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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
7. 天に轟くは、闘いの宴
215/673

215. 矛盾の殺意

「いつまでよぉー」


 対峙する両者の間に割って入ったのは、干からびた甲高い声だった。


「いつまで……つまんねぇ格闘ゴッコで……乳繰り合ってんだ? この、俺様を……差し置いてよぉー」


 流護とエンロカクは同時に目を向ける。

 その視線の先――声を発したバルバドルフは焦点の定まらない瞳のまま、肩を震わせて嗤っていた。


「……邪魔だな。ブッ壊れた風見鶏みてえで見苦しいぜ。先に片付けちまうか」


 冷淡な重低音で呟き、エンロカクが手のひらを魔闘術士メイガスへと向ける。流護は妨害するでもなく、その様子を静かに観察していた。

 先ほどの意趣返し。バルバドルフへ仕掛けた直後のエンロカクを、横から狙うつもりで。


 ――しかし。

 瀕死の魔闘術士メイガスへ照準を合わせた巨人は、時が止まったかのごとくその身を硬直させた。


「………………、」


 薄く黄ばんだ白目を限界まで見開き、信じられないものを見るような顔で。


「あぁーん? どうしたよ、黒ブタ……。撃たねぇのかぁ~? 撃ってみろよ……オラ」


 鼻から流れ落ちる血を滴らせながら、身体をふらつかせながら、バルバドルフが前進する。こちらへとやってくる。まるでゾンビを思わせる、おぼつかない足取りで。

 エンロカクが一撃放てば、間違いなく倒れるだろう。

 しかし。


「て、めぇ……、正気か……?」


 黒き巨人の口から漏れるのは、低い驚愕の呻き。


(……? なん、だ……?)


 流護にしてみれば、信じられない光景だった。

 あれほど泰然自若としていたエンロカクが、間違いなく動揺している。ふらつくバルバドルフに攻撃を仕掛けないどころか、瞠目しながら後ずさっている。


(……何だ……ってんだ?)


 これまでの戦闘で流護に対してすら見せていない、無法の巨人の明らかな驚愕。近づくバルバドルフ、下がるエンロカク。


「チィッ……!」


 エンロカクが舌を打つと同時、強風が発生した。しかしそれは、敵を倒すための攻撃術ではない。


「く……!」


 至近で発生した烈風に流護が顔を庇った瞬間、


「冷める真似しやがって……!」


 ただ、その言葉だけを残し。

 風が収まる頃には、消えていた。エンロカクという男の、姿そのものが。


「……、」


 流護が呆然となる間にも、乱立する木々の枝葉を散らす音が遠ざかっていく。

 間違いない。

 あのエンロカクが一目散に、なりふり構わずこの場から離脱していた。


「は……?」


 流護にしてみれば、まるで意味が分からない。

 いきなりエンロカクが逃げた。あの怪物じみた男が。何で? こんな急に?

 理解が追いかつないまま、耳障りな哄笑が河原に木霊する。


「ひゃぁはははは! ダッセェなおい! 黒ブタ野郎がよ、ケツまくって逃げちまったぞ!? はぁっはは、ははっ……ひは、ひひ……!」


 馬鹿笑いするバルバドルフだが、当人は苦しげに片膝をついている。今ほどのエンロカクの風に煽られ、体勢を崩していたのだ。それでいて、そのまま立ち上がれずにいる。それほどの消耗。押せば倒れる、瀕死の状態。もはや、神詠術オラクルを使えない一般人でも勝てるだろう。

 そんな相手を前に、あのエンロカクが、止めを刺さないどころか逃げ出した――?


「なぁ、アリウミリューゴよぉ……テメーは……違うよなぁ? 逃げたり……しねぇよなぁ? 黒ブタみてぇに、無様によぉー……」

「…………」


 この状況。

 エンロカクが逃亡し、今にも倒れそうなバルバドルフと一対一。勝敗など決したようなものだ。どうするかなど、考えるまでもない。


 ――はずなのだが。


「オラ、来いよ……アリ、ウミ……リューゴ。テメーが……昨日、連れてた女も、鏡の向こうで……見てんだろ? いいトコ、見せとかなくて……いいのかぁ? ひひ」

「…………、」


 息も絶え絶えに吐き出しているその陳腐な挑発が、まるで――


(こいつ……俺を、この場に留めようとしてる……?)


 なぜ、エンロカクはバルバドルフに止めを刺さなかったのか。

 違う。

 刺さなかったのではなく。刺せなかったのでは?


「――――――」


 ふと、以前ベルグレッテから聞いた話が脳裏に甦る。それは、魔闘術士メイガスという集団の特徴についてだ。


 遥か南の一部地域にて、力に自信のある者たちが「己は詠術士メイジより優れた存在だ」との意味を込め、差別化を図る目的で魔闘術士メイガスと名乗っている。

 その自負に違わず、強力な神詠術オラクルを扱う厄介な連中。特筆すべきはその『凶暴性』。女子供に対しても一切の容赦をせず、敗北を悟ったなら、自分自身に神詠術爆弾オラクルボムを仕掛けてでも相打ちを狙う。


 自分自身に、神詠術爆弾オラクルボムを仕掛けてでも――


 考えがまとまるより早く。

 流護は、全力で駆け出した。バルバドルフに背を向け、一目散に。先ほどのエンロカクと同じように。


「おぉ!? てめーもかよ、臆病モンがアァ! ひゃはははぁはは!」


 罵声を背に受け、それでも流護は駆ける。なりふり構わず、頭の中で結論が出るよりも早く、この場から離れ――






 ――どいつもこいつも、俺様を前に逃げ惑う。


 女子供も、黒ブタもアリウミリューゴも。

 そう、俺様が強いからだ。誰も敵わず、無様に逃げ出す。あいつだって同じ。『あの女』も同じはずだ。今の俺様を前にすれば――


「……ぁあ」


 ――今の今まで思い出せなかった女の顔が、なぜか今この局面になって、ようやく鮮明に浮かんだ。

 本来であれば、溜息が出るほど細く美しい造形といえる小顔。桜色の唇。高く整った鼻梁。そして――



 両眼があるべき場所へ穿たれた、闇の深淵を思わせる穴が二つ。

 目のい女だった。



 可憐な顔立ちを穢すようにぽっかりと開いた黒穴。その様相はまるで、眼球をはめ込み忘れた高価な陶磁器人形ポーセリン・ドール。歪で美しい人形を思わせる、それでいてそら恐ろしい、どこか現実離れした女。

 そんな瞳を持たぬ女は、しかし確かに『視線』を向けて問うたのだ。


『あなたの、お父さん?』


 完全に思い出した。


「あひ……ひひひ……」


 今の今まで忘れていた理由は至極単純。

 恐怖。魔闘術士メイガスの兵隊たちからは取り除いているその感情。上等兵として――精神改造をされず育った自分には、皮肉にも残ってしまったその感情。

 可憐な容姿とは裏腹。冥府のような闇を顔に張りつかせた女が、ひどく恐ろしかったのだ。記憶が拒否し、容易に掘り起こせない奥底へと封じてしまうほどに。

 怖くてたまらないから、自分を慰めた。あの眼窩の闇と同じ黒を纏い、他人を恐怖させることで、自身を慰めた。金髪の女を蹂躙することで、あの女の上に立ったと錯覚した。

 そしてそれは、諦めの裏返しでもある。

 あの異常な女に敵う気がしなかったから、他者を貶めることで必死に自分の価値を保ち。黒髪の少年と風使いの巨人に手も足も出ないから、『こんな真似』をしてまで優位に立ったつもりになって――


 逃げだ。

 あの女からも、あの二人からも、勝ったつもりになって逃げ出すために――


「ち、が……違う。違う違う違う違う……! 俺様が、最強なんだ――――」



『だれ、だよ……おまえ……?』

『ふふ。口の悪い坊やね。わたしは、エリ――』



 その最期の瞬間まで、己の感情すらねじ曲げ、偽ったまま。

 バルバドルフという男は、自らの内側から炸裂した眩い閃光に包まれた。






 地を揺るがす爆発音が轟き、観客席から悲鳴が上がる。

 音だけではない。バルバドルフの姿が白光に包まれた瞬間、彼らの戦況を伝えていた黒水鏡は何も映さなくなった。同時、皆の前に広がる森――『無極の庭』の一角から黒煙が立ち上る。


『こ、これは!? いったい何が!? 大きな爆発が起きたようですがっ』

『ふ。イカレとるのう……鏡を割ってくれおって……!』


 超越者たるツェイリンですら、引きつった笑みを無理矢理に浮かべていた。


『何が氏をそこまで駆り立てていたのかは、我々に知る由もありませんが――』


 参加者の名前が表示されている部分へ細い目を向け、ドゥエンは淡々と結論する。


『三つ巴の闘い……一先ずは終結、といったところでしょうか』

『あ……!』


 シーノメアがハッとする。爆発音に紛れ、見逃していたのだろう。慌てて宣告した。


『脱落……! 068番、バルバドルフ選手が……ここで脱落です……!』






 ベルグレッテは呆気に取られ、場面の欠けた黒水鏡を見つめる。

 流護たちの様子を映していたその一角のみが、塗り潰されたように真っ暗となっていた。

 他の場所の様子や、魔闘術士メイガスの一人と奮闘するゴンダーの模様は、今も変わらず映し出されている。ツェイリンが言っていたように、流護たちを捉えていた鏡が破損したのだ。


「……、」


 ベルグレッテ自身、正直なところ半信半疑だった。いかに魔闘術士メイガスが狂気的な思考を持っていたとしても、まさか本当に――


「んー……、自爆とはね。どうしてそこまで……俺には、ちょっと理解できそうにないな」


 隣席の紳士が、目頭を押さえながらそう零す。閃光に目が眩んだようだ。

 五年前。レインディール王都でテロを起こした魔闘術士メイガスらは、対応したナスタディオ学院長によれば『悪』という言葉を体現したような存在だったという。

 敵わないと見れば、相打ちすら厭わないその思考。実際にこうして目の当たりにし、やはり危険すぎる存在だ、とベルグレッテは肝を冷やしていた。


(……、でも)


 同時、にわかに安堵する。

 今の爆発があってなお、点灯し続けるリューゴ・アリウミの名を見据えて。

 鏡に投影されている場面が変遷し、驚きに満ちた国長や、顔を青くした桜枝里の様子も映し出された。


(サエリ……)


 彼女の気持ちは痛いほど理解できた。ベルグレッテもすでに、驚き疲れてしまった感がある。今だって、もうだめだと思ってしまった。

 流護や桜枝里のいた世界はひどく穏やかだったという。この闘いの連鎖は、彼女にとって衝撃的なものに違いない。


(……大丈夫よ、サエリ)


 それでもベルグレッテは思う。信じる。

 未だ輝き続ける、リューゴ・アリウミの文字。そして、エンロカクの文字。

 次に両者がまみえるそのときには、きっと――

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― 新着の感想 ―
[気になる点] バルバドルフの父親を殺した修道服を着た金髪の目のない女の正体が気になります。一瞬学院長かなとも思いましたがどうやら違うみたいなので今後物語に登場するのかという事も含めて気になってます。…
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