22. 人の価値
食堂へ入って二人の姿を見つけると、ミアの隣に見知らぬ生徒が座っていた。
……いや、正確には全く知らない顔ではない。
この学院に来てすぐ、ベルグレッテのクラスへ行ったときに見た顔だ……と思い当たった。
まず、驚くほど線が細い。肩まで伸ばした栗色の髪は柔らかそうで、顔立ちも控えめながら相当に整っている。のだが、気の弱い性格なのか、少し怯えたような表情をしていた。
いつも無表情なメガネ少女、レノーレに近い雰囲気かもしれない。彼女が静かに咲く花ならば、その生徒は儚くひっそり花開いているといった印象か。
随分前にクラスで一度見ただけとはいえ、可愛い子は覚えているものなのだ――と考えかけて、流護はすんでのところで否定する。
なぜなら、その人物は男の制服を着ているからだ。
「おー、リューゴくんこっちこっちー!」
ぶんぶん手を振るミアのところへ行くと、
「へっへっへ。旦那、ご所望の一品料理をご用意させていただきやしたぜ……」
何やら汚い笑いを浮かべて、小皿に盛られた料理を献上してくる。
「フ……ご苦労であっ――」
――って何だコレは。
ミアの用意してくれたであろう一品料理は、よく分からない魚らしき物体に不気味なほど青いソースのかかった、あまりにも食欲をそそらない『何か』だった。ていうかおい食べ物なのかこれ。
「どうぞ、お納めくだせえ……へっへっへ」
「えっ……ミアちゃん、なにか悪いことしてるの……?」
眉根を寄せて固まった流護をよそに、ミアの隣に座った気弱そうな少女――ではなく少年が、見た目通りの弱々しい声を出す。
「うん……実は、リューゴくんに脅迫されてて……」
「ミアさんよお……」
またデタラメを……あとこの食べ物(?)まじで何……と二つの意味合いを込めながら顔を上げると、例の少年と目が合う。が、彼は怯えたように下を向いてしまう。
席につくと、ミアが紅茶を淹れながらいたずらっぽい笑みを浮かべてきた。
「そだそだ、リューゴくん。こやつは、クラスメイトのアルヴェリスタ。同い年だよ。一緒でもいい? あっ、リューゴくんがどーしてもこのかわいいミアちゃんと一緒のがいいってゆーなら、外れてもらうことも検討しないでもないぞよ?」
「アルヴェリスタっていうのか。有海流護だ、よろしくな。ミアは俺のことがカブトムシみたいでイヤだそうだから、一緒にいてくれると助かるよ」
「え、カブ……?」
意味不明な発言に驚いたのだろう、アルヴェリスタは一瞬だけ流護を見るが、またすぐ怯えたように視線を逸らした。
「ぅー、リューゴくんいじわるだよう……」
「え、えっと、アルヴェリスタ・クランティウスです。……よ、よろしくお願いします……」
アルヴェリスタは、おどおどしながらも挨拶をしてきた。頑なに目は逸らしたまま。……しかし何かすげえカッコイイ名前だな。
「ふひひ。憧れのリューゴくんを目の前にした感想はどう? アルヴェ」
「わっ、や、やめてよミアちゃん!」
「は?」
あ、憧れ?
「恥ずかしがることないでしょー。エドヴィンのバカだって、バカみたいにリューゴくんの真似してるんだし。なんか最近、身体鍛え始めたしねーアイツ」
「は、はあ。そうなのか。エドヴィンが?」
それは初耳だった。
あんな神詠術があれば、身体を鍛えることなんてないだろうに、と思う。
「うん。今回の件で、リューゴくん有名人になったからねー。特に、男子からの人気が急上昇中。ほら、男子って拳だとか剣だとかそういうの好きだし」
「はあ……そうなんか」
男子からの人気が急上昇、と言われてもあまり嬉しくないところである。
「勇者さまの生まれ変わりだったり、憧れだったり、カブトムシだったり。リューゴも忙しいわね、ふふふ」
「ベ、ベルちゃんまでいじわるいうー」
「でっ、でもほんと、ファーヴナールを素手で倒しちゃうなんてすごいです……! 僕は襲撃の日、実家に帰ってたので見れなかったんですけど……そ、尊敬します! 僕もリューゴさんみたいな男になりたいです……!」
「え、あ、お、おう」
ここで初めて、アルヴェリスタに正面から見つめられた。
「リューゴさんみたいな男になりたい」ということは、やはりこの人物は男なのだろう。
実は男の制服を着ているボクっ娘とかではないようだ。現実は非情である。
…………。
その……男なんだよな……?
「そうだ、リューゴ。ファーヴナールっていえば、召集の件なんだけど……」
「あ、ああ」
ベルグレッテが期せずして、禁断の世界に片足を突っ込みかけていた流護を引き戻した。
「明後日で大丈夫? ほとんどこっちの都合で申し訳ないんだけど……」
「おう。こっちは暇人だからな。いつでもいいぞ」
「あ、そっか。リューゴくん、お城行くんだよね」
入院していたときにも少し話題に出たが、やはり流護はファーヴナールを倒したことで城から召集を受けることになっていた。
「ふっふっふ。そらファーヴナールを倒した勇者さまですからね。栄誉表彰ぐらいじゃ済まないでしょうよ! 褒賞金出たらなにかおごってねリューゴくん!」
「……それだけなら、いいんだけどね」
しかしベルグレッテは決して楽観視をしない。
「神詠術……か」
流護は何気なく呟く。
入院している間に、ベルグレッテやレノーレから少し聞いていた。
『神詠術』という能力。
それは神から人に与えられた恩恵。全ての人が当然のように行使する、神を詠う術。神詠術を使うことは、そのまま神への信仰を表している。
裏を返せば、神詠術を『使わない』という行為は、神を軽視した所業と取られかねない。まして『使えない』となれば、それは神から祝福を受けていない――人間ではない――と見なされる可能性すらあるということなのだ。信仰に篤いこの世界では。
事実、過激な思想を持つ宗教団体などには、魂心力が弱くまともな神詠術を使えない者に対して暴行を働く、『異端狩り』と呼ばれる行為に及ぶ者もいるという。
つまり事情はどうあれ、流護が神詠術を使わない……使えないことに対し、快く思わない者も少なくないということだった。
実際、ファーヴナールを倒した後にやって来た兵士の面々の中には、流護を英雄視するどころか、正体不明の異端として拘束するべきだと提案する者もいたらしい。
流護には記憶喪失の建前があるとはいえ、神詠術を使えないという事実は、非常にデリケートな問題であるといえた。
「そいやさ、アルヴェリスタは何の属性なんだ?」
「あ、えっと……僕は、炎です。全然、たいしたことはできないですけど……」
「炎か……」
エドヴィンと同じだ。……あと、ミネットも。
この世界の住人であれば、当然のように持っている能力。
「そういえばベルちゃん。王様の謁見には誰が立ち会うの?」
「んーと……クレア、私、ラティアス隊長ね。今回はリリアーヌ……姫も一緒」
「う。ラティアス隊長かぁ……」
苦々しくミアが呻く。「誰?」という流護の視線を感じ取ったのか、彼女は紅茶を飲みながら説明する。
「『銀黎部隊』の隊長さんだよ。かっこいいしすっごく強いんだけど、あたしはちょっと苦手だなあ……。雷の神ジューピテルこそが至高! みたいな人で。同じ雷使いのあたしとしては、本当は尊敬しなきゃいけないんだろうけど」
「いや、嫌いなヤツを無理に尊敬するこたねえだろ」
「わ、わ! 嫌いなんて言ってないよ! ちょ、ちょっと苦手、ってだけ」
「ふふ。リューゴは自由よね」
そこでミアは、ごくり……と喉さえ鳴らし、何やら深刻な表情になった。
「あとさ……ついに……、クレアちゃんとリューゴくんが出会っちゃうんだね……」
「ああ、ベル子の妹か。やっぱベル子に似て……え? な、何だよ、みんなどうした」
なぜかミア、アルヴェリスタ、そしてベルグレッテまでもが、微妙に気まずそうな顔をしてうつむいていた。
「……さよなら、リューゴくん。よよよ」
手で目を覆いながら、不吉なことを言い出すミア。
「ちょ、待て。なんだってんだ」
「クレアちゃんはね……もう究極って言っていいぐらいの、男嫌いなの」
その言葉に、はあー……と、ベルグレッテから溜息が漏れる。
「もうすっごいんだから。男の人を憎むことを使命としてるかのよーな……」
「公務で男の人と連絡取ったりする場合は、ちゃんとやってくれるんだけどね……」
「そんで、もう究極って言っていいぐらいに、ベルちゃんを敬愛してる。あれはもう溺愛かな? あたしがベルちゃんにあんまりくっついてると、本気で怒り出したりするんだから」
究極の男嫌いで究極のシスコンなのか……。
「で、そこへきて今回、ベルちゃんお気に入りのリューゴくん登場になるわけですよ? これはもう血の雨が降る以外に選択肢がねえっ……!」
「んなっ、お気に入りって……」
ベルグレッテが顔を赤くして抗議の声を出した。流護と目が合うと、慌てて視線を逸らしてしまう。なんだこいつ。かわいいぞ。まいったな。
ミアが「やれっ……潰し合えっ……最後に残るのは、このあたしっ……」とか言っているのは気にしないことにする。
「と、とにかく。でもミアの言うとおり、ラティアス隊長とクレアは、リューゴにあまりいい感情を抱かないかもしれない。不快な思いをさせたらごめんなさい。先に謝っておくね」
「おう、気にすんな」
「あと……絶対に、あなたを異端者扱いになんてさせない。私の、誇りにかけても」
「頼りにしてるぜ、ほんと」
流護はベルグレッテのこういうところが好きだった。不都合があっても、それを隠したりしない。
「そういえば……ミアちゃんとクレアリアさん、前にすっごいケンカしたことあったよね」
そこで不意に、アルヴェリスタがそんなことを言い出した。
「あははは。あったね~」
ミアが苦笑いを見せる。
「あれはもうケンカじゃなくてほとんど決闘だったでしょ……」
やれやれ、といった様子でベルグレッテが呟く。
何だか物騒な話だった。
「な、何でそんなことになったんだ?」
「やー、さっきもちょろっと話したけど。あたしがベルちゃんとラブラブしてたら、クレアちゃんがすっごい怒ったことがあって。しかーしベルちゃんへの愛とあっては、このあたしも引けませんからね! そのまま雷と水の乱れ飛ぶバトル開幕ですよ!」
「うわあ……」
「でもそれがきっかけで、クレアちゃんともすっごい仲良くなったんだけどねー」
「……ベル子の妹、いきなり俺に神詠術ぶっ放してきたりしないよな……?」
流護の顔がよほど情けなかったのか、ベルグレッテが少し吹き出した。
「……ふふ。リューゴって、意外と怖がりなところあるわよね。最初に博士の研究棟に行ったときも、『俺、解剖されたりしないよな?』とか言い出して……くっ、ふふふ」
あのときのことを思い出したのか、少女騎士が肩を震わせる。
「あ。そういえばー、こないだ昼休みにあたしがちょっと声変えてリューゴくんに演技したら、すっごいびびってたよね。あははは」
「う、うるせえ。びびってねえ」
「ふひひ。じゃあミアちゃんの知っててよかった怖い話コーナーの時間です。――『アウズィ』って知ってる?」
例の冷たい声に切り替えたミアが唐突に語り始めた。
「な……なに、それ……」
すでに泣きそうな顔をしたアルヴェリスタが、ミアの思惑どおりであろう怯えた声を出す。
「『アウズィ』っていうのはね、闇に潜む人殺しの集団なの。誰も逃げられない。狙われてしまったら終わり。その『アウズィ』のリーダーは背の高い黒ずくめで、不気味な仮面を被ってるんだとか。数百年も生きてる怪人なんだって。……ほら、『アウズィ』は……あなたの後ろにいいいぃ!」
「うわああぁぁ!」
アルヴェリスタは飛び上がった……が、流護とベルグレッテは平然としていた。
「あ、あれ?」
「それ、ようは暗殺者じゃない?」
「そんな感じだよな」
「で、でも何百年も生きてるんだよ! きっと不死身だよ!」
「ならば、不死身なのを後悔するぐらい殴り倒してやろうではないか」
「うっ、うわぁ! リ、リューゴさんかっこいいです!」
「お、おう」
キラキラした目を向けてくるアルヴェリスタから、流護は『道』を踏み外さないよう必死で目を逸らした。
「暗殺者っていえばさー。『ゲヘナ』みたいな有名どころはともかくとして……普通って、どうやって生活してるんだろうね?」
ずずず、と食後のデザートらしきゲル状の何かを食べづらそうに啜りながら、ミアが不思議そうに言った。
意図を掴みかねた流護が返す。
「どういう意味だ?」
「ん? いや。人をその……殺す依頼だけで、そんなにお金になるものなのかなって」
ベルグレッテが紅茶を飲みながら、気乗りしなさそうな声で答える。
「暗殺者を雇う料金って、とんでもなく高価だしね。一般の人じゃまず無理。……いや、簡単に雇われても困るし、そもそもあってはいけない仕事なんだけど……それでも成り立ってるってことは、需要があって、利益もあるんでしょうね」
「うおう。さすがは王国騎士のベルちゃんだね。詳しそう」
「も……もう、やめようよ、そういう話題」
アルヴェリスタが、怯えた声を出した。
「ちっ。じゃあ次のお話です。怪人『リューゴクン』って知ってる?」
「おい」
久々に談笑を交えた長い夕食となった。
あと謎の青い一品料理はやたら辛かった。
翌日。
午後の仕事と修業を終えた流護は、ロック博士に呼び出され研究棟へとやってきていた。珍しく研究者っぽい顔で机上の紙束とにらめっこしていた博士が、顔を上げて流護を迎える。
「やあ。トレーニングの調子はどうだい?」
「はあ……正直、筋力も体力もすっげー落ちてて、どうしたもんかっていう」
「はは。まあ、地道に戻していくしかないだろうね」
「そんで博士……用事って?」
「ああ。明日、城へ行くんだろう?」
不意に、博士の口調が真剣なトーンへと切り替わる。
「流護クン。キミは、神って信じるかい?」
「は?」
真面目な話かと思いきや、随分とうさんくさい話題が飛び出した。
流護は霊や超常現象の類を全く信じていないほうでもない。ロマンがあると思う。事実、こんな異世界にトリップしてしまっているのだ。しかし、これは断言できる。
「いませんよ、神なんて」
現代っ子らしく、今までは『どうでもいい』と思っていた。
しかし今は。この世界へ来てからは、そんなものは『認めない』とまで流護は考えている。
神なんてモノがいるとしたら。巨大な月――イシュ・マーニに向かって祈りを捧げていたミネットが、あまりにも報われない。
そんな一人の少女すら救わない神など、認めない。
「うん、ボクもそう思うよ。神なんてのは、すがるモノの欲しい人間が生み出した、ただの偶像に過ぎない」
マッチでタバコに火を点け、博士は続ける。
「しかしだ……郷に入っては郷に従え、って言葉もあってね。この世界では神の実在が信じられている。こういう問題は実に繊細でね。このグリムクロウズで神を信じない、などと公言すれば、それだけで処刑されることにもなりかねない。ちなみにこのレインディール王国では、禁固刑か罰金だね。他の国と比べても、刑罰としてはかなり軽いほうだよ」
「うえ……ま、まじっすか」
そういえばミネットは、流護が月を指差しただけで「そんなふうにイシュ・マーニを指差してはいけません!」とすごい剣幕で怒っていた。
「ついでに、キミの好きなベルちゃんも例外じゃないからね。むしろ彼女は敬虔なウィーテリヴィアの信徒だ。彼女に嫌われたくなかったら、迂闊な発言はしないことだね」
「はっ!? べ、別に好きじゃねえし!」
「ははは。流護クンは大人びてるように見えて、やっぱりまだ少年だねえ」
「う、うるせーすよ。んで、何でそんな話を?」
「ああ。城に行くわけだからさ、発言には気をつけてね、っていう忠告。王様はえらく寛大な人なんだけど……ラティアス隊長やクレアちゃんは、異端を許さない性分だ。ボクもついさっき『神はいない』なんて口を滑らせちゃったけど、もし彼らが聞いてたら斬り捨てられかねないところさ。おお、怖いよねえ」
博士は大げさに肩を竦めてみせる。
「まさか城にお呼ばれした流護クンが、うっかり変な発言してそのまま二度と帰って来ませんでした、なんてことになってもアレだしね? まして、ラティアス隊長やクレアちゃんとも顔を合わせるワケだし」
「うへえ……」
……しかし昨日の夕食でも出ていた話だが、そのラティアス隊長とベルグレッテの妹……クレアリアは、随分と厳しい人物のようだ。
隊長のほうはどうでもいいのだが、クレアリアはやはりベルグレッテの妹ということで、流護としてはあまり嫌われたくないところなのだが――極度の男嫌いとあっては、難しいかもしれない。
「あ。あとさ」
まるで何でもない会話の延長のように――博士は、言葉を紡いだ。
「流護クンは……人を、殺せるかい?」
「――え?」
一瞬、意味が理解できずに呆ける。
「この世界で生きていくことを決めたキミには、重要な問題だよ。今後キミを脅かすのは、何も怨魔だけじゃないはずさ。野盗や山賊だっている世界なんだ。悪人は多い。殺意を持った人間と相対したとき、キミはどうする?」
「…………」
現代日本からやってきた少年は当然というべきか、言葉に詰まった。無理もない。
だがしかし……実は心のどこかで考えていながら、あえて目を向けなかった部分でもある。
ドラウトローを殺すことにすら躊躇があったのだ。それが人間となれば――
「そのキミの反応は正しい。人として、真っ当なものだよ。……けど」
冷酷とすら思える眼差しで、博士は告げる。
「世の中にはね、度し難い悪党ってのがいるんだ。ただ無力化しただけでは改心なんて絶対にしない、生まれながらの悪がね。もし、ベルちゃんたちがそんな人間に襲われたら――その可能性は、考えておいたほうがいい」
「――――」
そんな局面があったとして。……殺せるだろうか。人間を。
「……『その場合』の、罪はどうなるんですか?」
当然のことだが、日本では正当防衛だって簡単には成立しない。
「軽いよ。実に軽い」
博士はおどけたような口調で言ってのける。
「軽いってのは、罪が軽いって意味じゃない。人間の命が……価値が、軽いんだ。このグリムクロウズにおいてはね。襲いかかってきた相手を返り討ちにして殺めてしまっても、何の罪にも問われないよ。地域によっては、人の命は家畜より下に見られるケースもあるぐらいだ。労働力の観点からね。ま、奴隷組織なんてのが公然と存在して、人身売買が当たり前に行われてたりする世界だしねえ」
それが、グリムクロウズ。
ただ華やかなだけの、剣と魔法の世界ではない。
さあ、法の壁はなくなった。
では殺せるだろうか?
人間を。
「……なーんて、ちょっと脅かしすぎたかな? いや、実際に法の整備が甘いもんだから、街のケンカでもすぐ殺し合いに発展しかねないんだ。決闘で命まで奪っちゃったりとか。だから流護クンが人を殺せるかどうかとかじゃなくて、妙なことに巻き込まれないように気をつけてね、っていう話」
「は、はあ……」
しかし。この世界で生きていくなら、きっと目を逸らしてはいけない問題なのだろう。
苦々しい気持ちのまま、空返事をするに留まる流護だった。