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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
7. 天に轟くは、闘いの宴
193/668

193. シェイプシフター

 直線描く火炎の連弾を、流護は巨木の裏へ隠れてやり過ごす。

 高速で飛来した炎の術は太く強靭な幹に当たり、次々と霧散した。火の粉が枝葉に散るも、紅蓮の揺らめきはそれらを燃やすことなく消えていく。その様子は、湿り気を帯びて点かない花火にも似ていた。


 本当に燃えないんだからすげぇよなあ、などと呑気に思いながら、流護はわずかに顔を覗かせて小石を投げ放つ。しかし立ち並ぶ木々に阻まれ、石はピンボールのように跳ねながら明後日の方向へ飛んでいってしまった。

 対峙する敵――黒ずくめの男は、木陰へと紛れつつ素早く指先を向けてくる。


「やっべ」


 木の裏へ身を翻した途端、間近の枝に着弾を知らせる火花が散った。


「ちっ」


 刑事ドラマの銃撃戦かよ、と現代日本の少年は舌を打った。

 並の詠術士メイジならば秒殺できる流護だが、それは何もないところで正面から向かい合った場合の話だ。

 この森のように薄暗く障害物だらけの場所では、まず接近することが難しい。

 最初の段階で見つからずに近づければいいのだが、そう上手くいくものでもない。見つかってしまえば、術の撃ち合い――遠距離戦となる。一応は流護も石つぶてを放つことはできるものの、さすがにそれだけで抗いきれるものでもない。撃ち合いは、やはり詠術士メイジに軍配が上がる。


 開幕早々にヒョヌパピオを瞬殺したことで、いつも通りいけるかと思った流護だったが、やはりそう上手くはいかないようだった。

 今は森を歩いてばったり遭遇した単独の大男を倒し、一息つこうとした瞬間に黒ずくめ二人組みから襲撃を受けたところだった。暗殺者のような黒装の二人だったが、何とか片方を倒し、残すは一人。

 ――しかし。


「……、ふうっ」


 鋭く飛んでくる火炎の神詠術オラクルを掻い潜って木陰から木陰へと移動しながら、空手家は大きく息を吐き出す。

 気配の掴めない鬱蒼とした森林。夏の高い気温。不意の襲撃、強いられる連戦、不利な遠距離戦闘。

 流護といえど、わずかではあるが集中力が削られ始めていた。

 開幕の号砲から三十分強。倒した人数は三人。制限時間は七時間。参加者数は百八十九人。


(ったく、気が遠くなりそうだ。先が思いやられるな、こりゃ――、っと!)


 視界の先、滑るように飛び出した黒い影へ向かって、反射的に石を放つ。


「ぐ!」


 よかったのは運か狙いか。投擲が腹部へ直撃し、黒ずくめは呻いて動きを止めた。が、浅い。ここぞとばかりに、流護は地を蹴って飛び出した。

 潅木を突っ切り、ぬかるみを飛び越え、足の止まった黒い詠術士メイジへ一目散に肉薄する。瞬く間に接近戦の間合いへと――自分の距離へと踏み込んだ。


「チッ――!」


 腹を括ったのか、黒ずくめは迎撃の態勢を取った。

 右手に炎の剣を顕現し、袈裟斬りの軌道で一閃する。流護はこれを左の篭手で受け止め、そのまま外側へと開くように腕を傾けた。その動きに流される形となり、男は体勢を崩す。大きくよろけて、派手にたたらを踏んだ。


「な、っ……!?」


 防がれたのはともかく、いとも簡単に身構えを乱されたことに驚いたのだろう。愕然とした黒ずくめの顔、その顎先を、真横から飛んだ拳の残像が打ち抜いていく。

 一拍遅れて。

 男は膝をカクンと折ってくずおれ、正座めいた姿勢で意識を手放した。

 流護の勝利を宣言するかのように、黒ずくめの首へ巻かれていたリングが紐状となって滑り落ちる。


「……ふうっ……」


 残心と共に息を吐き、少年は周囲を見渡した。

 森は静けさを取り戻している。誰かが襲いかかってくることもない。

 ひとまずは戦闘終了か。

 リングを回収しつつ、流護は己の腕へ巻かれた手甲を改めて眺める。

 色は灰色。網目のような硬質の鱗でびっしりと覆われた、流護の打撃も詠術士メイジの術も通さぬ、暴虐の怪物の表皮。

 これを入手して以降――

 野盗が放ったボウガンの矢。ダイゴスの雷棍。ゴンダーやベルグレッテとの訓練で受けた攻撃術。ヒョヌパピオの炎刃。そして今しがた受けた、黒ずくめの炎剣。

 これまでは躱すしかなかった攻撃の数々をあえて防いできた流護だったが、ようやく確信と自信を得るに至った。

 ファーヴナールの素材を用いた篭手と、自身の持つ空手の技巧。これらが合わさることで、神詠術オラクルに対する『廻し受け』も可能になった、と。

 これで、戦術の幅も格段に広がる。


(よし……)


 そんな実感を噛み締めつつ移動しようとしたところで、


「おわっと……、」


 何かに蹴躓いた。足元へ視線を落とせば――土色のずた袋が転がっている。

 すぐ隣で正座したまま落ちている黒ずくめの持ち物だろうか。これは開始前に参加者全員へと渡された袋で、中には一食分の携帯食料と水筒、アーシレグナの葉が三枚入っている。この袋からは、それに加えて紐状のリングが二個飛び出ていた。


 戦闘に関してはほぼノールールといっても過言ではない天轟闘宴だが、それ以外の部分では細かな禁止事項が少なくない。

 倒した相手の所持品を奪ってはならない、というのもその一つ。

 これは結局、事前説明でタイゼーンが語った通り、アーシレグナの葉を奪うことを禁じたものだ。各人に限定三枚のみ配布された、強い疲労回復と止血、鎮痛効果を備えた薬草。運用次第によっては、弱者が強者を打ち倒すことも可能とするだろう、いわゆる回復アイテム。

 つまりは、『倒した相手から回復アイテムを奪い取ってはならない』というルール。

 これを説明したタイゼーンは、言葉通りの意味に受け取ってくれ、と意味ありげな言い方をしていたが……。


 ともあれ、「バレないイカサマはイカサマではない」などと主催側が言ってのける催しだ。バレない自信があるのなら、奪うのも『あり』なのだろう。

 しかしこの森には、黒水鏡――いわば定点カメラ――が設置されており、闘いの様子も実況中継されているという。初参加の流護には全く分からないが、今この瞬間も誰かに――ベルグレッテや桜枝里、三万もの人々に見られているかもしれない。

 そんな環境に加え、アーシレグナの葉の使用状況については、厳しくチェックが入ると聞いている。倒された参加者の葉が奪われていないか。減っているなら、それは本人が使用したのか否か。

 こういった部分に細かな確認が入り、主催側に黒だと判断された場合、即時失格となる。

 これら監視の目を掻い潜る自信があるなら、禁を犯すのも有効だ。

 もっとも流護としては、そんな面倒な真似をする気にはならなかったし、できる気もしなかった。

 という訳で転がる荷物には触らず、その場を後にする。


「ん……」


 そうして歩き出し、気にかかったのは――リングの重さ。

 流護が獲得したリングは、現時点で四個。ヒョヌパピオを撃破して入手した一個はその場で白服に渡しているため、所持しているのは三個だ。

 紐となってしまえばかさ張るものでもないし、袋へ詰め込めばいくらでも入りそうだが、増え続ければそれなりの重量になりそうだ。それで動きが鈍ることは避けたい。

 そも、流護は優勝のみを狙っている身。単純に最後の一人として残ればいいだけなので、リングを回収する必要もないのだが――


(……一応集めとけば、他の賞も取れるかもだしな……)


 集めるのか集めないのかはっきりしろよ、と自分でも思うのだが、意外と使わないものを捨てられない性分である。コンビニで『期間限定』の文字を見れば釣られ、RPGをプレイすれば非売品の希少アイテムを使えない傾向のある少年だった。


「!」


 そこでふと、前方をちらつく影が視界に入った。

 流護は咄嗟に木陰へと身を隠し、様子を窺う。

 草薮を割って延びる獣道。その先、乱立する木々の合間から見え隠れするその姿は――純白衣装に、刈り込んだ坊主頭。間違いない。白服だ。


(ちょうどいいな)


 彼らに渡した場合は保持の保証がないそうだが、それならそれで構わない。獲得したリングは、こまめに預けてしまおう。

 そうと決めた流護は、早速とばかりに白服の後を追いかけ始めた。






「ちょっ、速えなおい……!」


 獲得したリングを預けるべく、見かけた白服の後を追う流護だったが、その足の速いこと。

 草木を掻き分けてゆく白装束の足取りには淀みがない。流護としては敵襲を警戒しつつなので、どうしても遅れてしまう。大声で呼び止める訳にもいかない。

 そうして、道なき道を行くことしばし。

 白服が、ようやく足を止めた。

 周囲の景色は、相も変わらず木々が影を落とす薄暗い森林。流護にしてみれば、どこもかしこも同じように見える。

 立ち尽くしている白服にようやく追いつき、その後ろ姿へ声をかけた。


「あの、すいませーん」


 相手は無言で振り返る。

 坊主頭に純白の民族衣装、ガッチリした体格。誂えたみたいに外見を統一している彼らだが、さすがに注視すれば顔はそれぞれ違う。この人物は、どこか女性的な顔立ちをしていた。


「リング、預かってほしいんですけど」


 流護が差し出すと、白服はコクリと頷いて手を伸ばし――



 そのまま急加速した腕が、掌底が、流護の顎を打ち抜いていた。



「……、っ……!?」


 何が起きたか分からず、その場で膝をつく。間髪入れず顔を蹴り飛ばされ、たまらず転がった。


「が……、」


 くつくつと。大の字になった流護を見下ろし、白服は笑う。


「……ふ、ふふ。はははは! 笑いが止まらないねぇ! どいつもこいつも、簡単に引っ掛かりやがる!」

「……!?」


 そこでようやく気付く。低めにしゃがれてはいるが、その体躯の成人男性にしては高い声。

 この人物を見た瞬間に思ったのだ。女性的な顔立ちをしている、と。

 だが、そうではない。女性『的』ではなく、


「……女……!」

「おーっと。あんまりオカシイもんでつい喋っちまった。そうさ! アタイは女だよォ!」


 呻きながら身を起こそうとしたところを蹴り飛ばされ、またも流護は転がった。


「どうだい、強烈だろぉ!? アタイの蹴りはよォ! 大の男だって悶絶するんだぜぇ!」


 二発、三発と足蹴にされ、ゴロゴロと薮へ突っ込む。


「ハーッハッハハァ! 楽なモンだよ! 何が何だか分からないかい!? 教えてやろうか!」


 勝ちを確信してか、禿頭の大女は満足げに語り始めた。


「フフ。森に入ってからまず、黒水鏡の設置場所を確認する。正確には、鏡に捕捉されない……誰の目にも留まらない、死角を探す。周囲に遮蔽物が多くて、見つかりづらい場所が最適だねぇ」


 それがまさにここさ、と女は笑う。


「絶好の場所さえ見つけちまえば、後は楽なもんさ。旅装の下に着込んでたこの白服姿になって、ウィッグを外す。白服のフリをしてここに獲物を誘い込み、油断してるところを仕留める……ってね」


 繁殖した草葉を掻き分け、


「楽なモンだよ。『何でもあり』だっつってんのに、どいつもこいつもアホみてぇに騙されるんだからね」


 そう言い結び、流護の姿を目にした女は――


「ッ!?」


 目を剥いて固まった。


「なるほどな。しっかし、それで坊主にしちまうってのはすげーわ。女捨てすぎじゃないっすかね」


 何事もなかったのように、胡座をかいて座り込む流護の姿を目の当たりにして。


「なっ……このッ、ガキ……、何でそんな平然としてやがんのさ!」

「そう言われても。ちょっと蹴られただけじゃねえか」


 実際、中々に痛烈な蹴りだった。おそらく身体強化を使っているのだろう。靴の先端部にも、硬い金属が仕込まれている。

 並の男なら倒されていたかもしれないが、そこはこの世界において高い身体強度を誇る有海流護である。もちろん痛いことは痛かったが、大したダメージは受けていない。自分からわざと派手に転がって威力を軽減したうえで、きっちりと急所も守っている。


「つか、こんなん絶対すぐバレるだろ。負けたヤツが白服とかに申告したら、イッパツじゃねーのか」

「ハッ……それならそれで、別に構わないのさ」


 大女はペッと唾を吐き捨て、突進しようとしている猛獣さながらに足元の地面を蹴りつける。


「アタイは別に優勝が目的じゃない。褒賞も興味はないね。ただ――」


 ベロリと舌なめずりをするその姿に、色気というものは微塵も感じられない。ただただ、獣じみた獰猛な気配が放たれていた。


「強ぇと勘違いしてる男をブチのめすのが、たまらなく好きなだけさァッ!」


 駆け寄った女が勢いのまま右の蹴りを放つ。ローキックの軌道で弧を描く、狙い澄ました顔面蹴り。


「ほっ」


 流護は座ったまま、これを左腕の手甲で受けて弾く。返す刀のような勢いで、すぐさま左の足が飛んでくる。こちらも、右の篭手で受け流す。焼き直しのように、その工程が連続する。


「騙されたと知ってェ! 為す術もなく! 女にボッコボコにされる野郎のッ……、怯えたツラァ見てっとォ! タマンなく火照っちまう! ビショ濡れになっちまうんだよぉ、ッラァ!」


 どこかに伝わる武術なのだろう。その足技は洗練されており、重く迅速に、右左交互に叩きつけられる。十二分に腰の入った下段蹴り。

 ――だが。


「よっ、ほっ」


『受け』となれば、空手家たる有海流護にとってはお家芸である。

 右、左と連続する蹴撃の嵐。まるで定められた演武のように、少年はその全てを両腕の手甲で防ぎ捌いていく。胡坐をかいたまま――悠々と、延々と。


「……こ、いつ……!?」


 女の顔に焦りと疲れが浮かび始める。


「よっ!」


 攻勢が弱まった一瞬の隙をついて、流護は即座に立ち上がった。両足を力強く踏みしめ、地に足がつくことを確認する。顎を打たれて下半身に響いていたダメージは、もはや完全に回復していた。

 頬についた土を手の甲で拭い、挑発的に笑ってみせる。


「よう。ビショ濡れになっちまったか? 冷や汗で」

「ほざきな、小ッ僧ぉ!」


 やけくそ気味に女が放つは右の掌底。今度は鼻先で躱し、一瞬で屈む。しゃがみながら素早く身体を旋回させ、一閃した右脚で相手の足を払う。


「なッ!?」


 両足をまとめて薙ぎ払われ、大女の身体が宙に浮いた。その瞬間に流護は背後へと回り込む。

 ――かつてベルグレッテやクレアリアと闘ったときは、彼女らを地面に横たえたところで勝負あり、となった。

 だが、これは天轟闘宴。

 それでは勝ちにならないうえ、またこの女も簡単に諦めはしないだろう。何しろ猛獣みたいなガタイと気性だ。

 尻餅をついて隙だらけとなった女の首筋へ、手刀を一閃する。


「……、……ぐ、あ」


 禿頭の大女は短く呻き、横倒しにくずおれた。太い首に巻かれていたリングが光を失い、ただの紐となって解け落ちる。


「はー……」


 黒水鏡に映っていない――見る者のない戦闘に勝利し、流護は残心の拳を引いた。

 中立の裏方である白服に『擬態』しての不意打ち。まさに何でもあり、喰うか喰われるか。まるきり野生の獣だ。

 女の言から考えて、すでに引っ掛かって餌食となった者も少なからずいるのだろう。


 最初から優勝する気がない。失格上等、男を叩きのめすことそのものが目的。

 出場者が皆、頂点や賞金獲得を目指している訳ではないということか。


「人の趣味に口出す気はねーけど……高ぇ金払って出てるってのに、よーやるよ……おー、いつつ……」


 急所こそ守ったものの、さすがに蹴られた部分が痛みを訴える。

 支給されたアーシレグナの葉を使ってみようか迷う流護だったが、限定三枚の貴重品だ。効果も極めて高いと聞く。まだ温存しておくべきだろう、と判断した。


「こりゃ油断できねぇや、まじで……」


 独りごちながらも女が身に着けていたリングを回収し、少年はその場を後にした。

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