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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
7. 天に轟くは、闘いの宴
199/667

199. 両極

「……ッ!」


 その光景を目にして、ベルグレッテは思わず腰を浮かしかけた。


『おぉーっとぉ、ここで注目の遭遇! 目覚ましい活躍を見せる無術の雄、リューゴ・アリウミと――その対極とも言うべきか、圧倒的な炎の巫術で全てを蹴散らしてきたディノ・ゲイルローエン! なんと、この二人がバッタリと出会ってしまいましたぁ! こ、これは見逃せませんっ!』


 熱を帯びるシーノメアの通信に当てられたかのごとく、客席の歓声も大きさを増していく。

 その盛り上がりはもっともだ。間違いなく今回屈指の組み合わせだろう。

 が、流護にとっては最悪の遭遇だ――とベルグレッテは思わず唇を噛む。これが最後の闘いならばともかく、未だ参加者も多く残る現時点では、何としても避けたかった相手に他ならない。


『ツェイリンさん、音声! 音声拾えますか!?』

『待っておれ』


 焦れるように、待ちきれないとばかりに、皆がその二人へと意識を集中する――。


『オイオイ、どーしたよ。ワリとお疲れか?』


 流護を見据えて、小馬鹿にしたようなディノの声が響く。

 鼻で笑う炎の『ペンタ』は、当然のごとくかすり傷ひとつ負っていない。疲労の色も見られない。ベルグレッテが鏡越しに見ていた限りでも、圧倒的としか表現しようのない強さをもって勝ち抜けてきている。


「……っ」


 身に染みて分かっていたことではあった。それでも心底、思い知らされる。


 ――この男。本当に、強い。

 否が応にも。為す術なくミアを連れ去られてしまった、あの苦い記憶が脳裏をよぎる……。


『ああ……割と疲れてんだよ。つー訳で、見逃してくんね?』


 冗談めかした流護の言葉に、わずか観客席が沸いた。

 だが、盛り上げるための軽口などではない。本心からの発言のはずだ。ディノと衝突するには、まだ早すぎる。


『おや、この二人……顔見知りなんでしょうか? 手元の資料には、これといった情報がないんですよね。両者とも、初出場のようですし……』


 戸惑ったようなシーノメアの通信に、紙をめくる音が交ざる。

 参加登録用紙には名前の他に出自や参加履歴、扱う属性などを書く欄が設けられていたが、流護は名前しか記入していない。性格からして、ディノも同じなのだろう。


『ディノさんよ、ここまで何人ぐれー倒してきたんだ?』

『あー? 何だよ、探るようなコト言いやがって。まさかオメー、ホントにくたびれちまってんのか』

『そう言ってんだろ……』


 疲れを滲ませた流護の返答を受けて、一歩。草葉を踏みしめ、ディノは紅い瞳を爛々と輝かせる。



『オイオイ……頼むぜ。オレ以外の相手なんぞに――躓いてんじゃねェよ』



『ムハー! な、なんでしょうか、なんなんでしょうか!? 「お前が手こずっていいのは俺だけだ」、転じて「お前を傷つけていいのは俺だけだ」とでも言いたげな、意味深なディノ選手の発言ですが! この二人はどういう関係なの!? でしょうか!?』

『落ち着かんか、小娘。三万人が聞いとるぞよ』

『はっ、こ、これは失礼いたしました! ラ、ライバル関係とか、そういうのが好きなもので……』


 なんなのこの音声担当の人、と思ってしまうベルグレッテだったが、鏡の向こう側はそれどころではない。

 一触即発。今すぐにでも爆発しかねない緊張感が、二人の間を満たしてゆく――。






「…………」


 暴性を剥き出しにした紅蓮の支配者。まさしく炸裂寸前の爆弾のような『ペンタ』を前に、流護は油断なく周囲の様子を窺う。

 この緑の空間には自分たち二人だけ。白服の姿もない。

 例えばこれが最後に残った二人の一騎打ちならば、白服も集まってくるのではないだろうか。最終戦ならば、イベントとして絶対に見逃せないはず。

 ついでに、エンロカクやジ・ファールといった一癖も二癖もありそうな連中が、知らないところですでに負けているという図も想像できない。

 おそらくまだ、終結にはほど遠い。


「……なー、ディノさんよー。ここで俺らが闘り合ったとしてさ、勝った方はボロボロになっちまうかもじゃん? そこを他の奴に狙われたらまずいじゃん? やっぱやめとかね?」

「ハッ。んなコトで負けんなら、オレもオメーもその程度だったってこった」


 残虐な――それでいて心底楽しげな笑みで、超越者は言い放った。

 絶対の自信。そのような窮地に陥ることなどありえないという自負。仮にそこまで追い込まれることがあるのなら、その状況をも楽しもうという戦闘気質。

 今この場での衝突は――避けられない。


(……はー。不幸中の幸い、とでも言えるんかな。分の悪い賭けだけど……やるしかねーか)


 流護は肩にかけていた荷物を放り投げ、手首足首を入念に回す。


「おっ、やる気になったか。いいコトだ」

「いや、お前が逃がす気ねぇんだろ……つかお前、荷物は?」


 ディノは何も持っていない。手ぶらだった。


「失くした」

「は?」

「始まってすぐ、盗賊どもに掻っ払われちまってな。ソイツらと闘った時、勢い余ってどっかに吹っ飛ばしちまった」

「え、いや……時計は?」

「昼神の傾き具合見りゃ、時間ぐれー何となく分かんだろ」

「地図は?」

「最初の二十分使って覚えた。頭ん中に入ってる」


 おい何だこいつ。イケメンでケンカ強くて、頭までいいのか。

 やばいフルボッコにしなきゃ、と謎の使命感に駆られそうになったところで、ハッとして尋ねる。


「あれ? じゃあ、アーシレグナの葉っぱは?」

「さあな」


 何言ってんだこいつ、と流護は思わず眉根を寄せた。

 三枚限定の貴重な回復アイテム。それを――


「つかそもそも、荷物盗られたって……」


 相手の所持品を奪うことは禁じられていたはず――と思う流護だったが、すぐにハッとする。

 正確には違う。『倒した相手から荷物を奪うことは禁止』だ。規定説明をしたあの老人、タイゼーンの意味ありげな含みの裏には、こういった『選択肢』が隠されていたということなのだろう。

 それにしてもこのディノから袋をかすめ盗ったとなると、その相手はよほどの手練だったのか。当然ながら流護としてはその場面を見ていないので何と言ってみようもなかったが、


「いや、その……吹っ飛ばしちまったって……探そうぜ、それは……」


 本当についつい、そう突っ込んでしまっていた。

 そんな反応が面白かったのか、超越者はフッと口元を緩める。


「必要ねェよ」

「え?」

「アーシレグナの効果ってのは確かにデケェんだが……だからこそ、危ねェ代物でもある」


 疲労回復、止血、鎮痛作用。優れた癒しの効用を齎すアーシレグナの葉だが、殊更に効果が高いのは鎮痛作用なのだという。激痛すら速やかに抑え、また長時間にわたって効果を持続させる。


「最初の説明で、あの白ヒゲジジイが言ってたな。この天轟闘宴で使うのは、独自に品種改良したアーシレグナだとか何とか。一見、ケガに配慮した太っ腹な処置かと思いがちだが……実はまるっきり逆だ」

「……ああ、そういうことか。なるほどな……」


 ディノの意味深な笑み。流護もその真意を悟る。

 強い鎮痛効果を持つ薬草。そんな便利なものがあれば、それだけ長く闘える。多少の傷に怯むことなく、わずかな痛みに戦意を挫かれることなく、ケガを省みず闘い続けることができる。

 そうして参加者たちが闘い続ければ、武祭は盛り上がる。そんな仕組み。


 しかし、痛みというのは重要な感覚だ。身体の異常を知らせ、己の限界を知らせる抑止力となるもの。

 痛覚を無視して闘い続ければ、結局は後々の大きな故障へと繋がることにもなり得る。ただ負けるだけならばまだマシだ。大ケガから、取り返しのつかないことになってしまう可能性もあるだろう。

 ディノは正しくそれを理解している。だから、荷物に固執しなかった。


「まだ何かお喋りしてーコトはあるか?」

「いや……」


 時間稼ぎをしたい意図もモロバレだ。こんなときに限って、横槍を入れてくる者は現れない。


「はー……、んじゃ始めっかね……」


 流護は腕をダラリと下げたノーガードのまま、わずかに腰を落として身構える。


「そう溜息つくなよ、ツレないねェ。楽しもうじゃねェの」


 ディノが目を細め、右腕を水平に掲げる。

 互いの距離は十メートル弱といったところか。そのまま双方、時が止まったように静止することしばし。


 森の奥から、ドンとくぐもった振動が響いた。

 それを期に。

 二匹の雄は、対峙する相手へと疾駆を開始した。






 その両手に顕現したのは荒ぶる灼熱の紅。その尺は五――、六――否、七メートルにも及ぶだろうか。

 炎の柱としか表現しようのないそれを、ディノは軽々と縦横無尽に振り回す。対する流護は絶妙な足捌きで、その全てを躱していく。


「ハッハァ!」


 殊更大振りとなった横一閃、振り切ったその隙を狙い、流護が肉薄する。鋭く踏み込み、一瞬の間で徒手空拳の距離へと持ち込んだ。


「――シィッ!」


 繰り出す右拳。最短距離を飛ぶ一矢、一撃必倒の剛打を、しかしディノは首を傾ける動作のみで回避する。と同時、流護は後方へと素早く飛びずさった。

 まさしく刹那の差。跳んだ空手家の後を追うように、ディノを中心として炎の渦が爆誕する。あらゆるものを吹き飛ばす、『ペンタ』たる力の発現。


「――っうお、ぶねぇっ」


 しかし延びた炎の揺らめきは、僅差で流護に触れることなく消失した。

 術を躱されながらも、紅蓮の超越者は嗤う。


「クク、そうだそうだ。そんな動きだったな、オメーは」

「お前こそ、相変わらずめんどくせぇんだよ……ボンボン爆発しやがって」


 ――そう。簡単に避けやがるんだよ、コイツは。


 期せず、両者の思考は同調する。

 双方に共通する、圧倒的なまでの超火力。当たれば終わる一撃。現にこれまで、幾多の勝利を重ねてきた必倒の技巧。

 それを、目の前にいる相手は易々と躱すのだ。

 互いの瞳を見据えたまま、じりじりと。拳撃の遊撃兵と獄炎の支配者は――円を描くように少しずつ、その間合いを縮めていく。






 激しい交錯に、観客席の歓声が爆発する。

 超接近戦へ持ち込もうとする流護、中間距離で炎柱を振るおうとするディノ。互いの間合いを侵食するべく、一進一退の攻防が繰り広げられていた。


『い、息をもつかせぬ激突! 凄まじい速さで飛び交う一撃! しかし、当たりません! 両者、当たりませんっ……! す、すごい! なっ、何なんですかこの二人!?』


 シーノメアの興奮も無理からぬこと。彼らをよく知っているベルグレッテですら、ただ呆然となって鏡を見つめていた。


「…………、」


 ――格が、違う。

 理解していたつもりではあった。それでもなお、目を奪われる。そんな、最上位の技術の応酬。ミアを助けに行ったあのときも、二人はこんな激闘を繰り広げていたのか。

 流護はまだ分かる。幾度となく、その闘いぶりを目にしてきたのだ。しかし。

 ディノ・ゲイルローエン。

 驚愕すべきは、あの巨大な炎の柱を生み出し、凄まじい速度で振るい続けているということ。この男はおそらく――操術系統の異なる『創出』と『身体強化』の同時行使を、当たり前のようにこなしている。

 最上位の詠術士メイジですら成し得ないような芸当だった。


『成程。やはり……』


 皆が熱狂、もしくは愕然とする中で、変わらず無機的なドゥエン・アケローンの声が響き渡る。

 鏡の上部一角に、解説席の様子が映し出された。


『ドゥエンさん!? どうかされましたか!?』

『ええ。これまでの戦闘を見て、薄々感じてはいたのですが。……ディノ氏は恐らく、「凶禍の者」です』

『え、えぇっ!?』


 ――『凶禍の者』。七十万もの人々が住まうレフェ国内にわずか二名のみ確認されている、絶対的な力を授かりし超越者。

 多くの国で『ペンタ』と呼ばれる彼らの存在は、術への依存をよしとしない気風があるこの地においても、やはり殊更に異端視されるものだった。

 神の哀れみによって、弱き生物である人間に与えられた『巫術』という慈悲。

 しかし、憐憫の産物と呼ぶには強力すぎる――人としてあまりに規格外の能力を有する存在。それこそ、主たる神に届いてしまうのではないかと思わせるほどの力。

 畏れ、嫉妬、忌避、様々な感情の対象となり、いつしか呼ばれるようになった、『凶禍の者』という忌み名。

 ディノがそんな恐るべき存在なのではないかというドゥエンの推測に、観客席でもざわめきの波が広がる。


『術の規模に対し、詠唱が余りにも速い――と思っていたのですが、そうではない。氏は恐らく、詠唱そのものを行っていない。何らかの封術武具を持っているようには見えませんし……となれば、そんな真似を可能とするのは「彼ら」のみ。まず間違いないでしょう』

『え、えぇ!? な、なんということでしょうか……!』

『そこまで驚かずともよかろ。わっちとて同じじゃぞ?』

『い、いや、そうかもしれませんが!』


 とぼけた声で言ってのける『凶禍の者』ツェイリン・ユエンテに被せ気味で答えながら、シーノメアは慌てて手元の資料をパラパラとめくる。


『え、ええと! 天轟闘宴における「凶禍の者」の参戦記録は……、なんと過去に一度のみ! それも前々回、遥か西のバルクフォルト帝国からやってきた騎士、レヴィン・レイフィールド氏が参戦、そして優勝を飾った……ということですがっ』

『ふむ、レヴィンか……懐かしいのう。当時はまだ十三の童じゃったが、綺麗な顔をした坊やじゃったぞ。今頃はさぞ、小娘好みの男前になっとることじゃろうて』

『そ、そうなんですか? へえ~……。……って、ん? ま、待ってください……、当時、十三……!? 十三歳が、天轟闘宴で優勝してしまったんですか……!?』


 少しばかり緊張感に欠けるやり取りの中、シーノメアがその異常に気付いて目を見開く。感慨深げにドゥエンが頷いた。


『私は当時、今回と同じようにこの席で観戦していましたが……その実力の程は、やはり驚嘆に値するものでした。とても、少年と侮れるようなものではありません』


 覇者の評価を聞いたシーノメアは、呆けた表情のままうんうんと相槌を打ち――ふと思いついたのか、恐々とした口調で尋ねた。


『ち、ちなみにドゥエンさん。その……今まで、「凶禍の者」と闘ったことは……?』

『ありません。我が国の二名はツェイリン殿と、今この場には見えていませんが……内政補佐を担当するゼンカ殿のみ。共に戦闘を得手とする方ではありませんし、レヴィン氏が参戦した前々回は、私も出場していませんでしたから』


 どこまでも淡々と、興味すらなさげに覇者はそう結ぶ。――が、多くを語ろうとしないこの男にしては珍しく、こう補足した。


『仮に私が過去、「凶禍の者」と刃を交えていた事があったなら――』


 ニコリとした笑顔で。


『私は今頃、無敗の覇者とは呼ばれていなかったかもしれませんね』


 レフェ最強の男が下したその結論を聞き、観客席がおおと沸いた。


「…………はは」


 しかし黒水鏡でその会話を眺めていたベルグレッテの口からは、思わず乾いた笑いが漏れてしまう。

 ドゥエンが見せた笑顔。こういう表情を、少女騎士は知っている。

銀黎部隊シルヴァリオス』の長であるラティアスや副隊長のオルエッタが、高圧的な貴族などと会談する際に見せる顔だ。すなわち――思ってもいない世辞を並べ立てるときに使う、仮面のような笑顔。

 ……それはともかくとして。あえて己を下げ、他を持ち上げる。主催側の人間であるドゥエンとしては、時にそういった演出も必要なのかもしれない。


『な、なるほどっ。し、しかし! しかしです! そんな「凶禍の者」と思しきディノ選手……それほどの相手に対し、巫術を使わないまま互角の勝負を繰り広げているっ! このリューゴ・アリウミは! 一体何者なのかあぁっ!?』


 ダミ声じみたシーノメアの絶叫。煽られたように熱気を増す観客たち。

 そこなのだ。皆の注目は今、恐れるべき『凶禍の者』――を相手取って一歩も退かない流護に集まっている。

 ディノが振るう二双の巨大な炎柱。その全てを回避し、拳を叩き込もうとする無手の少年。

 両雄譲らぬ、至上の領域で交わされる闘争。


『とにかくすごい! 一進一退……まさに互角、と評してよいのでしょうかっ、ドゥエンさん!』

『ふむ……無術のまま渡り合うリューゴ氏の技巧も、実に興味深いところではあります。……しかしながら、この闘い――』



『互角ではありません』

「互角じゃあないね」



 その言葉は同時だった。

 通信によって響くドゥエンの声と、ベルグレッテのすぐ右側から聞こえた声。


「……、」


 少女騎士は思わず目を向ける。

 当然というべきか、例の紳士だ。黒髪に褐色の肌、チャコールグレーの礼服に身を包んだ若い男性。優雅に脚組みをして、穏やかに微笑みすら浮かべながら戦局を眺めている。

 少しだけ得意げな気持ちになって、ベルグレッテも黒水鏡に視線を戻した。

 ドゥエンもこの紳士も、慧眼の持ち主のようだ。


 ――そう。互角なんかじゃない。リューゴのほうが、上なんだから。


 数十合もの交錯を経て。

 勢いよく、その背中が大樹の幹へと叩きつけられた。


『ぐ……!』


 苦しげな呻き声が、鏡を通じて伝わる。


『おぉっと、ここでついに均衡が崩れたぁ! 追い詰めたのは――』


 両腕に炎柱を宿して嗤う、爆炎の超人――ディノ・ゲイルローエン。壁のような大樹を背に苦悶の顔を見せる、疲労の色濃い有海流護――。


「リューゴ……っ!」


 瞠目するベルグレッテを置き去りにするかのように、客席の熱狂が一段と大きさを増す。それはきっと、決着を予感して。


『地力では……ディノ氏が上回っています』

『なるほどっ……! 追い詰めたのはディノ選手、追い詰められたのはリューゴ選手! さぁ、これは決着か!?』


(リューゴのほうが……っ)


 疲れている。実力伯仲の両者。であれば、最初から消耗しているほうが追い込まれるのは自明の理。

 しかし優位に立ったはずの『ペンタ』は、安易に襲いかかるようなことはせず、その紅玉の瞳を細めて不敵に笑う。


『さて……オレはオメーを追い込んだのか? ソレともオメーには何か策があって、追い込まれたフリをしてるだけか?』


 微塵も、そこに隙というものは存在せず。それでいてディノは、逡巡することすら楽しんでいるかのように見えた。


『さーて……どっちかな……』


 対する流護は、背後の巨木へもたれながらニヤリと受け答える。疲れきった顔で。


 ――ありのままを見るならば。

 後方に下がる選択肢は封じられた。では、右か左か。しかしどちらであっても、ディノの双牙が待ち構えている。逃げ場のない、完全に詰んだ状況――


『……ところでオメーよ。ずっと気になってたんだが――』


 流護を見据えていた『ペンタ』の紅い瞳が、ジロリとわずかに下向いた。


『前は、そんな手甲なんざ着けてなかったよなァ……』

『……あ? ああ、ま、そりゃあな……あん時はまだ、兵士じゃなかったし……』

『ふーん。なるほどねェ』


 その何気ないやり取りに。


(……、探り合いっ……)


 ベルグレッテは、喉がひりつくような緊張を感じていた。

 恐るべきは、ディノの観察眼。

 追い込んだ相手。退路はなく、右か左の一撃で終わるはず。そんな状況において、相手の以前とは異なる点に着目した。

 おそらく今、あの男は考えている。

 目の前の相手が、わざわざ身に着けているその防具。前回はなかったもの。それは、自分の技を防ぐに足る代物なのか否か。

 流護はこれまで、一度としてディノの術を『防いで』いない。であれば、己の術を凌げるようなものではないのか。それとも、防げないと見せかけているだけなのか――。

 正直なところ、それはベルグレッテにも判断できなかった。いかにファーヴナールの篭手とはいえ、ディノの術を捌くことができるのか。噂に聞いた『炎の双牙』を目撃したのはこれが初だが、あまりにも規格外だった。

 ベルグレッテが全身全霊をもってようやく一振りすることができる、水の大剣。あれを両腕に喚び出し、軽々と扱い続けているに等しい。


(リューゴっ……)


 彼は、どう判断したのだろう。

 両者、無言で敵を睨み据え――


 動いた。


 踏み込むは、ディノ・ゲイルローエン。振るうは、右。

 炎の柱は真横から流護の側頭部を狙い、


「な――――ッ!」


 それだけに留まらず、見守る少女騎士を驚愕させる。

 時間差で、左の炎牙が流護の脇腹へと迫っていた。

 しかし、ほぼ同時。

 流護が幾度か見せたことのある、『ワンツーパンチ』にも似た、完全不可避の二連撃。まさしく獲物を挟み込む牙のごとき、紅蓮の顎。


 ――そうして。

 先に着弾するはずだった、右の一撃。狙いは顔、真横から唸りを上げた必殺の炎柱が、斜め上へと軌道をずらされ、巨木の――大人の胴ほどもある枝を両断した。


『――――』


 見開かれるディノの両眼。捉えたことだろう。回転しながら飛んでいく枝葉を。対峙する有海流護――その左腕に巻かれた灰色の篭手が、確かに炎柱を受け止め、跳ね上げた瞬間を。

 しかしこのディノという男は、刹那の間をどれほどの長さで認識しているのだろう。

 超越者は流護の脇腹へと薙ぎつつあった左の炎柱――二撃目を即座に消失させた。迷わず攻撃を中断し、素早く腕を引き戻す。

 瞬間。

 流護の放った凄まじい右蹴りが、ディノの身体を浮かせるほどの勢いで跳ね上げていた。

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