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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
7. 天に轟くは、闘いの宴
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196. 蠱毒

『さぁ、開始から一時間半が経過しました! 現在、脱落者は七十四名! 残るは百十五名となっておりますが……ドゥエンさんっ』

『はい』

『一時間を少し過ぎたあたりからでしょうか、急に脱落者が増え始めたように感じるのですが……』

『そうですね。そろそろ、集中力が切れ始める頃合いですから』


 開始当初は心身共に充実していた参加者たちだが、度重なる探索や戦闘により、疲労が積み重なっていく。見落としや雑な行動が増え、遭遇戦も発生しやすくなる――とドゥエンは解説した。


『逆に……力のある参加者が、地力を発揮し始める時期でもありますがね』


 バシュンと音が鳴り響き、一人の参加者の名前が明滅、やがて消失する。


『おーっと、そんな話をしている間にまた一人! これは……』


『映し』がその場面を拡大する。

 起伏に富んだ崖際の一角。倒れた屈強そうな男を見下ろすは、未だ傷ひとつ負っていない赤髪の青年。その紅瞳は色に反してどこまでも冷たく、口元は酷薄な笑みを形作っている。


『でっ……、出ました! 106番、ディノ・ゲイルローエン選手! またしても無傷での勝利です! ……そっ、それにしても……!』

『良い男、とな?』


 茶化すように割って入ったツェイリンに『ちち違います!』と返し、シーノメアは一呼吸置いて続ける。


『強い……ですね。素人の私から見ても、圧倒的に感じます……』

『ええ。氏は膨大な熱量の炎を自在に……手足のように従えている。何より術の規模に対し、詠唱時間が極端に短い。……というより』


 言葉を切り、ドゥエンは思案するように顎下へ親指を当てる。


『……というより?』

『いえ。憶測の域を出ませんので、今は控えますが……じき判明するでしょう』


 明言を避け、わずかに口の端を吊り上げた。



 ――そうして、次々と参加者が消えていく。ふるいにかけられたように、実力の足りぬ者は消え、強者が勝ち残っていく。



『079番、チャヴ・ダッパーヴ選手の勝利です! 何度か巫術の直撃を受けましたが、しかし揺るがず! ものともせず、なんと二人を同時に相手取って撃破!』


 森の中、倒れた二人の詠術士メイジを見下ろす巨漢の姿が映し出されている。過剰なまでに肥満な体型も相俟って、深緑の森で佇むその姿は獰猛な猪を彷彿とさせた。

 頭から血を流しているが、気にした様子もなく不気味な笑みを浮かべている。


『二人を相手に苦もなく……つ、強いですね。やはり、過去にも出場している方なのでしょうか』

『いえ。初出場の戦士です』


 即答したのはドゥエンだった。参加者の情報は全て把握しているとばかりに、その口ぶりには迷いがない。


『そ、そうなんですか』

『むしろ、倒れている二人の方が常連です。ともあれ、そんな彼等の知識や経験をものともせず真っ向から打ち倒す技量……興味深いですね』


 チャヴの闘い方は、豪快そのものだった。

 多少の攻撃術を受けようとも意に介さず突っ込み、生み出した氷の塊を叩きつける。並みの術者では、為す術なく吹き飛ばされて終わる。その迫力、まさに猪の突進のごとし。分かりやすい構図だった。


 次いで映し出された場面では、今まさに戦闘が繰り広げられている真っ最中だった。


『よーっし、引っ掛かったなこの野郎! この、このこの!』

『よっしゃいいぞガドガド! 畳み込め!』

『ぶっ、ぶはっ、く、くそ! やめろ! やめねぇかちくしょう!』


 戦闘、と呼ぶにはいささか迫力に欠けているかもしれない。

 深い落とし穴にはまった一人の大男が、上に立つ二人の男によってペチペチと術を浴びせられていた。


『わ、わかった降参! 降参する!』


 たまらず、落とし穴にはまっている男が自らの首に手をかけ、リングを引き解く。

 直後、観客席の鏡に表示されている名前の一つが、連動する形で消滅した。


『ふむ。勝利したこの両名は……ガドガド・ケラス氏に、ラルッツ・バッフェ氏ですね』

『な、なるほどー。……なんというか、その』

『つまらん闘い方、とな?』

『い、いえ! 全然そういうんじゃないですけど!』


 横から茶々を入れるツェイリンに、慌ててシーノメアが首を横へ振る。


『堅実な立ち回りですよ。ある意味、天轟闘宴に於ける基本と言っても差し支えないでしょう。ラルッツ氏はこういった戦術を評価され、前々回の武祭に於いて敢闘賞を受賞しています』


 ドゥエンは淡々とそう説明する。とはいえ、観衆たちの盛り上がりが今ひとつなのは否めない、といったところだった。

 そこで立て続けに響く、バシュンという脱落者が出たことを告げる音。場面が切り替われば、大男が一人で伸びている図が映し出される。


『こ、これは……ええっと?』


 シーノメアの困惑ももっともか。倒れた男が映っているだけで、他には誰の姿もない。男のリングは外れているが、それを誰かが回収しにくる様子もない。


『ふむ……遠距離からの狙い撃ち……でしょうか』


 ドゥエンがそう推測する。

 これも、ある意味常道。真正面から交戦せず、遠方から不意を打つ。

 結局勝者がリングを回収しに来ることもないままさら場面が転換し、一人の優男が鏡に映し出された。すらりとした長身にゾッとするほど整った顔立ちは、劇の主役を張る演者のようでもある。


『そしてこちらは……074番、グリーフット・マルティホーク選手です! 過去の天轟闘宴においても常に好成績を残している、優勝候補の一角……との、ことですが……えーっと……?』


 困惑したように、シーノメアの音声が尻すぼみになっていく。その様子が面白かったのか。ちりん、と――小さな鈴の音と同時、押し殺して笑うツェイリンの声が通信に乗った。

 自らが打ち倒した相手を前に。グリーフット・マルティホークは、その端正な顔をみっともなく歪めて号泣していた。鼻水や涎までも垂れ流し、おいおいと声を上げて泣いている。


『どう……してしまったんでしょうか、これは……。泣き叫んでしまうほどのケガを負っているようでもないですし……』

『初見は皆、驚くのう』


 答えたのは解説役のドゥエンではなく、ツェイリンだった。


『グリーフットはああして、相手を前に「悲しむ」。聞いた話では、食事の前などにも、食材となった動物を想うてさめざめと泣くそうじゃが』

『は、はあ。心優しい方……なんでしょうか?』


 少しばかりうっとりしたような表情となったシーノメアへ、ツェイリンは意地の悪い笑みを向けた。


『例えばシーノメアよ。お主も、恋破れて夜通し泣き明かした事の一度や二度はあろう?』

『は、え!? こ、恋って……なんの話ですかっ』

『うふふ。涙も枯れるほどに泣き尽くした後……スッと晴れやかな心地になった事はないか?』

『え? まぁ……泣いて、すっきりしたなーって思ったことはありますが……、いや、あの! どうしてこんな話をっ』

『グリーフットの行動原理が、まさにそれなのよ』


 そう言って、ツェイリンは小さな指で黒水鏡を指し示した。

 ――そこには。たった今まで号泣していたグリーフットが、晴れ晴れとした笑顔になっている情景。彼は満ち足りたように大きく頷くと、足取りも軽く木立の合間へと消えていく。それまで流した涙が嘘だったかのように。


『まず悲しみ、泣く。泣いて泣いて泣き尽くし、その後に訪れる晴れやかな心地を……愉しむ。その心地を得ることこそが、グリーフットの目的よ』

『それは……その……』

『うふふ、歪んどるじゃろ?』


 ツェイリンは到底理解し得ないものを見る眼差しで鏡を眺め、



『泣くという行為……涙にも色々あろうが、奴の心を揺さぶるのは――悲しみの情。悲しみ、泣く為ならば……奴は、「自らの手でその状況を作り出す」ことすら平然とやってのける』



『……、』


 悲しみを作り出す。その意味を理解してか、シーノメアが顔色を変えて沈黙した。


『ドゥエン坊は、奴と闘り合ったこともあったのう?』

『ええ』


 かつて天轟闘宴にてドゥエンと対峙したグリーフットは、『悲しんで』いたという。己が勝ってしまえば、ドゥエン・アケローンの名声が地に落ちてしまう――と。

 結果としてドゥエンが勝利し、グリーフットは自分が負けたことを存分に『悲しんで』いたそうだが。


『そ、それはまた、へこたれないというか……どちらに転んでも、グリーフット選手にしてみれば問題なかったんでしょうか……』

『ですが、勝ちに来る姿勢は本物でしたし……何より――強敵でした』


 シーノメアは思わずドゥエンを凝視した。この気難しい武人が、こうも率直に相手を評価したことが意外だったのだ。


『氏は今回も……更に腕を上げ、万全の態勢で臨んでいる事でしょう。どのような活躍を見せてくれるのか……楽しみですね』


 ニコリとした笑みを浮かべ、覇者はそう締め括った。






 音を立てぬよう、慎重に緑葉を掻き分けながら進んでいたはずだったが――


「!」


 木陰から出た瞬間、バッタリと遭遇してしまった。

 歩数にして十足らず。思った以上に近い距離で、双方向かい合う。

 凍りつくような美形の青年だった。その装いが旅装ではなくローブ姿だったなら、森の精霊か何かかと見紛ったかもしれない。妻や娘から「熊みたい」などと言われる自分とは大違いだ、と男は内心で嘆息する。

 ともかく今、こうして出くわしたからには――目の前にいるこの優男もまた、血で血を洗う武祭の参加者。


「くそっ」


 真正面からの遭遇。慎重に動いているつもりだったが、疲れから行動が雑になりかけていたのは否めなかった。アーシレグナの葉も、残すところあと一枚。できる限り戦闘は避けたかったが、そうも言っていられないだろう。


「……くっ、闘うしかないようですね……」


 対峙するその青年も、苦々しげに表情を歪める。悲しみを含んだような美しい声だった。並外れた美貌と相俟って、吟遊詩人でもやらせれば、さぞかし女性客がつくに違いない。

 一見して、この若者に傷らしい傷は見受けられない。ここまで上手く戦闘を避けて立ち回ってきたのか、単純に手練なのか。

 自分と同じく、支給品のずた袋を肩から提げている。

 この美男子がどれほどの実力なのかは分からないが、ともあれ消耗しているこちらのほうが不利だ、と男は分析した。


「…………、」


 この天轟闘宴。こうして不利な状況に陥っても、逆転の目が残されている。

 即ち、アーシレグナの葉の奪取。

 負傷していないこの青年は、まだ葉を残しているだろう。倒した相手から荷を奪うことは禁じられているが、『そうでなければ』有効だ。タイゼーンによる事前説明ではざわつく者も見受けられたが、初参加でない男はその意味を正しく理解している。

 ただ当然のことではあるが、戦闘状態で警戒している相手から袋を奪うのは至難の業だ。また、鏡にでも映っていれば別だが、その奪った荷が相手を倒す前に得たものなのかそうでないのか、判別が難しい。かすめ盗るなら、死角ではなく鏡のある場所で堂々と。でなければ不正の疑いをかけられる恐れもある。


(盗るのに人前で堂々と、ってのもおかしな話だけどな……)


 ちら、と美青年の背後へ視線を飛ばす。生い茂る若木、幹が枝分かれした部分に、一枚の黒い鏡が括りつけられていた。

 幸いにして今この場面は、鏡に捉えられている。袋の強奪も視野に入れるべきだろう。

 

 戦略を模索する男に対し、向かい合う若者はどんな思いを巡らせたのか。


「始める前に一つ、よろしいですか」

「……何だい、色男さんよ」


 悲哀の篭もった声音で、美貌の青年は問うてくる。


「貴方はなぜ……天轟闘宴に参加を? よろしければ、理由をお聞かせ願いたいのですが」

「……変な奴だな……、まあいい。ウチは貧しくてね。賞金獲得して、少しは妻や娘に楽な思いをさせてやりたくてな」


 そう答えて身構える――と、


「……、そ、う、ですか……」


 青年は目頭を押さえ、瞳に涙を浮かべた。


 ――何だ、こいつは。

 男は当惑する。


「では……、貴方が賞金を得られず負けてしまったら……悲しいですね。奥さんや娘さんは……悲しむでしょうね。……ふ、はふっ」


 挑発――かと思いきや、何かおかしい。本気で悲しんでいるように見える。

 それでいて――


「……申し訳ない。悲しい。しかし残念ですが……勝たせていただきます。貴方の敗北は、このグリーフット・マルティホークの糧となることを約束いたしましょう……!」


 ちぐはぐな、そぐわない不気味さ。

 本気で悲しんでいるのに、身構えるその挙動には躊躇がない。まるで、待ちきれないとばかりに。


(……待て。グリーフット……だと? その名前は――)


 空腹に耐え兼ねた獣が、血肉を求めるような激しさで。グリーフットと名乗った男の背中から、『それ』が現出した。

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