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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
7. 天に轟くは、闘いの宴
191/667

191. 蠢動

 森林を散策していたディノ・ゲイルローエンは、薄暗い岩場にどっかと腰を下ろした。肩にかけていた支給品の袋を放り出す。

 何の気なしに、隣にそびえる苔むした老樹の幹をコンコンと叩いてみた。表面は竜の皮のようにざらついており、なるほど硬く、瑞々しい活力というか力強さのようなものを感じる。

 まるで――


(植物の怨魔……みてぇなカンジだな)


 聖地の木々に対して下す評ではないだろう。レフェの民が聞いたなら怒り狂いそうな表現だったが、これならば確かにディノの炎でも『簡単には』倒れそうにない。少なくとも、炎使いによって森が燃えてしまうことはなさそうだった。


「はァー……」


 それはそれとして、自然と溜息が漏れる。

 勢い込んで参加してみたものの。よくよく考えたら、現時点で楽しめる相手として確定しているのはただ一人、あの黒髪の勇者様。例の演出者集団オルケスター、デビアスが引き連れていたチャヴという巨漢を含めても二人。大半は、吹けば飛ぶ有象無象だ。

 多量の砂の中から金を探すのも面倒にすぎる。かつて『ドブさらい』と称し、強者との邂逅を求めていた身ではあるのだが。

 自分から無為に動かず、手応えのありそうな相手が残るのを待つのが最良か。

 呑気に食事にでもしようかと考えたディノだったが――


 爆発した。






 二発、三発。赤髪の青年目がけて叩き込まれた攻撃術が、次々と砂塵を巻き上げる。さらに集中砲火が浴びせられ、その姿は完全に土煙の中へ飲み込まれた。


「……っと、やりすぎちまったかね」


 ゾロゾロと出てくるのは、人相の悪い四人組みの男たち。『無極の庭』内でなければ、悪漢が無抵抗の人間を一方的に襲ったように見える光景だったかもしれない。

 立ち込める砂煙の中、男たちは戦果を誇って笑い合う。


「にしたって始まって早々座り込んでボケッとしてるなんざ、素人以前の問題だぜ。ま、こーゆー奴がいたりすっからオイシかったりすんだけどな」

「オウ、早かったな? 開幕から何分だ? こりゃー初撃破、俺らが獲っちまったんじゃねぇの!?」


 そこで。はっくしょい、と――場違いなくしゃみの音が聞こえた。次いで、ゲホゲホと咳き込む声が続く。

 四人の男たちは顔を見合わせる。自分たちではない。となれば――

 全員が示し合わせたようにそちらへ顔を向けた。今しがた怒涛の術を叩き込んだ、煙幕の向こう側へ。

 ほどなくして靄が収まり、視界が晴れる。そこには、


「……おー、砂が……ペッ、鼻にも目にも入ったろうが。やってくれんじゃねェの」


 傷ひとつない、座ったまま微動だにしていない赤髪の青年の姿。


「……!?」


 男たちは思わず後ずさる。

 ありったけの攻撃術を叩き込んだ。首輪が外れるどころか、それこそ『不幸な事故』が起きてしまってもおかしくないほどに。

 それが――全くの無傷。舞い上がった砂埃で、端正な顔が少し汚れている程度。


「……ったく……参加人数も多いみてーだし、やっぱちったぁ自分テメーで減らさんきゃダメかねェ」


 服の埃を叩きながら、心底面倒臭そうに。

 しかし口の端を笑みの形に歪ませて、紅蓮の男は立ち上がった。


 その様子を見て頬を引きつらせながら、四人の中の首領格が問いかける。


「……兄さん。名前を聞いておこうか」

「ディノだ」

「俺達は――」

「盗賊だろ」

「……人聞きが悪いね。どうしてそう思う?」

「攻撃術そのものはこなれてるが……戦い慣れた傭兵や冒険者なら、相手を仕留めた確証がねェうちに姿を現したりしねェ。なのにノコノコ出てくるってコトは、術を叩き込んだならその時点で制圧できるよーな、自分より弱いヤツしか相手にしてねェ連中。つまり盗賊だ」


 ディノの言葉にニッと笑んだ首領格は、


「ジー、ケーレ! 囲め! 牽制しろ!」


 すぐさま飛んだ指示に従い、四人は素早く均等に展開する。


「おっ」


 その手際にディノが驚く間にも、二人が全く同時に攻撃術を撃ち放つ。彩りは白銀と真紅。水と炎の速射によって激しい弾幕が張られ、その間に一人が立ち込めた土煙の中へ突っ込んでいく。そして最後の一人が、その場を掃うように風を呼び寄せた。

 舞い上がった砂や土が吹き散らされ、良好な視界が戻る。そこには――


「ナルホド、統制取れてんな。その辺のチンピラとは違うじゃねェの」


 傷ひとつなく佇む、青年の姿があった。


「……ヘッ、色男さんよ。これ見ても、そんな余裕こいてられるのかァ?」


 男たちのうち一人が発した声を聞いて、


「!」


 ディノは目を見開く。

 その男が手にしているのは――茶色いずた袋。アーシレグナの葉を始めとした、支給品の入った袋。彼ら四人はそれぞれ、一人が一つずつ背中に袋を背負っている。それ以外となる、手にぶら下げられた『五個目』の袋。


「おっ?」


 そうして、気付いたディノはその場所へ視線を向ける。つまり、先ほどまで自らが座っていた岩場へ。そこに放り出しておいたはずの――自分の袋が、なくなっていた。


「ハッ」


 しかし微塵も動揺せず、超越者はむしろ楽しげに笑う。


「オイオイ、やっぱり盗賊じゃねェか」

「兄さんがあんまり人聞きの悪いこと言うモンでね、要望に応えてやっただけさ」


 武祭の規定。『倒した相手から荷物を奪うことは禁止』。

 それは裏を返せば――生存している相手から奪うのは有効、ということ。 


「兄さん、随分と腕自慢みたいなんでな……こっちは、アンタの分まで存分に回復しながら闘らせてもらうとするぜ。悪く思うなよ。何しろ相当お強いみたいだし、これぐらいのハンデは許してくれよなぁ?」

「クク……ソレで充分か?」

「……何?」


 ディノが発した言葉の意味が分からず、男は眉根を寄せて聞き返す。

 炎の超越者は。両腕を広げ、十字架のように佇みながら――嗤う。



「ハンデはソレで充分か、って訊いてんだよ」



 男たちの額に青筋が浮いた。そんなことはお構いなし、炎の男は饒舌に続ける。


「いいぜ、遠慮すんな。そーだな、オレはこの場から動かねェでおいてやる。安心しろ、一歩も動かねェ。ついでに、使うのはコレだけ……ってのはどうだ?」


 そう言って。ピッ、と――左手の人差し指を一本だけ立てて見せた。


「ハハ、ハハハハ……――ナメッ……てんじゃねえぇぞ、小僧がァ――ッ!」 


 そうして、全員同時。四方――全方位からの挟撃を仕掛け――



『一掃者』と呼ばれる個別褒賞がある。

 単騎にて複数を相手取り、見事殲滅せしめた者のみが受賞の対象となる、非常に達成難度の高い賞といえるだろう。

 その瞬間、ディノ・ゲイルローエンは一番乗りで審査対象として名を連ねることになった。






「すみませんが。僕は、単独で行動させてもらいますよ」


 三人で北側から入庭し、開幕の号砲が鳴り響いてしばし。

 何でもないような口ぶりで、少年――『十三武家』剣の家系が戦士、エルゴ・スティージェは言い放った。

 齢十六。戦士と呼ぶには若く幼い顔立ちをしているが、いつどこから敵が襲ってきてもおかしくないこの戦場において、驚くほど落ち着いた――冷めたといってもいい表情を見せている。飛び出したその言葉も、常軌を逸したものだった。


「は、はあ!? 単独行動だぁ!? いきなり何言い出してんだよ、お前さんは……!」


 杖の家系から参加しているハザール・エンビレオは、当然ながら首を振って抗議した。

 今回の天轟闘宴に参加している『十三武家』が若手――エルゴ、ハザール、ダイゴスの三名は、世間で優勝候補の一角と目されている魔闘術士メイガスらを誘導し、真の優勝候補であるエンロカク・スティージェにぶつけることが目的だ。

 遂行が困難な場合は深追いせず、無用な傷を負わぬうちに撤収せよ、との指示も下されている。

 正直なところ、成功率は二割程度。ハザールの目から見ても、上手くいくとは思えない。

 とはいえ、仕事は仕事だ。成否はともかくとして、やるだけやってみなければならない。馬鹿正直にケガひとつない身体で「無理でした」などと言って帰れば、無能の烙印を押されることだろう。

 今は、南西の方角に消えていった魔闘術士メイガスらを追おうとしているところだ。

 だというのに――


「おい、エルゴ……お前さん、任務を放棄するつもりか?」

「まさか。それどころか、よりよい形で達成してみせますよ」


 ハザールはここでようやく気付く。

『十三武家』の中でも花形となる剣の家系、その次期当主候補と評されるエルゴ――その内側で渦巻いている感情に。

 それは、怒り。


「ようは、あのエンロカクを消耗させることが僕らの目的です。が、本来であれば消耗などではなく――始末、してしまっても構わない訳です」

「……エルゴ。本気で言ってるのか?」


 ハザールは思わず眉をひそめ、剣の少年の正気を疑うような声音で問う。

 その『始末』がこの三人では不可能だからこそ、せめて消耗を狙えという指示なのだ。簡単にあの男を消すことができるのなら、そもそもこんな大騒ぎになどなっていない。


「本気ですよ。皆、僕を過小評価しすぎなんです。ドゥエンさんですらもね。あの男が強いことは認めます。楽に勝てる相手でないことは百も承知です。でも、僕の方が上だ。僕なら、あんな落伍者の恥さらし……確実に殺せる。殺してみせる」


 同じ剣の家系、同じスティージェの名を冠する者。

 いかに追放された存在とはいえ、エンロカクがいる限り、エルゴが最強だと認められることはない。


「いや、気持ちは分からんでもないんだが……、おいダイゴス、お前さんからも何か言ってくれよ」


 ハザールはこれまで一言も発していない寡黙な巨漢へ、助けを求めるように振る。


「…………そうじゃな」


 しかしダイゴスは読めない表情で森を眺めたまま、曖昧な言葉を返すだけだった。


「ええい、くそ! どうす――」


 思わずハザールが頭を抱えそうになった、その瞬間。

 三人の足元が爆発した。


「……、チッ!」


 横っ飛びで身を踊らせながら、ハザールは思わず舌を打つ。

 敵襲だ。何者かに狙われた。

 見つかりにくい場所にいたつもりだが、甘かったようだ。そもそも、長々と立ち話などに興じていたのが間違いか。

 二発、三発と立て続けに飛来した術が薮を貫き、太い幹に当たって火花を立てる。細枝が弾け飛び、木の葉が舞う。

 一際大きな木の裏に隠れ、ハザールは様子を窺った。

 にわかに訪れる静寂。

 敵の姿は見えない。向こうも身を潜ませ、機を窺っているのか。数は? 三人相手に仕掛けたということは、それ以上か。それとも多数相手でも厭わない手練の士か。

 エルゴとダイゴスも突然の襲撃に散り散りとなり、その姿が見えなくなってしまっている。


(ちっ、嫌な出足になっちまったよ……!)


 杖の若手は盛大に吐き出したい溜息を押さえ込み、まずはこの状況から脱するべく詠唱を開始した。






「にしても何の騒ぎだったんかねぇ、さっきのは」


 鬱蒼とした森の片隅。

 巨大な樹影が作る薄闇の中で集う男たちの姿は、その身に纏う漆黒のマントも相俟って、蝙蝠の群れを想起させる。

 魔闘術士メイガスが八名。

 すでに始まった潰し合いの宴の最中、彼らは岩場でのんびりとくつろいでいた。


「さっきのだぁ?」

「いや、始まってすぐのだっつの。外がうるさかったろ」


 開幕の号砲が鳴った直後、それ以上の振動が外側から響いてきていた。外周部寄りの位置に陣取っているせいもあって聞こえたのだろうが、あれは客たちの歓声だ。この生い茂った森が高い防音性を備えていることもあって、何があったのかまでは分からなかったが。


「開幕早々、誰かヤラレたんじゃねーの?」

「ハハハ、そりゃ盛り上がるな。まさかウチのモンだったりしねーよな? 入場の振り分けでちっとバラけちまったし」


狩人ヴェナトル』であるカザ、『兵隊ハヤーダ』のヒョヌパピオと他一名が、入場の時点で別行動を余儀なくされている。


「何でも構わねーよ」


 黒装の男たちの中心から発せられた声に、全員の視線が集まる。


「誰がどーなろうが、最後にオレが勝ち残るって結果は変わらねーんだからよ」


 魔闘術士メイガスの首領――ジ・ファールは、髑髏じみた貌でケタケタと嗤う。


「で、どうよジ・ファール。いつも通り一時間ってとこかぁ?」

「フン……良くも悪くも霊場だからな。一時間半は掛かりそうだ。森に入る前にチェックがなけりゃ、事前にやっとけたんだがな」


 両手のひらに視線を落としながら答えたジ・ファールに、バルバドルフは方針を問う。


「長ぇが仕方ねぇか。どうすんだ? このまま大人しく待つのかぁ?」

「そうだな」


 バルバドルフに言われ、蝙蝠の王が顔を上げる。


「それじゃあよ、バルバドルフとそこの二人は、このままオレに付いて待て。敵が来ねーか監視しとけ。見つけたら潰せ。オレの準備が終わったら、自由行動に移れ」

「ウィーッス」

「そっちのテメーら四人は、今すぐ散開しろ。好きにやれ。一匹でも多く捻り潰せ。キッチリ働いたヤツには、その分だけ薬をくれてやる」


 首領から指示を受けた配下たちが、獣性剥き出しの雄叫びで応える。すぐさま飛び出していこうとする四人だったが、


「オウ、待て待て。その前にだ。忘れちまうトコだった。お前ら、――――」

「……へ?」


 刹那に吹いた風、ざわめく葉擦れの音。

 さすがに聞き間違いかと思った配下の一人は、思わず怪訝な顔をジ・ファールへと向けていた。


「ボサッとしてんじゃねーよ、早くしろ」

「だ、だけどよ……あー」


 けど、どうなる? そんなことをすれば――その命令に従えば、どうなる?


「南から入ることになった連中も従った。ヒョヌパピオは勿論、カザの野郎もな」

「そう、なのか……」

「早くしろ。モタモタすんな。ここでお前を失格にしちまうぞ」

「お……おう……」


 そう言ったなら、この首領は容赦なく実行する。


 ――さて。その感情を、何と呼ぶのだったろう?


 よく分からないが、とにかくジ・ファールに倒れられては困るのだ。薬に……狂操霊薬イーヒエ・ザヒーにありつけなくなっては困るのだ。男は、慌てて首領の命に従うのだった。






 ――見える。


 暗く、濃密な気配に包まれた黒の森。いつどこから、何が襲い来るか分からない魔の密林。

 およそ十年ぶりにこの地へ踏み入ったエンロカクだったが、『無極の庭』特有の閉塞感や圧迫感は、当時と変わっていないように思われた。


 変わっているのは――自分自身。

 視える。

 レフェに古来より伝わる断食法、『ものいみとき』を成功させたこともあるだろう。

 薄暗く、探知の術が働かないこの森であっても――俯瞰から見下ろしているかのごとく、周囲の全てを感じ取れる。

 前方約三十マイレ、木々の隙間へ隠れるように一人。左方五十マイレほど、切り立つ崖の麓に一人。双方共に視認できないが、対象もこちらに気付いてはいない。

 分かる。全て把握できる。


「ク、クク……」


 ここはもはや、戦士たちが覇を競う戦場などではない。

 狩猟場。

 エンロカクという黒獣が、二百の兎を狩るための餌場。

 しかし。そこで、終わりではない。目的は、それではない。


 ――エンロカク・スティージェの真の目的は、天轟闘宴の優勝を飾ることなどではない。


(どこだ)


 血走った目を疾らせ、黒き巨獣は捜す。


(どこにいる)


 真の本懐を遂げるために必要な、その生贄を。

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