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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
7. 天に轟くは、闘いの宴
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194. 炎水二重奏

 息を殺し、草木のわずかな隙間から様子を窺う。

 前方の開けた空間に隠れるでもなく堂々と佇む、黒マント姿の男たちが三人。


(……魔闘術士メイガス……)


『十三武家』は杖の家系が若手、ハザール・エンビレオは、最初の目標である魔闘術士メイガスの一味を発見し、遠巻きにその動向を観察していた。


(ちっ……)


 そして思わず内心で舌を打つ。

 剣の家系から参加したエルゴが突然「別行動をする」などと言い出し、話が終わらないうちに他の参加者から奇襲を受け、何とか凌ぎはしたものの――

 今この場には、ハザール一人しかいない。ダイゴス、エルゴの両名とはぐれたまま、誘引対象である魔闘術士メイガスを先に発見してしまっていた。

 本来、役割分担をしてこなすべき任務だ。ハザールだけで実行するのは難しい。


(……連中、動く気配はないな)


 遥か前方。広場に佇む黒影たちは、三人で談笑している。一人だけ倒木に腰掛けている――ひどく痩せぎすな、逆立った黒髪の男。あれが首領のジ・ファールであることは事前に確認済みだ。

 そして一つ、予想外だったのは――


(他の連中はどうしたんだ……?)


 総勢十一人の魔闘術士メイガスのうち、三人しかそこにいないのだ。入場の時点で、八・三に別れたのは確認していた。だが、北側がジ・ファールを含む八人。南側が三人だったはずだ。自分たちが入場したのも北側。予想より五人も足りないことになる。

 すでに倒されたのであれば、ああも呑気に雑談などに興じているはずもない。

 つまり、個々で分散し行動しているということになる。


(おいおい……思った以上に厄介だな、こりゃあ……)


 十一人という、参加者たちの中でも最多の徒党を組んで参加している集団。当然、固まって動けばそれだけ有利となる。敵に見つかる可能性も増すが、そもそも数で圧倒できるのだ。

 となれば当然、連中は全員で一丸となって行動する――のだと、そう思っていた。南北に分けられたなら、まず合流しようとするものだと思っていた。ドゥエンですら、それを前提としてこの作戦を組んだのではないか、とハザールは想像する。


(さて参ったな。どうしたもんかね……?)


 まさかバラけているとは。自信家の集団と聞いてはいたが、よもや天轟闘宴を個々で闘えると判断したのか。


(だとしたら舐めてやがるな、余所者風情が)


 最初から個人で参加したならともかく、数の利点を自ら放棄するなど愚かにすぎる。

 黒の集団に動く気配はない。

 このまましばらく留まっているつもりなら、不幸中の幸いとでもいうべきか、それはそれで好都合かもしれない。今のうちにエンロカクを捜し出し、奴をここまで誘導して、魔闘術士メイガスらへぶつけることも可能か。この場は飲める水が流れている川も近い。向こうも『乗る』だろう。


(出会った瞬間、エンロカクに殺られなければ……の話だけどな)


 思わず引きつった笑みが浮かび、ハザールは溜息を吐き出した。

 ……馬鹿らしい。気張るなと命じられた任務。エルゴが土壇場で馬鹿なことを言い出し、ダイゴスも妙な様子で、全員が散り散りになった状態。

 どうして俺だけが真剣に、こんな――


 それは、ヒヤリとした感触だった。

 首筋に伝う、違和感。


「……!?」


 ハザールは硬直し、視線だけを下へと動かす。

 今、己の立っている草むら――足元が、わずかに歪んで見える。まるで、間に透明な何かを挟んでいるかのように。


「なぁ。何してんだぁ? コソコソとよー」


 その正体は、不可視の刃。

 背後から音もなく接近した人物が、ハザールの首筋へ透明な刃を宛がっていた。


 形状は――湾曲した、巨大な鎌。おとぎ話の死神が持つ大鎌を模したような、水の巫術。

 このまま持ち主が手首を少し閃かせたなら、ハザールの首はあっさりと摘み落とされるだろう。


(……馬鹿、な……この俺が、気付けなかっただと……?)


 ハザールが息をのむ間に、


「まー何でもいいけどな。とりあえず、お前を殺したのは魔闘術士メイガスのバルバドルフ様だ。覚えて逝けよ――っとくらぁ」


 雑草を刈る気軽さで。

 バルバドルフがあっさりと鎌を薙ぐ。


 ハザールの首筋にて――がきん、と火花が散った。


「!?」


 目を剥いたのはバルバドルフ。ギョロリとした両眼を、殊更大きく見開く。


「――卦ェッ!」


 ハザールの呼気に従って現れた赤熱の炎杖が、魔闘術士メイガスの腹を打ち据えた。

 両者の間合いが離れる。


「……む、うゥ?」


 なぜ鎌が弾かれたのか、首を落とせなかったのか理解できないのだろう。バルバドルフは打たれた腹を押さえながら不思議げに首を傾げる。


「はん、馬鹿が……タイゼーン老の話、聞いてなかったのか? お前が質問してたんだろ?」


 ハザールは自らの首を指し示し、巻かれたリングをトントンと叩く。


「外れればただの紐になっちまうが、機能してるリングってのは防具になるぐらいカタいんだ。そんなので守られてる首を狙うなんざ、素人のやることだっての」


 鎌が喉笛を掻き切ろうとした瞬間。ハザールは咄嗟に首を傾け、リングで凶刃を防いだのだ。正直なところ冷や汗ものだったが、そこは不敵に笑ってみせる。


「ほぉう、そうかそうか。そりゃぁ大したモンだ。いいぞいいぞ。けど俺様は、否定されるとヤリたくなっちまう性質タチでよぉ。女食う時ゃ、相手が嫌がりゃ嫌がるほど興奮する。首を狙うのはダメ、なんて言われちまえば」


 すっ――と。

 黒装の凶人は、透明な鎌を両手で握り、構える。


「意地でも、その素ッ首落としたくなっちまう」


 はためく黒衣の裾。手にした大鎌。その容貌はまるで、本物の死神。


「忠告はしたぞ」


 しかし対するハザールも、杖の家系が誇りし武闘派。臆すことなく、炎の杖を突きつけて構える。確かに視認しづらい水の刃だが、透けて見える向こう側の景色が歪んでいる。それによって正確な形状、取るべき間合いを把握した。


 一呼吸の静寂。

 次の一拍、その瞬間に交えられた三合の鍔迫りが、静寂を破って打ち鳴らされた。


 弧を描く不可視の水鎌、迎撃する真炎の錫杖。炎と水がぶつかり合い、相殺し合う。連続して吹き上がる蒸気が、視界を薄い白靄に包む。


「おぉゥ!? いぃーね、やるじゃねぇかよ!」

「――……」


 楽しげなバルバドルフに、ハザールは黙して答えず。

 間合いを取ったその勢いを利用して――くるりと反転し、逃走を開始した。


「はぁ!? おっ、何いきなり逃げてんだぁオイ!?」


 遅れ、慌てたようにバルバドルフが追う。黒装の男がついてきたことを確認し、杖の若手は速度を上げた。

 そもそも『十三武家』から任務として出場しているハザール・エンビレオの目的は、魔闘術士メイガスを倒すことではない。

 そのうえ、今の交錯で確信した。このバルバドルフという男――強い。それに加えて、すぐ近くに他の魔闘術士メイガスが三人いるのだ。今の小競り合いで気付かれた恐れもある。


(ったく、面倒だぜ畜生め……!)


 しかしどんな状況だろうと、任務を全うする。それが自分に課せられた役目なのだから。

 胸中で悪態をつきながらも、ハザールは背後から飛んでくる水撃を躱しつつ疾走した。






 炎と水で牽制し合う二人が消えていった獣道の向こうを眺め、その男はふむと重々しく頷く。


(実直に動いているな、ハザール)


 剃り上げた坊主頭に、純白の民族衣装。武祭の判定員たる白服である。


(……しかし)


 白服は横目でチラリとそちらへ視線を向ける。

 開けた広場にたむろする、三人の魔闘術士メイガス。倒木に腰掛けている、その男。黒き無法集団の首領、ジ・ファール。今のハザールとバルバドルフの競り合いには気付いていないようだ。

 それよりも、


(……私の予想が正しければ――)


 もう少し近い位置から観察できていれば、ハザールも気付いていたかもしれない。

 ジ・ファールは、ただ無為にこの場へ留まっている訳ではない。あまり動きを見せないその男は、おそらく――


(ジ・ファールか……、民らの間で優勝候補と目されるのも伊達ではないな。此度の武祭では……最強の詠術士メイジやもしれぬ)

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