盛るような赤髪。自信に満ち溢れた、端正な顔つき。


「ディノ・ゲイルローエン君……か」

「おっ」


 名を呼べば、『凶禍の者』である若者は意外そうに顔を綻ばせる。


「オレを知ってんのか。いいコトだ。勤勉だねェ」

「お褒めに預かり光栄です。……ところで、私は運営委員の一員です。白服を着用していません故、間違われるのも無理はありませんが――」



「ナルホドねェ。今度はそういう手口か」



 刹那、ドゥエンの思考に空白が生まれた。ディノの発言の意味が、理解できなかったのだ。

 瞬間。

 獣を彷彿とさせる速度だった。

 右手に炎の長柄を顕現したディノが、ドゥエン目がけて振り下ろす。退いて躱せば、勢い余った炎柱が大地を粉砕した。立ち込める熱気と吹き散らされる砂礫が、その尋常でない破壊力のほどを物語る。


「……へェ」


 低く、薄く笑むディノに対し、ドゥエンは淡々と説明を繰り返した。


「今程、申し上げましたが……私は主催側の人間です。参加者ではありませんので、私に対する暴力行為はご遠慮願います」


 その言葉に対し、


「信用できねェな」


 ディノはそう笑った。


「……それはまた……如何なる理由で?」

「つい今さっきの話だ。大暴れしてるデケェのがいたから寄ってみれば、ソイツは首輪をしてなかった。オメーと同じようにな。そのくせ問答無用で仕掛けてきやがったから、とりあえず潰しておいたが」

「!」


 思わぬ言にドゥエンは瞠目する。


「……それは……、黒い素肌をした、身の丈二百五十程もある大男では……?」

「オウ、そんな感じだな。最初は熊か何かかと思ったぜ。あんまり黒いモンだから、泥でも引っ被ってんのかと」

「その男の生死は?」

「死んだ。オレが殺した」

「! ……そう、か」


 なんと味気ない結末だろう。ドゥエンの胸に奇妙な虚無感が去来する。

 根拠のない話ではあるが――自分とあの男は、いずれ何らかの形で衝突するものと思っていた。周囲も、国長も、そして自分自身でさえも、漫然とそう考えていた節がある。

 かつてレフェ最強と謳われた両翼。決別した両者。対をなす雷と風。とかく、人は因縁づけて考えたがるものだ。

 しかし――


「……フフ」


 現実というものは、いつも予測や期待にそぐわぬ味気ない結末を振る舞う。そこに感動や衝撃といったものは待ち構えていない。そんなのは、作られた物語だけに許された絵空事だ。

 ――さて。エンロカクが斃れたのであれば、自分がこの森にいる必要はない。速やかに死体を確認し、脅威が取り除かれたことを外へ伝えなければならない。

 ドゥエンは運営委員としての思考に立ち戻る。


「その男の死体は何処に?」

「アッチ」


 長大な炎の柱で、ディノは自らがやってきた方角を指し示す。


「ご協力、感謝致します。では引き続き、天轟闘宴をお楽しみ下さい」


 ディノの横を素通りしたドゥエンは、そのまま駆け出――さず、地を這うほど低く屈み込んだ。その頭上すれすれの位置を、炎熱の赤が真横に薙ぎ払ってゆく。


「……何の真似でしょうか?」


 ディノの横一閃を躱したドゥエンは、ぱきりと首を鳴らしながら冷たい眼差しを向ける。


「運営委員への暴力行為は禁止と申し上げた筈です。度が過ぎる場合は、失格とさせて頂く事も御座います」

「オレの方こそ言ったぜ。信用できねェんだよ」


 真似るように首を横に倒し、ディノは嗤う。


「ついさっき、首輪をしてねェヤツが暴れてたばっかなワケだ。片付けたと思ったら、今度はオメーが現れた。同じように首輪をしてねェ。白服でもねェ。オレからしてみれば、オメーが敵じゃねェって確証がねェ。運営委員だの何だのもっともらしいコト言ってるが、騙クラかして寝首を掻こうとしてる敵だと思ってもおかしくねェだろ?」

「……そこは……緊急の案件にて動いておりました故、白服を着用していないのは此方の不手際です。お詫び申し上げます。現状、貴方に危害を加える意思はない……という事で、信用して頂く以外に御座いません」


 さて、話を聞いていたのか否か。紅い瞳を輝かせ、超越者の青年は唐突に尋ねる。


「ところでオメー、誰?」

「此度の天轟闘宴に於いては解説を務めさせて頂いております、ドゥエン・アケローンと申します」

「おっ。名前だけは聞いたコトあんな。確か……レフェ最強の戦士とか何とか」

「恐縮です」

「最強……最強、ねェ。おう、そーだそーだ。いいコト思いついた。今、この場で証明してみたらいいじゃねェの」

「証明、とは?」

「オメーがドゥエン・アケローンだってコト……強ぇヤツだってコトをよ。その最強っぷりとやらをよ……今、この場で」


 わずかに――沈黙が、場を支配する。


「オレはオメーを信用してねェんだ。ドゥエンの顔も知らんしな。なら、示してみせりゃいい」


 そんな『挑発』に対し、ドゥエンは飽くまで静かな声を返す。


「……此度の武祭。私が見る限り、現時点で最も優勝に近しい位置にいるのは貴方です」

「当然だな。で?」

「折角、目前まで迫っている勝利を……このような所で、むざむざ捨てる必要は無いと思いますが」


 静かな。しかし明らかな、嘲りだった。


「ふーん……。オレじゃオメーには勝てねェ……って言いてぇのか?」


 雷鳴の覇者がニコリと頬を緩め。獄炎の支配者が、やはり同じように口元を緩ませた。






 意味はない、のである。

 交わされる、もっともらしい会話に。

 互い。目の前にいる『自分を最強だと勘違いしている奴』を、ぶちのめす。『そうしていい』方向へ、事態を持っていこうとしているだけなのだから。






「はぁ……」


 水筒の中身で喉を潤し、音声を担当する乙女ことシーノメア・フェイフェットは溜息をついた。汗で額に張りつく栗色の髪を、うっとおしげに振り払う。

 天轟闘宴開始から四時間半。通信を展開して喋りっぱなしだったこともあり、随分と疲労を感じていた。


「流石に疲れたか、小娘」

「そう、ですね」


 一方で遠縁の親類に当たるツェイリンは、汗の一つもかかずに飄然としている。国内に二名しかいないという異能者は、やはりこういった場面でもどこか浮世離れしているように感じられた。


「残りも十二人。あと僅かじゃぞ」

「はい……」


 浮かない返事は、疲れによるものだけではなかった。


「気になるか? ドゥエンの坊やが」

「……それは、まあ」


 いかにドゥエンとはいえ、相手はエンロカクだ。あの怪物によって、無残に殺されてしまった人々の姿が脳裏をよぎる。原型も留めず、完膚なきまでに破壊し尽くされてしまった人たち。どんな理由があって、あれほど惨たらしい死を与えられなければならないのか。正直今夜は、眠れそうにない。

 いかに国長の命令とはいえ、最強と名高い戦士とはいえ、ドゥエンはあんな相手を前に無事でいられるのか……。


「心配無用じゃよ。ドゥエンは、我が国の必勝兵器じゃからの」

「必勝……兵器、ですか」


 耳慣れない言葉をなぞれば、遠縁の女はころころと笑う。


「必ず勝てる時にしか出動せぬ。必ず勝てる相手としか戦わぬ。それがアケローンじゃ。あの生真面目な坊主は、誰よりも謹直にその規律を守り続けとる。……ただ、」

「ただ?」

「一見して冷静に見えるドゥエンじゃが、中身は存外童のままなんじゃよな。弟の……殊更ダイゴスのこととなると、容易く平静を欠きよる」

「それは……確かに」


 ダイゴスとエンロカクが交戦した折、ドゥエンはそれまでの様子からは考えられないほど感情を露にした。

 しかしシーノメアとしては、逆に安心感を覚えたのだ。この人にも、きちんと家族を想う心があるのだと。……失礼な言い方かもしれないが。


「持論じゃが……戦士などという人種は、例外なく負けず嫌いじゃとわっちは思うておる」

「はあ」

「人より強くありたい。じゃから己を磨く。そうして練磨すれば、自信が身に着く。自信を備えたならば、己を試したくなる」


 そうして彼らは。より強い相手と闘いたい、と願うようになる。負けず嫌いの精神によって、誰よりも強くありたいと願うようになる。


「ふむ。そこはかとなく、お主がより男前に目を奪われるのと似ておるな」

「に、似てませんよ! 全然違うでしょ!」


 断固抗議するが、ツェイリンは何事もなかったかのように話を続けた。


「澄ましておるが……ドゥエンの坊やも、例外ではなかろ」

「ど、どういうことですか?」

「強き輩を前にして……疼かずにはおれんじゃろうよ。遊ばずに帰ってくると良いんじゃがな」

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