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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
7. 天に轟くは、闘いの宴
202/668

202. ユーザー

「お嬢さん、しっかり」


 肩を揺さぶられて、ベルグレッテはハッと我に返る。


「……あ……」


 目線を合わせて覗き込んでいるのは、隣の席の紳士だった。あまりの衝撃に、放心してしまっていたのだと気付く。


「……リューゴ……、……?」

「まだ、光は消えていないようだよ」


 呆然と呟いたベルグレッテを諭すように、紳士が微笑む。

 一瞬、その言葉の意味を掴みかねたが、すぐに理解した。

 前方に設置された巨大な黒水鏡。刻まれた出場者の名前――124、リューゴ・アリウミの表示が、未だ消えていない。


『……ということは、落下こそしたものの、リューゴ選手は健在であると?』

『そうですね。あの場所は「無極の庭」でも中央付近。蹴落とされて湖に落ちたところで、問題はありません』


 解説席でも今まさに、その点に注目しての議論が交わされていた。


『し、しかし……いくら下が湖になっているとはいえ、あの高さ……無事に済むとは思えませんが……』

『優れた詠術士メイジならば、術を放つ際に生まれる力を利用し、空を翔けることすら可能とします。尤もリューゴ氏は、術巧者ではないようですが――いずれにせよ』


 名前が消えていない以上、まだ敗北した訳ではありません、と。

 ドゥエンは意味ありげな笑みで、そう締め括った。


『無論……全くの無事とも限りませんがね』


 そう、不安になるような言葉を付け足して。


『むう……崖下の様子を拾える鏡はないな。まさか、あそこを落ちる者がおるとも思わんしのう。あの坊やの顛末は、神のみぞ知る――といったところか』


 ツェイリンの呟きを受け、観客席から残念そうな声がちらほらと上がる。

 下は小さな湖。その外周は、もはや見飽きた感のある鬱蒼とした森が広がっている。上手く着水していてくれれば、あるいは……。

 ベルグレッテは黒水鏡を見据え、気合を入れ直すように頷いた。

 124、リューゴ・アリウミ。

 確かに、その文字は消えていない。彼の健在を示し、今なお力強く輝いているのだから。


「大丈夫かな?」

「あ……、はい。お気遣い、感謝いたします」


 ベルグレッテがそう返すと紳士は目を細め、にこやかに首肯した。

 鏡には、崖から引き返すディノの様子が映し出されている。流護を倒したと思っているからか。冷たくも、ひどく満足げな表情で。


 ――まだ、リューゴは負けてないんだから。

 そんな思いと共に『ペンタ』を睨んだベルグレッテの視界、その片隅で。


「……?」


 男の行く先。木々の合間、深緑の草薮が、不自然に揺れた――ような気がした。


「……」


 注視してみるも、何かが動く気配はない。気のせいで済ませかけた瞬間、意外な声が少女騎士の耳に届く。


「――ほう。顧客ユーザーか」


 それは、隣の席に座る紳士だった。視線は、鏡に釘付けとなっている。その野性味溢れた端正な顔に浮かぶのは、驚愕とも歓喜ともつかぬ、不可思議な表情。


(……ユー、ザー……?)


 ベルグレッテにその言葉の意味は分からなかったが、ただ。

 先ほど感じた茂みの揺れ。あれは気のせいではなかったのだと認識することになる。






「……、……はぁ……!」


 桜枝里は思わず脱力し、腰を抜かしかけてしまった。何とも心臓に悪い。

 崖から転落していった流護。しかし彼の名前表示は消えず、今も煌々と光っている。


(……大丈夫、うん……!)


 流護は、おそらく無事だ。

 崖の高さは、およそ二十メートル。日本のビルに例えたなら、六から七階相当。思わず足も竦むだろう。

 が、桜枝里は試したことがある。広い王城での移動を短縮しようと思い、二階ほどの高さから下の道に飛び降りてみたことがあるのだ。

 この世界へやってきて以降、常日頃感じていた身の軽さ。ほどなくして知ることになった、身体性能の違い。

 いける、と確信した。

 事実、通常家屋の二階程度の高さであれば、難なく飛び降りることができた。直後、兵士が飛んできて大騒ぎとなってしまったのは余談である。危険だの、はしたないのでおやめくださいだの。

 三階――となると先入観から躊躇してしまうが、それこそ流護なら問題なくいけるのではないだろうか。

 つまるところ。あの高さとはいえ、流護ならきっと大丈夫。下は湖なのだし。


「………、」


 それにしても、思う。

 その流護を転落させた相手、ディノ・ゲイルローエンといったか。

 鏡越しに見て思わず、溜息が漏れそうになる。

 まるで最新のCG技術を駆使したかのような火炎の奔流に、細身からは想像もできない力強い動き。

 そして――凄まじいまでの美貌。流行りの男性アイドルや映画俳優も顔負けだ。そこは桜枝里も年頃の少女である。かっこいい男につい目を奪われてしまうのは致し方ない。

 ……けれど、それよりも気になるのは。

 全てを見下しているかのような、冷めた表情。それなのに、


(……この人……なんだか、寂しそう)


 どうしてかは分からない。ただ、そう感じられた。周囲に本当の理解者がいない自分と、どこか似ているような。


(んっ……今は、大吾さんも……流護くんやベル子ちゃんも、いるけど)


 唯一。流護と対峙しているときのみ、このディノという青年は心の底から『笑って』いるように思えた。

 そもそも二人は知り合いのようだったが、どういった間柄なのだろう。

 顔見知りということはこの青年も、レインディール王国からやってきたのだろうか。流護たちからディノの名前を聞いたことはなかったし、全力で攻撃を振るい合っていたところから考えても、間違いなく友好的な関係ではないのだろうが。

 あの途方もない強さだ。周囲から孤立しており、自分に対抗し得る力を持つ流護に、親近感を覚えているのかもしれない。


 しばらく崖下を見つめていたディノだったが、悠然と踵を返し、森の中へ引き返していく。流護と対峙していながら、その足取りには消耗した素振りすら見られない。


(……この人、なら)


 思い浮かび、慌てて頭を振り打ち消した。

 この人なら――エンロカクを倒せるかもしれない、と。

 何を考えているのかと、自分を否定する。ともすれば、すぐそんな考えが浮かんでしまう――


「……?」


 大した時間ではない。

 ほんのわずか、桜枝里が思考の渦に囚われていた間に。


 音もなく、『それ』がディノの行く手を塞いでいた。


(……、なに、あれ……?)


 異質、の一言に尽きる。

 くろがねの全身鎧――と表現できそうだが、違う。

 頭頂部からつま先まで、全身を余すところなく包み込んでいる黒銀色は、確かに金属の光沢を放っている。しかし、その形状は驚くほどスリム。まるでタイツのように身体のラインが浮き彫りとなっていた。しかしなぜか、両手首の部分のみが異様に太い。

 頭部から顔も全て磨き抜かれた板金に覆われており、両目の部分はゴーグルみたいになっている。フルフェイスのヘルメットそっくりの外見だった。一見して男女の区別すらつかないが、体格から考える限りでは男性だろう。

 ――それにしても。その出で立ちはまるで、


(バイク乗りの人みたいな……、ライダースーツ……?)


 ファンタジー世界に、ひどく似合わない――現代的、近未来的とすらいえるものが紛れ込んでしまったような。

 しかしそこに立っているということは間違いなく、天轟闘宴の参加者。全身をくまなく覆い尽くす金属スーツの上から、しっかりと首にリングを巻いている。あれでちゃんと機能するのだろうか、とどうでもいいことを考えてしまう。


『おおっと! リューゴ選手を蹴落としたディノ選手の前に現れし、新手の刺客! ……なの、ですが……なんだか珍しい鎧を着てますね……あれはどういった装備なんでしょうか、ドゥエンさん』

『……』

『ドゥエンさん?』


 しかし解説を務める覇者は、シーノメアの声に答えず。

 これまでにない真剣な表情で、素早く術式を紡ぐ。それは――通信の巫術。


『待機班に告ぐ。各員、至急「無極の庭」D区画、蒼壷の湖上部へ急行せよ。規約違反者を確認。行動班と合流し――』


 常に淡々としているドゥエンらしくない、やや切迫した声で。


『全力にて対象を制圧。可能ならば――参加者ディノ・ゲイルローエンを保護せよ』

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