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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
7. 天に轟くは、闘いの宴
211/669

211. 二重螺旋

 エンロカク・スティージェに頭を掴まれた有海流護が、繰り返し木幹へと打ちつけられる。それはまるで杭打ちのような光景だった。鈍い音が幾度も響き渡り、瑞々しい朱色が木の根元へと滴り落ちていく。


『も、もういいんじゃないですか!? 白服の人、近くにいないんですか!? と、止めないと! これ以上は、死んじゃいますってば……!』


 完全に動転してしまったシーノメアへ対し、解説を務めるドゥエンはどこまでも冷静に言い放った。


『仮に居たとして……制止は入りません。リューゴ氏のリングが外れていませんから。自ら外すなりしなくては』

『だって! それはもう、そんな余裕もないんじゃ!? もう、リューゴ選手、全然動かな……!』


 思わず立ち上がったシーノメアを、ツェイリンが毅然と押し止める。


『落ち着け小娘。これが天轟闘宴じゃ』

『……っ』


 常日頃は飄々としている『凶禍の者』の妙な迫力に気圧されてか、音声担当の乙女は押し黙った。


『負けるにしても、己が自身を護り切り、安全に戦場から退避できるか否か。それもまた、戦士らに試される資質の一つよ』


 鏡へ目を向けたツェイリンの髪から、ちりんと鈴の音が鳴る。


『相手がエンロカクとあっては致し方なしやもしれぬが……あの小さな坊やには、その力も運もなかった――と見るべきかのう? どう見る、ドゥエン坊』


 問われ、覇者はふむと思案する仕草を見せた。その間にも鏡の向こう側では、もはや戦闘とは呼べない一方的な暴力の嵐が吹き荒れている。


『この状況を見ていて……ふと、苦舎那くしゃなぎょうを思い浮かべてしまいました』


 淡々とそう零したドゥエンの言葉を聞き、シーノメアもツェイリンも、顔に「?」を浮かべた。


『苦舎那の……はて、聞き覚えはあるが……何じゃったか』

『次々と繰り出される徒手空拳や攻撃術にその身を晒し、一定時間打たれ続ける――という荒行です。それを思い出す光景だな、と』

『は、はあ。それは……痛そう……です、ね』


 呆然と呟くシーノメアの顔を見返して、ドゥエンはニコリと微笑んだ。


『痛いですよ。防御も許されず、只管ひたすらに打たれ続ける訳ですからね。――例えそれが、わざとであっても』






「…………」


 これはまた、とんだ処刑ショーだ。

 黒水鏡を通して伝えられる凄惨な光景に、さしもの血に餓えた観客たちからも悲鳴が上がっている。

 それらの様子を眺め、チャコールグレーの礼服に身を包んだ褐色肌の紳士――オルケスター総団長補佐、デビアス・ラウド・モルガンティは肩を竦めて溜息を吐き出した。


 元・剣の家系、エンロカク・スティージェといったか。

 強い。団員の上位にすら比肩し得る実力だろう。それは間違いないのだが――


(……フ。まるで野蛮な大猿だな)


 相手の頭を掴み、狂ったように樹木へぶち当てるという原始的な行為。品性の欠片も感じられない、ただの暴行だ。知略や術、道具を用いて立ち回るのが人間の美徳でもあろうに。


 それはいいのだが、デビアスとしては、隣に座る麗しい少女の様子が気にかかるところだった。

 暴虐に晒される彼を――無術にこだわるリューゴという少年を一喜一憂しながら応援し続けていた彼女だが、今は――


「……、」


 少々、驚く。

 清冽、とでもいうべきだろうか。

 どことなく気品を感じさせるこの少女は、悲鳴を上げるでもなく、目を逸らすでもなく、友人であるはずの少年が一方的に叩きのめされている光景を直視していた。

 毅然とした、強い表情で。

 少年の死を覚悟している――のではない。その美しい薄氷色アイスブルーの瞳からは、希望の色が失われていない。


「彼……何か、策があるのかな」


 我ながら随分と間抜けな言葉が出たな、とデビアスは自嘲する。策も何も、ああなっては終わりだ。密かに防御術でも駆使していない限りは。だが、あの少年には神詠術オラクルの才能がない。だからこそ、鍛え上げた己の肉体のみで勝負をしている。しかし天轟闘宴とは、それだけで勝てるような武祭では決してありえない。が。


「……私は、リューゴを信じてます」


 デビアスはここでようやく気付く。目の前で一方的に友人――もしくは恋人――を打ちのめされて、平然としていられるはずがない。少女が密かに握りしめている右の手は、白くなって震えていた。


「リューゴ、すごく怒ってましたから。怒ったリューゴは……本当に、恐ろしいぐらい強いですから」

「……、そうか」


 論理的でも何でもない。しかしそれだけの信頼を向けられる彼が、少しだけ羨ましい。こんな美しい婦女に――ということもそうだが、こうも無垢なほど信ずるに値する人間など、デビアスの周りには存在しなかったから。

 一際大きく、打撃音が鳴り響く。


『っ……! ここでダメ押しとばかりに一撃! 強くリューゴ選手を木の幹へ叩きつけ――あ……、今、エンロカク選手が手を放しましたっ……、崩れ落ちるリューゴ選手……! これはさすがに……決着でしょうかっ』


 この画を見たなら、誰であってもそう判ずるだろう。

 しかし、おそらく。

 今、この惨状を見ている三万の人々は思っている。デビアスですら、思っている。


(……、終わりだ。もう、ケリはついた。『普通』なら、そのはずなんだが――)


 果たしていつ以来だろう。他人の戦闘を見て、思わず身震いしてしまうのは。


(……彼のリングは……まだ、外れないのか……? ……いや、)


 ああして倒れ伏しているのに、首輪が外れない。途中から、抵抗する素振りも見せなくなった。その二つは、共存し得ない相反する出来事のはずだ。意識を失えば、リングも自ずと外れてしまうのだから。


(……だとしたら、まさか……彼は――、……なんという)


 ある可能性が浮かぶ。戦闘や人の生き死になど腐るほど見てきたデビアスの瞳が、この上なく興味深げな色へと染まった。






「…………」


 うつ伏せに崩れ落ちた黒髪の少年を見下ろし、エンロカクはポリポリと頬を掻く。

 正直なところ、少しばかり驚いていた。相手は血まみれで、とっくに力尽きているはずだというのに、頭が粉砕しないどころかリングすら外れない。それは常人を遥か上回る強靭な肉体ゆえか。うつ伏せとなった少年の首に巻かれたリングは、まだ続行可能だなどと判じている。

 もっともこのまま止めを刺し、この首輪を外してしまうことは容易だ。


「……」


 しかしエンロカクとしては、すでに興味が失せていた。


「恵まれた肉体に、優れた術……ってぇ感じでよ。俺の同類かと思ったんだがなァ」


 鍛え上げた身体のみで武祭に参戦してきたことを考えれば、もはや怒りを通り越して哀れみすら感じる。滑稽とすらいえるだろう。それでここまで生き残っていたのだから、むしろ大したものだと評価するべきか。

 さて、リングの収集にも興味がない。

 このまま血まみれの若者を放っておいたとて、いずれ力尽きるか、他の者に狩られるかするだけだ。もう、どうでもいい。せっかく昂ぶりかけたというのに、少年の底が見えたことで、精を放ったかのように萎えてしまっていた。

 それよりも――とエンロカクは視線を巡らせる。


(……あそこか)


 水辺に乱立する木々、そのうちの一本。老木の幹、地上から四マイレほどの高さに括りつけられた、一枚の鏡。『凶禍の者』、ツェイリン・ユエンテの黒水鏡。

 今の闘いの様子を、三万人が目撃していたはずだ。巫女も。貴族たちも。ドゥエンも。そして、国長を含む『千年議会』も。


(……どうだ? 『イケそう』だろう?)


 ベロリ、と唇から伝う血を舐め取る。

 今のところ、『調整』は万全だ。あとは確実性を高めるため、『あいつ』を捜して――

 思惟を巡らせ、エンロカクは川沿いを歩き始める。



「ガキの頃、グランダー・オゼの試合見て、すっげぇなーって思ってさあ」



 明るさすら伴って。そんな声が、聞こえた。


「……」


 黒き巨人は振り返る。

 何度も幹に打ちつけて――力なく伏していたはずの少年が、仰向けに寝転がっていた。手足を投げ出し、文字通り大の字となって。

 顔の大半は朱に染まり、目はボウと空を見上げ。口元には、薄笑みが浮かんでいる。


「あ。プロレスラーね、グランダー・オゼって。殴られようが蹴られようが、それこそコーナーポストに打ち付けられようが、ひたすら受け切る訳よ。ショープロレスにしても、あそこからの逆転劇には燃えたっけな」

「……」

「コワモテだし、悪役ヒールやってた時期も長くてアンチも多いんだけど、何かの番組で子供に優しくしてたのが印象に残ってるんだよな。インタビューなんかでも実は口下手で、カメラと目線合わせられねー人で。実直さが伝わってくるっつーか……俺はあの人、結構好きなんだ」


 エンロカクは目を細めて訝しむ。

 発言の意味が不明だ。何度も頭を打った影響で、無意味な言葉の羅列を口走っているだけか。

 しかし少年は、そこでガバリと起き上がる。虚ろではない。意思の灯った瞳で、エンロカクを真っ向から見据える。


「そんな尾瀬弘道おぜひろみちを地味にリスペクトしてんだけど……このグリムクロウズでなら、俺にも真似事ぐれーはできるみてぇだな」

「……何を言ってんだ、さっきから」


 妄言ではない。何らかの意図があって、この少年は言葉を口にしている。


「あ、分からねえよなアンタには。つまりさ、」


 焦点の合った確かな瞳で、挑発的に言ってのけた。



「途中からワザとやられてたんだけど、意外と耐えられるもんだなーって話だよ」



「…………あ?」


 低く唸ったエンロカクなどお構いなし、晴れ晴れしい顔で続ける。


「あ、誤解のねーよーに……アンタの名誉のために言っとくけど、飽くまで途中からな。ラッシュ貰っちまったこと自体は、正直やられたと思ってる。つか、やめときゃよかったよ。頭痛ぇ」


 一旦寝転がり、反動で跳ねて立ち上がった。効いていないことを主張するかのごとく。


「いやー……俺もさ、アンタと闘いながら、ずっと考えてたんだよ」


 自嘲するように、笑う。


「防御術使いながら、俺の動きについてくる。もしかしたら、防御と身体強化を同時にこなしてるのかも。違う種別に術は基本的に使えないっていうし、ヤバイ奴かもしれない」


 首を鳴らし、指を鳴らしながら、少年は続ける。


「でも……アンタさっき、言ってたよな」



『恵まれた肉体に、優れた術……ってぇ感じでよ。俺の同類かと思ったんだがなァ』



「つまりアンタは、最初から強化なんか使ってなかった。俺の動きについてこれたのは、本当に……ただ単純に身体能力が高かっただけ。他の人間より圧倒的に優れた身体能力と、術の力を使って闘ってただけ。そこに、種とか仕掛けなんて何もなかった」


 ようやく真相にたどり着いたとでも言いたそうな少年へ、エンロカクは憮然と返す。


「当たり前だろ、何言ってんだ。身体強化ァ? 軟弱者が苦し紛れに使うような糞術じゃねぇか。この俺に、そんなモンが必要だと思うか?」


 常人より遥かに高い上背。隆々と発達した筋骨。幼少の頃より規格外だと評され続けてきた、天与の肉体。

 だからこそ、この少年に期待したのだ。小さくとも自分に近しい身体性能を有した、同類だと。実際のところは、肉体の頑強さはともかくとして、術の扱えない劣等だった訳だが。

 エンロカクの返答を聞いた少年は、ハハと笑い――


「――つまりテメェこそ、ただちょーっと動けるだけの普通の詠術士メイジじゃねぇか。無駄に警戒させんじゃねぇぞコラ」


 凄絶な形相。別人のように歪んだ顔で、血まみれの少年は朱の混じった唾を吐き捨てる。


「甘ぇ、甘っちょれーよ。大体、俺のリングは外れちゃいねーんだぜ。トドメも刺さねーでどこ行こうとしたんだ? あ?」

「言ったろ。お前が期待外れだったんでな。興味が失せちまったんだよ」

「はっ、その黄ばんだデケェ目玉は節穴ってワケだ。だから――『こういうこと』になるんだぜ」


 と同時、エンロカクの顎に衝撃が走る。


(ッ……、何だ、石……?)


 したたかに顎部を打ち据えたものの正体は、ただの小石だった。少年が投げつけた石つぶて。逆風の天衣の上から直撃したそれは、欠け割れながら明後日の方向へ飛んでいく。


(フン、ただの石で俺の防御を突破するってぇのは大したモンだが――)


 巨人は低く吐き捨てる。


「ガキのケンカじゃねえんだよ。もう死んどけ」


 止めを刺すべく、エンロカクは少年へ向かって大きな足を踏み出した。――が、二、三歩進んだところで膝が揺れ、巨躯が傾く。


(……!? な、んだ……、踏ん張りが、利かね――)


 その隙に。少年は、接近を終えていた。


「顎に入ってんだ。脚に来るに決まってんだろ。ガキのケンカじゃねえんだよ、ド素人」


 体幹の均衡を失い、集中が欠けたエンロカクの頬へ。半円の軌道を描いて飛んできた少年の右脚、足甲が叩き込まれた。






「ぐっ……ばはァッ!」


 直撃。

 風の壁越しではなく、肉を直に打ち据える感触。

 顎への衝撃によって防御術の維持を欠き、素の肉体を晒したエンロカク。そこへ突き込んだ流護の蹴りが、その唇から血飛沫を舞わせた。


「ったく、ディノみてぇなトンデモ野郎かと思ったらよー」


 腰を落とし、


「つまり、ちょーっと丈夫なだけのデクの坊じゃねーか、あぁ?」


 正拳、左右の二連撃を腹へ。

 巨体がくの字に曲がる。


「……、ゴフッ――!」

「シッ!」


 下向いた巨人の顎先を右アッパーで拾い、かち上げる。そうして倒れたエンロカクに、容赦なく蹴りの嵐を見舞う。


「つーかお前の風、くっせぇんだよ。悪臭撒き散らしてんじゃねえ、一本糞野郎が」


 蹴り転がされたエンロカクの身体が、盛大に川へ突っ込んだ。流護も水飛沫を上げつつ、歩いて追いすがる。


「いや、途中でおかしいと思ったんだよ。ラッシュ喰らって、おおやべぇ何とか凌がなきゃ――って思ったんだけど、」


(……こ、いつ、は……)


(……こい……つ……、マジで……)


 ――こんなもん、なのか?


「ってよ。ガッカリだ? 俺のセリフだ、ボケ」


 ドリブルでもするように、エンロカクの巨体を蹴り上げる。赤と透明の飛沫が舞う。双方の流す血が川面へ滴り、渦巻くように拡散していく。


「そこで、コイツ実は身体強化なんて使ってねえんじゃ……って思った訳だ」


 川の中で屈み込み、倒れたエンロカクの頭を鷲掴む。


「笑わせんなよ、三流風使いが。テメェの風なんざ、リーフィアの足元にも及ばねぇ。それでいて、てめーの打撃なんざ俺には効かねえ。デケーだけの半端モヤシ野郎が。つか、まず臭えの何とかしようぜ。洗うの手伝ってやっから、な?」


 掴んだ頭を、容赦なく水の中へ叩き込んだ。


(……ったく、何やってんだかなあ、俺は)


 ――きっと愚策だ。体力を温存しなきゃなのに、わざと攻撃を受けてまで。でも、もう止まらない。このクソを完全粉砕して、俺は先に進む。二度と桜枝里に手を出そうなんて思わないよう、心ごとへし折ってやる。


「――なんつーか、もういいよ。よく分かった。お前、ガチで弱いわ」


 こいつは、あの桐畑良造きりばたりょうぞうとは違う。大したことねえ。

 ここで――倒す。勝てる。倒せる。問題なく、倒せる、相手。


 少年の口元には、引きつったような笑みが浮かんでいた。






「流護、くん……!」


 桜枝里はただ呆然とその名を呟く。

 これは夢だろうか。

 もうだめだ、と思ったその瞬間。

 血にまみれた流護の、怒涛の反撃。ありえないような凄まじい逆転劇に、観客たちも沸騰している。

 これまでにない荒々しさ。もはや、完全に切れてしまっているようだ。これが、拳ひとつで遊撃兵という地位に上り詰めた有海流護の実力なのか。同じ日本人とは思えないようなパワーとスピードで、あの巨人を圧倒している。

 今の彼は少し怖いけれど、このままいけば――


「……、?」


 そこで異変に気付く。

 流護がエンロカクの頭を掴み、水中へ沈めている光景。少々恐ろしい図だが、明らかにおかしい。

 川の中へ沈められているエンロカクが、微動だにしないのだ。

 暴れもせず、もがきもせず。抵抗する素振りすら見せない。しかし首に巻かれたリングは、外れていない。


 それはまるで。先ほどエンロカクの攻撃を受け続けていた、流護のように。






『ど、怒涛の大逆転――ッ! こ、こ、今度こそ決着でしょうか!? まるで意趣返しといわんばかり、リューゴ選手の反撃! 実に荒々しい、戦闘というよりはまるでケンカ……! この二人の激突はあまりに荒く、あまりに原始的すぎる! しかしこれもまた、天轟闘宴の醍醐味の一つ! なのでしょうか!』


 熱を帯びるシーノメアの通信だったが、


「…………、」


 ベルグレッテは汗ばむ己が拳を握りしめる。

 流護の反撃は想定内。あの程度で負けるなどとは思っていないし、何よりエンロカクは彼を怒らせてしまった。

 だが。


「妙だね。エンロカクさんとやらは、苦しくないのかな」


 隣の褐色紳士が呟く。

 そう。水中へ沈められているエンロカクだが、もがく素振りすら見せないのだ。それでいながら、リングは外れず首に巻かれている。巨人が未だ危機に瀕していないことを物語っている。その静けさが、あまりに不気味だった。

 先ほど、紳士に語った通り。流護の強さ、怖さは知っているつもりだ。

 しかし。

 エンロカク・スティージェという男に関して、ベルグレッテは何も知らない。何をしてくるのか、どれほどの実力を秘めているのかを知らない。それは、今あそこで闘っている流護も同じ。


(……、それに……)


 今の彼は、何やら気負いすぎている。

 エンロカクに対して、敵意を剥き出しにしすぎているように思える。一方的に攻め立てていながら、どこか焦りが感じられる。


(気をつけて、リューゴ……!)


 懸念を抱きつつ見守る少女騎士の耳に、解説席の会話が届く。


『ど、どうでしょうドゥエンさん、これはもう、決まってしまいますでしょうか!?』

『そろそろ……終わります』


 絞り出すようなドゥエンの声が、近く訪れる未来を予見する。


『と、ということはっ、リューゴ選手の勝利で――』

『リューゴ氏の地力は正直、驚嘆に値するものだと言わざるを得ないでしょう。逆風の天衣を解かせたのは見事でした。油断なくその隙を突き、反撃へと転じた事も称賛に値します』


 ですが、と解説役の覇者は言葉を区切る。


『あのように、稚拙な暴力でやり返すべきではなかった。目を抉るなり、睾丸を潰すなり……本気で、「仕留め」にいくべきでした。リューゴ氏は』

『こっ、こうが……!? って、え、えぇっ!? それって……』


 シーノメアが動揺するのも当然のこと。ドゥエンは、殺しが禁じられている武祭で「相手を殺しにかかるべきだった」と暗に語っている。


『終わりますよ。――エンロカクの詠唱が』

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