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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
7. 天に轟くは、闘いの宴
187/668

187. 規定説明

 ――そうして。

 すぐ隣に黒々と生い茂った『無極の庭』を臨む、開けた広場。

 係員によって、参加者一同、百八十九名――全員の集合が確認された。


「…………」


 流護は辺りを見渡す。

 右を見ても左を見ても、一筋縄ではいかなそうな雰囲気の戦士たちばかり。見るからに力自慢と思わしき大男もいれば、ひょろりとした軽装の若者もいる。ごく少数だが、女性の姿も見受けられた。

 この中に――魔闘術士メイガスも、エンロカクも、ダイゴスも、ディノもいるはず。

 特にエンロカクなどは、推定二百六十センチはありそうな巨人。どこにいても見えるだろうと思っていたが、負けず劣らず大きな上背をした者も多く、その姿を確認することはできなかった。この世界では特に低めな流護など、ともすれば埋もれてしまいそうになる。


 正面に設置されている演台へ、一人の老人が登壇した。かなりの高齢のようだが、足取りはしっかりとしており、銀色の長髪と顎ひげに覆われた顔つきも精悍だ。


(なんつーか、格ゲーの爺さんキャラにいそうな感じだな)


 パッと思い浮かんだ印象に、流護は自画自賛でうんうんと頷く。

 同時、その老人に付き従うようにして、純白の民族衣装に身を包んだ大男たちが続々と姿を現した。どこか、その外見も誂えたように似通っている。彼らは登壇せず、演台の脇を固めるように待機した。護衛か何かだろうか、と流護は考える。

 集まった二百名弱の戦士たち一同を見渡し、老いた男は満足そうに頷く。滑らかな所作で術式を紡ぎ、通信の術を発動させた。


『よくぞ集ってくれた、勇敢なる戦士たちよ。私はレフェ巫術神国「千年議会」が一人、タイゼーン・バル。主に国の軍事や防衛について担当しておる。レフェの者や常連の者は知っておろうが、見知り置きを。では早速だが、天轟闘宴の概要と規定について説明させていただく。もっとも、参加登録の際に詳細を記した用紙を受け取っておるだろうから、念押しの確認になるがな』


 制限時間は七時間。午前十時開始、午後五時終了。

 開幕式を終えた後、二十分間を使って参加者の百八十九名は『無極の庭』へ一斉散開する。この二十分の間、暴力行為は禁止。地形の把握、隠れる場所や奇襲に適したポイントの開拓、もしくは闘いたくない相手から離れるなど、入念な下準備の時間とすることが推奨される。

 午後五時を迎えた時点で複数人が生き残っていた場合、勝者なし。敢闘賞など、その他の褒賞も無効。そのまま天轟闘宴は終了となる。


『もっとも……過去一度として、そのように白けた結末を迎えたことはないがな』


 タイゼーンが挑むようにニッと笑う。


(そりゃそうだろうなぁ……)


 周囲の戦士たちを横目で眺め、流護は頭を掻く。

 破格の褒賞を得るべく集った猛者の群れ。いわば互いの肉を貪り合う、餓えた獣同士みたいなものだ。そんな温い結果になるはずもない。

 参加者が次々と潰し合っていくことになるこの闘いだが、残り人数が少なくなってくるにつれ、当然敵と遭遇しづらくなってしまう。互いに探し合っている間に時間切れ、ではあまりにも盛り上がらない。

 そこで誰が始めたのか、『打ち上げ砲火』と呼ばれる行為があった。上空に術を打ち上げ、自分の居場所を知らせるのだ。こうして戦士たちは確実に出会い、最後の一人となるまで絞り込まれていく。

 当然ながら流護は『打ち上げ砲火』を放つことなどできないので、誰かが上げたところへ出向くしかない。


『次は、禁則事項について説明しよう』


 死者が出ることもままあるという天轟闘宴ではあるが、原則として相手を殺めることは禁止。悪質な場合は失格となる。


『ハイハイハーイ、質問いいですかぁ~?』


 突如、別の通信が割り込んだ。

 流護たちの遥か前方、人ごみの中ほどに、伸ばした手をぶんぶんと振り回す男の姿があった。

 全身、黒一色のローブ姿。

 その男だけではない。周囲にも、同じ格好をした者たちが群がっている。


「!」


 流護は目を見張った。

 あれは――


「む。気付いたか、リューゴ殿。……連中が魔闘術士メイガスだ」


 隣のゴンダーが鋭い視線を送る。

 そう。質問があるなどと言って手を振り回しているのは――昨日街中で遭遇した、魔闘術士メイガスのバルバドルフという男だった。

 まるで蝙蝠のような、漆黒の一団。ミョールの無念を晴らすべき相手。

 そしてそのバルバドルフの隣。一際細く、逆立った黒髪をした男。まるで髑髏のごとき容貌のその男は、退屈げに頭を掻いている。


「噂に聞く風貌と一致する。間違いない。奴が……魔闘術士メイガスの首領、ジ・ファールだ」

「――――」


 今にも飛びかかりそうになる激情を、流護は必死で抑え込む。せり上がった吐き気を飲み下すように。


 ジ・ファール。

 ミョールに暴行を加えたのは、主にこの男だと聞いていた。倒すべき――討つべき敵の姿を、流護は睨み据える。


 この魔闘術士メイガスという集団。まさか兄弟という訳でもないだろうが、出身地の国柄なのだろうか。どことなく、全員が似通った顔立ちをしている。その中でも一際に凶悪な――邪悪と表現してもいい髑髏めいた男の顔を、流護は網膜へと焼きつけた。


(こいつが……ミョールを……)


 ――ブッ壊してやる。


 そんな流護の怒りをよそに、やり取りは進む。


『うむ、質問か。何かね?』

『殺しはダメだーってんなら、まァこっちとしても可能な限り手加減はしてやんだけどよ? でもま、世の中には不測の事態ってのがあんだろ? 相手が弱すぎてつい殺っちまいましたー、って場合はどうなのよ。それも失格かね?』


 相変わらずの、人を舐めきった態度。

 しかし壇上のタイゼーンは、そんなバルバドルフを一瞥してフフと笑う。


『威勢が良いな、若いの。先程も言ったが……飽くまで「原則として」禁止だ。何分、広大な「無極の庭」にて行われる催し。後ほど説明するが、黒水鏡や白服達の存在があってなお把握しきれぬ事態……というものも起こり得よう』


 つまりな、と。檀上に立つ老人の笑みが、凄みを増す。


『バレないイカサマはイカサマでない、という言葉もある。我々が関知しない範囲でなら、好きにしたまえ』


 ヒュゥ、とバルバドルフが口笛を吹く。

 あまりにも堂々としたタイゼーンの物言いに、わずかざわつく者たちも見受けられた。しかしそれも、老人の発言に驚いてのものではない。「そうこなきゃな」とでも言いたげな、血に餓えた喧騒だった。

 初出場の流護ではあるが、別段驚きはしなかった。

 一千万エスクもの大金に加え、望みの褒美を取らせるという破格の処置。ただでさえ命が軽い世界なのだ。規格外の褒賞を前に、生きるか死ぬかのやり取りにならないほうがおかしいぐらいだろう。


『……おっと。肝心の質問に答えておらんかったな。我々が関知する範囲内にて、「つい」相手を殺めてしまった場合だが――』


 言葉を切ったタイゼーンが、スッと右手を掲げる。

 応えるように。演台の脇で待機していた白装束の男たちが、素早く檀上へと駆け上がった。総勢で二十名。タイゼーンの左右に十名ずつ陣取る。

 意識して揃えているのか、全員がさっぱりとした坊主頭。体格もほぼ同じ。二メートル弱の長身で、がっちりとした体躯。流護の感性からしてみればモンゴルの部族が着ていそうな、そろそろ見慣れつつあるレフェ特有の民族衣装姿。その色は目に眩しいほどの純白。姿勢を正して横一列に並ぶ様子は、厳格な修行僧の一団のようでもあった。


『この者達は白服という。天轟闘宴の進行を裏で手助けする……いわば劇における、黒子のような存在だな。この白服たちも「無極の森」へ入り、それぞれ敗者の運び出しなどの雑務を行うことになる。原則として競技中の参加者の手助けはせぬが、何かあればこの者らに相談してみるのもよかろう』


 ここで同時に、黒水鏡についての説明がなされた。

 森の至るところに、『凶禍の者』ツェイリン・ユエンテの力を込められた鏡が設置されており、それを介して闘いの様子が観客たちに提供されるのだと。

 白服たちも個別に鏡を所持しており、彼らによって戦闘の様子が中継されることもあるようだ。

 ちなみに今回は出場者の中にいないので問題ないそうだが、白服との混同を避けるため、白を基調とした服の着用は禁止としているとのこと。仮にいた場合は、わざわざ主催側でシックな色合いのマントを貸し出すのだという。そうなると護符ルーンも付け直さなくてはいけないので、詠術士メイジは大変だなー、と流護は他人事のように思う。


『話を戻すが――白服や黒水鏡によって人死にが確認された場合、その場の状況によって判定が下されることになる。白服や運営の裁定は絶対だ。従ってもらう』

『つまりよ、相手をブッ殺した場合にどうなるか……その白坊主どもやアンタらの気分次第ってコトか?』


 バルバドルフの言葉に、


『有り体に言えばそうなる』


 タイゼーンは頷く。


『――が、これは真に強き者を決めるための伝統ある武祭だ。如何なる状況においても、彼ら白服が本質を見誤るようなことはない。安心して闘いたまえ』


 檀上の老人は太い笑みと共にそう結んだ。


『禁則事項についての続きだが、当然ながら白服や黒水鏡に攻撃を加えることは認められない。失格の対象となり得るので、注意していただこう』


 禁則事項については破ったならば即失格となる訳ではなく、状況に応じて判定が下される。やむを得ず認められるか、厳重注意を受けて褒賞に不利となるか、はたまた失格となるか。そのあたりは白服や、本部席から見ている役員の采配次第となるようだ。


 これは一筋縄ではいかないかもな、と流護は他人事のように考えた。

 草むらや木陰に潜み、隠れて敵を狙い撃とうとする者もいるだろう。しかしそこで敵と間違えて白服を攻撃してしまったなら、失格になるかもしれないのだ。でなくとも、個別褒賞などに響くことは間違いない。入り組んだ森の中、そこにいる相手が敵かそうでないのか。そういった部分を見極める判断力も要求されそうだった。

 ただ単純に周りは全員敵、として手当たり次第に攻撃することはできない。

『白服』の彼らが輝かしいほど純白の衣服に身を包んでいるのも、髪型や体格まで同じような者たちで揃えられているのも、判定役として森の中での区別をつけやすくし、『誤爆』を防ぐためなのだろう。


 その他として、敗北が決定した相手に向かって攻撃することも原則として禁じられている、とタイゼーンは補足した。

 これまで話を聞く限りでは、この『原則として』が曲者だ。確固たる正解というものはなく、判定員たちの裁量に委ねられることになる。


『……して、森の中にいる参加者諸君の状態を把握し、勝敗を判定する要素となるのが――これだ』


 タイゼーンの隣に立つ白服がそれを取り出し、皆に見えるよう掲げた。


『後ほど配布する、このリングを装着してもらう』


 リングといえば聞こえはいい。しかし大きさからして、それは――


『オイオイ、犬になれってかぁ?』


 バルバドルフの野次通り。それは首輪だった。

 さすがにがっちりとした拘束具のようなものではなく、細い紐状の輪っかではある。


(ま、まあ、ファッションに見えんこともないか)


 事前に配られた紙にも書いてあったので知ってはいたのだが、思ったより首輪らしくなかったので、流護は少し胸を撫で下ろす。


『リングにはそれぞれ番号が刻印されている。例えば、これには「145」と刻まれているが――』


 タイゼーンの目配せに従い、白服が自らの首にリングを装着した。

 すると直後、首輪が淡い光を放ち始める。続いて、演台の後方にある巨大な黒水鏡の一角に、145の数字がはっきりと浮かび上がった。


『このようにして参加者を管理し、健在であるか否かを確認させてもらう。観客席へ設置してある鏡には、番号に加え装着者の名前も表示されるようになっておる』


(すげぇ……センサーと連動する電光掲示板だな……)


 地球の現代技術に勝るとも劣らぬ仕組みを実現する神詠術オラクルに、流護はまた一つ度肝を抜かれてしまった。


『元は戦場にて、助かる見込みのある負傷兵をいち早く選り分けるために使っていた技術の転用でな。材質も硬く、多少のことで壊れはしない。そのうえで防護の術も編み込んである。首筋を狙った一撃に対し、強固な防具として機能する程だ』


 識別の術というものも仕組まれており、他人が引っ張っても外れないこと、逆に本人が引っ張ったなら容易に外れることが実演された。

 降参して負けを認める場合は、自らの首輪を外してしまえばその意思表示となるようだ。


『戦闘続行不能と判定された場合、リングは自然と外れるようになっている。――このように』


 凄まじい速度だった。

 タイゼーンの放った手刀が、首輪を装着した白服の首筋へと叩き込まれる。

 屈強なはずの白服の男は、糸が切れたように傾いて崩れ落ちかけ――その大きな身体を、タイゼーンが片手で支えた。白服の首に巻かれていたリングは光を失い、一本の紐となってはらりと落下する。

 次いで、背後の黒水鏡に表示されていた145の文字が消失した。


『こうなってしまえば敗北。脱落となる』


 他の白服二人が、意識のなくなった大男を運んでいく。


『意識を失ってしまうのは勿論のこと……命にかかわるほどの消耗が確認された場合も、リングは外れるようになっている。仮に深手を負い、本人はまだまだ闘えるつもりであったとしても、リングが外れてしまえばそれまで……ということになるな』


 そこで戦士たちの中から声が飛んだ。


『おいおい、大丈夫なのか? 信用できるのかい? こっちは高い金払って参加してんだ、まだまだやれるのに首輪が勝手に外れて負けちまいました、なんてのはゴメンだぜ?』


 今度はバルバドルフではない。旅の詠術士メイジらしき参加者の一人だ。

 その言葉を聞いて、檀上のタイゼーンはニッと白い歯を見せる。ピースサインでもするように、右手の指を二本だけ立てて言った。


『平均で、二十人だ』

『はぁ?』

『天轟闘宴において、自らリングを外す者の人数。つまり中途で戦意を失い、己から敗北を認め、脱落していく者の数だ。毎回必ず、二十人前後は出る』


 わざとらしく思い起こすようにこめかみへ指を当て、


『私も聞いた話に過ぎぬが……前回だったか。降参しようとしたが指を全て潰されてしまい、リングを外したくとも外せぬまま、延々嬲られ続けた者もいたという』


 タイゼーンは歪んだように嗤った。


『リングは存外に残酷だぞ? 心が折れたとて、少しばかりの苦痛を味わったとて、決して外れてはくれぬのだからな。自らの手でしっかりと握り締めるか、意識を手放すか。――もしくは、命に危険が及ばぬ限り』


 しん、と。会場が静まり返った。


『……は、はっ。上等だ』


 質問した詠術士メイジの男がそう返す。辛うじて、上ずった声で。


『ふ、少し脅かしすぎたかな。ともあれ――』

『それはいいんだけどよぉ~』


 しかしそこに、臆さぬ男が一人。

 どこまでも不遜な黒装束。魔闘術士メイガス、バルバドルフ。


『いくらその首輪が頑丈たって、絶対ェにブッ壊れねーワケじゃねーんだろ? 闘ってる最中にブチッとイッちまったら終いかねぇ?』

『安心したまえ。リングが破損する程の一撃ならば、首もブチッと逝くだろう』


 首を掻き切る仕草を見せ、タイゼーンはおどけたように笑った。

 基本的にリングは、首に巻かれた状態では防具として機能するほど硬質化し、外れた場合は柔らかい紐となると考えて問題ないようだ。


『おっとそうだ。リングが外れる条件だが……もう一つ特殊な例がある』


 老人はそう言って、すぐ横に広がる森――ではなく、その手前にある川を指し示す。『無極の庭』をぐるりと囲っている、横幅三十メートルほどの大河。流れの早さもそこそこで、森をぐるりと包むようにいだきながら草原を割って伸び、地平線の向こうへと続いている。


『天轟闘宴は飽くまで「無極の庭」内にて行われる催し。森から出た時点で、リングは外れるように設定させてもらう。如何なる理由があろうと、森を出てしまえば失格ということだ。つまり、敵をそこの川へ叩き落してしまうことも戦術として有りとなる。その場合、リングの回収はできなくなるがな。降参したくとも諸事情でリングが外せぬ者は、南北に架けられた橋から森を出るか、自ら川へ飛び込んでしまうのも有りだろう』


 見れば、川沿いは切り立った崖のようになっている箇所も多い。高さはせいぜい数メートルといったところか。水深もあるようで、飛び込んだところでケガはしないはずだ。

 敵を落としてあっさりと勝てるのはいいが、逆に自分が落とされるリスクも孕んでいる。敵がどこから襲ってくるか分からない、どこから術が飛んでくるか分からないという武祭の特徴も考えるならば、土俵際ギリギリの外周部で行動するのはあまり得策とはいえないだろう。


『さて、話は戻ってこのリングの機能についてだが……ただ生存確認に用いるだけではない』


 そう言って老人は、先ほど白服が着けていた――足元に落ちていたリングを拾い上げる。

 すると、紐状となっているその輪は淡く青い光を放ち始めた。


『装着者から外れたリングは、こうして他者が触れることによって淡い光を放つ。これが「リングを獲得した証」となる。褒賞を受ける際の大きな指標となるものだ。積極的により多くの敵を倒し、回収に励みたまえ。特にリングを最も多く獲得した者は、撃墜王として誉れを受けることにもなろう』


 仕込まれている認識の術によって、『所持者の首から外れたリングに対して最初に触れた他者』が、獲得者となるよう設定されているのだという。

 つまり、リングを多く所持している者を倒し、相手が持っているリングを全て横取りしたところで、自分のものとしてはカウントされない。得られるリングは常に、相手から直接奪った一つのみ。

 飽くまでリングの獲得数は、個人ごとのものとして集計されるようだった。


『最初に触れた者のみが獲得者として認識される仕様上、手に入れたリングを常に持ち歩く必要はないともいえる。かさ張るようなら、白服に渡してもらっても構わない。だが基本的には、自己で管理することを推奨する。残り人数を把握する指標となるものでもあるからな。紛失して無効扱いとなっても責任は持てんのでね。そうならぬよう、尽くすつもりではあるが』


 細かいんだか大雑把なんだか……と、そろそろ聞き疲れてきた流護は首を鳴らす。

 これまでの説明を聞いている限り、主催側としては破格褒賞獲得の機会を与えているのだから、判定の匙加減にも従ってもらう――といった方針のようだ。役員や白服に対して、心証の悪くなるような行為は控えるべきだろう、と流護は考える。


『あとは……そうだな。諸君には、リングと同時にこれを渡す』


 そう言ってタイゼーンが取り出したのは、緑色の瑞々しい大振りな葉っぱが三枚。手のひらほどの大きさで、厚みもある。


『闘いに身を置く諸君ならば知っておろうが、アーシレグナの葉だ。これは我が国にて独自の改良を加えた品種で、従来のものより遥かに強力な鎮痛作用と止血効果、疲労回復の効能を持っている。有利に立ち回るための鍵となろう』


 ……流護としては、その名前すら知らなかった。まだまだ本で得た知識だけでは足りないようだ。とりあえず、回復アイテムを三つ貰える――とでも考えておけば問題ないだろう。


 その他、常識的な範囲内での武器の持ち込みは自由。持参した袋の持ち込みは禁止。個人で私物としてアーシレグナの葉を持ち込むことも禁止。『無極の庭』は霊場であるため、気配探知や通信の術などは機能しない。戦闘に用いる術についてはまず影響はない――といった事項が淡々と説明された。

 リング、アーシレグナの葉、携帯食料、水の入った水筒、地図、懐中時計が一括して袋に詰め込まれて渡されるとのこと。


『あとは……おお、忘れるところだった』


 実際に渡すという茶色い袋を皆に見えるよう掲げ、


『この袋や、その中身についてだが……「倒した相手からこれらを奪うことは禁止」だ。主にアーシレグナの葉を奪わせないための規則だがね。破った者は即失格とさせてもらうので、留意したまえ』


 そこで説明は終わりかと思いきや、タイゼーンは噛み締めるようにもう一度繰り返した。


『良いかね? 「倒した相手から荷物を奪うことは禁止」だ。これは言葉通りの意味だが……禁則事項の中でも、即失格に繋がる重要なことなのでな。復唱させてもらった。この意味をよく吟味し、理解し、有利に立ち回ってくれたまえ』


 にわかに周囲の戦士たちがざわめく。


(……?)


 流護もわずかに首を傾げた。何か、含みのありそうな言い方だった。

 続いてタイゼーンは、アーシレグナの葉の使用状況については厳しくチェックしていく旨を告げる。脱落した参加者の荷物が奪われていないか。葉を三枚より多く使用した者がいないか。そういった点については、厳しく追及していくようだ。


『――さて。では全体を通して、何か質問はあるかね?』


 一通りの説明を終えて、質疑応答へと入る。

 が、そもそも主催側が「バレないイカサマはイカサマではない」などと言ってのける仕様だ。誰の目にも留まらなければ『何でもあり』な訳で、そこまで細かな点にこだわる者はいなかった。内容自体も、参加登録時に渡された用紙に記載されているものと大まかには変わらない。


『……と、細かい点はこんなところか。諸君も長話でうんざりしたことだろう。前置きはこれで終わりだ。あとは――』


 老人は集まった戦士たちをぐるりと見渡し、心底楽しそうに言い放つ。


『各自、好きに潰し合ってくれたまえ』



 ――嗤う。



 相変わらずタイゼーンのジジイは、話が長ぇったらありゃしねえ。

 長い説明に辟易とし、あくびを噛み殺した黒き巨人――エンロカク・スティージェが。


 どいつもこいつも脆そうだぜ。とりあえず、仕事はこなすがなァ。

 自分より小さな者ばかりの人波を見下ろし、オルケスターの一員であるチャヴ・ダッパーヴが。


 悲しい。みんな、それぞれの思いを抱いてこの武祭に参加しているのだろう。僕が相手を打ち負かしてしまえば、その者の願いは達せられなくなってしまう――。

 目尻に浮かんだ涙を拭い、しかしなぜか口元を吊り上げた撃墜王――グリーフット・マルティホークが。


 やっと始まんのか。ったく、メンドクセーったらねェ。

 首を傾けパキリと鳴らす、獄炎の『ペンタ』ディノ・ゲイルローエンが。


「や、やべぇよ兄貴ィ。な、なんだか、どいつもこいつも強そうだよ」

「うっ、うろたえるんじゃねえって、ガドガド。ぎ、逆に燃えてくるってもんだろうが。まず、顔覚えろ顔。見るからにヤバそうな奴は避けるんだ」

 引きつった顔をした、元山賊であるガドガド・ケラスとラルッツ・バッフェの二人が。


 待っておれ、サエリ。必ず――

 やけに凪いだ表情をした、矛の末弟ダイゴス・アケローンが。


 さて、狩りの時間だ。存分に喰らい尽くせ、クソ野郎共。

 悪意に彩られた黒の集団、その長を務めるジ・ファールが。


 もうちょっとだけ待っててくれよな、ミョール。絶対、治療受けさせるからさ。

 そして拳をバキリと鳴らす、有海流護が。



 無論、彼らだけではない。数多の戦士たちはそれぞれの思いを胸に、それぞれの笑みを刻む。

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