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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
1. グリムクロウズ
18/667

18. 雷神

 生徒たちは皆、思い思いの方向へと逃げていった。

 ベルグレッテとミアはほうほうの体で学生棟へたどり着き、慌しく駆け込んだ。


「は、はぁ……、はぁっ……ミア、大丈夫?」

「んっ、うん。大丈夫。ありがと、ベルちゃん」


 へたり込みながら二人で息を整え、わずかに無言の間が生まれる。


「ね。どう、しよう。いくらリューゴくんでも……!」

「……、……なにが、騎士だ」


 ベルグレッテは――ぎり、と歯を食いしばった。


「なにが、みんなを守る騎士になりたい、よ! 私、こんなに無力で……っ、もう無理だった! 完全に、心が折れてた……! 私は、リューゴを見殺しにしただけじゃないのっ!」


 騎士の口から、かすれた嗚咽が溢れ出す。器に収まりきらなくなった水が零れるように。


「リューゴも、なにが自分はガイセリウスの生まれ変わりよ! もっと……ましな嘘つきなさいよ! ばかぁ……うぅっ、……」


 滴った雫が、床に染みを作っていく。

 すっ、と。ミアが、そんな少女騎士の手を握った。


「……ベルちゃん」

「っ、ミア……?」


 ミアはその瞳に、確かな決意を秘めて。


「あたし、ベルちゃんのこと大好き。でも、リューゴくんも好き。リューゴくんには、二回も助けられた。だから、今度はリューゴくんを――助けたい」

「ミ、ア……」

「ベルちゃんは?」

「……、うん。……、そうだね……。私も」

「うん。んじゃ、なんとか……なにができるかわからないけど、その……なんとかしたい!」


 真摯なまでの思いを感じ取って。ベルグレッテは、小さく息を吸い込んだ。


「――っ、よしっ」


 ごしごしと、手の甲で涙を拭う。

 動け。

 泣き崩れるなんて、やれることを全部やって、だめだったときでいい。


「行きましょ。『勇者さま』を助けに。ミア、こっち!」


 二人は学生棟の階段を駆け上り、屋上へと出た。

 四階相当の高みから中庭を見下ろせば、巨大なファーヴナールと小さな流護が攻防を繰り広げているのが見える。

 信じられない動きだった。たった一人で、笑みすら浮かべながら、伝説の邪竜と渡り合っている。


「リューゴくん、すっご……ほんとにガイセリウスの生まれ変わりなんじゃ」

「……、」


 ベルグレッテは気付いた。


 一見、流護はファーヴナールと渡り合っているように見える。

 しかし実際は、攻撃を辛うじて凌いでいるだけだ。当たり前だった。そもそもファーヴナールの巨体ゆえ、周囲の広大な範囲が敵の射程圏内となるのだ。手を振り回されるだけで近づけない。そのうえで、仮にもらえば一撃で終わる。


 逆に、こちらの攻撃を当てたところで、どれだけの効果があるか疑わしい。

 アレは本来、国家レベルの武力や『ペンタ』を動員しなければならない相手だ。カテゴリーSの怨魔とは、そういう規模の存在なのだ。


 流護だって気付いていたはずだ。なのに、なぜ。

 なぜ――自らを投げ打つような、本物の騎士みたいな真似ができるのか。


「ベルちゃん……どう、しよう? 気持ちだけで突っ走っちゃったけど……あんなすごい闘いに、どうやって……」

「……考えがあるわ。この位置にいる、私たちだからこそできること。ただ……成功の保証なんてどこにもない。それに……ミア、あなたの力がいる。それも、限界ギリギリまでの」

「あ! あたしの『ブリッツレーゲン』……?」


 ベルグレッテのアクアストームに憧れて、ミアが考案したという攻撃術。


「うん。あなたの奥の手ね。ファーヴナールの硬い鱗の前には、水や氷、炎とか風はおそらく効果が薄い。けれど……雷なら、肉体の内部にまで浸透するはず」


 戦闘には相性というものがある。

 ミアがベルグレッテに憧れて身につけたそれは、今この局面において、ベルグレッテにできないことを成し遂げる可能性があった。


「で、でも……正直、この位置から当てるなんてあたしには……」

「ミアは、力を放つことだけに集中して。私が狙いを定めて、さらに魂心力プラルナを注ぎ込んで、威力を底上げする。……はっきり言って、当てられたとしても効くかどうか分からない。それに今のミアは血を失って、本当なら戦闘なんて絶対にさせたくない状態。全力の一撃を放つことには、リスクしかない。リターンの保証はない。……それでも、やれる?」


 ミアは小さく息を吸い込んだ。一片の迷いすら見せず、首を縦に振る。


「――やる。やってみせる。サポートお願いね、ベルちゃん」

「ん」


 笑顔で答えるベルグレッテ。

 ミアは屋上の狙撃しやすい位置へ移動した。視線の先、遥か遠くには――攻防を繰り広げる竜と少年。

 左腕を前に伸ばし、右腕を引き、弓矢を引き絞るような構えを取る。


「詠唱時間はだいたい四分ぐらい。とても実戦向きじゃないんだけどね……こんなふうに役に立つ日がくるとはなあ……なんてね」


 軽い口調で言うミアが伸ばした左手は、震えていた。

 その手に、ベルグレッテは優しく自分の手を重ねる。もう片方の手で、ミアの肩を抱く。


「――二人ならきっと大丈夫。私はミアを信じる。ミアも私を信じて」

「なっ、なにそれ。恋人みたいだなあ……もう」

「ん。そうだね。それぐらい相思相愛じゃなきゃ、きっと成功しない」


 ぎゅっと。ベルグレッテはミアの手を強く握った。


「……っ、絶対失敗できないじゃんっ……じゃあ、いくよっ」


 ミアが魂心力プラルナを練り始める。

 二人を取り巻く空気が淡い光を帯び、ミアの属性たる青い電撃を散らし始めた。


「――発射五秒前からカウントいくんで、よろしくっ!」

「オーケイ!」






 分かっていた。これは『戦闘』ではない。

 例えるなら、ネコジャラシに飛びつくネコ。

 なかなか捕まらない流護に、ファーヴナールがじゃれついているだけ。それだけだ。


 烈風すら纏った巨大な爪を、流護は辛うじて躱し――返す刀で飛んできた左腕を、ほぼブリッジのような姿勢で仰け反って回避した。そのまま、自分の上を通過する腕を蹴り上げる。ファーヴナールはわずかに体勢を崩すが、反撃に転じられるような隙ではない。そもそも、蹴りを喰らったところで微塵も効いていないようだった。


「はっ……、はあっ……」


 流護の息が上がり始めていた。


 ファーヴナールも生き物だ。となれば、弱点はある。

 ――頭。

 頭部は、全ての生き物の弱点だ。しかしその頭は常にもたげられ、三メートル近い高みにあった。

 さらに。うまく頭に近づけたとして、どれだけ攻撃を叩き込めばいいのか。そもそも通用するのか。また弾かれるかもしれない。


 アクションゲーム『アンチェ』で上手くいかないあまり「モンスターを直接殴らせろ」と何度も思った流護だったが、まさか本当にこんなド級モンスターを殴る羽目になるなど思いもしなかった。


 ファーヴナールの右腕が唸りを上げて飛ぶ。

 それを飛びのいて避けると、すぐさま左が薙ぎ払ってくる。それも躱した――瞬間、ファーヴナールがわずかに口を開けた。


「――っぐがああぁッ!」


 両腕でガードするも、高速で吐き出された砲弾のような石が容赦なく肉を抉った。

 痛みに悶える間もなく、ぬっと黒い影が差す。顔を上げると、大きく振りかぶったファーヴナールが腕を振り下ろす瞬間だった。

 一切の加減も容赦もない一撃が叩きつけられ、大地が激震する。芝生が抉れ、茶色の地表をさらけ出す。

 紙一重の差で逃れた流護は、派手に地面を転がった。痛みを堪えながらも反動で立ち上がり、ファーヴナールを睨む。


 悠然と佇む巨大な暴君は、感情のない目で流護を見下ろしている。

 いつでも。ファーヴナールがその気になった瞬間、終わる。

 ケタが……違いすぎる。流護は、それを肌で感じ取った。


 そこへ、ベルグレッテの通信の神詠術オラクルが響き渡る。


『リューゴっ! 合図したら全力で離れて!』


 意味が分からず視線を巡らせると、学生棟の屋上に、凄まじい光が収束していた。光の中心にいるのは――ミアとベルグレッテ。


「なんっだ、ありゃ――」


 思わず言葉にする流護へ、ファーヴナールの追撃が迫る。

 避けるより逃げるという動きで、何とか攻撃を凌ぐ。

 体力の消耗が激しい。もはや直撃を喰らうのは時間の問題だった。






 周囲を青白く染めるほどの雷光が、二人を包んでいた。


「――いくよ五秒前! 四、三、」

『リューゴっ! 下がって!』


 大きく飛びのく流護の姿を確認する。


「二!」


 強大な力にブレるミアの手を、ベルグレッテがしっかりと押さえつける。

 そこにベルグレッテは自分の魂心力プラルナを込め、精度と威力を倍加させる。


 二人の魂心力プラルナが――

 融け合い、

 解け合い、

 溶け合い、

 密度を増してゆく。


「一っ!」


 一際大きな光が、ミアの手へと集う。



「いっ! ――けええぇえぇぇーッッ!」



 ミアのかざした手から、閃光が奔った。


 それは、落雷。

 神速をもって、まるで天罰のような轟雷がファーヴナールに叩き込まれた。


 ファーヴナールの巨大な身体が痙攣したように跳ね、煙を吹き上げる。


「――やっ、た――、……っ」


 力なくくずおれるミアを、ベルグレッテが抱きとめた。優しく座らせる。

 ミアの額には珠のような汗がびっしりと浮かんでいて、呼吸も荒い。病み上がりの状態で撃たせるような技ではなかったのだ。下手をしたら命にかかわる。


「でもよくやってくれたわ、ミア。これで――」


 しかしそこで、ベルグレッテは絶句する。

 屋上から見下ろすそこには。

 ぐるりと首を巡らせ、辺りを見渡す――平然とした、ファーヴナールの姿があった。

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