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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
7. 天に轟くは、闘いの宴
200/667

200. 第二プラン

 此度の天轟闘宴、その開幕を思わせる一撃だった。開始からわずか三秒、魔闘術士メイガスの一員であるヒョヌパピオ・ベグを文字通り一蹴した、右の蹴り上げ。

 直撃を受けたディノは後方へと弾け飛び、大きくよろけてたららを踏んだ。


『――ふうっ』


 その間に流護は一歩進み出て、コキリと首を鳴らす。

 直後、歓声が爆発した。


『なぁんと反撃一閃ッ、リューゴ・アリウミ! 力技で押し返し、窮地からの脱出に成功――っ!』

「……よしっ!」


 ベルグレッテも思わず拳を握りしめる。が、


「……!」


 すぐさまその事実に気付く。

 ディノは確かによろめき、後退した。だが、それだけだ。流護の蹴りを受けていながら、沈むことなく踏み止まっている。それどころか唇から一筋の血を流しつつも、不敵な笑みすら浮かべていた。

 ぶんと左腕を振ったディノが、五指の具合を確かめるように開閉する。


『クク……相変わらずどんな蹴りしてやがんだよオメーは。タマんねェな』

『そうやってこっちをアゲると見せ掛けて、防いだ俺スゲーに持ってくの禁止な』


 流護の蹴り上げが炸裂する寸前。ディノは攻撃を中断し、左腕を引き戻す素振りを見せていた。咄嗟に防御へと移行し、間に合わせていたのだ。それもあの流護の蹴撃を、片手だけで。

 間違いなく。体術面において、あの流護と互角に渡り合っている。


(……あの男、本当に……!)


 正直、これまで半信半疑だった。

 ディノ・ゲイルローエンが、恒常的に己の肉体へ身体強化を施し続けているなどという話は。いかに直接対峙した流護からの情報とはいえ、信じきれていなかった。

 熟達した術士であっても三十分程度が限度とされるその技巧。一体どれほどの精神力をもって、そのような真似を可能としているのか。

 この男の詠術士メイジとしての才覚は、至高のものに違いない。

 一国の支柱ともなり得るだろう、絶大な力。多くの人々の救いとなることもできるだろう、救世の力。


(……、それだけの能力がありながら、どうして……っ!)


 なぜ、あんな汚れ仕事にその身をやつしているのか。なぜ、軽々しくミディール学院を辞めるなどと言い捨てることができるのか。

 沸き起こる複雑な感情を噛み締めながら、ベルグレッテは思わず黒水鏡を――ディノを睨みつける。


『ふむ。ディノ氏は……試しましたね』


 ベルグレッテの胸中とは対照的、どこまでも落ち着いたドゥエンの声が響く。


『試した? 何をですか?』

『リューゴ氏の身に着けた防具が、自らの炎を凌ぐに足る代物なのか否かを――です』


 それを聞いて、ベルグレッテの隣に座る紳士が相槌を打った。


「なるほどね。ディノ君は、あの篭手によって自分の一撃が防がれる可能性も考慮していた訳だ。無術の彼の反撃も想定していたんだろうね。だからこそ、あの馬鹿げた速さの蹴りに反応できた。あれほど優位な状況に立ちながら、慢心というものがない」


 この名前も知らない紳士までもが、断ずる。


「あれだけの能力を持っていながら……力に溺れていなければ、振り回されてもいない。逸材だなあ、ディノ君は」


 そう。認めたくはない。

 けれどやはり、ディノ・ゲイルローエンはこの上ないのだ。一人の詠術士メイジとして。あの男は、ベルグレッテが到底届かない領域で完成してしまっている。

 そんな言いようのない悔しさに唇を噛み締めていたところで、聞こえた。



 ――もったいないな、ハケさせてしまうのは。



 釣られるように。ベルグレッテはつい、右隣へと顔を向けていた。


「ん? 何かな?」


 そこに座る人物。褐色肌の紳士は目を細め、優しげに口元を綻ばせる。


「……あ、いえ……」


 これだけの人数が集まっている客席だ。


(気の、せい……?)


 はたまた聞き間違いか、別の誰かの会話か。現に流護を応援する声、ディノを称賛する声、どちらが勝つかの賭博で盛り上がる声……等々、様々な会話が喧騒となって聞こえてきている。

 だが。


(はける……?)


 確か、劇や舞台の用語だ。引っ込む、退場する、といった意味合いの。

 誰が発したにせよ、今この場では妙にそぐわない単語のように感じられた。


「ところでお嬢さんは……あのディノ君と知り合いなのかな?」

「……なぜ、ですか?」

「ああ、いや。今あそこで闘っている君のお友達が、ディノ君と顔見知りみたいだったのでね……いや、気分を害したのならすまなかった」


 よほど不愉快そうな顔をしてしまっていたのだろう。紳士は少し慌てた様子で詫び、居住まいを正した。

 少しだけ申し訳ない気持ちになるベルグレッテだったが、気を取り直して黒水鏡へと目を向ける。


『さて両者、向かい合ったまま動きません! ドゥエンさんの言う「試し」……その結果は、リューゴ選手の防具はディノ選手の炎を防ぐに足るものだったと。ディノ選手も己の一撃が防がれるものだと理解したゆえか、先ほどの攻勢が嘘だったかのように動きません。これはリューゴ選手に流れが傾いた、ということで良いのでしょうか……!?』


 鼻息荒くまくし立てるシーノメアに対し、ドゥエンはどこまでも淡泊に答える。


『いえ。優勢なのは、ディノ氏です』






(……くっそこの野郎、相変わらず油断も隙もねえ……!)


 ようやく面白くなってきたとばかりに笑うディノを睨み返しながら、流護は内心で歯噛みしていた。

 両腕に巻かれたファーヴナールの手甲。これは本来ならば、ギリギリまで温存しておきたかったのだ。

 以前と同じように攻撃を躱し続け、手甲からディノの意識を逸らす。防御する素振りすら見せずに徹底し、炎を防げるようなものではないと――意識する必要などないものだと思い込ませる。そうしてここぞという場面で炎を捌き、反撃一閃にて沈める。


 その手はずだった。


 が、ディノは圧倒的優位な状況に立ちながらも、手甲から意識を逸らさなかった。そのうえで、試した。必ず防御しなければならないような場面を作って。

 この天才は確信したことだろう。


 流護は、ディノの炎を防ぎきれない――と。


 ファーヴナールの手甲、その強度は申し分なし。問題は、炎牙の物理的な衝撃だ。まともに防御しようものなら、まず間違いなく吹き飛ばされる。先刻、河原で対峙した肥満男の『見えない術』も凄まじい威力を秘めていたが、やはりディノの炎はその比ではない。受け、逸らすのが精一杯だ。

 それこそ『見えない術』に、ディノの炎柱。防いできた右腕が鈍く痛みを発していた。痛みや疲労が蓄積し始めている。

 試され、防御性能を知られてしまった。その代償としてディノを倒せればそれでよかったが、まんまと逆に防がれてしまっている……。


(……さて、仕方ねえ。こうなりゃ計画変更、第二プランだ……できるだけ、やりたくなかったんだけど)


 胆を決め、ディノの赤い瞳を睨み据える。


「クク。今度は何を企んでやがる?」


 その真意を知るのが楽しみで仕方ないとでもいうように、獄炎の男は嗤う。


「フ、バカ野郎め……後悔すんぞ」


 流護は不敵に笑い、次の作戦を決行した。






『え、あ、ええぇ!? こ、これは!?』


 音声担当の乙女や客席は困惑の渦へ叩き込まれた。

 ベルグレッテも思わず目を見張る。


『敵わないと判断したのか!? リューゴ選手、ディノ選手に背を向けて逃走を開始――ッ!』


 二発、三発と交錯した後。流護は隙を見て自分の荷物を拾い上げ、半ば転がるようにして森の中へと駆け込んだ。

 木々の密度が増す暗き森。ディノは炎牙の伸長を短く下げ、狩人のように素早く追跡を開始する。


『あ、もしかして! あの長い炎の武器を使わせないようにするために、入り組んだ森に……?』


 ベルグレッテとしてはシーノメアの呟きに同意だった。

 とにかく厄介な炎柱の乱舞。しかしあれだけ木々の生い茂る森ならば、障害物が多く振るうことはできないはず。


『……ですが、止まりませんね』


 ドゥエンが腑に落ちないといった趣で呟く。


(リューゴ……?)


 そう。流護は森の中でディノを迎え撃つのかと思いきや、その足を止めずに走り続けている。乱立する樹木を避けながら、緩やかな傾斜を登っていく。そんな規格外の少年の脚力に劣らず、炎の『ペンタ』も速度を落とすことなく追随していく。


『そういえばリューゴ選手は、最初からディノ選手との戦闘を避けたがっていましたね……。ということはやっぱり、逃走しようとしている……と考えた方がよいのでしょうか……?』


 シーノメアの自信なさげな呟きを聞き、客席からは二種類の声が上がっていた。敵前逃亡に対する罵倒。天轟闘宴なのだから有効だ、という擁護。とはいえ『凶禍の者』相手に術を使わぬ者が勝利するかもしれない、という期待があっただけに、落胆する者も少なくないようだった。


(……リューゴは、考えなしにそんなことはしないはず……)


 少しでも距離を離し、どこかに隠れるつもりか。それとも、闘いやすい場所を探しているのか。どちらにせよ、その行動は必ず最終的な勝利へと繋がるもののはずだ。

 祈るような心持ちのベルグレッテをよそに、解説席の様子が映される。


『客席からは野次も飛んでいますが……どう見ますか、ドゥエンさんっ』

『ふむ……場所を変えようとしているのか、逃げようとしているのか。氏の真意は分かりませんが、この先は……』


 思案するようなドゥエンの言葉を、ツェイリンが引き継ぐ。



『あの黒髪の坊やが向かう先は……行き止まりじゃのう』



「――え?」


 ベルグレッテは言葉を失う。ドゥエンが平淡に続けた。


『ええ。この傾斜を登った先は、高さ二十マイレ程の崖となっています。見通しも良く、すぐ下には「無極の庭」唯一の湖……蒼壷あおつぼの湖が広がっており、高みから他の参加者の動向を窺うには適した場所となり得ますが……反面、逃げ場はありません』

『ということは……逃げようとしたリューゴ選手、完全に裏目に出てしまったと……?』


 鏡の向こう。流護は一直線に、坂道を駆け上っていく。ディノも遅れることなく、ぴったりと追いすがっている。このまま行けば間違いなく、振り切れず袋小路に到達してしまう。


(リューゴ……だめ、その先は……!)


 少女騎士には、ただ黒水鏡を見つめることしかできなかった。

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