表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
7. 天に轟くは、闘いの宴
223/670

223. 絶望のコンフリクト

『開始から四時間少々が経過致しました、第八十七回・天轟闘宴! 残り人数も、すでに四十名を切っております! 人数が少なくなってきたことによって、お互いがかなり出会いづらくなってきてるのかなー、とも感じるのですが……』


 流護がジ・ファールを撃破して以降、闘いの場面は捉えられていない。『無極の庭』内部、その要所要所に設置された黒水鏡から客席へ提供されるのは、静かな樹林の景色のみとなっている。


『ええ。じき、「打ち上げ砲火」が始まるでしょう』


 伝えるべき場面がないためか手持ち無沙汰気味なシーノメアの指摘に対し、変わらず淡々としたドゥエンが頷いた。


 身を潜めて体力の温存に努めながら、不意打ち上等の精神で敵を撃破していく。これは天轟闘宴の鉄則ともされる戦法だが、時間が経過することによって、戦士たちは自ずと正反対の動きを見せるようになる。

 参加人数が減るに伴い、遭遇戦の回数も減っていくため、自らの足で敵を捜さなければならなくなるのだ。

 天轟闘宴にて、勝者と認定されるのはただ一人のみ。制限時間を迎えた際、二人以上が残っていたならば、勝者は不在という裁定。

 そのため最終的に、広い森の中――残り少ない時間の中、生き残っている戦士たちは互いの姿を求めて彷徨わねばならなくなるのだ。


 そこで誰が始めたのか、『打ち上げ砲火』と呼ばれる行為があった。

 術の煌きを空高く打ち上げ、己の居場所を知らせる。効率よく出会い、闘うために、自らの存在を誇示する。

 森林全土に展開した白服たちもこれによって選手の居場所を掴みやすくなるため、生き残った強者同士の闘いを見逃さずに済むという利点があった。

 隠れ潜む序盤、高らかに己の居場所を知らせる終盤。対照的な闘いぶりが見られるのも、天轟闘宴が持つ特徴の一つといえるだろう。


『さて、残る四十名弱の選手たちですが、特に注目すべきは誰でしょうか、ドゥエンさ――』

『のう』


 そこで珍しく割って入ったのは、『映し』を担当する超越者ことツェイリンだった。さらに珍しいことに、これまで血生臭い闘いにも平然としていた彼女の顔には、若干の困惑が浮かんでいる。


『……? どうかしました? ツェイリンさん』


 シーノメアが怪訝そうに問えば、


「いや……むう……、ドゥエン坊よ。一つ、戦闘の場面を捉えたのじゃが……」


 女は通信に乗らないよう声を潜め、解説を担当する覇者へ目を向けた。目配せを受けた当人も、その歯切れの悪さでおおよそを察する。


「…………映して頂けますか、ツェイリン殿」


 促せば、頷いたツェイリンがその場面を鏡へと反映した。

 即ち――


 ダイゴス・アケローンとエンロカク・スティージェ。この二人が火花散らし合う、死闘の光景を。


『う、わーっとこれは! 「十三武家」より出場しているドゥエンさんの弟君、ダイゴス選手とっ……元・剣の家系であるというエンロカク選手が、激しい攻防を繰り広げている――っ! やはりというべきか、エンロカク選手もあの大爆発を凌いでいたということになります!』


 シーノメアの絶叫に呼応し、観衆たちも歓声を沸かせた。レフェに関係した戦士同士、見た目にも派手な戦闘は、客たちの興味を惹くに充分だろう。


「…………」


 しかしドゥエンは――兄はただ、小さな溜息と共に首を横へ振る。机に肘をつき、両手のひらで表情を覆い隠した。


 ――ダイゴス。

 お前は本当に……兄さんの言う事を聞かない、悪い子だ。






 そんなドゥエン・アケローン以外に。

 エンロカクと衝突するダイゴスの姿を見て、驚きのあまり声を失った者がいた。ベルグレッテと桜枝里、二人の少女たちである。

 彼女らはそれぞれの思いを胸中に渦巻かせながら、その死闘を見守った。






 疾風迅雷、正確無比。

 ダイゴス・アケローンの雷節棍から放たれる精妙な突きを、ベルグレッテはそのように評している。確かな才覚と鍛練に裏打ちされた、迅く正確な打突。基本に忠実ゆえまっすぐで強く、捌きづらい。

 学院で幾度となく模擬戦を経験したこともあって、彼のその技巧のほどはよく把握している――と、少女騎士は思っていた。

 今の、今までは。


『ダ、ダイゴス選手、速い速い速い――! まるで雷そのもののような突きが、鋭くエンロカク選手を襲う――っ!』


 その精度は、少女騎士の知る領域を遥かに越えていた。ダイゴスの握る雷棍から繰り出される、稲光のごとき打突の連射。紫の火花散らす直線の光芒は、あのエンロカクを拳の間合いへと近付けない。


『チッ』


 忌々しげに舌を打ったエンロカクが、腕に纏わせた風を投げつけるように撃ち放つ。ダイゴスはこれをいとも容易く棍で受け、明後日の方角へ弾き飛ばした。


「……、っ」


 ミディール学院でも上位。強いというより、上手い。

 皆にそう評価されるダイゴスという学生の姿は、そこにはなかった。模擬戦でベルグレッテに敗れ、「流石じゃの」と笑みを見せていた面影など、微塵も存在しなかった。


(……ダイゴス……、あなた今まで、実力を隠して……)


 学生の技量など、遥かに凌駕している。比較にもならない。正規兵や手馴れた傭兵よりも――ともすれば、『銀黎部隊シルヴァリオス』にすら届くかもしれない。

 そこにいるのは。

 ミディール学院に所属している、物静かで心優しき巨漢ではなく。『十三武家』は矛の家系が誇る、必勝を期した使い手だった。


「……!」


 しかして驚嘆すべきは、エンロカク・スティージェだろう。

 ここまで様々な戦士たちと――果ては流護やバルバドルフと闘い、間違いなく消耗しているはずだというのに、一向に衰えを見せない。それどころか――


『ハァッ!』


 風を纏わせた蹴りが、棍で防御したダイゴスの巨体を軽々と吹き飛ばした。雷棍で地面を削りながら転倒を防ぐダイゴス、すぐさま追撃に走るエンロカク。

 少しずつではあるが、ダイゴスが押し込まれていく。目を血走らせた黒き巨人は、肥大した竜巻さながらに苛烈さを増していく。


(あの男……、リューゴと闘ってたときよりも、速い……!?)


 疲弊をまるで感じさせない動きゆえ、そう錯覚するのか。ともかく――

 ベルグレッテは視線を王族観戦席の方角へと向けた。

 今、この瞬間。

 桜枝里はどんな気持ちで、この闘いを見守っているのだろう――と。






(大吾、さん……)


 ついに、このときが訪れた。訪れて、しまった。

 そして、


『実はな、サエリ。ワシは……強いんじゃ。お主が思っとる以上にな』


 本当だった。

 自分と試合をしたときも、流護と立会いをしたときでさえも。彼は、実力の片鱗すらも見せてはいなかったのだ。

 棍の先端――疾った白光が、正確無比にエンロカクの顔面を打ち抜く。その巨人が唸らせた反撃の風拳は、ダイゴスに触れることなく空転する。見事なカウンターが成立していた。


『ワシが優勝する。お主を、エンロカクになぞ渡しはせん』


 あの言葉。

 死を覚悟した、無為な玉砕などではなく。ダイゴスは本当に優勝し、雪崎桜枝里を助けるつもりでいたのだ。


『雷鳴一閃――! す、すご……! あのエンロカク選手の攻撃が、次々と空を切るだけに留まりますっ……!』


 驚くべき、その技量。

 巫術のことなどまるで分からない桜枝里だが、それでもダイゴスが達人と呼んで差し支えない領域にいることだけは理解できた。武術という点で見るならば、次々とカウンターが炸裂している。

 規則正しく、力強く迸る紫電の火花。雷の得物が放つその煌めきは、桜枝里にとって希望の光にすら見えた。


 ――だからこそ。

 幾度光を打ち込まれようともお構いなしに迫ってくるエンロカクの姿は、破滅を齎す闇そのものに見える。


「あっ……!」

『あーっとここで一撃! 防ぎきれなかったか、ダイゴス選手の額から鮮血が溢れる!』


 荒々しい旋風の放射。辛うじて棍で受けた巨漢だったが、流しきれず頭をかすめていった。

 やがて必ず、夜が訪れるように。闇に呑まれぬものなど存在しないとでもいうかのように、エンロカクの攻勢が、少しずつダイゴスを捉え始めた。


『あ、ああっ! なんとエンロカク選手、ダイゴス選手の攻撃を受けながらも、お構いなしに振り抜いたぁ!』


 雷棍の突きを受けながらも強引に踏み込んだエンロカクが、横殴りの竜巻でダイゴスを軽々と吹き飛ばしていた。


「大吾さんっ……!」


 受け身が――、間に合わなくなってきている。傷を負い、疲弊してきているのだ。そして。疲れて手数が減れば、その分だけエンロカクの攻勢が続く。


『ど、どうなっているのでしょうか、全く疲れを見せないエンロカク選手! ……ダイゴス選手の攻撃も、私は凄いと思うのですが、その……』


 シーノメアが、隣に座るドゥエンの顔色をチラリと窺う。ダイゴスのことに言及すると冷淡になる解説者を気にしてだろう、尻すぼみな発言だった。が、その当人は渋々といった口調で零す。


『……私自身、少々驚いています。弟がこれ程までに錬度を高め、エンロカクと打ち合える領域にまで至っているとは……思ってもみませんでした』

『や、やっぱり凄いですよね!』


(ドゥエン、さん……)


 素直に認めたドゥエンに対し、シーノメアだけでなく桜枝里も驚いた。

 ――が。


『しかし、無理なのです』


 それが未来を予見した言葉であったかのように、鏡の向こう側でダイゴスがよろめいた。すぐさま持ち直して身構え、間髪入れず襲い来るエンロカクの猛攻を辛うじて凌いでいく。

 崩れ始めた均衡。

 失速する白雷、哄笑を轟かせる暴風。


『オウ、冷めかけてた身体がようやっと暖まってきたぜ。もう少し付き合えや、ドゥエンの弟よォ!』


 竜巻を纏う太い拳足は、微塵も衰えることなく延々と振るわれ続けている。


『エンロカクという男を強者たらしめている要素の一つである、あの恵まれた肉体。あの身体は、ただ大きいだけではありません』


 弟が追い詰められていく様を眺めながら、兄は淡々と語る。


『エンロカクは……常人では有り得ない、驚異的な回復力を持っているのです』

『……回復力……ですか?』


 誰しもが備えている、自然治癒力。時間の経過と共に疲れや傷を癒す、ごく当たり前の身体機能。

 エンロカクは、その能力が飛び抜けて高いのだという。疲れることを知らず、通常であれば危険なケガを無視できるほどに。

 この世に生まれ落ちたそのときから宿していた異常。あるいは、病気や特異体質の類であるのかもしれない。

 ただ言えるのは、その能力は男の強さを支える柱の一つとなっているということ。


『一見して、かなりの生傷を負ってはいますが……』


 おそらくほとんど、堪えていない。そう続くだろう言葉を、ドゥエンはなぜか声には出さなかった。代わりに桜枝里や国長、貴族たちが集まる王族観戦席へと意味ありげな視線を向ける。


『ともあれこの回復力こそ、かつてエンロカクが「不死者」と呼ばれていた理由の一つでもあります』


 天轟闘宴も後半戦。誰もが――見ている観客すらもが疲れを滲ませる中、始まったばかりのような勢いで攻め立てるエンロカク。ただ一人、別次元の『モノ』を搭載しているかのようなその動き。

 災害に巻き込まれる無力な人間さながら、ダイゴスは後退、消耗していく。


『じゃ……じゃあ、ダイゴス選手は、エンロカク選手には……』

『……勝てません。ダイゴス自身、ああしてあの男と対峙し……その身で実感している筈』

『じゃ、あ……どうして、あんな……!』


 ただひたすらに。

 何度押し込まれようと、何度弾き飛ばされようと。

 ダイゴスは、向かってゆく。

 幾重もの傷を刻まれようと、血反吐を撒き散らそうと、それでも強大すぎる敵に立ち向かってゆく。

 隙を見て、逃げ出してしまっても構わないはずなのに。ダイゴスの実力なら、逃げおおせることができるかもしれないのに。


『……本当に。どうして、なのでしょうね』


 疲れたようなドゥエンの言葉が、桜枝里の胸に突き刺さった。


 ――そう。私のせいだ。

 彼は私を『神域の巫女』という立場から解放するために、闘ってくれている。あんなに、ボロボロになってまで。逃げずに、立ち向かってくれている。


 エンロカクの放った凄まじい豪風が、ダイゴスの肩を抉り抜く。撒き散らされた血飛沫が尾を引き、周囲の樹木に赤い斑点を彩っていく。

 桜枝里が今まで見たこともない、苦悶に歯を食いしばる巨漢の表情。いつもの優しげな顔からは想像もできない、悲壮な表情。


(…………もう、いいよ……大吾、さん……っ)


 見届けるつもりでいた。

 もしダイゴスの命が尽きたなら、自分も運命を共にするつもりでいた。


 ――でも、やっぱり嫌だ。

 彼に、死んでほしくない。私も、死にたくなんかない。ドラマのヒロインみたいに、悟りきることなんてできない。きれいに諦めることなんてできない。不様でいい。生き汚くたっていい。

 だから――


『あぁ――っ! 強烈な一撃っ……ついにもらってしまったぁ! ダイゴス・アケローン、崩れ落ちるっ――!』


 横殴りの暴風を防ぎきれず、ダイゴスはその身をくの字に折り曲げた。


『……ダイゴスッ……』


 初めて耳にする、ドゥエンの切羽詰まった声。それは、桜枝里の想い人がこの上ない窮地に立たされていることを証明している。


(だ……いご、さ――)


 力なき巫女の祈りが届くことはない。

 奇跡は起きない。

 弱者は潰え、強者が生き残る。

 この世界の摂理かみは、そんな現実をまざまざと少女に突きつける。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=931020532&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ