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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
6. 雪桜のスペクトラム
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178. 巫女の限界

 翌日。

 ベッドの隙間へ足を差し込み、腹筋に励みながら思い耽る。


 天轟闘宴への参戦を急遽決めた流護だったが、開催は二十二日。わずか四日後である。身体を作り、万全を期すといったことは時間的に難しい。慣れない土地で体調を崩さぬよう、気をつけておく程度のことしかできそうになかった。


(……ま、問題ねえか。この世界に来てからは、ずっとそんな感じなんだし)


「いつ、いかなる時でも備えておけ」とは、流護の師・片山十河かたやまそごうの言葉だ。

 それに倣うかのごとく、戦闘はいつも突発的なものだった。学院が襲われたときも。暗殺者やディノ、テログループと闘ったときも。当然といえば当然だ。思い返せば、街のケンカだって同じ。

 だからいつも通り、今まで通りでいい。

 大会のような催しだからといって、変に気負うことはない。あの春の大会を思い出して、意識する必要なんてない。

 ……それどころか。


『だってさ、リューゴくんとベルグレッテちゃん、それにゴンダーさん。こんなふうに友達ができて。どんな結果になろうと、帰ったら妹に自慢するね!』


 渦巻いている。


『あたしの腕じゃ、天轟闘宴なんて絶対無理だって……理解できたから。ありゃ無理だわ……。出場したらもっとひどいケガしてたかもしれないし、神様が「出場するな」って忠告してくれたのかもしれないね……』


 身を震わせるほどの、今すぐ爆発したいほどの――


『ひっ、いや!』


 観客が多いとか、大会だとか関係ない。

 早く。早く――


「リューゴ、いる?」


 ノックと共に、薄板一枚のドアを隔ててベルグレッテの声が届く。


「……っと、おう、いるぞ」

「そろそろ出かけない?」

「おうっ」


 溢れかけた思いを押し込める。身を起こした勢いのまま立ち上がり、部屋を出ることにした。






 城門前へとやってきた。

 雅やかながらも絶大。堂々とした威容を誇る王城が、流護たちに色濃く影を落とす。この時間帯は、周辺一帯が薄暗くなってしまうほどだった。


 桜枝里は今日も休みだと言っていた。やはり昨日のまま別れたのでは、あまりにも気まずい。あの後のことも気にかかる。

 という訳で、二人は桜枝里に会うべくやってきたのだった。

 今はレインディールの兵士という立場も利用し、桜枝里に会えるか否かを確認してもらっているところなのだが――

 赤鎧の兵が城内へ入っていって、二十分ほどが過ぎただろうか。

 ギギ、と重く軋んだ音を響かせて、ようやく門が開け放たれる。顔を覗かせたのは、おなじみのダイゴス――ではなかった。


「えーっと……リューゴ・アリウミ殿に、ベルグレッテ・フィズ・ガーティルード殿かな」


 歳の頃は二十代半ばだろうか。砕けた口調が示す通り、軽い雰囲気の優男。


「え? えーと……」

「……、はい、そうです」


 流護は面食らい、ベルグレッテも怪訝そうにしながら首肯する。

 恐ろしいほど美形の男だった。細長い面立ちに、ハネ気味の茶色い頭髪。細めた二重まぶたの奥から覗く灰色の瞳は美しく、スラリと通った鼻梁は神の不公平さを自覚してしまうほど。左耳のイヤーカフスからは、チェーンに繋がれた小さなリングが垂れ下がっていた。

 民族衣装もラフに着崩しているが、しかし不精な印象はなく、この男には着こなしの一つとしてひどく似合っている。


(な、何だ? このBLドラマCDに出てきそうなイケメンホストは……)


 彩花の部屋で見かけました。

 それはともかく呆気に取られる流護をよそに、男は完璧な笑顔をベルグレッテへと向ける。


「お初にお目に掛かります、ベルグレッテ殿。いやしかし、驚いた……。お噂通り……いや、それ以上にお美しい。浅学な私めでは、貴女の美貌を讃える相応しい表現が見つからぬほどに……」


 吐息混じりの声でそんなことをのたまい、ベルグレッテの手を取ろうとするイケメン。


(ちょ、てめ、こ、の野郎――)


 流護がブチ切れるより早く、男の手をさらりと躱したベルグレッテが微笑んだ。


「我が身に余るお言葉をいただき、誠に光栄です。ところで、失礼ながらお尋ねいたしますが……どちら様でしょうか?」


 昨日、城内で堂々とエンロカクのような輩が出てきたばかりだ。ベルグレッテの声には、わずかながら警戒の色が含まれている。男前は我に返ったようにハッとした。背筋を伸ばし、高らかに美声を発する。


「これは失礼。私はダイゴスの兄、ラデイル・アケローンと申します。不肖の弟が、いつもお世話になっております」


 今度は、流護とベルグレッテが驚く番だった。






「いやいや申し訳ないねー、上がって上がって。ダイゴスのヤツは天轟闘宴に備えて、朝から修練場に篭ってるんだ。あっ、気軽な感じで話しちゃってもいいかな? 弟の友達だし……」


 先を歩く優男が、振り返りながらハハと笑う。


「二人とも、レフェは初めてかな? そうそう! この国に来たなら、是非とも食べてもらいたい珍味があってさあ――」


 相槌を打つ暇もなく、ラデイルは一方的に喋り立てる。


(これが……もう一人のダイゴスの兄ちゃんなのか……)


 流護はただ唖然とするばかりだった。

 寡黙で山のようなダイゴスとは似ても似つかない。見た目も性格もまるで正反対だ。チャラい。


「ミディール学院でのダイゴスはどう? 喋んないし、カタブツだし、無駄にデカイし、付き合いづらくて困っちゃうでしょ?」

「いえ、そのようなことは……。いつも助けられています」


 笑顔と共に返すベルグレッテに、


「そうなの? ダイゴスの奴で助けになるなら、俺はもっと君の助けになれるかも……」


 流し目を送りつつ微笑むラデイル。

 ムッとした流護が割り込むより早く、ベルグレッテが笑顔のまま「お気持ちだけ頂戴いたします」と返した。慣れている。


「はは、こりゃ手強いなあ~。まっ、とりあえず……ダイゴスはあんな朴念仁だけどさ、これからも仲良くしてやってくれると嬉しいな」


 いい加減で軽い雰囲気な優男といった印象のラデイルだが、ダイゴスのことを語る笑顔には、かすかな照れが含まれているようだった。こう見えて、弟想いのいい兄なのかもしれない。


「お、そうだそうだ! レインディールっていえば、訊きたいんだけど……『竜滅』の勇者、って知ってるよね?」

「!?」


 唐突に出てきたその名前に、流護は思わずビクリと硬直する。


「いやー、これは俺の勝手な予想なんだけど。サエリ様と『竜滅』の勇者って、同郷の人間なんじゃないかと思ってるんだ。記憶がないとか言ってるみたいだけど、ほら……レインディールって信仰が篤い国じゃん? だから巫術……神詠術オラクルが使えねーなんて言い出せないんだよきっと。サエリ様……多分その『竜滅』の勇者も、全然別の世界からやってきたんじゃないかな。にしても、違う世界って何だよ、どこにあんだ!? ワクワクしちまうよなー!」


 まるで子供のように目を輝かせ、ズバリと真理を突いてくる。

 流護とベルグレッテは苦笑いでお茶を濁しつつ、ラデイルの話に付き合いながら歩くのだった。






 アケローンの次男に連れられて桜枝里の部屋の前までやってきた流護たちだったが、扉の前に立っていた白装束の女性兵士が困惑したような視線を向けてきた。


「ラデイル殿……? そちらの方々は……?」

「ああ、お客さんだ。サエリ様のお友達」

「し、しかし……巫女様は現在、誰にも会いたくないと……」

「!?」


 流護とベルグレッテが驚いてラデイルの顔を見上げる。当の本人は何食わぬ顔で、


「はは。せっかくの休みなんだ、一人で部屋に引きこもってるなんて勿体ないだろ。こうして友達も尋ねてきてくれてる訳だし」

「で、ですが……」

「それより君、これから時間はあるかい? 槍の手入れをしたいんだけど、手伝ってくれる人が欲しくてね……」


 ぐいと顔を近づけ、吐息混じりの声でそう囁く。


「あ、あ、あの……こ、困ります……!」

「不要な見張りをする必要はないよ。俺の槍の手入れをしてくれる方が、兵としての貢献度も高いし……まあ、君がどうしても嫌だって言うなら諦めるけど」

「い、いえ! そのようなことは!」

「それは良かった。じゃ、先に武具倉庫へ行っててもらえるかな。すぐ行くから」

「は、はい……」


 真っ赤になった女性兵士は、そそくさとその場を走り去っていく。

 ラデイルは流護たちへ向き直り、ウインクすら見せて微笑みかけた。


「サエリ様は中にいるから。ごゆっくりどうぞ」

「いや、あの。もしかして、桜枝里には何も話してなかったんすか?」

「え? うん、まあね」


 当然のように優男は頷く。

 ここまで来た以上、当然許可が下りているものだと思っていた。話を通していないどころか、桜枝里が誰とも会いたくないなどと言っているとは想定外だ。

 困惑する流護へ、ラデイルはさも当たり前のように微笑みかけた。


「休みの日に友達が遊びに来るのにさ、堅苦しい手順を踏む必要なんてないよ」

「――――、」


 それじゃね、とラデイルが踵を返して足取り軽く去っていく。


「……やだ、イケメン……」


 流護はつい、自らの頬に手を添えて呟いてしまっていた。ケツを貸してもいい。エドヴィンの。

 ……まあ、本人の許可を全く取っていないのはどうだろうと思わないでもないが。


「うん。イケメン、だね」


 ベルグレッテもうんうんと頷く。その単語の意味は、以前説明したことがあった。……ファンタジー世界の住人、それも貴族のお嬢様に、ひどく余計な単語を吹き込んでしまった気もする。


「よし……」


 流護は重厚な扉へと顔を向ける。

 まさか無許可だったとは驚いたが、ここまで来て帰るという選択もないだろう。


「けどサエリ、誰とも会いたくないって……」

「うーん……」


 やはり昨日のことが何か関係しているのだろうか。


「ま、ダメ元でぶつかってみようぜ」


 無理そうなら、大人しく帰ろう。

 頷き合い、分厚い扉をノックしてみる。

 ……数度叩くも、返事はない。


「あの、えーと、桜枝里いるかー? 流護だけど……」

「……え? 流護くん!?」


 名乗ってみれば、扉の向こうから返事があった。


「ちょっ……え、どうしているの? 帰ったんじゃなかったの!?」

「いや……色々あって帰らなかったっていうか、んで時間もあったんで顔出しにきたっていうか……」

「そっ、そうなんだ。えー……」

「あー……今日はダメか? 無理なら帰るけど……」

「……、う、ごめんちょっと待って、五分ぐらい!」


 中からドタドタと音が響いてくる。

 流護たちは桜枝里の言う通り、しばらくそのまま待つことにした。

 ちょうど五分ほどが経過したところで、大きな扉がゆっくりと開け放たれる。


「……えーと、お待たせ」


 皺だらけの巫女服に身を包んだ桜枝里が、どこか申し訳なさそうに顔を覗かせた。その顔色は悪く、目の下にはクマもできている。ほとんど眠れていないのではないだろうか。


「たはは、ごめんね。入って入って」

「……ああ。そんじゃ、お邪魔しまっす」






 有海流護は、どちらかといえば気になったことは率直に訊いてしまうほうである。それは今回もまた、例外ではなかった。


「なあ桜枝里。あの後、大丈夫だったのか? 顔色も悪いし……」

「えっ……、う、うん」


 わずか迷う素振りを見せる桜枝里だったが、


「でも、この国の……『神域の巫女』の、問題だから」


 そう言って、気丈に笑った。上手く笑えていないことに、彼女は気付いているだろうか。


「それより、そっちこそ! どうして帰らなかったの?」

「んー、ちょっと訳あって……実は俺、天轟闘宴に出ることになった」

「え!?」


 その驚きはもっともだろう。


「で、でも……いくら流護くんだって、危ないよ? 死人が出ることも珍しくないっていうし……」

「ああ。けど、出なきゃならない理由が……優勝しなきゃいけない理由が、できた」


 流護が自らに言い聞かせるように呟くと、桜枝里は目を見張った。


「……すごいね、流護くんは……。……そっか、優勝、かぁ……うん」


 逡巡するような、迷うような顔を見せる巫女の少女。何か、言いたいことを飲み込んだかのような。

 ベルグレッテもそれは感じ取ったようで、


「サエリ? 大丈夫? 気休めにしかならないかもしれないけど、なんだったら話だけでも……」

「う、ううん。ほんとに何でもないの。ただ、やっぱり巫女って大変だなーって、ちょっと疲れちゃっただけで。流護くんもこの世界に来て、大変だったことあるでしょ? あんまりにも価値観とか常識が違いすぎて、困っちゃったりとか」

「ああ……、それはもう、しょっちゅうだな……」


 流護は重々しく頷いて同意した。もはや挙げればキリもないが、天轟闘宴という名のバトルロイヤルに参加しようとしている今この状況など、まさしく故郷では考えられない出来事の一つに違いない。


「そんなに……リューゴたちの故郷は、なにもかもが違うものなの?」


 不思議そうに首を傾げるベルグレッテに対し、流護と桜枝里は同調したかのように頷く。

 基本的には法に守られた、安全な社会。親の金で学校へ行き、何か面白いことねえかなぁ、なんて言いながら友達と過ごし、何事もなく家に帰る。そんな毎日の繰り返し。

 野盗に襲われることはない。怪物と命のやり取りをすることなどありえない。笑顔で別れた誰かが、翌日にはいなくなっているかもなんて考えすらしない……。


「……そうだなあ。もしベル子が来たら、マジで驚くと思うぞ。何もかも違う世界だからな」

「あはは、だねー。まずベル子ちゃんは、街歩いてるだけで目立っちゃって大変だと思う」

「そ、そうなんだ……」

「うむ。色々あるけど、とにかく車には気をつけないとな。こう、馬車より速い鉄の塊が常に道路を行き交っててさ」

「鉄の……? 大砲の弾かなにかなの?」


 ようやくというべきか、そこからしばし会話も弾んだ。

 今までは地球や日本の実在に対し懐疑的な姿勢をみせることも少なくなかったベルグレッテだが、流護だけでなく桜枝里からも説明を受けることで、少しずつではあるが理解を示すようになっていた。


「……あ。もうすぐお昼になるんだね」


 部屋の柱にかけられた時計を見上げた桜枝里が、夢から覚めたみたいに呟く。


「二人は、お昼どうするの? よかったら――」


 そこで、部屋の扉が丁寧に叩かれた。


「失礼致します、サエリ様。少々、お時間よろしいでしょうか」

「…………、はい」


 伝令の兵士のようだ。扉の向こうから響いてきた生真面目な声に、巫女は渋々といった表情で肯定を返す。当初は誰とも会いたくないと言っていたという桜枝里だが、こうして流護たちを招き入れてしまっている以上、無視もできないのだろう。


「カーンダーラ様がお呼びです。重要なお話があるとの事です」

「っ……!」


 目に見えて、桜枝里の表情がこわばった。


「自室でお待ちされているとの事。早急にお向かい下さい。では、失礼致します」


 何かに耐えるように。桜枝里は、きゅっと桜色の唇を引き結んだ。


「あはは、ごめん二人とも……。偉い人から、なんか話があるみたい……。行ってこなきゃ」

「サエリ? 大丈夫なの……?」


 もはや何も隠せていない。桜枝里の顔色は、苦々しげに歪められている。


「いや、うん、大丈夫。ただ、相手がちょっと苦手な人ってだけだから……」

「マジでそれだけか? 顔色悪すぎるぞ?」

「ん、ほんとにほんと。いやまあ、ちょっとっていうか、かなり苦手っていうか……そういうわけで」

「……ほんとに大丈夫か?」

「うんっ。これも仕事のうちだからね」

「……そうか。そんじゃキリもいいし、俺らも帰るか。天轟闘宴出るなんつって、実はまだ参加登録してねえんだよな。そろそろ行ってこねーと」

「天轟闘宴……、うん」


 その単語をなぞり、桜枝里はすがるような目を流護へと向ける。


「流護くん。その、天轟闘宴……なんだけど……、優勝、するつもりなんだよね。……流護くん、強い……もんね」

「……、ああ、まあ、そうだな」


 必死で。思いきって告白するかのように息を吸い込んで、


「…………無理、しないでね。命にかかわることなんだから。危ないと思ったら……すぐに逃げないと、ダメだからね」


 桜枝里は、そう言った。






 ――飲み込んだ。堪えきった。

 桜枝里は震える手で紺袴の裾を握りしめ、歯を食いしばる。


 言いたかった。

 助けて、と。


 二人に。流護に。

 このままでは、自分はエンロカクに差し出されてしまう。


 急遽、天轟闘宴へ出場することになったという流護。

 エンロカクをやっつけて、と。そんな言葉が飛び出すのを、必死で堪えきった。

 確かに、流護は強い。しかし、エンロカクは危険だ。危険すぎる。あの男はおそらく、流護を上回っている。事実、昨日の攻防で流護は吹き飛ばされてしまっている。仮に勝てたとしても、絶対に無事では済まない。


 だから言えなかった。言う訳にはいかなかった。

 自分のために、あの男を倒してほしいなどと。


「それじゃ、今日のとこは帰るな」

「……う……うんっ」

「明日とかはどうなんだ? 休みは今日までだっけ?」

「え……っと、そうだね。それに、天轟闘宴も近いから……もうじき、入城も制限されちゃうかも」


 そう。だから、言うなら今しかない。


「そっか……じゃあ、しばらく会うのは難しいんかな」


 苦笑いを残し、流護とベルグレッテが扉へ向かって歩いていく。


 ――まだ間に合う。

 助けて、って。


 この二人なら、言えば心配してくれる。きっと、味方になってくれる。

 心の奥底から沸き上がるそんな声を、桜枝里は必死で押さえつける。だからこそ。そんな二人だからこそ、巻き込みたくない。これでいい。

『神域の巫女』のことなんだから、私ひとりが背負えばそれで――


「あ、そうだ桜枝里」


 部屋の扉に手をかけた流護が、思い出したとばかりに振り向いた。

 そして、言う。何でもないことのように。



「あのエンロカクとかって黒ノッポは、俺がぶちのめしとくからな。安心していいぞ」



「…………、っ……!」


 決壊した。

 必死に堪えようとした涙が、とめどなく溢れ出した。


「ちょっ……な、なんで泣いてんだよ」

「……う、あぁ、ひっ……うわあぁぁぁ……!」


 抑えられない。取り繕えない。

 壊れたみたいに、涙と鳴咽が堰を切って零れ出す。


「……サエリっ」


 子供のように泣きじゃくる桜枝里を、駆け寄ったベルグレッテが優しく抱きとめた。

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